早朝、桐山探偵事務所にて。楠木葉子は現在、事務所を留守にしている与一と真冬に代わって所長代理を務めながら、同じく残された結月とソフィアを預かる形で所内の軽い清掃を済ませていた。
『葉子さーん、ゲームやっていっすか』
「ちょっと待ってね、ニュースが見たいから」
『うっす』
『なに、例の事件の話?』
「そうなの。多分また……」
と、そこで。目的のニュースが流れ始めて、箒を片付けた一人と手持ち無沙汰で暇そうにしている2体はテレビの画面に注目する。
それは、木に打ち付けられた女性の死体が発見されたというもの。
──明野町連続殺人事件。今年に入って20件目になるそれは、同じ町で発生している猟奇的な事件であり、葉子個人がくだんの町で警察医をしている知り合いから調査を頼まれている事件だった。
「そろそろ、町に行く準備をしないと……」
『おーん。んじゃ私らも行こっか? なんかゲームしてるよりそっちのが楽しそう』
『そうね。犯人がなんであれ、私たちの能力は十分役に立つわよ。どう? 葉子』
「うーん、まあ……手伝ってくれるのは嬉しいけど……迂闊に人形形態を見せると余計な混乱を招くから、人間形態を維持してもらえる?」
葉子の提案に、30cmサイズの生き人形状態だった2体は、仕方ないとばかりにその大きさを可変させる。もはや普段着と化しているゴスロリ衣装からシンプルなワイシャツとスラックスに着替えた結月と、秋服のニットとスカート姿のソフィアを見た葉子は、それからふと玄関の方で気配を感じ取った。
「……お客様かしら」
『っと。んじゃ私とソフィアは隣室に居るんで対応おねしゃーす』
「はいはい。物音立てないようにね」
着替えた衣服ごとサイズを人形に戻した結月と同じく縮めたソフィアが、寝室の方に向かう。それを尻目に玄関に向かうと、ちょうどそのタイミングで控えめなノックの音が聞こえくる。
「はい、どちらさまですか〜……と」
ガチャリと玄関の扉を開ければ、早い対応に驚いた様子の女性が立っていた。両側におさげを作り垂らしている黒髪の女性は、葉子に問いかける。
「え、と。すみません、桐山さん、ですか?」
「ああいえ、私は楠木葉子。桐山探偵事務所の所長代理です、私でもよろしいのであれば、ご依頼ご相談お受けいたしますが」
「えっ、と、じゃあ、依頼の相談を……」
「でしたら中へどうぞ」
にこやかに対応すれば、女性はおずおずとついてくる。中に案内された女性を座らせると、彼女は左手で取り出したハンカチで汗を拭い、よく見れば右手首に腕時計を着けている。──左利きかしら。と脳裏で推察しつつ、葉子は対面に座り口を開く。
「改めまして、私は桐山探偵事務所で働いております。所長代理の楠木葉子です」
「こんな朝からすみません。私はトーマ=レティシアと申します」
「トーマ、レティシアさん?」
「はい。それで、依頼なのですが……人を、探してほしいんです」
「なるほど、人探しの依頼」
話を聞きながらも、葉子は女性──トーマを観察する。幼さの残る顔は外国人に寄っており、名前の響きもフランス系だと思い至り、トーマがフランス人なのだろうということは察しがついた。
「探し人についてお聞きしても?」
「探してほしいのは、私の兄なんです」
「お兄さん、ですか」
「私がフランスから日本に来たのはつい先日のことで、兄が何処に居るのか分からないんです」
トーマの言葉を片手間で膝に置いたメモ帳に残しながら、葉子は質問を続ける。
「お兄さんの写真などはありますか?」
「はい、これが兄の写真です」
そう問いかけると、トーマは携帯の写真を見せてくる。そこに写っていたのは、金髪の少年だった。
「まあ。……物凄い、若作り、なんですね?」
「……? ──! あっ、いえ違います! すみません話が飛び飛びで。そもそもの話なのですが、私がフランスに居た頃は兄は日本に居まして、長い間会っていないので住所も連絡先も知らないんです」
「ああ、そういう。ちなみにトーマさんは、現在お幾つなんですか」
一瞬とんでもない話に展開したな、と焦りを見せた葉子の勘違いを正したトーマは言う。
「私は……今年で20歳です。この写真は私が5歳の時に撮った、兄が10歳の時の写真で。当時フランスで顔を合わせたあと、兄は父と一緒に日本に行って、私は母とフランスで暮らしていたんです」
それから顔を暗くさせると、言いにくいことなのだろう、重い雰囲気で続ける。
「……父は浮気性で、すぐに新しい相手を作るような人でした」
「お、おお……それは、なん、とも」
「母ともそのことで揉めていて、すぐに別れました。兄と離れ離れになったのもそれが原因でした」
「そうでしたか……大変でしたね」
「それから15年経って、日本に行く予定もできたので、また兄に会いたかったんです。でも、残っている兄の手がかりは昔の写真だけで……」
葉子は情報をメモ帳に纏めつつ、別の情報はないかと質問を変えた。
「お兄さんの名前は分かりますか?」
「名前……なんですが、唯一知っているのは苗字だけなんです。兄は日本に行く前に、苗字が『
「御上さん、ですか」
少し考えて、葉子はトーマに更に問う。
「お兄さん、或いはお父さんでもいいのですが、例えばどこ出身か、とかは聞いていませんか」
「……母からは、お父さんは
「明野町……!?」
「……? なにか?」
「ああ、いえ。お気になさらず」
──ここに繋がるのか。と、葉子の脳裏で驚愕の思考が過る。
そしてこのタイミングで明野町についてなんとも思っていないような態度も、つい最近日本に来たばかりのフランス人だからと考えれば違和感もない。
「やっぱり、難しいですか」
「そうですね。御上という苗字のみ、父が明野町出身。それだけだと難しいですが……」
「面倒な依頼をしてしまってすみません……ですが、その。桐山さんの知人から勧められたので、つい、ここならって頼ってしまって」
「よい……桐山所長の知人? 失礼ですが、その知人の名前を伺っても?」
ふとトーマの口から溢れた与一の話題。思わず聞き返すと、彼女は逡巡してから言う。
「はい。
「晶さん、ですか。……その子はどちらに?」
「晶さんは、明野町にある獣坂大学の学生さんだそうです。平日なら行けば会えるかと」
「はあ。…………。────?」
不意に湧いた違和感。
葉子はこれまでの会話を思い返して気がつく。なぜ、つい先日フランスから日本に来たばかりのトーマが、この日本で、ピンポイントで与一に関係する人物から、この探偵事務所を頼るようにと言われることが出来たのか。その疑問をトーマに聞き返せば、気まずそうに表情を歪め、俯きがちに理由を答えた。
「え、っと、その。実は……晶さんも、お父さんと関係があるかもしれないんです。厳密に言うと…………えっと、彼女の、お母さんと、ですが」
「…………ぉぉぁぁ……! そ、そうでしたか、なるほど。ごめんなさい、言いづらいことを」
「いえ。疑うのも無理はありません」
「──そういうことでしたら、私も全力で依頼を遂行致しましょう。御上さんを探して、トーマさんの元に連れてきます」
「ありがとうございます。見つけられたその時は、この番号に連絡してください」
最後にメモ用紙に書いた番号を渡して、トーマは席から立ち上がる。
「それでは、あとはプロの方に任せますね」
「ああ、はい」
そう言って、トーマが玄関に向かい事務所から出ていく。軽く頭を下げ合ってから扉を閉めたあと、そう言えばと、話に夢中で依頼料の話をしていないことを思い出して、慌てて玄関の扉を開ける。
「トーマさん、依頼料の話……を……」
──けれども、外を覗いたときには既にトーマの姿は影も形も無く。そして何故か、リビングの方から、カップが割れる音が鮮明に響き渡っていた。
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