とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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呪言使いと黒山羊ドラッグ 4/4

「灰宮カレンが居るのはこの部屋か?」

「ああ。とっととやることやっちまうぞ」

 

 ヒカリが確認すると、ミドリが頷く。

 

 先ほどまで七人で集まっていた部屋の2つ上の階……それなりに数が居る大学生の横をすり抜け、廊下を歩いて十数秒のところにある部屋の前で立ち止まり、ヒカリはミドリと与一を見やる。

 

「俺は廊下で待機しておく。なにかあったら駆けつけるが、相手がこの状況を想定してないわけがない、罠の警戒もしておけ」

「んじゃ行くぞ未来人」

「そろそろ名前で呼んでくれません?」

「おう、考えといてやるよ」

「だめだこりゃ」

 

 ──覚える気無いな。と与一が脳裏で独りごちて呆れるのを余所に、窓際に下がったヒカリの前で、ミドリがガラガラとドアを開け放つ。

 けれども、すぐさま。明かりをつけた先頭に立ち中に入ったミドリと、まず廊下から顔を覗かせる与一が、室内の異常性を目の当たりにする。

 

「あん? ……オイオイオイ」

「! これは……!?」

「────。何があった」

 

 そして、一拍遅れてヒカリが異常事態に気がつく。室内に入ろうとドアを開けたことで、中から不快な鉄錆の臭いが漂ってきたのだ。

 明かりをつけて中を見た二人は、その臭いの原因が床に転がっている光景を見る。

 

「ヒカリさん。()()()()()()()()()()()

「なに……?」

「ったくめんどくせえ事になったな。未来人、生徒にもじきバレる。警察呼ぶことになる前に死体の確認しとくぞ────」

 

 更に室内へと足を踏み入れ、ふと、ミドリの言葉が違和感により途切れる。

 足元から聞こえたみしりという破壊音。預けた体重が()()感覚。ヒグマにでもバラバラにされたのかと言わんばかりのターゲットの惨殺死体を見れば、嫌でも反応せざるを得ない状況。

 

 ──罠。

 

「罠だ! 入る…………なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?」

「み、ミドリさ──ん!?」

 

 ミドリは短く思考して、続いて入ろうとした与一に怒声を張り上げ──ながら、崩れた床と共に階下の教室に落下していく。

 

「っだあああなめんじゃねえぞゴラァァァ!!!」

 

 反射的に下を覗き込んだ与一は、階下が見えないことに気がつく。明かりが消され、遮光カーテンで窓を遮られ、薄暗くなっているのだ。辛うじて見えているのは、落下したミドリが怒声と共に造り出した銃器による発射炎の断続的な光のみ。

 

「与一!」

「やあ、昨日ぶり」

「……グレイ」

 

 それから、ヒカリと少女の声を耳にして綺麗にくり抜かれた床から廊下に視線を戻せば。

 騒ぎを眺めている学生たちを背に、ゆらりと透明触手を揺らめかせて、灰色髪の少女──グレイが楽しそうに表情を緩めながら経っていた。

 

「グレイ、お前……過去の自分を殺したのか?」

「邪魔だったからね。彼女(わたし)の元々の計画は薬物とシュブ=ニグラスの体液を混ぜた物質で擬似的に眷属を増やして魔力タンク化させ、本体を再召喚することだったのだけど……それも言乃葉ミドリやたまたま見学に来ていた桐山龍一、有栖川千夏の介入の所為で中途半端になってしまったわけだ」

 

 やれやれ、と首を横に振る動きに合わせて、触手の先端がゆらゆらと揺れる。

 

「で、だ。前回の灰宮カレンはちまちまとドラッグを配っていたわけだが、今回は私も加わって、まあちょちょいとね。なるべくたくさんの生徒に打ち込んでおいたのだけれどぉ……もっ」

 

 そう言いながら、グレイは指をパチンと鳴らす。──瞬間、廊下で野次馬をしている生徒たちの()()()が、突如として内側から肉体を膨れ上がらせて、ボンッ! という軽快な破裂音と共に、黒い魔力で形作った、人間の手足が生えた人型サイズの枯れ木とでも呼ぶべき怪物へと変貌する。

 

()()は生徒総数約1700人の中から10分の1程度しか眷属化させられなかったが、な・な・なんと! 今回は2倍の、約340人だぁ」

 

 ──問題は、その場の大半が変貌していないことにある。とどのつまり、非日常へと突き落とされた民間人の反応は、いつの時代でも同じなのだ。

 

「っ、まずい……!」

「てめぇ……やりやがったな」

 

 その場の廊下だけではない、()()()()から響き渡る男女の声が入り混じる阿鼻叫喚。辺りから感じ取れる無数の怪物の魔力。それは、グレイの仕込みが大学中に散らばっていることを意味していた。

 

「まあ安心したまえ、擬似眷属たちにはキミたち以外を狙わないように魔術的にプログラムしてある。ただ、大学の人間たちは大学からは出られないように、土地をドーナツみたいに【人払い】で囲っておいた。だから生徒は外に逃げない。さぞや邪魔だろう?」

 

 にやりと笑みを浮かべながら、グレイはその手にドス黒い液体を詰めた注射器を転がしてもてあそぶ。怪物から逃げ惑う生徒たちが右往左往する光景を邪魔そうに一瞥するヒカリが気だるげに呟く。

 

「面倒だな。これで俺らの【韋駄天】と【光速領域(タキオン)】が封じられた」

「……的確にこちら側の弱点を突かれてますね。連盟組織の魔術師は、民間人を巻き込めない」

 

 いつぞやに人の体を借りていた邪神からも言われたことのある弱点。それを思い出して、与一は静かに口の端を緩めて笑う。

 

「とはいえ、俺たちのやることは変わらないでしょう。勝てばいい、それだけだ」

「うーん、いい気合の入りようだなぁ。ならばこうしよう、今は午後1時だから──今から4時間で私を倒せなかったら、午後5時を境に擬似眷属たちの『民間人は襲わないプログラム』を解除する」

 

 あっけらかんと言い放つグレイに、しかして与一は、彼女を真っ直ぐ見据えて言う。

 

「民間人を犠牲にしない、擬似眷属を倒す、グレイも仕留める、全部やればいい。条件を付け足そうが、結果は変わらないぞ。グレイ」

「────。ああ、楽しみだ」

 

 その言葉を合図に、グレイは即座に触手をぶわりと広げる。器用に生徒の隙間を縫うように迫る触手6本を、与一とヒカリがそれぞれ3本ずつ拳と足で弾くが、反撃で【韋駄天】を使おうとした与一の足が止まったところをグレイは見逃さない。

 

「やあ」

「っ、ぐっ」

 

 低い姿勢から飛び込んできたグレイの膝蹴りを腕でガードし、与一は返す刀で拳を、そしてヒカリが横合いから前蹴りを脇腹に放つが、彼女は触手で床を叩いた反作用で頭上に飛び上がりながら──与一の首に注射器の針をプツリと突き刺した。

 

「なっ……くそっ!」

 

 特注品なのか、刺さると同時に自動で中身を注入され、空になったそれを反射的に床にはたき落とすが、与一の視界が直後にぐわんと大きく揺れる。

 

「…………、くぉ、がっ……!?」

「与一! ──ちっ、邪魔だ!」

 

 強烈な目眩と嫌悪感に、与一は思わず膝をつく。ヒカリがカバーに入り、グレイに大振りの蹴りを放つと、彼女が下がると同時に入れ替わりで擬似眷属が腕だった部位を振り回しながら迫る。

 

「おおっと、民間人を狙わないプログラムを刻んではあるが、あくまで優先順位がキミたちというだけ。気をつけなよぉ、巻き込まれて誰かが死ぬところまではこちらの責任ではないからね」

「くそっ、たれが……!」

 

 咄嗟に与一と射程圏内に居た生徒を窓際に突き飛ばし、下から打ち上げるアッパーで擬似眷属の腕を弾き、ヒカリの頭上を通り抜けた腕はそのまま教室とを隔てる壁をガラス細工のように粉砕していく。

 

「ぐっ、う、ぬぉおおぁ!」

「こらこら無茶をするな」

 

 ふらつく体に鞭を打って立ち上がる与一が、間に誰も居ないことで生まれたスペースを利用して、一瞬だけ起動した【韋駄天】で接近するも、その拳には威力が乗っていない。大きく肩で息をしながら、触手で拳を受け止めたグレイに問いかける。

 

「お、前……何を、打ち込んだ……」

「え。シュブ=ニグラスの体液。もちろん薬物で希釈していないやつだよぉ、原液100%」

「なに、やってんだ……お前は……!?」

 

 驚愕する与一を余所に、グレイは触手で彼の体を持ち上げると、にっこりと笑った。

 

「キミは一時退場だ、下でミドリの負荷になってくるといい。アディオスアミーゴ」

「ぬぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!?」

「さて、どうなることやら」

 

 バゴォ!! と轟音を奏でて、グレイは与一を床に叩きつけた。階下へと高速で落下させられていった彼を見送るグレイを横目に、短い動きで的確に擬似眷属数体を蹴り殺したヒカリが相対する。

 

「──ふっ、ふふふ。桐山与一。不思議な男だろう? 『自分は平凡な魔術師ですよ〜』みたいな顔をしているが、その実、類稀なる特殊な異能力の恩恵があるが故に生きていられているというのに」

「……あぁ?」

 

 擬似眷属の腕とグレイの触手を的確に捌きながら、ヒカリは彼女の話を聞く。

 

「彼は体内に、無貌の神の魔力とヘルペテの模倣神格の魔力、死亡時に託された人造神格の魔力、そして悪神と契約した母親の肉に宿る悪神(それ)の魔力……合計4つもの神の魔力が混じっている。()()()()()()()()()()んだ? おかしいにも程があるだろう」

「あいつ体の中で愉快なこと起きてんな……」

 

 敵の話ながらに、共闘していた男の内部事情を聞かされては、さしものヒカリでも軽く引く。

 

「言うなれば、何種類も洗剤を混ぜているのに有毒ガスが発生していないようなモノだ。桐山与一の体内では、複数の魔力が混ざり合いながらも不備を起こしていない。乗算で膨れ上がり爆発的に向上した魔力を抑え込めている。それはもはや異能と言っても過言ではない。──彼は、大抵のことを【許容】できる」

「……てめぇまさか、あいつが5種類目の神格の魔力を流し込まれても受け入れられるかどうかをこの土壇場で試そうとしてんのか?」

「出来たら面白いよねぇ」

 

 カラカラと笑うグレイだが、まあ──と続けて、言葉を紡いでいった。

 

「見られると思うよ、面白いモノ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──床を2階分突き破って、1階の床に体が叩きつけられる。そっちは、問題ない。【強化】で体を硬くしたから、ダメージは低い。

 

 しかし、不味い、これは……ダメだ。

 

「ごぉ、ぁ、が、ぐっ、ぉおぁ」

 

 体内で別の生き物が暴れているような感覚。これはもはや比喩ではない。平衡感覚が狂う。今自分が床に居るのか天井に居るのかもわからない。

 

「っ、うおっ!? 未来人!? お前まで上から落ちてきやがったのか!?」

「うぇ、ぁぉ、ぉあ」

「……お前大丈夫か?」

 

 なんとか顔を上げれば、そこには崩れた床と共に落下したはずのミドリさんが、怪訝な顔でこちらを見下ろしていた。その手には日本でも警察の特殊部隊が使う……MP5だったか、そんな感じの名前のマシンガンを手にしており、怪我をした様子も無かった。

 

「んで、何があった?」

「ち゛、ちゅ、しゃ、打たれ、しゅぶ、の、魔力……おれの、か゛らだの中で……暴れ゛てる……」

「マジかよ。そればっかりはどうにもなら──ったく、おちおち話も出来やしねえ。【M60】」

 

 MP5を床に捨てて、新たに機関銃を【呪言】で生成したミドリさん。

 その視線の先には、辛うじて人のシルエットに留まっている、人型の枯れ木のような怪物──上にも居た擬似眷属が何体も迫ってきていた。

 

「さっき落ちた先にも居やがってなあ。もうかれこれ30体くらいは殺ったのに減った気がしねえ。何体居るんだよこいつら」

「さ、さんびゃくよんじゅう……」

「ああそう。そう聞くとなんとかなりそうだな。あたしだけでもう10分の1は削ってんだから」

 

 とは、いえ、ここからは厳しいだろう。なにせこちらという足手まといが居るのだから。

 ……いやはや、まさかここに来てこちらこそが足手まといに成り下がるとは。

 

「み゛、ドリ、さん、逃げ……」

「馬鹿言え。連盟組織は民間人と仲間は見捨てねえ。変な未来人だろうとなぁ」

 

 ガチャンとレバーを引いて弾薬を装填するミドリさんが、銃口を擬似眷属たちに向けながら言う。しかし、問題はそれだけではない。

 

「──! 後ろからも……!」

 

 廊下の前後を挟むようにして、擬似眷属たちが我々を取り囲む。走るよりは遅く、歩くよりは早い動きでは、あと30秒もせず接近させるだろう。

 

「づ、せ゛、めて、俺が、動けさえ゛、すれば……【禍理の──ごぼっ!?」

 

 ぐわんぐわんと視界が回転する。集中できない。出そうとした『手』を生成できず、口からは血とシュブ=ニグラスの体液が混ざったような黒い液体が吐き出される。ボコボコと体の表面が沸き立つような感覚と共に、痛みで体を丸めると、背中から何かが突き破って出てきそうな妙な感覚を覚える。

 

「っ、ぐっ……おぉオオォおぁあぁアア!?」

「…………おい、オイオイオイオイ、なんだこれ……()()()()()()……!?」

 

 激痛。そして、体の中心から背中へと、何かが移り──何かが飛び出すように()()した。

 ミドリさんの驚愕の声が、こちらではなく、背後で床に足を下ろした()()に向けられている。

 

「っ、はっ、はぁっ、うっ……あぁ……っ」

 

 そして、不思議なことに。体の中で暴れていた魔力が、すっぽりと抜け落ちたかのように、唐突に不快感が全て消え去り体調が戻る。

 けれども体内から何かが分離した行動に体力を持っていかれて、まだ立ち上がれそうにない。すると──背後に立つミドリさんではない誰かが、前に回ってきて、目線を合わせるようにしてしゃがむ。

 

【ふむ。ふむふむ。触れますねぇ】

「────。なん、で」

【不思議なこともあるようで。どうやら、流し込まれた魔力と私は、相性が良かったようです】

 

 こちらの顔を両手で挟んで上げさせられ、視線がバチリとかち合う。

 その顔は、何度も見ている。しかし、()()()()だと思わずにはいられない。だって、だって──貴女は、目の前で命を落としたはずなのに。

 

「…………雅灯さん」

【ええ、あなたの雅灯ですよ。やれやれ。死んで、悪霊になって、別の神格の魔力を器にして受肉するとは。なんともまあ、他人事ながらにしぶといと言うべきなのでしょうかねぇ】

 

 すくっ、と立ち上がり、こちらの体から分離された存在──悪霊・藤森雅灯。

 彼女は霊体時の黒い着物姿そのままで、物理的に肉体を得て、地に足をつけて立っていた。

 

【後ろは私がやります、ミドリさん。あなたはそちらをお願いしますねぇ】

「お、おお…………おう」

【さ、与一くん。グレイに勝つのはあなたです。ですので、立ち上がるまでの時間くらいは……それなりに稼いであげますからね】

 

 未知の現象に困惑しているミドリさんに声をかけ、一度振り返り、笑みを向け、そして体の向きを戻すと。彼女は背中越しに冷徹な声を響かせる。

 

【──【悪神の手(イゴーロナク)】】

 

 直後、雅灯さんの足元の影から伸びた病的に白い無数の手。それらは擬似眷属を鷲掴むと、手のひらのヒビ割れから覗く口を使って、容赦の一切を捨て去った動きでやつらを喰らい尽くしていく。

 

【うべっ。あんまり美味しくないですねぇ】

 

 妖艶な眼差しとは裏腹に、不味いものを口にしたようにちろりと舌を出す雅灯さん。そんな彼女の動きが、こちらにはどこか幼く見えていた。

 

 

 

 

 

『続』




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