とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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過去と未来と親と子と 3/4

「え〜……いやぁ〜……これは本当に想定外だなぁ。なんでこのタイミングなんだ? 夏木小梅の体内のシュブ=ニグラスが表に出てくるのは数十年後の別の大学でだろう。えっこれ本当になんなんだ?」

「この件の黒幕が何も把握してないってなに!?」

 

 心底何が起きたのか理解できていない、みたいな顔をしている黒幕(グレイ)は、それから改めてこちらを見ると合点がいったように口を開く。

 

「……あっ。あ〜なるほどね。キミが自分で言っていたじゃないか、桐山与一」

「は? 俺?」

「さっき言っていただろう。『()()()()()()()()()()か。()()と分かれば()()』、まさしくその通り。本来なら知らなかったことを知った、居ると思った。()()()()()。単純な話さ」

「もう少し噛み砕いてくれるか」

「仕方ないなあ」

 

 グレイはやれやれとでも言いたげな顔で、一瞬だけ視線を斜めに上げてから更に続ける。

 

「小説と同じだよ。『そこにリンゴがある』と描写されるまでは、『そこ』にリンゴは『無い』んだ。『ある』と言ったから『ある』、『ある』と言わない限りは『無い』。桐山与一が『居る』と教えたから、夏木小梅はシュブ=ニグラスの魔力を認知したのさ」

「俺が悪いって言いたいのか?」

「いやいや。私がここに連れてきたのも悪い、私とキミの責任は……まあ、6:4くらいとしよう」

「俺の比率結構あるな……?」

 

 ──相手もそこそこ悪いと思ってないとその割合にはならないだろ……! 

 

「ま、過程だとかはどうだっていい。重要なのは最終目標だ。──桐山龍一と有栖川千夏、そして私が用意したシュブ=ニグラスの簡易顕現個体たちを殲滅した忌々しい呪言使い……言乃葉ミドリを殺す。そして断片を宿した夏木小梅と、あと東雲悠花もだ」

「なんで私だけそんなオマケみたいな感じで命を狙われてるんですか……!?」

「キミは今回の件とは関係ないけど、まあ……未来の分岐的な意味での……単なる知的好奇心?」

「『単なる知的好奇心』!?」

 

 あっけらかんとした顔で言い放つグレイに、さしもの悠花さんでもオウム返しする。

 そんな状況で、ふと、パンパンと()()()()()千夏さんが苛立たしげに返した。

 

「……もういい、もういい、もういい。殺す気なんでしょ? じゃあこっちが殺してもいいわけだ」

「あっはっはっは。さて、やろうか」

 

 カラカラと乾いた笑い声を上げるグレイは、それからスンと表情を戻しながらゆらりと大気を揺らめかせ、その小さな体躯の背中から見えない触手を6本伸ばすと────隣の教室と繋がった壁の穴の向こうから飛んできた学習机を2本の触手で受け止めた。

 

「おいおい、学生なら学生らしく学校の備品を大事にしたらどうなんだ──」

 

 一瞬だけ迸る魔力。速すぎるあまりに注意深く警戒していないと分からないほどの異能の行使。

 床に下ろした学習机と拳を振り抜く直前の父さんが刹那の内に入れ替わり、完璧なタイミングで魔力を灯した正拳突きが触手に突き刺さる。

 

「ぅおォッ……ラァ!!」

「むっ──!」

 

 ドボォ……!! という中身の詰まったスイカか何かを地面に叩きつけたような鈍い音。透明触手の1本が半ばから千切れ、返す刀で振り下ろされた2本目の触手が、既にバックステップしていた父さんの立っていた位置にある床をごっそりと抉った。

 

 半ばから千切れた透明触手が黒く変色しながらボロボロと

 崩壊していくのを尻目に、残りの5本を周囲にヒュンヒュンと空気を裂くように振り回して牽制するグレイが、忌々しげに父さんを見る。

 

「相変わらずの馬鹿力め……お前の怪力にも耐えられる設計にした圧縮魔力筋肉なのだがね」

「あん? にしちゃあ、硬さが足りねえな」

「『最高硬度を作らせたうえでそれすら千切れる打撃』にも耐えられるように、と細かく注文するべきだったかな。ならば、次だ」

「……! 父さん気をつけて、そいつの触手は1本につき6本にばらける!」

「っ──ウメコを庇え!」

 

 ばらりとほどけた5本×6の触手、計30本。それらが半数ずつ、悠花さんを庇う千夏さんとシュブ=ニグラスの魔力の引っ込ませ方を知らない小梅さんに殺到し、こちらと父さんでそれぞれを庇う。

 

「うぬっ、ぬっぐぅおおぉおっ!?」

 

【強化】の倍率を上げまくってから、殺到する触手を殴り弾いているのだが、ちょっとしたバイクか何かに衝突されるような衝撃が腕を通して体に伝わって骨が軋む。これ、これを、殴って千切ったのか!? 

 

「与一さん! 私はどうしたら!?」

「小梅さん……! 大事なのは、感情と意識……! 『誰』に、『何』をしたいか……!」

 

 横目でちらりと見れば、父さんはこちらよりも涼しい顔をして15本の触手を捌いている。このへんは単純な実力差か。背中の妖刀を抜く余裕も無い、なら、足りない()は文字通りに補う……! 

 

「雅灯さん!」

【はいはぁい、ようやっと呼んでくれましたね】

「うおっなんだぁ!?」

「あとで話すから!!」

【そういえば初対面でしたねぇ。それはさておき──【禍理の手】!】

 

 窓とこちらの間にするりと現れた雅灯さんに驚愕した父さん──驚いてる割には触手を叩いて逸らす動きは鈍っていない──に声を荒らげつつ、制御を任せた『手』を影から伸ばして両手で押さえきれない触手を受け止めてもらう。

『手』は一撃で砕けるが、魔力が足りていれば幾らでも作り直せるから問題ない。

 

「そのままでいいのかーい? ジリ貧だぞー」

「加害者のセリフがそれか……!」

「まったく仕方ないな。窓の外から下でも見てみればいい、それで本気を出せるだろう?」

「……? すみません俺たち以外で動けそうな人! 窓から外を見てください!」

「あっ、は、はい!」

 

 グレイの言葉を聞いて、しかして後ろを見るわけにもいかない。咄嗟に言えば、悠花さんが返事して窓の外を見る。直後、困惑気味の声が返ってきた。

 

「…………え、せ、生徒と先生が、みんな……外に出ていってる……??」

「なに? ──【人払い】か!」

「イエ〜ス。だってほら、キミらが繊細すぎるからさあ。なんの被害も無い空間を作らないと本気出せないだろう? だからこの学校全体を【人払い】で包んだ。私の気遣いに感謝したまへよ」

 

 ニヤニヤとしながらも、攻撃の手は緩めないグレイ。ついでに言えば、彼女の背後で父さんに破壊された触手が再構築を始めている。

 

「そうら、先ずはキミからだ桐山与一」

「っ、ぬぐ、くぉおっ!?」

「与一! ……千夏!」

「無理! あんたと何を入れ替えろっての!」

 

 ドドドドドド!! という触手の連打。殴る動きの回転が追いつかず、やがてガードが剥がされた。

 耐え……られるか? こんなもん胴体で受け止めても青痣で済むのは父さんくらいだ、こちらの【強化】では2〜3発で限界を迎える。──せめて後ろの小梅さんだけは守…………ん? 

 

「──今、ここには、()()()()()のね?」

 

 戦闘が始まってからずっと大人しかった小梅さん。それに伴って動いていなかったシュブ=ニグラスの魔力が、()()()()()圧力を増している。

 

「おっとぉ?」

 

 危うくこちらの胴体をこそぎ落とすところだった触手と、父さんたちを狙っていた触手を全て手近に戻して、グレイはそれらを5本の太い触手に戻しながらこちら──の後ろの小梅さんを警戒していた。

 

「皆が、庇ってくれていたから……お陰でゆっくり、()()()を操作する感覚を磨けた」

「まさか……この短期間で……?」

「どうやら、この子は、あなたのことがよっぽど嫌いみたいよ」

 

 1本、2本、3本と。小梅さんの周囲をぐるりと囲むシュブ=ニグラスの魔力が増えていく。

 恐らく向こうにとっても想定外の状況、グレイは小梅さんが想定を上回る速度で異質への理解とコントロールを覚えていることに汗を一滴垂らす。

 

「奪い合いになった『神』の断片、それがこの子。つまりあなたは、この子が私の中に逃げ込んだ原因。……いえ、犯人ね」

「ふぅん。驚いた、()()()のか。()()から」

「ええ。急に湧き出てきたから最初は驚いたけれど、こうして落ち着いて聞いてみれば、普通にいい子だったわよ。──だからこうして、この子は、現状の打破に協力してくれている」

 

 ゆらり、と。小梅さんが一歩前に出る。倍増していく威圧感。あの丞久先輩が『相性が良すぎる』と評価した理由が、よく分かった。

 ──なるほど。この時代のこの世代で、本当に恐ろしいのは、父さんでも千夏さんでもなく、神の断片と適合していた小梅さんだったのか。

 

「まだ校舎に人が居るなら、この子を使うわけにはいかなかった。でも、他に誰も居ない今なら、もう……我慢させる必要は、無い」

「──ウメコ、全力でやれ! 俺と与一と……あとその変な姉ちゃんがサポートする!」

「そういうことだから……全力で、暴れなさい。──シュブ=ニグラス!!」

「やべっ、千夏さん伏せろ!」

「きゃっ!?」

「危ねぇ──っ!?」

 

 指示を出した、直後。小梅さんの周囲にとぐろを巻いていた触手のような魔力が、ゴウッと空気を押し出すようにその身を解放させる。

 駆け出しながら千夏さんに叫び、父さん共々前屈みの姿勢で前に出つつ、後ろで悠花さんを引き倒して伏せる千夏さんを見届けた。

 

「こぉ、れは、流石に不味いかぁ?」

 

 教室内の机も椅子も、壁も窓も何もかもをなぎ倒し粉砕し吹き飛ばしながら迫り、こちらの背中の上を通り過ぎていった触手を前に、グレイは再構築が終わって6本に戻った透明触手のうち3本で受け止め──3方向からの触手同士の押し合いが始まる。

 

「3本は封じたわ! あとはなんとかして!」

「すんげぇ投げやり。でもよくやったウメコ!」

「舐めるな、まだ18本あるぞ」

 

 ばらりと残り3本の触手を6本ずつに分解。グレイがこちらと父さんに9本ずつ分割して殺到させようとして、ピクリと反応し──反射的に背後に伸ばした3本を縦に伸ばして壁にして、斬撃を防ぐ。

 

【ちっ、惜しい】

「この、タイミングでか……!」

「悪いな、悪霊の他にも付喪神が居る。『居るのは知ってる』けど『何時出てくるか分からない』と、意識を割くのにも一苦労だろ」

「ま〜たなんか増えやがった」

「あとで話すから」

 

 竹刀袋に入れて背負ったままの妖刀、それに魔力を流しておけば、袋から出して刀を抜くという余裕は無くとも九十九だけは外に出せる。

 あとは九十九を外に出す燃料分の魔力で分身刀を作らせれば、お手軽に戦力の完成。

 距離の関係で妖刀を背負うこちらから離れすぎることが出来ない九十九でも、この教室内くらいは十分範囲内に含めることが出来るからな。

 

「っ、面倒な」

 

 ともあれ、いきなり現れた九十九に驚きつつも、こちらの反応で敵ではないと判断した父さんが意識を切り替えた。こちらの戦力バランス……と言うか、この段階でコンスタントに火力を出せるのが父さんだけなのだが、かといって触手の比率を父さんに傾ければ──九十九の刀とこちらの拳がねじ込まれる。

 

「一番厄介なのは私の触手を千切れる桐山龍一……ではない、っ危なっ!?」

「お、そいつも空間置換(いれかわり)の対象なんだ」

【……それ使うなら事前に言ってちょうだい】

「いや事前に言ったらバレるじゃん」

 

 触手たちを殴り弾き、九十九が刀を振りかぶるスペースを作ると、グレイは斬撃に耐えられるようにと触手を数本束ねる──が、刀を振り抜く直前、ガードした方向とは真逆に立つこちらと入れ替わる。

 

 しかし九十九の振るう切っ先が首を刎ねる寸前、グレイは屈んで避けつつ乱雑に触手を振り回して距離を取る。向こうは向こうでよく避けるな。

 

 触手一つに纏められた触手3本はシュブ=ニグラスの魔力触手3本とぶつかり合って相殺中。

 残り3本を6本にばらし、18本分として全方位に振るって対処しているグレイは、こちらと父さんと九十九、それに加えて千夏さんの空間置換の対処を迫られている。全員を警戒しながら全員の入れ替わりの警戒までしなければならないのはストレスだろうが。

 

 ──けれどもグレイは、笑っていた。

 

「……ふふふ、いいねぇ。それでこそ未来から戻ってきた甲斐があった。前と違って事前準備が出来ているんだ、()()()()が最低ライン。あとはここから──互いの切り札の使い所の見極め合い」

「こいつマゾか?」

「たぶん似たようなもん」

 

 父さんのボヤきに返しながら、こちらも考える。グレイはこうして戦うのを楽しんでいるが、しかして恐らく、後日の本番──すなわち大学での事件をもう一度やろうとしている。

 しかも、今度は何が起きて、誰に邪魔されて、最後にはどうなったかを全て把握している状態で。

 

「……だから、俺を連れてきたのか」

「あん? どういうことだ?」

「自分だけに未来の情報がある状態で戦っても一方的に勝ててしまう可能性が高い、だから未来から俺を連れてくることで、こいつのやりたい『全力での良い勝負』に興じたかったんだな?」

「マジで言ってんのかよ……」

「────。さあねえ。ただまあ、キミがそう思ったのなら、それでいいんじゃない?」

 

 軽く引き気味の父さんを横目に、ニヤリと笑うグレイ。その顔が答えを物語っているようなものだったが、だとしたら、その。

 

「……俺を呼ぶことで戦力差をイーブンにしたかったんだろうけど、だとしたら……ちょっと、お前にとっては悪いことをしたかもしれん」

「うん?」

「──ここに来て、俺が()()()()と思う」

「……うん??」

 

 疑問符を浮かべるグレイの前で、こちらも握り拳の親指と小指だけを伸ばし、親指を耳に、小指を口許に当てて、軽く揺らしてジェスチャーしながら……少しばかり申し訳ない顔で口を開いた。

 

「電話したんだよ、こっちの()()()に」

「なに────」

 

 ──刹那。グレイの姿が『く』の字に折れ曲がりながらブレたかと思えば、横に撥ね飛ばされて反対の壁を破壊しながら隣の教室に吹き飛ぶ。

 そして、グレイが立っていた位置には、グレイが吹っ飛んでいった方向に、ピンと真っ直ぐ蹴り終えた足を伸ばした男性が立っていた。

 

「……とりあえず、一番邪悪そうなのを蹴り飛ばしてみたが。一つ聞かせろ」

「来るのが遅いんですよ」

「うるせえ。──お前、なんで誰にも伝えてない俺個人の電話番号を知ってんだよ」

「そりゃあ、まあ」

 

 足を下ろしながらこちらを睨む男性に、苦笑しながらも返答する。

 

 

 

 

 

「番号を教えてもらえる程度に、仲良くさせてもらってるからですよ。姫じ……まだ違うか。園崎ヒカリさん。こっちでは、初めましてかな」

 

 この時代では、まだ連盟組織所属。

 そして、本来の歴史ではこれから離脱する、組織創始者の魔術師。

 のちに色々とやらかす男──まだ園崎だった頃の陽狩(ヒカリ)さんが、怪訝そうな顔をしていた。




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