つつがなく食事を終えて、夜も更けてきた頃。居間と縁側を繋ぐ廊下から外を見ている与一に、ヒカリが言葉を投げかけた。
「与一」
「はい?」
「飯食って風呂も借りたんだ。もう寝ろ」
「……そうですね。では、お先に」
帰ってきてから
与一は隣室に上下3つと2つずつ並べられた布団のうち、3つ並べた方の真ん中に体を倒れさせた直後、数分と経たずに寝息を立て始めた。
「寝んのはえーな……」
「疲れていたんでしょうか」
傍らにしゃがみ込んで寝顔を眺めている龍一と悠花が、なんとなく頬を指先でつつく。
「にしても、あんたらって、なんか妙な人間関係になってるわよね」
無反応で眠っている与一と二人を見て、逆側に2つ並べられた布団のうちの一つに胡座をかいて座る千夏が感慨深そうに言う。
「まだ結婚してないやつらと、まだ産まれてない息子。時間軸が違うから、厳密には親子じゃない親子。でも、与一くんにとってはあんたらは両親だし、あんたらにとっても与一くんは息子なわけじゃん」
「んまぁ、そうだな」
「そう考えると確かに、不思議ですね……」
確かに、と考える二人が、爆睡している与一の頬を延々とつついているのを呆れた顔で見ながら、千夏は更に言葉を続ける。
「与一くんはこのあと、やることが終わったら元の時間に帰るわけだけど。──龍一と悠花は……さ、このあとこっちの時間で産まれる自分の子供を、与一くんと比べないでいられる?」
「……そう、ですよね。与一は、与一。これから産まれてくる『誰か』は、与一とは違う」
千夏に言われて、悠花はそう答える。息子であり、自分の子供ではない。改めてその事実を客観的に自覚すれば、龍一も口を開く。
「俺は……どうだろうな。いや、流石に『この与一』と誰かを比べるってのはナンセンスだとは思うぜ。ただまあ、なんつうかな。結局のところ……その日その時にならないとわかんねぇよ」
【なるほど確かに。そもそも、恐らく結婚のタイミングも妊娠出産のタイミングも変わった未来になりましたからねぇ。与一くんが女の子として産まれてくる可能性だってゼロではありませんし】
するりと会話に混ざってきた半透明の女性。その場の全員が一瞬硬直し、最初に冷静になった龍一がその人物──雅灯に反応した。
「うおっ……悪霊の姉ちゃんか」
【藤森雅灯と申しますぅ〜、名前はさっき名乗りましたねぇ。しがない未亡人の悪霊ですよ】
「みぼ……結婚してたんですか!?」
【してましたよぉ。旦那が死ぬ原因を作った連中に復讐しに行ってたら与一くんと出会ったんですがねぇ、まあ色々と省いて結論だけ言うと私は原因の原因に殺されたんですが、今は私が契約していた悪神の力を契約の上書きで彼に又貸ししている感じです】
「情報量が……」
苦笑する悠花を横目に、雅灯は眠っている与一を眺めて笑みを浮かべる。
【いやはや、それにしても。こんな穏やかな顔で寝てる与一くんは初めて見ましたね】
「そうなんですか?」
【そうなんです。私は見ての通り霊体なので、寝る必要が無いんですよ。で、暇な時にたま〜に与一くんの寝顔を眺めたりすると、これがまぁ〜〜仏頂面。探偵で魔術師ですからね。敵が多いのもあってか、ずーっとうっすら警戒してるんですよねぇ】
探偵として、というよりは、魔術師としての活動が原因による敵の多さ。現に、この時代に来る直前まで戦っていた相手が
「──与一さんも気を張っていて、ここでは過去の親も守らないといけない。緊張も重なって、私たちの想像もよらない疲れを抱いていたのかしら」
と、そこに。不意に風呂上がりの寝間着姿の小梅が部屋に入ってくる。
「おうウメコ。その心は?」
「だってそうでしょ。あなたたちに頬つつかれても無反応だし。元の時間でそれだけ警戒心が強かったなら、もうとっくに起きてるわよ」
「……これはな、信頼っつーんだ」
「されてるといいわね」
「お前もしかして俺のこと嫌いか?」
「…………」
延々と悠花とともに、ムニムニムニムニと頬をつついていた龍一の問いに、小梅はただ、にっこりと笑みを返すだけだった。
「それにしても、他に気にすることが多すぎたから意識しないようにしてたのだけれど、ナチュラルに悪霊が取り憑いてるのってなんなの……?」
【カクカクシカジカでして。んまぁそういうわけで取り憑いているんですねぇ】
「ふうん。──ねえ、雅灯さん」
【なんでございましょ】
この集まりの中で言えば、シュブ=ニグラスの魔力も相まってか、小梅はこと母性などに関しての感性が鋭い。故にこそ、彼女は雅灯の感情に気づく。
「もしかして、なのだけど……与一さんのことが、男女のアレコレ的な方の『好き』なの?」
【ええ、まあ。好きか嫌いかで言うところの愛している感じですが】
「第三の選択肢で答えんなよ」
ボソリと呟いた龍一のツッコミを余所に、小梅は呆れたような顔で続ける。
「もう亡くなっているとはいえ、生前は旦那さんが居たのでしょう?」
【…………。それはそれ、これはこれですわ〜。なにせ、復讐心でいっぱいいっぱいだった生前の私と、その感情がある意味では浄化されている今の私は、実質的に別人なのですから】
「……そういうものなの?」
【そういうものです。それに、与一くんはモテモテのモテですからねぇ。仮に私にそういう感情が無くても、彼の苦労は何ら変わりませんよ】
「モテ──ああ、なるほど」
「なんで俺を見る」
合点がいったような顔を向けてくる小梅に渋い顔で返す龍一。それを見て、千夏が鼻で笑いながら横槍を入れるように言った。
「だって、ねぇ? あんたこないだもアタシが居ない時に告られてたじゃん」
「恋愛なんかめんどくせーからお前を魔除け代わりにしてんのに、いなくなるのを見計らってから来るような奴と付き合う気はねえ」
「清々しく言い切りやがったこいつ。んまぁアタシも似たようなもんだけどね。龍一の近くにいると男が寄ってこないしサボるのも楽だし」
「……? お前のどこにモテる要素が……?」
「よぉ〜し枕投げする、かァ!」
「私も手伝うわよ」
【お〜やれやれー、争え争え〜】
「この家が更地になるからやめてください?」
龍一vs千夏&小梅の抗争が始まりそうになり、囃し立てる雅灯を横目に苦笑しながらも口を開く悠花。しかしそんな騒ぎを鎮めたのは、隣の居間から襖を静かに開けたヒカリだった。
「…………とっとと寝ろクソガキ共。次騒いだら順に絞め落とすから覚えとけ」
僅かに開いた隙間から目だけで中を覗き込むヒカリの威圧感に、その場の全員が動けなくなる。
静かになったのを確認してから、スゥ──ッと閉まっていくのを見届けた悠花がふと一言言った。
「……私だけ怒られ損じゃないですか!?」
【連帯責任ってやつですかねぇ】
──翌日の昼。朝のちょっとした準備と移動時間も含めて、大学に到着した頃には既に太陽が真上から見下ろす時間になっていた。
「ここが呼声町の大学か」
「当然だけど、人でごった返してるわね」
父さんと千夏さんの言葉に、声に出さずとも同意する。今日は普通に平日のため、構内には平均でも千五百、多くても二千人は居るだろう。
「ほら、人数分の許可証だ。首に提げろ」
「どうも。……俺とヒカリさんはともかく、こんなタイミングで高校生四人が見学に来ることについてはどう言い訳したんですか?」
「警備員の一部は連盟組織の仕込みだ。ミドリの援護を外部から呼び込む時に怪しいか怪しくないかで揉めるのも面倒だろ」
「なるほど」
さらりととんでもないことやってんな……と思いつつ、首に許可証を提げてから、そういえばと思い出して上着の裏からノートを取り出す。
「ヒカリさん、これ預かっててください」
「あ? なんだこれ」
「俺が知っている限りで、連盟組織と父さんたちの身の回りで起きることを纏めておきました。誰が死ぬか、何が起きるか、誰が産まれるか、誰が連盟組織に入るか、誰が連盟組織と協力してくれるか。全部終わって俺が帰ってから読んでください」
事前に母さんから貰っておいた予備のノート。それを使って朝から書ける限り書いておいたそれを渡すと、ヒカリさんはノートを仕舞う。
「……わかった。それと、一応聞いておくがミドリの見た目は知ってるか」
「え。ああはい、生前と死後で見た目が変わってないなら……赤い髪の女性ですよね」
「そうだ。あいつ自身、今回の潜入ではなるべくこそこそ動こうとしててな。俺たちの接近で疑ってる相手に怪しまれるのを警戒してるから、本来なら会いたくなかったみたいだが──」
「よく会ってくれることになりましたね」
「『未来人曰く、お前今回で死ぬらしいぞ』って言ったら興味持たれた」
「おぉん……」
そりゃ興味持つでしょうよ。
「じゃあ、とりあえず今の目的はその人……名前は、なんでしたっけ」
「言乃葉ミドリ。長めの赤髪を後ろで結んでる。魔術師としての実力は、俺の評価が甘いのを鑑みても上澄みだな。お前らガキ組のポテンシャルが高いにしても全滅まではそう時間は掛からねえ」
「ほーん。それは興味あるな」
小梅さんの問いに答えるヒカリさんの言葉に、父さんが顎を指で擦りながら口角を歪める。──と、その瞬間、背後にぬっと人影が現れた。
「ガキに興味持たれてもなぁ」
「……あ? ────!!」
「えっ今、えっ……!?」
「なるほど、
言葉に振り返ろうとした父さんの頭に両腕がしゅるりと絡みつき、首をガッチリと押さえ込むヘッドロックの姿勢を取られる。
いきなり現れたかのように感じて母さんが驚くのも無理はない、なぜなら彼女は、風景に気配を溶け込ませていたのだから。
「ぐっ、ぬ……!」
「おー、すっげ。首にピンポイントで強化魔術使って無理やり気道確保してら」
「ぬぐっ、ぐっぐぐごご」
「
「あいあい」
ぱっと腕を離して解放された父さんが、首を押さえて荒く呼吸する。それを見て、最も鋭い眼光で睨んでいるのは母さんだった。
「おいおいちょっとした茶目っ気だぜ? んな殺気ぶつけんなよガキんちょ」
「……そこまでする必要がありましたか」
「実力を見せた方が手っ取り早いだろ? 現に、この場で一番
「だからって……!!」
「あ゛あ゛、気にすんな悠花、後ろ取られた俺が悪い。しっかし、直前まであんたの気配が分かんねえってどうなってんだ?」
怒りを露わにした母さんを制しつつ、父さんが疑問をぶつける。女性──言乃葉ミドリがニヤリと笑みを浮かべながら、その問いに対して愉快そうに口許を歪めると、懐から取り出した煙草を咥えながら親指を押す動作をしてから聞いてきた。
「ライター持ってねぇ?」
「あるわけねえだろ……」
急ブレーキを掛けられたかのようにガックリとする父さんが返すと、ミドリさんはため息をついて煙草を指で挟み口から離して────
「しゃーねえ。【ライター】」
──そう
「っすぅ〜、ふぃ〜。あたしは聞いてるだろう通りの言乃葉ミドリだ。先天的な呪言使いで、魔術師やる前は
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