とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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過去と未来と親と子と 4/4

「俺から聞いた…………そうか。お前、未来から時間を遡って来たのか」

「あ〜理解が早いのって凄い助かる」

 

 少ない情報で答えにたどり着いたヒカリに、与一は安堵の表情を浮かべる。

 

「……細かい話はひとまず置いておくとして、だ。一応聞いておくんだが、ここにはお前ら以外にはもう誰も居ないんだよな?」

「気配も感じませんし、だと思いますけど」

「そうか。なら────」

 

 そこで言葉を区切ると、ヒカリは両脚に魔力を込めながら、グレイを蹴り飛ばした方に意識を向けつつ与一たちに淡々と言った。

 

「──上の階には行くな」

 

 その言葉を最後に、ヒカリの姿が一瞬で掻き消える。遅れて隣の教室から打撃音が何度も聞こえてくるのを耳にして、与一が深く息を吐いてから手近の椅子を手繰り寄せて深く腰掛けた。

 

「はぁ〜〜〜疲れた」

「おい与一、あのおっさんの手助けに行かなくていいのか?」

「いやぁ要らない要らない、俺たちが混ざった所で邪魔にしかならないから」

「……あの人は、誰なんですか?」

 

 与一は龍一の言葉に返して、悠花からの問いにも少し考えてから答える。

 

「この国には、連盟組織という魔術師・軍人・警察が合同で作り上げた平和維持組織があります。その目的は悪意ある魔術師などの犯行を防ぐこと。ヒカリさんはそのメンバーの一人というか……創始者の一人、ですね。ああ見えてかなり歳上です」

「まあ確かに、ありゃ強いわ。アタシと龍一と与一くんが束になっても……勝率4割くらい?」

「結構あるのね……?」

 

 千夏がそう言うと、小梅はシュブ=ニグラスの魔力を薄めて触手状の塊を霧散させる。

 背中から生えるように伸びていた魔力から解放されたからか、彼女は軽くなった体を伸ばしてパキパキと骨を鳴らした。

 

「それで、このあとはどうするの?」

「ヒカリさんがグレイの相手をしてますからねぇ。終わるのを待つしかないでしょう」

「……あの人は、グレイに勝てるのかしら」

「最低でも負けはしませんよ、今のヒカリさんは全盛期ですから。ただ──グレイはグレイでここで死ぬようなヘマはしない」

「逃げ切られるかも、ってこと?」

 

 小梅と会話を交わす与一は、たぶん、と言って頷く。それから窓ガラスから壁までがごっそり破壊された部分に視線を向けて外を見て、気だるげに呟いた。

 

「見晴らしが良くなったなぁ〜」

「ぶっちゃけウメコが一番この学校を破壊してるんじゃねえかな」

「まあ〜……これから2位になりますよ、今ちょうど1位が暴れてるので」

 

 

 

 

 

 

 

 ──動きが、速すぎる。

 

 グレイの思考がそんな文句で埋まる。触手を振るおうにも、振り抜く前には既におらず、叩き込まれる蹴りは大型トラックと真正面から衝突したかのように強烈な重さと勢いが同居していた。

 

「ぐっ、おっ!?」

「遅い遅い遅い。遅すぎる。こんなノロマに苦戦してたのか、あのガキ共は」

 

 左脇腹への蹴り。それを認識して左側を触手で薙ぎ払えば、次の瞬間には右から側頭部への膝蹴りが飛んでくる。それはすなわち、【韋駄天】──脚力特化型強化魔術による先の先。

 相手に半ば強制的に後手に回らせる先手必勝の動きは、肉体を失った自身の魂と適合する人造神格のボディを手に入れてもなお追いきれない。

 

「くそっ……お前は、今日の午後から、別件で数日ここらに居ないはずだろう……!」

「ああ、俺もそのはずだったんだがな。拠点を出る直前で、誰にも教えたことがない俺個人への電話が来やがったもんだから反応しないわけにはいかねえ。オマケにあの男は面白いことを言いやがった」

 

 ヒカリの言葉を遮るように、教室と廊下を隔てる壁を巻き込む形で大振りの横薙ぎ。

 それを避けつつ、ひしゃげて宙を舞った出入口のドアを掴んでグレイに叩きつけ、ラケットに弾かれたボールのように後方へと跳ねる彼女に追いつき天井に蹴り上げ上階に無理やり移動させると、ヒカリは天井(ゆか)の穴の横で起き上がるグレイに言った。

 

「『大学に向かった言乃葉ミドリは、貴方(おれ)の助けがないとこのままでは死んでしまう』──だとよ。てめぇが犯人だと考えれば合点がいく。未来から過去のミドリとあのガキ共を殺しに来たんだろ」

「……まったく、頭の回る脳筋はこれだから嫌いだ。お前との戦いは……()()()()()()()

「同意見だな。そういうわけでさっさと死ね。そうでなくとも暫くは動けない体になってもらう」

「……? ────ッ!!?」

 

 一拍の間。──瞬間、グレイの全身が……否、廊下の空間全体がビリビリと凄まじい威圧感で震え、本能が強烈な『死』を訴えかける。

 

「安心しろ、刹那の内だ」

「っ──マズっ」

 

 あまりの圧力に、体の動きが鈍くなる感覚。けれども即座にそれは違うと察する。窓の外を飛ぶ鳥を見て、違和感に気づいた。

 外の鳥の羽ばたきが、遅い。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「空間操作による時間への干渉……!!」

 

 グレイは咄嗟に手の中に銀の鍵を生成し、後ろに放って背後の空間に突き刺し【門】を開くと、どんどん遅くなっていく触手を動かし全てを眼前に束ねて衝撃に備える。それから間を置かず、不思議なほどに鮮明に、ヒカリの声が耳に届いた。

 

 

 

 

「【光速領域(タキオン)】」

 

 

 

 

 ──構えていた。注意していた。

 けれども、バツンと。ブレーカーが落ちたかのようにグレイの意識が飛ぶ。

 最後に視界にあったのは、【門】の向こうの廊下に立つヒカリの姿。

 

「かっ、げっ、ごぶっ……!?」

 

【門】が閉じ、咄嗟に逃げた廃ビルの壁にめり込んだ体を床に倒れさせる。血の塊を吐き出しながらも、謎の空間干渉を実際に食らうことで、彼女はヒカリが使った魔術の効果を把握した。

 

「ごほっ……なる、ほど……アレは、単純な空間操作能力。……周囲の、自分以外の全ての速度を落とし、自身はあの高速移動で相手にぶつかる……バカみたいだが……ああいう単純な人間は、単純な技を愚直に使っておくだけで雑に強いから困る……」

 

 衝撃であちこちの骨が砕け、手足もひしゃげ、盾に使った触手は全てが千切れ再構築にも時間が掛かる。深いため息をついて、グレイはうつ伏せの姿勢からなんとか仰向けに体を直して天井を見上げた。

 

「姫島ヒカリ……いや、こっちではまだ園崎ヒカリか。お前が来ることは想定済みだが、このタイミングだとは思っていなかった……予想では、大学で計画を進めてからの予定だ……そもそも桐山与一が連絡するとして、来ることがおかしい、この時のお前の警戒心なら戦いが終わるまで様子見していた筈だろう」

 

 既に再生を始めた体が軋み、内部の再生で激痛が走り顔をしかめるグレイは続ける。

 

「……何事も全てが想定通りに進むわけではない、か。まあ、桐山与一を連れてきた甲斐はあった……かな。うん。対ヒカリ用の準備もするとして……私はどちらを本命とするべきか」

 

 痛みを味わいながら、体を治しながら、グレイは計画を考え、楽しさに無邪気に笑う。

 

「何事も臨機応変に、だなぁ。私の目的は、結局のところ万全の状態で、全力で戦うこと。桐山龍一か、桐山与一か。そのどちらかになりそうだが────。私はやはり、桐山与一に期待してしまうかもなぁ。ふっ、ふふっ、ふふっふははは」

 

 笑う。グレイは声を上げ、笑みを浮かべて、納得のいかない()()()()()()を超えた、()()()()()()を求めて、全力の勝敗を決しようとしている。

 

「……なあ、ショウ。白百合(ショウ)。敗北者同士だからこそ、分かるんだ。キミも、私も、求めているものは同じなんだって」

 

 最後に深く息を吐いて、休息のためにまぶたを閉じる。グレイの笑い声は、意識が途切れるまで、延々と廃ビルのコンクリートに響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「逃げられたぞ」

「なぁにやってんですかね」

「でも致命傷は与えたから大丈夫だろ。あれで生きてても治すのには時間が掛かる」

「じゃあいいか」

 

 上の階でダイナマイトが爆発したのではと言わんばかりの轟音と衝撃が炸裂し、恐らく廊下を中心に校舎が吹っ飛んだのだろうと予想して数分。戻ってきたヒカリさんの雑な報告を聞きながら、我々六人で高校の敷地から出て被害を眺めていた。

 

「……俺らの高校がめちゃくちゃになっちまったのはどうすりゃいいんだ?」

「あぁ〜……ヒカリさん、魔力圧縮結晶と時間操作による被害の巻き戻し、あと記憶処理による情報規制は出来ませんか」

「──そういうのも知ってんのか。……わかった、こっちでなんとか上を納得させてやる。その代わりに全部話してもらうからな」

「まあそれくらいなら」

 

 二階の空き教室の壁と、三階の廊下の壁全体が名中から外側に爆ぜたように破壊されている高校。グレイが校舎全体を覆っていたらしい【人払い】の効果も切れたのか、警察や消防、野次馬が現れ始めたのを皮切りに、こちらも一旦離れるべく歩き出す。

 

「話をするってんなら、落ち着ける場所に行かない? アタシの家……はこの時間だと母さんが居るからやめたほうがいいわ。龍一んとこは?」

「俺んちは安いアパートだからなぁ。この人数はちょいとばかり狭い」

「私の家はここからだと少し遠いわよ」

「……じゃあ、私の家に来ませんか」

 

 千夏さんと父さん、小梅さんに続いて、おずおずと悠花さんが提案する。

 

「悠花の家、この近くなのか?」

「ああ、はい、近いです。その……皆で腰を据えて話をするのには向いてる程度には広いかと」

「あらそう。んじゃ悠花の家に決定で」

 

 父さんの問いにモジモジしながら答え、千夏さんが纏めてから悠花さんの先導で案内される。学生組四人の背中を眺めながら、ヒカリさんと並んで後ろを歩いていると、不意に話しかけられた。

 

「お前、未来の連盟組織に所属してんのか」

「いえ。所属してる人に師事はしてます」

「……まさか、俺のことか?」

「いやいやいや、別の人ですよ。俺は探偵やってて、同業者兼組織所属の魔術師が居るんです」

「そうか」

 

 そこで一旦会話が途切れ、それから逆にこちらからも質問を投げかける。

 

「さっき、【光速領域(タキオン)】を使いましたよね」

「……お前、未来の俺から『これ』のことを教わってたのか。っつーことは【韋駄天】も使えるってことでいいんだよな?」

「はい」

 

 さっき、ヒカリさんとグレイが戦っていた時に校舎全体に発生した、時間差のような()()。アレは空間に干渉して自分以外の全ての速度を低下させる【光速領域(タキオン)】特有の感覚だ。

 

 時間と空間は密接に関係しているからこそ、空間に干渉できるなら時間を操作できるし、時間に干渉できるなら空間を操作できる。

 

 ──そして、【光速領域(タキオン)】とは、空間操作によって自分以外の全てを遅くして自分だけが【韋駄天】で超加速する脳筋技なのだ。

 

 ……なにを隠そう、この人は未来で、こちらとリオンちゃんと戦ったあのデパートの中で『これ』を食らわせようとしたことがある。こんなもん食らったら木っ端微塵どころか血煙になるわ。

 

「でもアレ、空間操作による世界とのズレなんかの問題で1日1回が限界ですよね」

「ああ。だが、逆に言えば1日1回は必殺の一撃を食らわせられるんだ。向こうは俺の【光速領域(タキオン)】は警戒するが、同時にこうも考える」

「……『俺も使えるのではないか』、ですね。実際、教わっているので使えはしますが、向こうも空間操作を得意としている以上、似たような能力で時間操作を行える可能性も考慮するべきかと」

「そうだな」

 

 ともあれ、今回はグレイを退けることは出来た。あとは大学で起きる事件の解決と、本格的なグレイとの決着をつけるだけ。

 あいつが何をしたいのかいまいち本心が掴めないが、まあ、戦っていくうちにわかるだろう。

 

「あ、ここです」

「……うおっ、でっか!?」

 

 ──と、そこで、足を止めた悠花さんに続いて見上げた先を見て、父さんが声を荒らげる。

 千夏さんと小梅さんも口にせずとも同じことを思ったのか、悠花さんの家──を囲む壁を見上げる。そう、ここは、住宅街の一角に存在する、木造の和風屋敷だったのだ。まあ確かに広くはあるが……

 

「お入りください」

「たまに外歩いてて見かけるこのデケェ屋敷、悠花の家だったのかよ……」

「って噂されるから、あんまり話したがらなかったわけね。いやそれにしてもデカ……」

「御立派なお屋敷ねぇ……」

 

 そう言って敷地内に入るための扉をギギギッと開け放つ悠花さんに案内されて中へと入る。そこから更に建物の玄関に向かうべく歩いていると、ふと彼女がこちらにこそりと小声で話しかけてきた。

 

「あの、与一さん」

「なんですか?」

「あとで話してもらうつもりだから、今のうちに心構えをしておきたくて……」

 

 などと口にして、悠花さんは言う。

 

「──あなたのお母さんは、桐山くんの妻は……私なんですよね?」

「…………」

「だから、最初に私を見て、思わず口にしたんですよね? 『母さん』って」

「…………。本当に、迂闊だったな」

 

 女の勘ってやつか、はたまた。

 確信を持っているかのような断言に、こちらもまた、顔を手で覆って視線を逸らす。

 

「ふふ。あとは、なんて言えばいいんですかね。その……まあ、そのぉ」

 

 ちらり、と。敷地内の屋敷の大きさに驚いている父さんを見てから、頬を染めて続ける。

 

()()()()()()()()、という願望も、あって」

「…………。ははぁん。いやぁ、あんまり息子の言うセリフじゃないんだろうけど──」

 

 悠花さん。──母さん。彼女から父さんに向けた矢印を察して、呆れ気味にこちらも言った。

 

「あの人のどこが良いんですかね」

「本当に息子の言うセリフじゃない……!」

 

 

 

 

 

『続』




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