とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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灰色は過去の空に亡く 2/4

「さぁ〜て、こっちで第2ラウンド……と言いてえところだが、ここは任せていいかおっさん」

「あ?」

 

 グレイを前に、龍一はそう言って意識を階下に向ける。その先で聞こえる悲鳴を耳にして、手間取っていることを察していた。

 

「与一とあの不良(ヤカラ)みてぇな姉ちゃんが居て下が片付いてないのは変だ、何かあったんなら向こうに手ぇ貸しに行くべきだと思ってな」

「そうか。……なら行け」

「助かる」

 

 背中を向けて走り去る龍一を一瞥し、グレイは【韋駄天】対策に透明触手を広げる。

 

「追わなくていいのか?」

「こちらとしても息を整えたくてね。お前たちは一々会話のために足を止めるから助かるよ」

「そりゃどうも。礼はいいぞ」

「いいや、する相手は選ぶとも」

 

 淡々とした軽口。それから一拍の間を置いて、グレイが廊下全体を埋め尽くすようにバラけさせた触手を展開。ヒカリもまた、壁や天井すらも足場として【韋駄天】の高速軌道で廊下を駆け抜ける。

 

「……っ」

「どうした? キレが落ちてるぞ」

 

 僅かな隙間に体を滑り込ませるようにして触手の壁を突破したヒカリは、そう言いながら防御の層が薄い所から足をねじ込んで蹴りを叩き込む。

 メキメキと骨にめり込む感触と共に、【韋駄天】で放たれる脚力が、グレイの体をもはや見る影もない数分前まで窓だった壁から外へと弾き出す。

 

「昨日の【光速領域(タキオン)】のダメージが回復しきってねえな。だから擬似眷属化させた生徒とそうでない生徒をまばらに配置して盾にしてたのか」

 

 斜めに弾き飛ばされ大学の真ん中──広場になっている場所に落下したグレイの調子を推察し、トドメを刺しに行こうとしたヒカリは、彼女が姿勢を整えながら分割させた透明触手を地面に放ち幾何学模様を刻み、その中心に緩やかに降り立つ光景を見る。

 

「……! てめ──」

 

 そして、予め配置していたかのように、ぞろぞろと擬似眷属が配置について。

 

「これこそが、第2ラウンドだよ」

 

 ──刹那、大学全体が大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──階段を数段飛ばしで駆け下りる龍一が、怯えてしゃがみ込み隠れるように縮こまる大学生たちを横目に1階へと向かう。

 階段を下るごとにどんどん大きくなっていく、何かを殴り、砕き、握り潰し、()()()()()()()()()音。何が起きているのかと不安を脳裏に小さく募らせながら降りきった先で、その原因を目にした。

 

「……? あんた、悪霊の姉ちゃんか?」

【おや? これはこれはお義父さま、お元気そうでなによりですわ〜】

 

 そこに立っていたのは、黒い着物姿の女性──藤森雅灯。しかし、うっすらと透けていて宙に浮いていた頃とは違い、輪郭がハッキリとしており、その両足で床を踏んでいることに気がつく。

 

「どうなってんだ、なんで実体がある? あんた霊体じゃなかったのか?」

【与一くんがシュブ=ニグラスの100%原液を注入されましてねぇ。それが私のイゴーロナクの魔力と結びついたり、シュブ=ニグラスの魔力が器になったりで、まあ〜簡潔に結論だけ話すと受肉して現世に復活しました。広義のキリストみたいなもんです】

「その発言はだいぶ危ういぞ」

 

 そんな会話をしながらも、雅灯は足元の自身の影から伸びる白い『腕』を操り、外から入ってくる擬似眷属を掴んではへし折り、殴り砕き、手のひらにある『口』でバリボリと噛み砕いて呑み込む。

 

「あー、なるほど」

 

 周囲の動けないでいる生徒たちが怯え、目を逸らし、床に吐いているのは、なにも擬似眷属に恐怖したからというだけの話ではない。

 ──少し前まで人間だったやつらを影から伸びる手で捕まえては食い殺している、藤森雅灯(このおんな)の所業を嫌悪していたのだ、と。短い時間で龍一は悟った。

 

「……ま、死人が出てねえんなら別にいいか。で、与一とヤカラの姉ちゃんはどうした?」

【そこの部屋で休んでます。ここは私が押さえておくので、見に行くならご自由に】

「そりゃどうも」

 

 空き教室を指差す雅灯にこの場を任せて、龍一がその中に入る。

 明かりのついた室内では、二人の男女──与一とミドリが、ぐったりと机に突っ伏していた。

 

「おいおいなんだなんだ、調子に乗って呑みすぎた二日酔いの大学生のモノマネか?」

「あ゛あ゛、間゛違゛っ゛て゛は゛ね゛え゛」

「声ガラッガラじゃねえか」

 

 上体を起こしたミドリが、まるで丸一日カラオケで熱唱した翌日のような枯れた声で言う。

 

「あ゛た゛し゛の゛……ん゛ん゛! ……あたしの【呪言】はな、使いすぎると喉に負担が掛かるんだよ。喉飴も切らしてるし、今回の戦いのどっかで()()()のを作るかもと思って休憩してたのよ」

「ふぅん。……与一は、あー、大丈夫か?」

「大丈夫ではないです」

「おお……お前まで声ガラガラだったら流石に面白さが勝ってたかもしれねえから安心したぜ」

 

 続いて顔を上げた与一の疲れ切った顔を見て、龍一は小さく笑みを浮かべる。

 

「そんで、廊下で敵を踊り食いしてる悪霊の姉ちゃんはなんでああなったんだ?」

「お前の息子が元気な女の子を産んだ」

「生命の神秘、って、コトぉ〜〜〜〜!?」

「だいぶ語弊がある……」

 

 ミドリの厄介な言い回しを訂正するように、与一が龍一への状況説明をする。

 

「──ってぇことは、あの姉ちゃん単体が駒として運用できるわけか」

「そうですね。中〜遠距離戦が出来る駒をいつでも作り出せると言えば聞こえはいいです。……が、まあ、問題もあるんですよねぇ」

 

 それから少しして、廊下から聞こえてくる生木を破壊するような音を意識的に無視して話し終えた辺りで──ふと、建物が揺れた。

 

「っ、なんだ……今の」

「父さん、ミドリさん。外に出る準備を」

「あ゛〜、なんか起きるみてぇだな」

 

 建物──というよりは、空間そのものが揺れた。そんな感覚を察知した三人が廊下に出ると、そこでは困惑した様子の雅灯が窓の外を見ている。

 

「雅灯さん、どうしました」

【あぁ〜〜、その〜、あの擬似眷属たちが、急に外に出ていってしまって】

「外? ……グレイが何かしでかすつもりだな」

 

 流れでそのまま1階廊下から外に出ると、そこでは広場のど真ん中を占領するように悠々と立つグレイの姿。そして、周囲を規則的に並ぶ形で彼女を取り囲む何十もの擬似眷属を確認した全員が、大学内に渦巻く異様な魔力の高まりを感じ取り構える。

 

「ヒカリさんはまだ上か。母さんたちは!?」

「悠花と千夏とウメコは向かいの棟だ。千夏辺りが異変には気づいてるだろうが……なんだ、あいつは何をしようとしている……?」

「あの規則的な配置は……魔法陣、だとして、擬似眷属を配置してるということは────」

 

 そう呟いて、おもむろに与一が空を見上げる。その行動の理由は、ひとえに、擬似眷属たちの顔があった部分が、上を見ているような気がしたから。

 

「……雅灯さん、俺の中に戻ってください」

【あいあいさー】

 

 それとなく雅灯を影に沈ませるようにして、『藤森雅灯という力』を取り込み直す。

 そして、そんな与一の視線の先には、当然だが太陽が昇っている。昼を過ぎ、傾き始めている太陽がある。──そのはずであった。

 

「──()()()()?」

 

 与一が呟いたことで、ようやく龍一とミドリ、雅灯の視線も上を向いた。その場の全員が見上げた先にあったのは、太陽の代わりのように存在する黒い丸。ポッカリと、空間に穴が空いたかのように、真っ黒な『●』が上空に存在しているのだ。

 

「──前回も、これを喚び出したんだ。そのときは言乃葉ミドリと桐山龍一、有栖川千夏しか居なかったのだけれどね。今回は人数が倍だから、こちらも手間を掛けて質量を倍増させてみたよ」

 

 誰に言うでもなく、魔法陣の中央でグレイが独りごちる。直後、配置されていた擬似眷属の体が無数の枝のように伸びていき、上空の黒い『なにか』へとその体を接続し、吸収させていく。

 大学の屋上よりも更に上空で、それは擬似眷属たちを吸収してなおも膨らみ、果たしてその表面をボコりと泡立たせてゆらりと落ちてくる。

 

「頑張って作ったんだ、楽しんでくれたまえ。──シュブ=ニグラス……【空亡(くうぼう)】との遊び(たたかい)をね」

 

 その言葉と共にべチャリとグレイの背後に落ちた『なにか』は、肉体を形成させるように液状の輪郭を持ち上げる。水面から物体が浮上してきた時のように、輪郭が波打ち、シュブ=ニグラス──【空亡】は、超巨大な枯れ木めいた形状に硬質化させていった。

 

「……? ──!! 防御しろ!!」

 

 不意に嫌な感覚を抱いた龍一が、突如として声を荒らげた。その言葉を疑うよりも早く、半ば脊髄反射で【強化】で肉体の強度を底上げした与一が龍一と共に両腕で頭をガードしながらミドリの前に立ち、攻撃に備えた──刹那。()()が衝突してきたのは、まさしく、瞬きを挟んだ直後だった。

 

「ぐぬっ……!」

「──っ、づ、ぉ!?」

「おあ──っ!?」

 

 文字通りに腕に丸太を叩きつけられたような衝撃。凄まじい質量に、足が地面から引っこ抜かれたように三人まとめて後方に吹き飛ばされる。

 

「ただの枝分かれした魔力の塊でこの威力かよ……! 与一、呪言の姉ちゃん、無事か!」

「大丈夫、でも、こんなのが外に出たらここら一帯が終わる……っ!」

「『前回』のあたしらはどうやってこんなもんぶっ殺し…………いや、()()()か?」

 

 受け身を取って姿勢を立て直す二人の後ろで、土と草を払いながら立ち上がるミドリが言う。

 

「──ああ、そういうことか、前回のあたしがこいつをどうやって仕留めたかわかった。あとは……囮が要るな、ヒカリは何処行った?」

「あ〜〜……あそこ、だったん……だけどなぁ……ありゃ流石に死んだか?」

 

 ミドリの問いに、龍一が先ほどまでヒカリの居た階を外から見やり、その廊下部分が自分たちを吹き飛ばした【空亡】の丸太の如き枯れ枝に貫かれている光景を一瞥して半ば諦めたような声を漏らす。

 

「あいつはあの程度じゃ死なねえから問題ない。未来人、グレイをこの場から引き離せるか?」

「…………。まあ〜〜、まぁ〜……誘えば乗るでしょうし、あいつは俺が相手するつもりではありましたし。なんとかしま「──私が、なんだって?」

 

 会話に割り込むように、上空から影が差す。即座に後ろと左右に展開した三人のうち、着地と同時に透明触手を振り回したグレイの殴打を辛うじて弾きながら接近する与一と龍一を横目に、ミドリが両手で何かを握り、支える構えを取りながら口を開く。

 

「クソが、【MP5】……ゴホッ」

 

 その手に【呪言】で具現化させた短機関銃(サブマシンガン)で、ミドリがグレイのガラ空きの胴体を撃ち抜こうとして、違和感を抱き左右で透明触手を相手にする二人に一瞬視線を向け──数の違いに気づく。

 

 与一が、2本。龍一が、3本。グレイの透明触手は36本の触手を6本ずつに纏めていて、普段の合計は6本。──1本だけ、何処かに隠れている。

 

「っ!」

「おっと、惜しい」

 

 ぞわりと背筋に走った怖気に従い横っ跳びでその場から離れた瞬間、ミドリが立っていた位置を地面の下から触手が飛び出して貫く。

 数秒遅れていれば、ミドリの体は股から頭までを串刺しにされていただろう。

 

「うーん、ぶっちゃけると、もうキミらに用は無いんだよねぇ。そういうわけだから私じゃなくて【空亡】と遊んでいてくれ」

「うおっ!?」

「ぐえっ!?」

 

 続けざまにそう言ったグレイが、バラけさせた透明触手で龍一とミドリを絡め取り、それぞれを距離を取らせるように投げ飛ばす。

 

「ほうら、キミはこっちだ」

「え。──ぬぉわ!?」

 

 そして与一の背後に銀の鍵を投げつけると、虚空に【穴】を空けてそちらへと彼を弾き飛ばし、追いかけて向こう側に消え去る。

 

「っつつ、ったく、厄介なもん押し付けて消えやがって……おいヒカリ!」

 

 ひしゃげたMP5を捨てながら声を荒らげるミドリに反応してか、棟の階上の廊下に突き刺さっていた【空亡】の一部が爆発したように吹き飛ぶ。

 

「……うるせえ、聞こえてる」

「あたしは外に出て、こいつをぶっ殺すための()()()()()を作ってくる。囮頼むぞ」

 

 大学のど真ん中を陣取る巨大な漆黒の枯れ木の神格──【空亡】(シュブ=ニグラス)を見下ろすヒカリに言うと、彼は鼻を鳴らしてから言葉を返した。

 

「ふん。急げよ、チンタラしてたら準備終わる前に俺だけでこいつを殺すことになる」

「言ってろ。怪力小僧!」

「名前で呼べって」

 

 それから投げられた方角から戻ってきた龍一に声を掛けると、ミドリが続ける。

 

「全部終わったら考えてやる。お前の嫁と他二人も連れてこい、ちょいと手が要る」

「……悠花と千夏とウメコか。まあこいつの相手はあいつらにゃ荷が重いし居ても邪魔か」

「ああ。そもそもの話だが……ヒカリの速さについていける奴は居ねえし、あたしらが居たら走るのに邪魔だ。民間人共は……ほっとけ、下手に助けようとして動かしたら流れ弾で死にかねん」

 

 ため息をつくミドリに、龍一が問う。

 

「こっからは文字通りのスピード勝負ってわけだな。先に行っててくれ、三人を連れていく。……つーか、そもそもどこに行こうとしてるんだ?」

「駅だ。ここの駅は『大学前』って書いてあるのに本当に大学から近いところにあって助かる」

「『◯◯前』って書かれてて駅の近くにその名前の場所が無いのは確かにイラつくよな」

「つーわけで、駅で合流するぞ。行け!」

 

 ミドリの言葉に、龍一は弾かれたように悠花たちの居る棟へと駆け出す。

【空亡】から背を向けて駆け出したミドリもまた、懐から取り出した携帯で連絡を繋いだ。

 

 

 

 

 

「──あたしだ、今すぐ『呼声大学前駅』の周辺を隔離しろ、あ? 電車を止めるとダイヤルがズレる? 知るか辻褄合わせはそっちでどうにかしろ」




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