「お前、結局、何がしたいんだよ……ッ!」
「うーん、まぁ〜、ねぇ。興味と関心と好奇心と、
「はぁ……!?」
誰も乗っていない乗用車を触手でグシャグシャに丸め、グレイはキャッチボールでもするかのようなノリで鉄の塊をぶん投げてくる。
【禍理の手】を複数射出して受け止め、そっと道路に転がした──瞬間、こちらの腰の左側辺りに刻まれた、歯車の様な文様の魔法陣が反応し、その場からグレイ共々姿を消失させた。
そして次の瞬間には、こちらとグレイの姿は、どこかを走行中の新幹線の中に立っている。
「またかよ……!」
「これは……どこに向かっているんだ? まあいい、続きと洒落込もうか!」
「せめて人が居ないところに飛ばせよ!?」
──事の発端は、つい先ほど大学の広場で【穴】の向こうに飛ばされた時のこと。
どさくさで腰辺りを掴まれたかと思えば、謎の術式を体に刻み込まれていたのだ。
それからは、もはや数秒から十数秒のいずれかの時間が来ればどこかに転移させられる……というのを5分以上続けていた。
人の居る場所、居ない場所、どこかの建物や乗り物の中、一瞬だけ洞窟の中に居たかと思えば、次の瞬間には5秒だけ北極に飛ばされる。
視界が目まぐるしく切り替わり、休まる時間が無い。それもこれも、グレイの匙加減で切り替わるのだから非常にたちが悪い。
「ったく、何が同情だ……!」
「いやほら、キミ結構、可哀想な人生を送っているみたいじゃないか」
「進行形で可哀想な目に遭わされてるだろうが、どっかの誰かの所為でな!」
「いったい誰の仕業なのやら」
「お・ま・え・だ!!」
突然瞬間移動してきた我々の姿を見て困惑している乗客を無視して放たれた透明触手を、咄嗟に手近にあったトランクケースで受け止めた。
破壊されたケースから誰かの荷物が撒き散らされるが、謝る暇もなく次の場所に飛ばされる。
「正直なところ、私の目的が昔の言乃葉ミドリたちへのリベンジマッチというのは、この計画の初期段階での目的に過ぎないんだよねぇ」
「今は違うのか」
お次はどこかの動物園のど真ん中。こちらに背を向けて歩き出すグレイの後ろを歩いてついていくと、ふと彼女は口を開く。
「ジョン・ドゥ……キミらが有栖川春秋と呼んでいるアレが過去を変えただろう。しかしそれは、あくまでも世界線が分岐しただけで、過去を変えたからといって未来が変わるわけではない。本来のパンデミックにより世界が終焉を迎えた世界線は今でも存在している。まあ、つまりは、そういうことだよ」
「…………。ちゃんと分かっていたのか。グレイが父さんたちを殺したところで、既に一度負けている過去が無かったことにはならないって」
こちらの言葉に、グレイは微笑を返すだけだったが、それこそが答えだった。
「ま、それも過去に飛んで新しいボディを造る為に行動している時に改めて考え直したら気付きしまっただけって話さ。そうしているうちに、今度はこちらの世界線にある妙な組織が気になってね」
「妙な?」
「ああ。──それが、連盟組織だ」
再度視界が切り替わり、今度は水族館の中。これ不法侵入じゃない? とは思いながらも口には出さず、水槽の中を泳ぐ魚を見ながらグレイが続ける。
「これは親切で言うがね、あんな碌でもない組織に心を許すべきではないよ」
「そもそも俺は組織所属じゃないし」
「だからこそ逆に危ういんだ。そもそもの話だろう、証拠隠滅と民間人への情報の隠蔽を理由に、やつらは事実として
「…………。まあ、そうだな?」
言われてみれば、確かに連盟組織は碌な組織ではない。けれどもそれこそ、事実として、世のため人のためにと働いてはいる。
「一度も疑問に思わなかったのかい? なぜ今回の件で活躍した優秀な魔術師である桐山龍一と有栖川千夏の記憶を消したのか、と。だってそうだろう? 記憶を消すより、協力関係になる方がメリットがある」
「────」
「でも、『前回』は、こうも考えたんだろうね。『都合よく言乃葉ミドリも死んでくれたことだし、桐山龍一と有栖川千夏は記憶を消して放置しよう。その方が監視しやすいじゃないか』、だとか?」
けれども、グレイが言葉を紡ぐごとに、脳の片隅にも無かった思考が湧いてくる。
組織への疑問、現状への疑問。ありえないと否定しようにも、それ以上に疑念に対する説得力の方が大きく存在していた。
「連盟組織は言乃葉ミドリの死体を神格の器に再利用したんだろう? 普通に考えて頭がおかしいなぁ? そうして時空間操作を行える私は色々と調べて回って気づいたわけだ、諸々の問題がキミに関わっていることにね。例えばほら、桐山龍一と桐山悠花が死んだあの温泉宿の出来事。キミにとってはアレが人生の転換期だったと考えているだろうけれど────」
グレイの言葉が止まらない。
「──今日この日が、桐山家の、
次の転移。水族館から、どこかの美術展のような建物の中に移り、世界各地の武器を展示しているコーナーのガラスケースを背に、グレイは言う。
この日が、桐山家の転換期。──であるならば、その切っ掛けは、目の前にいるではないか。
「『だったとしたら?』じゃないが? その原因はお前だろうが、グレイ。いや、灰宮カレン」
「あ、バレちゃった? まあ隠してないし、私が敵であることは一貫しているから今更か」
それぞれがケースを背後に、眼前を通っていく客を横目に。グレイも、こちらも、静かに魔力の密度を高めて術式を起動の直前まで組み上げていく。
「いくら可愛い見た目だからって、絆されちゃあいけない。例え、今ここにいるのが
「言われなくとも、勝つさ。帰るために、そして父さんたちに未来を与えるために」
「その意気だ。はははは、ハッハッハッハ、それじゃあ……ギアを上げていくぞ」
パチパチパチと、漏れ出た魔力が触れ合いスパークする。違和感を抱いた通行人が振り返る直前、こちらとグレイの口が名前を唱える。
「【
「【
方や、空間に干渉して時間を遅らせる力。そして恐らく向こうの力もプロセスや結果が似ている力。果たして双方の時空操作が相乗し合い、世界の進む速度が、奇跡的にほぼゼロまで低下する。
時間が停止したと言っても過言ではない程に遅くなった世界の中で、こちらとグレイが背後のケースを殴り割り、中からハルバードと青龍刀をそれぞれ引っ張り出し前に踏み込むのは同時だった。
──自分のやっていたことが、全ては虚しい行いであることに気がつくのは、どんな気分か。
──自分のやっていたことが、後に誰かの人生を歪めていたことに気がつくのは、どんな気分か。
水面下で蔓延していた薬物中毒者を利用した擬似眷属化と、それらを利用したシュブ=ニグラス顕現計画。それらを思いついた時は、さぞかし自分が天才だと思っていたことだろう。
後のパンデミックで人類の大半が滅んだ世界で、過去の自分を思い返す度に、何が天才であるものかと自虐していたことが昔のようだと、灰宮カレン──失った肉体を人造神格で補っている
自身の計画を邪魔してくれた言乃葉ミドリを、桐山龍一を、有栖川千夏を恨むのは簡単だった。復讐のためにと力を求めるのは必然だった。
計画を進めている間は楽しく、しかして、いざ過去に飛べば嫌でも気がつく。あくまでも、過去の改変により発生するのは未来の分岐であって未来の改変ではない、と。変えられる余地が生まれるだけなのだ。既にある未来は、無かったことにはならない。
それは、
果たして過去を変える意味も戦う意味も全てを失ったグレイは、それでも一度始めた行動を捻じ曲げることが出来ず、そうして目的の日時までの間に情報を集めていたとき、ふと気になっていた。
──あの日、自分の計画をめちゃくちゃにした男には息子が居て、何を隠そうその人物が
一度気になってしまえば、確認せずには居られないのは何時の時代でも変わることのない
──なんて強烈で、
自分には無い、全力の生き様。
苦難を乗り越えてなお輝く魂。
けれども調べて、そうして知ってしまう。桐山与一が
──興味と関心と好奇心と、
それは、冗談でもなんでも無く、グレイの本心からの言葉だった。
だからこそ、グレイの
──それは、単なる気まぐれかもしれない。はたまた、グレイなりの贖罪なのかもしれない。
だが、結局のところ、理由はどうあれ。グレイは『敵』で、そこだけは曲げてはならない。
ゆえに、グレイはきっちりと準備を整えて戦っている。本気で戦うからこそ、全員に勝てばそのまま未来を変えればいいし、全力で挑むからこそ、負けてしまった事への納得感を得られるから。
──まるで私は、炎に飛び込む蛾のようだな、と。グレイは最後の戦いを始める直前の下準備として、
──
「ったく……まだ準備が終わんねぇのか」
【韋駄天】で加速した足を止めることなく、なおもグングンと加速させて、ヒカリはそう呟きながらの飛び蹴りを巨躯に叩き込む。
しかし単純な質量の大きさと密度の高さと魔力量により、蹴り自体の威力が大型車の追突よりも高くとも、大したダメージになっていない。
「ちっ。……まあ、擬似眷属を使った紛い物なだけマシな方か。
蹴りのタイミングで一瞬足が止まったのを狙って、ヒカリが立っている場所に無数の触手が殺到する。改めて起動した【韋駄天】で地面を爆発させるように踏み込み、即座に急加速して脱すると、立っていた場所に遅れて触手が突き刺さっていた。
外周をグルグルと周る形で、追従する触手を避け、屈み、跳ねるヒカリは、不意に懐から携帯が鳴るのを耳にして取り出し電話を繋げる。
「ようやくか?」
【おうともよぉ! 駅の方を見やがれ!】
耳に響くテンションの高いミドリの声。それに苛立ちを感じつつも、言われたとおりに敷地の外──呼声大学前駅に視線を向ける。
するとそこにあったのは、巨大な砲身を携えた、古めかしく巨大な列車だった。
「呪言使いに生まれたからにはァ……誰もが一度は夢見る『巨大な乗り物を言葉1つで作ってみてぇ』願望! これこそが完成形! 【80cm列車砲】だァ〜〜〜っ! テンション上がるぜぇ〜〜〜!?」
【こいつうるせえな……】
場所を変えて列車砲に乗り込んだミドリの声が車内に響き渡る。携帯越しの不愉快そうなヒカリの言葉を無視して、彼女は一緒に乗り込んでいる四人にも適宜指示を飛ばして砲身を大学に向けさせた。
「向きよーし、角度よーし、狙いは木偶の坊だ。用意はいいか野郎共ォ!」
「該当者一名だぞ」
「うるせぇ〜! 運用人数約数百倍の列車砲を四人で使うとなると1発撃つだけでどんだけ時間かかると思ってんだ! 端折れるところは端折るぞ!!」
「……これ、撃てるとしても、重さと反動で駅が潰れたりしませんか?」
呆れ顔で返す龍一は、横で慌ただしく操作している悠花のボヤキを耳にする。
「仮にしても責任は全部あのおっさんと、このうるさい姉ちゃんだ。俺らはしらばっくれて逃げる」
「まあでもこんな経験2度と出来ないでしょ、役得とでも思っときなさい」
「可能であれば2度としたくない経験だけれど」
「よぉ〜し、発射準備完了!!」
龍一のあっけらかんとした発言に千夏と小梅が乗り、準備を終えた判断をしたミドリの怒号でそれぞれが意識を切り替えた。
「ヒカリぃ! 万が一にも防がれるとダルい! 【空亡】だけを対象に【
【わかってる、こっちで合わせるから好きなタイミングでぶっぱなせ】
「あいよぉ。そんじゃあ……っ
ガチャン、と起動。直後、鼓膜を爆破したのではと言わんばかりに放たれた砲弾が、直線で結ばれた位置に存在する【空亡】へと飛来する。
【──【
【呪言】で作り出され、魔力を帯びた砲弾を感知した【空亡】だったが、防衛のために触手を出そうとしたその体から
思考速度が、そして体を動かす時間が、限界まで遅くなり、果たして無防備な体に砲弾が直撃し、敷地内を焼き尽くさんばかりの爆炎が発生。
【……シュブ=ニグラスは炎に包まれて焼かれてる、威力的にこの1発で十分そうだ】
「そうかよ。ただ列車砲を消すのは死んだのが確認できてからだ。……ヒカリぃ、一応言い忘れてたけど誰も巻き込まれてないよな?」
【俺の【
魔力で強化された砲弾による大爆発に包まれ、辺りに衝撃波が撒き散らされる傍ら、そんな会話を横目に外を見ていた龍一が疑問符を浮かべた。
「……んん??」
「どうしたんですか?」
ビリビリと響く衝撃を列車砲の中で感じ取る悠花が、疑問符を浮かべている龍一に問う。すると、小首を傾げながらも言葉を返す。
「いや、今、なんか……あのバケモンの方に上から見覚えのある
龍一の言葉に、千夏が苦笑しながら言った。
「そいつもしかして、グで始まってイで終わる透明な触手振り回してるやつ?」
「ああ。遠すぎて分かりづらかったけど、間違ってなけりゃ、あいつ爆発に直撃してたぞ」
「えぇ……」
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