「粗茶ですが……」
「うーん美味い」
「粗茶その2です」
「まあまあだ」
「粗茶スリー」
「しっっっぶ!? 茶葉入れ過ぎだバカ!」
こちらは悠花さんの適度に熱く適度に香りの立つ緑茶を飲み、ヒカリさんは小梅さんの淹れたお茶に真顔で対応し、父さんは千夏さんの淹れたお茶の渋さに渋い顔で返しつつ噴き出すのを堪える。
──グレイに連れられ過去に来てからまだ数時間。悠花さんの家であるらしい和風屋敷の居間にあるテーブルを囲み、諸々の情報共有をしていた。
「……で、話を纏めると、今ここにいる半分が死んでることになんねぇか?」
「なってますね」
「俺と悠花はお前が10歳の時に死んで、その時のアレコレが原因でパンデミックが発生するのを阻止するために未来から来た千夏の旦那が来て?」
「で、アタシは細菌とウイルスの研究者になってて、色々あって旦那を庇って死んで?」
「私は大学教員になってからシュブ=ニグラスの魔力を利用された結果、記憶を処理されて息子を残して海外に逃がされて?」
「俺は死んだミドリが神格顕現の素材に使われたのを切っ掛けに連盟組織を見限って、そのあと死んだ妻を生き返らせるために娘を放置して宗教立ち上げて人集めたりしてお前らに襲いかかったと」
「…………うわぁ……」
ちらり、と小さく声を漏らした悠花さんを見る。物凄い顔をしていた。気持ちはよく分かる。
ここにいる全員が壮絶な人生を送ることになるわけだからね。
「いやあ、壮絶ですね。で、俺は小梅さんの問題に関わってた魔術師の弟子として探偵をやったり、無貌の神に狙われてたり、ヒカリさんの問題に関わったり、千夏さんの旦那さんと同じ時代の未来からやってきたグレイにここに連れてこられたりしました」
【なんか不幸自慢大会になってません?】
「正直ここにいる6人で優勝狙えますね」
「……あのー、与一さん」
「なんです?」
と、ふと悠花さんが、こちらの頭上で涅槃のポーズで寝そべる形でふよふよ浮いている雅灯さんをちらちら眺めながら問いかけた。
「さっきも教室で見ましたけど、そちらの……幽霊? さんは、どちら様なんですか?」
【与一くんに取り憑いてる悪霊の雅灯で〜す。よろしくお願いしますねぇ、お義母さん。お義父さんも……ね。ふふふ、うふふふふ】
「は、はあ……なるほど……?」
「なんかニュアンスが変じゃなかったか」
「とりあえずこの人は無視してください。……で、重要なのが次の動きですね。ヒカリさん、言乃葉ミドリとは連絡できませんか?」
父さんと悠花さんを見ながらニヤニヤとしている雅灯さんを置いといて、ヒカリさんに視線を向ける。彼も首を横に振って答えた。
「あいつは大学に潜入中だ、こっちからは迂闊に連絡できねえ。とはいえ、大学でシュブ=ニグラスの体液混じりの違法薬物をばら撒いてる奴が
「となると?」
「明日だ。明日、朝イチで呼声町……隣町に向かう。グレイには致命傷を負わせたが、奴が時間と空間操作に長けているなら自然治癒速度も上げられると見て……今日は動けないにしても、早くて明日には行動できるようになっててもおかしくない」
「……グレイが動けないなら、それこそ今のうちに大学に向かったほうがいいのでは?」
ヒカリさんに、小梅さんが当然の疑問をぶつける。未来グレイが動けないのだから、今のうちに過去グレイを始末した方がいい。
そう質問されることは想定していたのか、ヒカリさんは小梅さんに視線を向けて口を開く。
「まず第一に、ミドリ……うちの組織の魔術師は大学に紛れ込んでいるヤクばら撒きの犯人を追っている最中だ。向こうから連絡が来ないってことは難航している──犯人を絞り込めていない」
人差し指を立てたヒカリさんが、次に中指を立てて言葉を続ける。
「第二に、俺らが殺り合った未来のグレイは馬鹿っぽいが手回しはしてる筈だ。つまりミドリが追ってる犯人=過去の自分に警告をしていてもおかしくない。──今すぐ俺らが大学に向かったとして、俺らは過去のグレイがどんな奴かを知らないが向こうはこちらを知っている以上、一手早く接近がバレる」
ヒカリさんは、続けて薬指を立てる。
「第三。グレイはグレイで俺らが大学に向かうことを想定しているだろう。決戦が大学になるとして、贅沢を言うと本来の歴史通りに過去グレイが問題を起こすタイミングと、未来グレイが俺らと殺り合うタイミングを合わせたい。なぜか分かるか?」
「……それは…………本来の歴史、すなわち今いる
「そういうことだ」
「まあ、もう既に想定外は起きてますしね。小梅さんの中に居るシュブ=ニグラスの魔力は、本来ならもっと先の未来で覚醒するはずだったわけですし」
「……?」
「……?」
二人の会話に混ざりつつ、頭から煙を噴き出している父さんと千夏さんに呆れながらこちらもわかるように二人へ簡潔に言う。
「要するに、過去グレイと未来グレイを事件当日の大学で同時に仕留める、ということです」
「なるほどな」
「最初からそう言ってよね」
「頭が良いのでは……?」
「知識と頭の回転と戦闘IQは別なんですよ、悠花さん。悲しいことに馬鹿と天才は両立するんです」
そしてあなたは
「──ま、そういうわけだ。今日はこのまま一日をここで過ごさせてもらうぜ」
「あ、俺も行くとこ無いんで泊めてもらえると助かるんですが……悠花さんのご両親はどちらに?」
「ああ、父は出張してます。母は祖父母が揃って体調を崩してしまったので、看病をしに実家に」
「へえ。……そういえば、未来では二人から
「え、そうなの?」
悠花さんの言葉に反応したこちらに、今度は千夏さんが反応する。……そうなんだよなぁ。
話題に出して思い出したけど、未来では、父さんも母さんも、両親が何処に居るかとかそもそも生きてるのかとか話してくれたことがないのである。
「……あれ? ……いや、だって、あれ??」
思い返してみれば、こちらが天涯孤独の身になり、一時期は有栖川家に厄介になってもいたが。夫婦が亡くなったというのに、祖父母が孫になんのコンタクトもしてこないっておかしくないか。
「…………。まあ、いま悩む事じゃないか」
「そうだな。俺たちがいま悩むべきは……今日の晩飯をどうするかだ」
「もしかして桐山くんたちも私の家に泊まるつもりなんですか?」
千夏さんが淹れていた渋いお茶を渋い顔で飲み干した父さんが、そう言って会話に割り込む。
「?? これもうそういう流れだったろ?」
「いえ、まあ、そうなんですけど。……せめて聞いてくれませんか?」
「じゃ、俺らも泊まっていいか?」
「あ、はい。どうぞ……」
「いやちょちょちょっ、えっなに、アタシと小梅も泊まる流れになってんの??」
「そりゃそうだろ。これで俺らが家に帰ってみろ、グレイに各個撃破されて終わりだろーが」
「彼女がそういうやり方で来るかは少し疑問だけれど、確かにその懸念は捨てきれないわね」
派手なぶつかり合いを好んでいそうなタイプだった、としても、それはそれとして暗殺を是としているタイプでもある可能性は捨てきれない。
「で、晩飯の話に戻るんだが」
「そこに戻るんだ……」
──果たしてグレイへの警戒心から、なんやかんやと全員で泊まる流れになったことで、急きょ開かれる『晩飯どうしようか問題』。
『量食えれば何でもいい』派の父さんと千夏さんとヒカリさん、『作るからにはちゃんとしたのを作りたい』派のこちらと悠花さんと小梅さん。
ちょうど半数に割れたので、最終的な結論として『ちゃんとした料理を沢山作る』に収束し、とりあえず鍋でいいか……となったのも1時間前の話。
我々は現在、近所のスーパーに来ていた。
「それで、今日の夕食は鍋2つ使っての特盛すき焼き〜〜……なわけですが。とりあえず一つ聞いていいですか、料理作れる人は挙手してくれません? 見栄は張らなくていいので素直に」
「私は作れますよ」
「私も、右に同じ」
そう言いながら手を挙げると、悠花さんと小梅さんも続く。──が、問題は三人。視線を送れば、父さんたちはスッと目を逸らした。
「え〜、戦力外が三人……と。アレですからね。あとで作る時に台所に入らないでくださいね」
「ねえちょっと、お宅の息子さんの言葉が急にチクチクし始めたんだけど」
「遅い反抗期か?」
千夏さんとヒカリさんが茶化すように言うが、それも仕方のないことだろう。
「まあ、思春期になっても拗れをぶつける相手が居ない青春を送りましたからね」
「こっちにも衝撃が来たぁ……!」
「あの、私にもダメージが来るので……そういう話題はやめましょう……」
「あ、すいません」
ついうっかり不満を吐露した所為で、父さんと悠花さんが胸を押さえて呻き声を漏らす。
ひとまず、話題を切り替えるためにと懐から取り出した手帳にメモして千切ったものそれぞれを、父さんとヒカリさんに渡した。
「それじゃあ、父さんと小梅さん、ヒカリさんと千夏さんで別れて書いてある通りの商品を持ってきてください。俺と悠花さんで肉とか野菜とか選ぶんで。余計なものは買わないように」
「せんせー、アイスは余計なものですかー」
「今回の財布はそこの足長……
「誰が足速おじさんだ」
「あなた俺たちより十回りは歳上でしょう」
まあ【不老長寿】で老化を止めていて、最低でも100年は生きてるのだから、確かにおじさんというよりはシーラカンスと呼ぶのが適当かもしれない。
ともあれ、3チームに別れて必要なものを買うために別行動を取ることになり、こちらも悠花さんを連れてカゴを入れたカートを転がしていく。
「大変ですね」
「へ? ……ええと、料理が?」
「それもありますけど。ほら、悠花さんも、色々と
「…………。あぁ……」
魔術の存在。神格の存在。同級生が魔術師であること。結婚すること。息子が産まれること。──子供の成長を見届けられずに死ぬこと。
「知らなくていいことを、沢山知ってしまったけど。それでも……いいことも知られたから、これでいいと思うんです。だから、その……」
具材の椎茸のパックをカゴに入れると、悠花さんはこちらを見上げて小さく微笑む。
「──私のことも、『母さん』って、呼んでいいのよ。……よ、
「────」
「ふふ、歳上を呼び捨てにするの、ちょっと緊張するけど。いい、かしら」
「────。あ、え、ああ。はい」
唐突な不意打ち。幼くとも、歳下であろうとも。その母性のある顔には、見覚えがあって。
「それじゃあ、必要なもの揃えちゃおっか。桐山くんと有栖川さんの相手をしないといけない夏木さんと園崎さんが大変だし」
「……そうですね」
悠花さんは──母さんは、生きている。それだけじゃない。父さんも、千夏さんも生きている。
過去は分岐した。今この場所は、変化した未来を歩んでいる。ならば、変えられるはずだ。この先で死にゆく人の結末を。言乃葉ミドリを、ヒカリさんの奥さんを、千夏さんを。
「……俺が、やらないと」
「? 何か言った?」
「いえ、なんでも。ああそうだ、九十九も食べると思うので結構多めに買った方がいいですよ」
「付喪神ってモノ食べるんだ……」
「食べますよぉ。俺の手持ち武器になる条件が『食べたいもの作ってほしい』だったので」
──例え傲慢だとしても。それでも、やりたいのだ。ここでまだ生きている皆を、これから死んでしまう皆を、守るために戦う。
皆を守る。そのために、グレイと戦おう。勝ってみせよう。だから、だから……だから。
……どうか、この時間軸の世界では、みんな健やかに生きていてください。そんな願いを身勝手に抱くことを、許してほしい。
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