「……与一さんは、未来人」
「はい」
「……桐山くんは、彼の父親」
「そうなる」
「今、敵に襲われる危険がある、と」
「はい」
「なのでサボっていたのは仕方ないと」
「そうなる」
「……うんぬぬぬぬぬ……!!」
4度の質問、4度の肯定。それらを経て、小梅さんは頭を抱えた。気持ちは分かる。
「────。ちょっ、と待って。これって、おかしいんじゃないかしら」
「と言いますと」
「だって、与一さんは桐山くんの息子なのでしょう? それを知っている過去の桐山くんと一緒に居たら、存在が危ぶまれるんじゃ……?」
「あ〜。タイムパラドックスの話ですか」
小梅さんがはたと顔を上げて疑問を口にする。タイムパラドックス。とどのつまり、未来の人間が過去に干渉することや、過去の人間が未来を知ることで『本来なかったはずの変化』が訪れてしまい過去や未来が変化してしまう……よく映画で見るアレだ。
「確かに、将来結婚することや息子が産まれることを父さんは知ってます。ですが意外なことに問題ないんですよ。それは、俺がいま平然と過去の時間に存在できていることこそが証拠なんです」
ちょうど空き教室にいるので、わかりやすく図にしてみることにした。
まず黒板の真ん中にチョークでがーっと横に線を引き、線の左端を丸で囲む。
「俺とグレイがこの時代に来る直前まで皆が居たのは、
丸の少し先の線から上に『へ』のように線を描き足して、枝分かれさせれば、小梅さんは逡巡してから察したように声を上げた。
「つまり私たちが今居るのは、あくまで『与一さんたちが過去に来たことで分岐した別の世界』。だから、仮に分岐した方の世界で桐山くんが結婚しない、結婚しても子供を作らない、といった選択をすることになったとしても、『本来の時間の住人であるあなた』とは関係がない……ということね?」
「概ねそんな感じです」
『桐山与一が産まれない』。それが確かな可能性として存在しているのであれば、今回よりも前──幻夢境で父さん達に出会った時点でこの体や真冬に影響が出ていた筈。そうでないということは、今行われているのは過去の改変ではなく未来の分岐。
──まあ、グレイにとっちゃあ改変だろうが分岐だろうがどうだっていいのだろうけど。
「与一さんの方の事情は分かったわ。だけどその……言い方はアレかもしれないけれど、私たちみたいな学生を戦力として数えられると困るのよ」
「それがそうもいかないんですよね。小梅さん、あなた、特級戦力の一人ですよ」
「…………。はい??」
小梅さんが困ったように言う。しかし、丞久先輩と太陽さん経由の話だから事情は詳しくはないのだが、知っているからこそ注意深く観察して分かった。本当に
「小梅さん、あなたの中には邪神の魔力が宿っている。そして恐らく、グレイは前回はその事を知らなかったかもしれないけど、今回はその事を知っている。だから前回と違って今回はあなたも狙われる。急務として、その力をコントロールしてほしい」
「……? ……?? ……!? なんて!!??」
こちらが胸元に指を差して言えば、小梅さんは困惑に困惑を重ねて驚愕に声を荒らげる。
「まあウメコは邪神みてぇにおっかねえけど」
「父さんへの態度は自業自得だからね」
「それで与一さん。夏木さんの、その……力? は、どうコントロールするんですか?」
「まず自覚してもらうところから、なんですがねぇ〜〜……たぶん荒れるんですよねぇ」
「無理やり起こそうっての?」
悠花さんの問いに答えると、千夏さんが手短にこれからやろうとする行動を当てた。
「未来で人づてに聞いた話なんですがね、どうやら小梅さんの体には今よりも前の──『いつかのどこか』の戦いで敗れた邪神の残滓が潜り込んでいたらしく、それを外部からの刺激で叩き起こすわけです。するとどうなるかは、まあ、察しますよね」
「……それ、かなり危ないというか、私の体が爆裂したらどうするのよ……!?」
「その可能性はあります」
「あるの!?」
あるんだよなぁ〜、曰く
「しかし邪神、邪神ねぇ」
「アタシらでも感知できないってことは微弱なんだろうけど……それが戦力になんのォ?」
「この中に……邪神、が?」
「皆して私の胸をガン見しないでくれる?」
父さんと千夏さんと悠花さんが三人揃って小梅さんの胸元をガン見して、彼女は両腕で隠すようにガードする。後ろ二人はともかく父さんのは純然たるセクハラだからやめましょうね。
いや今どきは同性でもアウトか。こっちの時代では分からんが。──と、思考が横道に逸れていったとき、ふと……嫌な予感。
「わかったわかった。ま、ウメコみたいな素人を参加させても邪魔なだけだしな。それこそ悠花と一緒に後方待機が無難だろうぜ────」
ぽんっ、と。父さんが軽く、小梅さんの肩を叩いた。──瞬間。
「…………。やばっ」
「え──」
咄嗟の判断で、まず千夏さんが悠花さん共々、空間置換で教室内の机と入れ替わって離脱。
次いでこちらが入れ替わった二人と小梅さんの間に割り込んでガードの構えを取り、その直後────彼女の背中から現れた、先端がヤギの
「うっ、おっ!?」
「父さん!」
バゴォ!! と鈍く重い音が響き、踏ん張る父さんの上履きが床を削る。
窓際に悠花さんを下がらせた千夏さんと射線上に立つこちらと、腕を間に挟んでガードした父さんの眼前で、小梅さんが背中から迂回して先端を前に伸ばす魔力を見ながら目を丸くして困惑した。
「……えっ、なに、この、なに……なんか、なんか生えたんだけど!!?」
「どういうことだ、出てくるタイミングが数十年単位で違う……いや、なるほど、
嫌な言い方をするなら、さしずめ『世界がアップデートされた』と言ったところか。──と、それとなく【人払い】で空き教室全体を覆いつつ。
「よ、与一さん!? これ、こっ、これっ、どうすればいいの!?」
「落ち着いてください。魔力が暴走していないどころか安定している……問題は、なんで今この瞬間にシュブ=ニグラスが表に出てきたのか」
「小梅! あんた、それが出てきた直前直後に何を感じ取った? 些細な違和感でもいい!」
悠花さんを背中に隠しつつ、千夏さんがそう問いかけると、慌てていた小梅さんが逡巡する。
「えっ!? ──ええ、と。
と言いながら、小梅さんが父さんの顔を見た刹那、彼女を守るようにとぐろを巻いていた魔力がピクリと反応し、反射的に屈んだこちらの頭上を高速で通過して父さんを隣の教室までぶっ飛ばした。
「あぶねっ」
「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?」
「き、桐山く──ん!!?」
「アホな姿勢で吹っ飛んだなァ〜」
「わたっ、私じゃな──い!!? この触手が……なんか、勝手に!!」
黒板ごと壁を粉砕して隣の教室に吹っ飛んでいった父さんを横目に、首をブンブンと横に振る小梅さんに向き直り推理を口にする。
「まぁある意味では小梅さんの所為にはなると思います。……これアレですね、中に居るシュブ=ニグラスには外が見えてないんですよ。だから、あなたが負の感情と意識を向けた相手を、とりあえず敵認定して狙ってるんだと思います」
「…………!? そういうこと……!?」
うねうねと蠢く
体内に邪神の魔力が宿っていることを知った小梅さんの認識に呼応して、シュブ=ニグラスが表に出てきて──そのタイミングで彼女が父さんにイラついたから、この魔力は敵だと思って攻撃したのだ。
「いや、でも、うん。出ちゃったもんは仕方ない。小梅さん、このままコントロールを覚えちゃいましょう。父さんは頑丈だから大丈夫」
「息子のセリフではないわよ!?」
「いいんですよこんなんで。というか真面目な話ですよ、このまま引っ込められなくなったら人前に出られないでしょう。オマケにあなたの中の『シュブ=ニグラスの魔力』は、あなたが感情と意識を向けた相手を誰彼構わず敵認定して、その御立派なのを振り回すわけです。事実として死人が出ますよ」
「……っ!」
若干、脅し過ぎたかと思うけど、このくらい言えば超常現象も受け入れざるを得ない。
それに小梅さんは性根が真面目な人だ。責任感が芽生えれば、力に振り回されないように頑張って制御しようと努力してくれる。
「というわけで、小梅さんのストレス源である父さんにそいつをぶつけちゃいましょう。異能力の簡単な制御方法は『全力で使って上限を知る』です」
「確かに桐山くんは私に無限のストレスを供給してくる相手だけれど……そんな、流石にこういうのは……倫理的にダメじゃないかしら?」
「父さーん、あと何発耐えられるー?」
「一日中付き合えるぞ〜!」
「だそうです」
「ああ、じゃあ、遠慮は無用ね……」
未来人との邂逅に超常現象の発生、小梅さんのキャパシティを超えた出来事の連続に、とうとう彼女の目から光が無くなっていく。
「ていうか戻ってきなさいよ龍一。あんたが居ないと訓練になら「──れると困るんだよねぇ」
「……! 与一さん!」
壁の穴の向こうに行ったっきりの父さんを呼ぼうとした千夏さん。彼女の言葉に被せる少女の声。悠花さんが続けて声を荒らげ、顔を向けた先に視線を向ければ、そこには椅子に腰掛けてこちらのやっていることを眺めている、灰色の髪と衣服の少女が居た。
「やあ、忌むべき宿敵と関係者の諸君」
「……どっから見てた?」
「え。ついさっき。私の十八番だからねぇ、時空間操作は。ほらこの通り」
パチンと指を弾いた少女──グレイの周囲で、パキパキと空間が固まる音という耳慣れない異音が奏でられ、ボックス状の固定された空間の中に納まる彼女の肉体が透明になる。なるほどな、肉体に反射する光の屈折を弄っていたのか。
「なんだいその目は」
「これは『覗き見とかこいつ意外と俗っぽいなあ……』っていう相手を見ているときの目だ」
「……こいつが、グレイ? ただのガキ──にしては魔力がヤバすぎるわねこりゃ」
窓際に立つ千夏さんが、冷や汗を垂らして廊下側に座り空間固定を解除したグレイを見る。
「で、何がしたいわけ、あんた」
「私かい? 私はただ……過去に戻って来て、前回の私を負かしたやつらをぶっ倒したいだけさぁ。飾らずに言うなら殺す」
「そこは飾っときなさいよ、荒事苦手なのが二人ほど居るんだから」
「ふぅん。東雲悠花と夏木小梅。流石に東雲悠花ではないと思っていたから消去法でこっちも狙いに入れておいたが、どうやら正解だったか」
「……どういう、こと」
「この流れで何を狙ってるかなんて、そんなの一つしかないでしょーが」
グレイの発言に、悠花さんを庇っている千夏さんが呆れながら小梅さんを見やる。
双方の視線がぶつけられ、彼女はそれぞれを二度見してから周囲をうねうねしているシュブ=ニグラスの魔力を見上げて指を差した。
「これ!?!?」
「それだねぇ。いやはや、過去の
「……じゃあ、数十年後まで眠っているはずだった魔力がこのタイミングで目覚めたのは、お前がなにかやったからか?」
「────。ふふふっ」
こちらの言葉に、グレイは意味深に笑みを浮かべ、それから疑問符を浮かべて小首を傾げた。
「……いや、知らない。私は何もやってないぞ。なんでこの時期に目覚めているんだい?」
「え?」
「えっ」
──じゃあなんでいま一回『全ては想定通りだ』みたいな笑みを浮かべたんだよ!?
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