とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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4Aをまだ読んでいない方は、先ずはそちらからご一読ください。


かわらぬ挨拶 4B/6

 さっさと横断歩道の方に駆けていった与一を見送り、やってきたほなみに自己紹介。

 ここまでは前回と同じだったが、今回は少女が飛び降りをする予定のビルの方を調べるため、ほなみを連れていかなければならない。

 

「──あっちのビルに行きたい? なんで?? 与一くん来るまで待ってようよぉ」

だよなー……

 

 真冬にはビルに行かなければならない理由がある。しかし、カフェが目的地のほなみにはわざわざそちらに行く理由が存在しないのだ。

 

「いやぁまあ、その、あー……そう、実はうちの高校の社会科で建造物を調べる……宿題? みたいなのがあって、こう……どうせなら外出ついでに見に行けばいいじゃん? みたいな?」

「はぇ~……最近の高校生ってそういう授業があるんだねぇ……」

「どうせ与一が来るのも遅れるし、ビルの中なら冷房も効いてるしさ……」

 

 そこで言葉を区切り、真冬は刹那の逡巡を挟み、苦虫を噛み潰したような顔で、屈辱と恥を重ね合わせたような表情をしながらほなみの手を指でつまむように掴んで絞り出すように呟いた。

 

「い、行こうよ……ほなみ……()()()()()……!」

「──マ゜ッッッ!?!?!?!?」

 

 ピシャーン!! と雷が落ちたような衝撃。外国人の血が混じったプラチナブロンドの美少女が──屈辱と恥と怒りで──頬を赤らめ、そんなことを言って甘えてきたとして、果たしてどれだけの人間がその提案に逆らえようか。

 

 奇声をあげたほなみもまた、一瞬フリーズしたのち、据わった目で真冬に返した。

 

「今日から有栖川ほなみって呼んでね」

「冗談は()してくれ」

「ビルに行こうか、お姉ちゃんと一緒に。お姉ちゃんと! 一緒に!!」

「…………。末代までの恥だ」

 

 先程とは打って変わって、やや興奮気味に前を歩くほなみの背中について行く真冬。

 仮にこの場に与一と結月が居たら、煽り倒されることは必至。なんなら結月は『真冬で末代になりそうだけどね』くらいは言うだろう。

 

 ループを終わらせるための行動だが、このループだけは無かったことにならないかな。真冬はそう思案しながらビルへと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──カフェのすぐ近くにあるビルは、その近さに反して入口が真逆に位置しており、歩いていくと10分は掛かる距離となっていた。

 次のループではタクシーでも……と思った真冬だったが、ビルの周りはかなり混雑しているため、恐らく徒歩も車も変わらないと悟る。

 

「ほあー……高いね」

「全13階……へえ、バーとか夜間塾もあるんだ。人はあんま居ないな」

「それで、何について調べるの?」

 

 入口近くの案内板を見ていた真冬にほなみが問い掛ける。考えるそぶりを見せたあと、真冬は振り返ってから上を指差した。

 

「屋上」

「なんで???」

 

 有無を言わさず二人でエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す真冬は、ずっと疑問符が頭に浮かんでいるほなみに言う。

 

「…………こう、最上階から、階段で1階に降りるときの……時間? を確かめる? みたいな……なんかそんな感じのやつ」

「うへぇえぇ~~……私、高所恐怖症なんだけど、行かなきゃダメぇ?」

「いや別に外に出る訳じゃないし」

 

 ウイ──ンと上に動くエレベーターの中でげんなりしているほなみを横目にそう言いつつ、真冬が脳裏で思考する。

 目的である少女の飛び降りは屋上で起きるため、ほなみには出入口辺りで待っていてもらうことになる。そもそも外に出れば彼女は死ぬため、じっとしていてもらうしかないのだ。

 

「……ん?」

 

 と、そんな折。順調に上昇していたエレベーターが4階で止まり、扉が開く。

 外から入ろうとした女性が二人を見て、上行きか下行きかを壁上部のランプで見て足を止める。どうやら下に行きたかったのか、申し訳なさそうに数歩下がった女性を前に扉は閉まった。

 

「あの人、古い本持ってたね」

「本?」

「バッグに入ってたよ、読書家なのかな。オカルトチックなアクセサリーもいっぱいつけてたし、ちょっとゾワッとしちゃった」

 

 改めて上昇を始めるエレベーターの中で、ほなみは小首を傾げながら呟く。

 

「ふーん…………、……ッ!?」

 

 真冬が不意に一つの可能性に気付き、咄嗟に6階まで上昇していたエレベーターの7階のボタンを押して停止させる。

 開いた扉から外に飛び出して、突然の行動に困惑しているほなみに言った。

 

「さっき言った通りに最上階から階段で下まで降りてきて。余計なことはせずに!」

「えっ!?」

「はいじゃあヨロシク!!」

「私の扱いおざなりすぎな──」

 

 ガコン、と扉が閉まり、エレベーターは上へと向かった。真冬もまた踵を返して階段で下に向かい、先程の女性の元へと急ぐ。

 人が死ぬループという異常事態に加え、それよりも前に自身とクラスメートが巻き込まれた事件も相まって、『ちょっと怪しい』程度も疑って掛かれと本能が告げている。

 

 ──どうして、そんな怪しい人物がこれから飛び降りが起きる現場から出ていこうとしてるのか。もはやこじつけに近い結論だが、あの女性は黒幕で、今まさに逃げようとしているのだろう。

 

「ハッ……陰謀論みたい」

 

 呆れ気味に独りごちる真冬は、7階から6階、さらに6階から5階へと降りる途中、階段に紙コップが捨てられていることに気づく。

 中身は空で、しかし拾い上げたところ、黒い水滴と渋い香りから誰かがコーヒーを飲んでいたのだろうと推察できる。

 

 持ち前の運動神経で跳ねるようにして階段を駆け下りる真冬が4階にたどり着くと、そこにはエレベーターを諦めて階段で下りようとしている──白い服の女性を見つけた。

 

「……ん、あら。さっきの」

「どーも」

 

 足音に気づいた女性を前にして、さて、と口に出さずに思考し、真冬は次の行動をどうするべきかと悩む。自分を睨みながら黙る真冬に困ったようにする女性は、彼女の発言に耳を疑った。

 

「……あんた、魔術師だろ」

「────。なんの、こと、かしら」

「例えばそうだな……あんたは時間に関係する魔術を使える。そしてこれから女の子が飛び降りるのは、あんたの仕業──だったりして」

「っ……!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる真冬に()()()()()()、女性の柔らかい表情に亀裂が走る。反射的にトートバッグを庇うように立ち方を変えた女性は、逃げるのを察されて真冬に掴み掛かられ壁に押さえつけられた。

 

「う゛っ……」

「手荒で悪いな。でもこっちも余裕がない、何度も何度も知り合いが死んでるんだわ」

「…………??」

 

 ()()()()()()()()()、とでも言いたげな女性の訝しむ顔は、片腕を背中に回すように捻り腹側を壁に押さえつけている真冬には見えていない。

 

「そんじゃあ、本は没収──」

「……! 返して……!」

 

 片手をバッグに突っ込み、真冬はひょいと古い本を取り上げる。そのまま表紙を読もうとしたその瞬間、彼女の脳に情報が叩き込まれた。

 

「う、ぁ……!?」

 

 漠然とした、しかして凄まじい力が秘められていることを理解し、無意識のうちに手の力が緩みバサリと本が床に落ちる。

 

「■■■■」

 

 その隙を見逃さず、女性は早口で()()を唱える。異国の言葉を聞いてすぐさま女性と本から離れるように後ずさる真冬は、異様な雰囲気と共に、床の本の模様が泡立つのを視認した。

 

 ボコリ、ボコリと浮き上がった泡が、重力に反して宙に浮かぶ。()()が虹色のビー玉状に成形される光景を前に、真冬の体は脊髄反射で横にステップを踏み────

 

「っ、まずっ」

 

 ──落下を始めた玉がいきなり角度を変えて、目で追うのも難しい速度で自分の体を音もなく通過する。一拍遅れて胸と腹の辺りに焼けるような痛みが走り、力が抜けた真冬は背中から壁にもたれ掛かるようにストンと座り込む。

 

「…………ごぼっ」

 

 びちゃびちゃっと口から鮮やかな赤色が溢れ出て、それが血だと気づき、真冬の視線は上を向く。自分を攻撃してきた張本人の女性は、真冬が致命傷を負った様子を見下ろしてホッとしていたが、別の玉が突如として狙いを変える。

 彼女の眉間を2発の玉が通り抜け、何が起きたのかすら理解するよりも早く、女性は絶命してどしゃりと床に崩れ落ちた。

 

「……なんだ、これ…………」

 

 喋る度に激痛が全身を駆け抜け、痛みに反して体の末端から熱が抜けるように冷えて行く。意外と冷静に自分の死を理解できているのか、真冬は懐から携帯を取り出して電話を掛ける。

 

【もしもし? ビルの方はどうだ?】

 

 電話の向こうから聞こえてくる幼馴染の声。自然と口角が緩み、肺に穴が空いているのかどんどんしづらくなっている呼吸を整えた。

 

「…………」

【真冬? どうした?」】

「ごぶっ、ごほっ……悪い、与一、ミスった、たぶん、死ぬ」

【──なにがあった】

「生きてたら、次で話す、とにかく、今から言う、特徴を、頭にいれ、とけ」

 

 ちらりと視線だけを動かして、うつ伏せに倒れている女性を視界に納めて言葉を選ぶ。

 

「白服、女、大量のアクセ……バッグに、古い本……なんか、唱えて、ビー玉、みたいなのが、体に、穴あけた……女も、それで死んで……」

 

 頭がぼんやりとし、手の力が抜けて、携帯が穴からこぼれて床に溜まった血の中に落ちる。最低限のことは伝わっただろう。ならば、このループでの役割は終わった。

 

「──ま、真冬ちゃん!? なんっ、なんで、こっちの人も……ひどい……だ、大丈夫!?」

「…………」

「すぐ救急車呼ぶから!」

 

 ほとんど聞こえてない耳が()()の悲鳴を捉え、掠れた視界が()()が階段を駆け降りて行くのを見送る。ただただ体が寒く、ひたすらに眠い。

 

「……まあ……これで……ほなみの、痛みも……少しは……理解、出来たの、かな」

 

 ずるりと体が倒れ、視線が横向きになる。真冬が最期に見たのは、女性の血が触れた途端に風が吹いている訳でもないのにひとりでに動き、パラパラとページが捲れていく古い本だった。

 

 

 

 そして、彼女の意識は暗闇に落ちて行く。何度も聞いている、ガラス瓶の中で何かを転がすあの音が鳴ることは、終ぞ訪れないまま。




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