とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

245 / 284
灰色は過去の空に亡く 1/4

「ぬおぉおお翔べ────っ!!」

 

 下段への薙ぎ払いを、龍一の掛け声と共に大縄跳びでもしているかのような勢いで跳躍して避ける。

 

「ウメコ! 押さえろ!!」

「っ、ああもう人使いが荒い!」

 

 その着地を狙う、枯れ木に手足が生えたような化け物──擬似眷属の触手のようにしなる腕を、小梅の背から生えるシュブ=ニグラスの魔力の触手が指示通りに防ぎ、着地と同時に弾かれたように懐に入った龍一の拳が擬似眷属の土手っ腹に突き刺さると、その体が壁まで吹き飛び木っ端微塵になる。

 

「龍一ぃ! こっちのカバーはよせい!!」

「2秒耐えろ!」

 

 続けて巨躯の擬似眷属──黒山ヨウジの猛攻を、他の擬似眷属との空間置換(いれかわり)で対応していた千夏の声に反応して、龍一は反対方向に駆け出す。

 すると、ヨウジの腕を振りかぶるモーションをそれぞれの中間に立ちながら見ていた悠花が、その動きを見て次の攻撃を予測する。

 

「上段、来ます! 伏せてっ!!」

「うおぉおうっ!?」

 

 悠花の声を聞いた龍一は、クラウチングスタートを中途半端に止めたような前傾姿勢をキープする。

 駆ける龍一のその背中の上を、擬似眷属(ヨウジ)の枯れ木のようでありながら太く密度の高い剛腕が通り抜ける。改めて床を陥没する勢いで駆け出してから、龍一は天井スレスレまで跳躍してシンプルな飛び蹴りをヨウジの頭に該当する部分に食らわせた。

 

「……ちっ」

 

 ガゴォ!! という硬いもの同士が衝突する音が響き、その巨躯を大きく下がらせるが、威力が()()足りていないことに舌を打つ。

 更にはお返しとばかりに振り抜いた反対の腕を空中でクロスさせた両腕でガードし、龍一は壁をバウンドする形で来た方向に逆戻りしつつ着地。

 

「腕いっっってぇ。こりゃアレだな、幻夢境でやった時の一発をかますしかねぇわ」

「あ゛〜〜〜、アレね。はいはい」

 

 他の擬似眷属の触腕を肘や腕を側面に当てるようにして逸らす千夏が、ドリームランド内でいつぞやに行った作戦を思い出して気だるげに返す。

 

「どこでやった何をやろうっていうのよ」

「あの〜桐山くん、せめて私たちにも分かるように言語化してくれませんか」

 

 幼馴染特有の阿吽の呼吸(ツーと言えばカー)を前に疑問符を浮かべた悠花と小梅に、龍一は後退させたヨウジが戻ってくる時間を考えて、逡巡を挟んでから答える。

 

「──俺が魔力をチャージして、全力の一発をぶちこむ。ただしその間俺は動けなくなる」

「……やっぱ、これらを相手にやんのキツくない? あんときは同じ異能持ちの真冬(うちのこ)が居たから対応しきれたけど、こいつら相手にあんたが動けなくなるとだいぶキツいんだけど」

「いや、案外そうでもねえよ」

「ひょわっ」

 

 片手間で悠花をひょいと引っ張りつつ、近づいてきた擬似眷属の上半身がヘコむ威力で殴り潰し、ヨウジが振り回した腕の所為で枠ごと破壊された窓の外に死体を投げ捨てる龍一が言葉を続ける。

 

「あ、ありがとう桐山くん」

「おう。……こいつらは階段を経由した廊下の前後から、真ん中を陣取る俺らのところに来てる。前回の街を模した外での360°警戒と比べりゃ楽だ。とにかく次で黒山ヨウジを仕留められれば良いんだ……ここで賭けに出るのは悪くない手だと思うぜ」

「……まあ、確かに?」

 

 なるほどと合点がいったような顔をする千夏だが、龍一は渋い顔でなおも続けた。

 

「それに──なぁんか嫌な予感がする。まだ何か、グレイ側に切り札が隠されてるような気がする。ここで黒山ヨウジを殺しきらねぇとマズイ」

「……ちっ。そういう勘は無視するべきじゃない……か。はぁ〜、わかった、やるわよ」

 

 小さくため息を一つ。それから思考を切り替え、千夏は小梅と悠花にも短く指示を出す。

 

「小梅、あんたはアタシと入れ替わって黒山ヨウジを押さえて。悠花は──戦力にはならんけど、あんたにもやってもらいたいことがあるわ」

「なん、ですか?」

「こいつら、たぶんアタシら敵対者を優先的に狙うようにプログラムされてる。外から悲鳴は聞こえてきても血の臭いはしないから人が襲われてない──すなわち死者は出てない。とはいえ動きも遅いし下に落とせば上がってくるのには時間が掛かる」

「……つ、つまり?」

 

 千夏の言葉。そして彼女の使う特殊な異能力を見ていたからこそ、悠花はこれから自分がやらされることを察して口角をひくつかせる。

 

「奴らが来るたびに、アタシか悠花が飛び降りるわよ。飛び降りてすぐ廊下にいる怪物と入れ替われば、落ちるのはあいつらだけ」

「で、すよ、ね〜〜……!?」

「あいつらに再生能力があるかは知らんけど、この高さから何度も落ちてればそのうち死ぬでしょ。つーわけで、死ぬ気で時間稼ぎすんぞォ」

「──悠花」

 

 会話を締めた千夏と代わって、龍一が腰を落として右手に魔力を溜め始めながら言う。

 

「……? はい?」

「別にお前だけが戦闘能力を持たないから、戦えないことに対してフェアじゃない、って責めたいわけじゃねえ。ただな……今回だけでいい」

 

 その手を高密度の魔力で包み、漆黒の炎状のエネルギーで塗り潰しながら、龍一は悠花を()()()

 

あの怪物(黒山ヨウジ)をぶち殺すまででいい、俺たちと一緒に命懸けで戦ってくれ」

「────。仕方がないので、手伝いますよ。桐山くんって、ほら……早死にしそうですし」

「ここで未来を変えなきゃマジで死ぬからな」

「それ私も死ぬやつなので笑えませんよぉ?」

「おめーが振った話題やろがい!」

 

 クスクスと笑う悠花に、龍一も苦笑する。それから切り替えて、最後に小梅に問いかけた。

 

「あとそうだ。ウメコ、全部終わったら屋上に行くぞ。やってもらいたいことがある」

 

 

 

 

 

 

 

「──【韋駄天】」

 

 トン、と胴体に軽く当てた足が、直後に凄まじい膂力を発揮して、階上の廊下に居る最後の擬似眷属の胴体を真っ二つに()()()()()

 

「ふぅん、そういう使い方もあるのか」

「俺の戦い方が速く走るだけだと思ってるなら考えを改めた方がいいぞ」

「そうだな。今、改めた」

 

 グレイに軽口を叩きながらも、逃げ遅れた学生が廊下に何人も残されている状況。

 ヒカリは擬似眷属が学生を狙わないことと、学生たちが恐怖のあまりに動けないことが、逆にラッキーである事実を内心で思案している。

 

 対・擬似眷属への最適解──瞬間的に脚力を爆発的に上昇させた蹴りを一瞬だけ叩き込む戦法は、しかしてグレイの透明触手の密度は貫けない。

 だがそれ以上の威力を出すには【韋駄天】による加速を交えた攻撃をしなければならず、そんなことをすれば、学生たちが余波で吹き飛ぶ。

 

「…………。ちっ、めんどくせぇ」

「面倒だよねぇ? 正義の味方は民間人を殺せない。連盟組織は未来でもそれで困っているよ」

「だろうな」

 

 ヒカリは鼻で笑う。けれども、戦えない民間人のためにという最低限の矜持だけは、魔術師(ひとでなし)だからこそ捨ててはならない最後の一線なのだ。

 

「まあ、でも、なんだ」

「……ん?」

 

 ゆえにこそ、ここで、その()()を超える。

 

「──そろそろ把握したぜ、()()()()()()()をな」

「……ッ! お前まさか──

 

 刹那、ドンッッッ!!! という強烈な衝撃と共に、グレイの体が宙に撥ね飛ばされる。

 

「く、おっ……!?」

 

 咄嗟のことで透明触手による防御が間に合わず、空中で錐揉み回転しながら、グレイは視線をブレーキを掛けたヒカリに向けた。

 使()()()。【韋駄天】を。あろうことか、周りに民間人がいる状況で。

 

 周りに視線を辿らせれば、超高速で人間大の物体が廊下を駆け抜けたことによる衝撃波で、壁や窓際に叩きつけられた何人かの学生が床に倒れ伏しうめき声を上げている。確実に被害は生まれていた。

 

「……正気か、お前は……!」

「敵側のクセに何を驚いてやがる」

「がっ!?」

 

 ──続けての【韋駄天】。

 

 切り返して急加速したヒカリのタックルで再度撥ね飛ばされ、更に加速して上を取った天井スレスレからの踵落としで床に叩き落されたかと思えば、次の瞬間には廊下の端まで蹴り飛ばされ、バウンドした体を後ろから蹴られて元の場所まで戻される。

 

「ぐっ……ここまで、やるか……!?」

「なぁに問題ねえだろ。運が悪けりゃ骨が折れるだけだ、別に死にやしねえ」

 

 透明触手で受け身を取るグレイを余所に、一瞬外を横目で見たヒカリは数秒の足止めを図って会話を切り出しその場に縫い止めんとする。

 

「今でこそ世のため人のためってことで軍と警察巻き込んで大きくなった組織だがな、連盟組織は元々は俺と()()()とタヌキ爺で結成した魔術を隠蔽するための組織だ。言っとくが俺らは善人じゃねえ。昔は隠蔽のためなら何人か消すことがよくあった」

「────。ふ、良くも悪くも魔術師(ひとでなし)だな」

「自覚はある。だからこそ……色々と妥協したり、諦めたり、許容したり、戦力(ボランティア)を募ったりもするわけだ。()()()()()な」

「……? ──!!」

 

 一瞬、困惑。

 

 ──直後、窓側に束ねた透明触手を貫いた飛び蹴りが、側頭部に突き刺さる。

 

「くぉ……!!?」

「ストライィ──────ク!!」

「どう見てもデッドボールだろ」

 

 窓を突き破って乱入してきた男──桐山龍一。彼の高密度の魔力を纏わせた足から発生する爆発的な膂力は、咄嗟に床に残りの触手を突き刺したグレイの愚策により余すことなく全身に行き渡る。

 

「まあいい、良くやった怪力小僧!」

「名前で呼んでくんね──ぐべぇあ!?」

 

 それをチャンスと見たヒカリが【韋駄天】で龍一もろともグレイを撥ねる。

 驚きと衝撃で思わず変な声が喉から出た龍一は、宙で身を捩って着地すると、遅れて着地して口から血の混じった唾を吐いているグレイに問われた。

 

「ぺっ。……黒山ヨウジを、倒したのか?」

「あ〜、そうなるな。上から掌底で頭から胴体まで潰してもまだ生きてるなら流石に尊敬する」

「特注品だったのだけれどね。というか、短時間でどうやってこっちまで来たんだ? 桐山龍一、キミの身体能力の高さを加味しても時間が掛かるように真反対の棟同士で引き離しておいたのだけど?」

「え。そりゃあ、なあ」

 

 くい、と親指を向けた窓の先。二人を警戒しながら外──否、広い敷地を挟んで黒山ヨウジを待機させていた棟の屋上を見たグレイは気がつく。

 

「下走るより、上から投げ込む方が早いだろ」

「……! 夏木小梅……!」

 

 屋上に立つ、背中から1本の魔力触手を伸ばしている少女──夏木小梅。それはすなわち、単純明快な問いに対する答え。

 龍一は1階から外に出て敷地を走ってきたのではなく、屋上からシュブ=ニグラスの魔力による超怪力を用いて投げ込まれたのだ。

 

 

 

 

 

「いや〜早い早い。投げられた瞬間だけ音の壁を破る直前まで行ったけどな」

「初速でマッハ手前まで行ったのか……いや俺の【韋駄天】もそれくらいは行くか」

「バケモノ共め……」




お気に入りと感想と高評価ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。