とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

243 / 281
呪言使いと黒山羊ドラッグ 3/4

「──現状、あたしがこの大学で怪しんでるのは大きく分けて二人だ」

 

 そう言ってミドリさんが煙草を携帯灰皿に落としてから、誰も使っていない一室で、テーブルに全員に見えるように写真を数枚散らばらせる。

 その写真1枚1枚に写る人物は、大柄で全体的に黒い格好をしたロン毛の男と、灰色の髪を短く揃えた女。特に後者には見覚えがあった。

 

「男の方は黒山(くろやま)ヨウジ、いわゆるオカルトサークル所属。黒魔術オタクで、こっちの女と裏で頻繁に会ってるところを目撃している」

「こっちの女は?」

 

 ヒカリさんが問うと、ミドリさんは続ける。

 

「女は灰宮(はいみや)カレン、ヨウジ以外にも満遍なく、色んな生徒と隠れて会うことを繰り返している。頻度で言えばヨウジと会う回数がダントツだ」

「この女、もしかして……」

「ああ。未来人(おまえ)の話を聞いて確信した。灰宮カレンは未来のグレイだ、だがここで疑問が一つ湧いてくるんだなこれが」

「と言いますと」

「──灰宮カレンは、魔術師だ。あくまで人間。魔術師の時点で普通(カタギ)の人間ではねぇけど」

 

 ミドリさんの話を聞いて、思い出す。

 

「……確かに、あいつは過去の自分のことを『人間だった頃の私』と言ってましたし……つまり、神格の魔力あるいは神格そのものを取り込む、もしくは同化・乗っ取りのどちらかを行うのはこのあと」

「そうなると、問題も一つ湧いてくる。あたしとしちゃあ納得いかない問題がな」

 

 彼女はこちらの言葉に返すように、ミドリさんは不機嫌そうな顔で言った。

 

「つまり、あたしは()()、よりにもよって主犯(カレン)に逃げられた挙げ句に死んだってことだ」

「そういやそうだな。ダサすぎんだろ」

「うるへ〜〜〜。そもそも前回どうなったかなんて知らねーんだからノーカンだろ。今回で失敗しなけりゃ全部チャラだチャラ」

 

 ヒカリさんに鼻で笑われながらも、ミドリさんがなんとも言えない理屈で返してから、こちら──外部から来た我々に視線を向ける。

 

「てなわけで、あたしとヒカリと未来人でカレン及びグレイを殺す。学生組はヨウジを拘束してこい。んで病院から処方されたわけではなさそうな粉末か液体、錠剤を所持していたらクロ確定だ」

「んまぁそれはいいんだけどよ、仮に相手が暴れたりしたらどうすんだ?」

 

 後ろに母さんと千夏さんと小梅さんを立たせて、代表して受け答えする父さんの問いに、ミドリさんも少しばかり渋い顔をして言う。

 

「死ななきゃ何してもいい。ただ、もし薬物の中身が眷属化を促すシュブ=ニグラスの体液入りで、ヨウジがバケモンになったら……加減するな。そのときは殺すつもりでボコボコにしろ」

「うい、了解。ま、なんとかなるか」

「──やっぱり俺もついて行ったほうがいいんじゃないですか? 危険すぎますよ」

 

 こちらからもミドリさんに言えば、彼女は鋭い目つきで一瞥してきながら返す。

 

「ダメだ、黒山ヨウジがバケモンに変貌しようがそいつらの戦力バランスなら問題なく殺れる。だがカレン及びグレイ、こいつらと戦うならあたしとヒカリだけじゃ手も足も足らねえ。特にグレイ、ヒカリが【光速領域(タキオン)】をぶち込んでもまだ生きてるとなるとかなり頑丈に造られた人造神格だと推測される。明らかにそっちの怪力小僧とヒカリを対策してる」

「……それは、確かに」

「そいつらがお前の身内だって話は聞いてるし、心配なのは分かる。じゃあなんで連れてきた?」

「────」

 

 痛いところを突かれる。

 

 それは、そうなのだ。──孤立すれば、グレイに叩かれる()()()()()()。それだけを理由に、こちらは未成年を連れ回している。

 魔術師として強いから、身内だから、体内の神格の覚醒が早かったからと、言い訳を重ねて。

 

「お前は、他の誰でもない()()()()()、身内を守りたかっただけだろ?」

「そうかもしれないですね」

「そんなもん相手を信用してないのと同じだろ。なんで任せてやらねえんだ」

「…………ふ」

「あん?」

 

 そういえばと、思わず笑みが漏れる。

 

「いえ、つい最近、未来でも似たようなこと言われてる辺り俺って学習しないんだなって」

「まったくその通りだな」

「おい、その辺にしとけ。そろそろ後ろのモンスターペアレント共がキレる頃だ」

「モン……? ……うおっ!?」

 

 と、そこでヒカリさんのストップが入る。何のことかと視線を後ろに向けてみれば、父さんと母さんが眼光だけで人を殺せそうな形相をしていた。そんな……そんなキレることなくない……? 

 

「おい、あんまり調子乗ってると、前回と同じ末路を辿らせるぞこの野郎」

「今遠回しに死ねっつったか?」

「ガルルルルルルル……!!」

「お前のかーちゃんは犬かなんかか?」

「あの、二人とも落ち着いてくれます?」

 

 ほらもう出入口の近くで待機してる千夏さんと小梅さんが他人のふりしてるじゃん。

 

「ったく、わかったわかった。お前らの息子をイジメんのはこれくらいにしとくから、とっとと黒山ヨウジを仕留めてこい。アイツが居るのは真反対の棟だから、互いに助けに入れない前提で動けよ」

「フン。あんたは兎も角うちの可愛い息子のためだ、さっさとこっちの仕事終わらせて、そっちにすっ飛んできてやるから泣いて喜びやがれ」

「へっ。とっとと行け」

 

 煙草に火をつけてから、しっしっと手を振って追い出そうとするミドリさんに呆れつつ、こちらもまた母さんたち三人を連れて部屋を出ようとしている父さんの背中に声を投げかける。

 

「父さん」

「おん?」

「──そっちは、任せます」

「! ……ま、期待しときな」

 

 こちらの言葉に、父さんは、親指だけ立てるグッドサインをしてから部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──棟を出た四人は、言われたとおりに間の敷地を挟んで真反対にある棟へと向かう。

 道中で大学生には高校生が見学に来ていることで興味の目を向けられていたが、目が据わっている龍一や千夏を前に近寄り難い雰囲気が出来ており、誰も声をかけようとはしてこなかった。

 

 目的の棟に入り、オカルトサークルの部屋に向かう途中、廊下を歩く千夏が口を開く。

 

「まだ結婚してない父親と自分の腹痛めてない母親が、父性と母性を暴走させてんのは……まあ端から見てる分には面白いんだけどねぇ」

「これらの同世代だと思われるのはだいぶ恥よ」

「……それについては、その、ごめんなさい」

 

 小梅が続き、悠花は謝罪する。

 

「俺としちゃあ、与一の気持ちはわかるんだよ。言っちゃなんだが俺らはともかく悠花は足手まといだろ、なんの戦力にもならん」

「まあ、否定はしませんが」

「かと言って離れたところに置くわけにもいかねえ。だから、手元に置いたうえで自分の手で守るのが最適なのは誰だって考えうる策なわけだ」

 

 龍一が言うと、現状この場の全員で最も戦闘能力を持たない、飾らずに言うところの足手まといである悠花は、事実が故に否定しない(できない)

 ともあれ、四人が階段を上がっていき、目的の場所にたどり着けば。その部屋はドアのガラスが黒いカーテンで遮られており、黒魔術オタクのオカルトサークルという事前情報があってもなお不気味だった。

 

「とりあえず俺だけで入って対応してみる。部屋ん中に四人でずかずか入っても互いが邪魔になるだけだ、特にウメコの触手とかな」

「そこだけ切り取られるとタコか何かみたいな扱いになるの嫌すぎるのだけれど」

「うっせ。……いつでも出せるようにしとけよ、千夏も空間置換(いれかえ)出来るように構えてろ」

「ういうい」

 

 二人に指示を出して、龍一はガラガラと無遠慮にドアを開けて中に入る。暗い部屋を後ろ手に伸ばした指でスイッチを入れて明るくすると、数メートル先の床に何か黒い物体が落ちていることに気づく。

 

「……なんだこりゃ」

【────ooooo……!】

「あん?」

 

 直後、黒い物体から低く轟く呻き声が響いたかと思えば、()()がのそりと立ち上がる。

 続けてカランカランと、それの足元に、()()()()()()()()注射器が幾つも転がっていくのを一瞥し、黒い物体が目的の男であることを直感的に理解した。

 

「お前が……黒山ヨウジか?」

【VoOOooOoOooOOoOooo!!!】

 

 腹にビリビリと響く怒声。完全に立ち上がった黒い物体──黒山ヨウジが天井スレスレまで巨大化していることに加え、龍一は全身を覆うその物体が、瞬間的に膨れ上がった魔力により黒く変色し硬質化した筋肉かなにかだと察する。

 本来の長さを逸脱し、だらりと伸びた鞭のような腕。その筋肉の塊を振りかぶる構えを見て──背後の出入口に大声を張り上げた。

 

「っ、伏せろッ!!!」

 

 横薙ぎの一閃を、龍一は反射的に【強化】した拳で下から打ち上げつつ上体を屈ませる。

 僅かに勢いを上に逸らした腕は、彼の背中を通過し、先端が廊下とを隔てる壁とドアを吹き飛ばし、返す刀で逆方向からの2度目の薙ぎ払いが行われる前に廊下に出た龍一が三人を連れて射程外(まどぎわ)に離れた。

 

「あっっっぶねぇ!?」

「龍一! なにあいつ!?」

「たぶん黒山ヨウジだ! 空の注射器が幾つも転がってた、恐らく例の薬物の過剰摂取でシュブ=ニグラスの眷属化が進みすぎてる!」

 

 そう言いながらオカルトサークルの部屋から離れるように後ずさると、ヨウジは壁に空けた穴を広げるように無理やり外へと出てきた。

 二足歩行で腕二本、頭らしき物体。それらがあって辛うじて元が人間だったとわかる黒い怪物と化した彼を警戒する二人の後ろでゆっくり後ずさりしていた悠花と小梅は、廊下の反対から歩いてくる人影に意識を向けて声を荒らげる。

 

「ここは危ないです、避難してください!」

「悠花? どうした!」

「他の大学生が来たみたい。ヤツを人のいないとこに持っていかないと巻き添え食う人が出てくるわよ」

 

 人前でシュブ=ニグラスの魔力触手を出すわけにもいかず、小梅が龍一に背後の状況を伝えながら振り返る。しかしその後、悠花共々、いつの間にやら一人二人三人──と増えていく人影に違和感を覚え、思わず立ち止まり龍一と千夏の背中とぶつかった。

 

「おっと。おい、どうした」

「この人たち、なにか……おかしい」

「……そういえばさっき、ミドリさんが言ってましたよね。灰宮カレンが、満遍なく色んな生徒と隠れて会っているって。もし、既に──体液を摂取していたとしたら、この人たちは…………」

 

 ──そんな懸念を口にした、次の瞬間。

 

 ヨウジと挟むようにわらわらと現れた十数人の生徒たちが、廊下に等間隔に散らばり、痙攣するようにして体をブルブルと震わせ始める。

 

「……!! 桐山くん、有栖川さん!」

 

 咄嗟に悠花が声を上げたのを余所に、一人一人の体がぶくりと不格好な風船のように膨らみ、ボンッ! ボンッ! ボンッ! と内側から突き破るようにして黒い物体が溢れ出て、質量の増加によりあちこちが破れた衣服を引っ掛けた怪物へと変貌していく。

 

 それに伴い、耳をすませば。窓の外から、階上から、階下から。至るところから悲鳴が聞こえる、阿鼻叫喚の騒ぎになっていることに気がついた。

 

 

 

「──大学中で、眷属化した生徒が暴れてやがんのか……! 俺らに勝つためだけに、大量虐殺でもする気か? グレイのやつは……!」




お気に入りと感想と高評価ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。