「なんだったのかしら……」
葉子はトーマの話を脳内で纏めながら、割れてしまったカップを掃除する。
『話終わったんすか?』
「ええ、ちょうどさっき」
『どんな依頼だったの。部屋越しだと何言ってるか聞き取れなかったのよ』
「まあ……簡単に言うと妹さんの兄探し、かしらね。与一くんの知人経由で頼りに来たみたい。依頼者はトーマ=レティシアさんで、御上さんという方を探しに来たみたいなの。知ってる?」
2体に問いかけるも、結月もソフィアも揃って首を横に振る。でしょうね、と脳裏で独りごちて、葉子は知人らしい名前も聞く。
「知人らしい人は宮塚晶さん、こっちも?」
『いや知らねっす』
『少なくとも、私が生き人形になって与一と関わってからは一度として『宮塚』も『晶』も聞いたことはないわ。本当に知人なの?』
「どうでしょうね、トーマさん……言葉には真剣さがあったけど、どうにも隠してることもありそうだから。……でも、凄く本気だった。だから、明野町の殺人事件の調査と並行する形になるけど、彼女の依頼も完遂しようと思うわ。手伝ってくれる?」
『そらぁモチのロンよ?』
『やるからには、本気で。ね?』
「……ありがとう、二人とも」
当時にグッドサインを向ける2体に、葉子も表情を緩ませる。その直後、不意打ち気味に、彼女の携帯に電話が掛かってきた。
依頼を受け付けている事務所の固定電話ではないことから、知り合いだろうと想定して画面を見やれば、そこには『
「飛嘉野から? ……何かあったのね」
『とかの?』
「例の明野町で警察医をしているのよ。警察官時代の知り合いで、今回の明野町連続殺人事件の調査をしてほしいって頼ってきたの」
『ふうん。じゃあ、静かにしてるわね』
結月とソフィアが黙るのを確認してから、葉子は電話に出た。
「もしもし?」
【葉子、いま大丈夫?】
「大丈夫よ、なにかあったの?」
【連続殺人事件に関する資料を纏められたから、私の診療所に来て欲しいの。それと、ニュースでも見たでしょ? 女性の遺体が木に……って】
「ええ、さっき見たわ」
【実はね、昨日の夜、遺体の目撃者を保護したの。犯人と思しき辻斬り男の姿も見たって。その人たちにも会ってほしいのよ】
「目撃者が? ……わかった、昼には着くから」
【ええ。待ってるわね】
と、そこで通話が途切れる。耳を傾けていた2体は、事件の話に興味を示す。
『辻斬り男ってなんすか?』
「そうね、最低限知っておいてもらおうかしら。例の明野町、そこでは連続殺人事件が起きていて、目撃者の証言などで犯人は辻斬り男だと言われているの。その理由は、被害者の体に鋭い刃物で斬られた痕があるから。そして遺体は必ず胸を開かれて、心臓を取られているらしいのよ」
『うえぇ、酷い事件だなぁ』
『中々類を見ない事態ね』
「神出鬼没で、どこから現れているかも分からない辻斬り男による殺人事件が起きているってこと。これから診療所に行くから、二人も準備してね」
葉子に言われて、2体も改めてサイズを人間に戻し、果たして明野町へと向かうのだった。
──葉子たちが診療所に訪れると、早速と茶髪を伸ばした女性……春田飛嘉野が出迎えた。
「葉子、久しぶり」
「ええ。飛嘉野も元気そうでなにより」
『どもっす』
『こんにちは』
「? ええと、そちらは?」
「うちの事務所の……バイト……? みたいな? 優秀だから連れてきたの。調査も手伝うから」
「そうなの。私は春田飛嘉野です、葉子とはそこそこ長い付き合いなの。よろしくね?」
飛嘉野は初対面の結月たちに朗らかに挨拶をした。手短に自己紹介を済ませつつ、四人で診療所に入れば、葉子たちは例の保護された目撃者と相対し、
「それで、こちらが目撃者の方たちです」
「はあ、どうもこんに……ち、は…………」
一人は、ウインドブレーカーに身を包むボーイッシュな少女。一人は、茶髪を後ろで括りキャップを被り、首にカメラのような機械をぶら下げた女性。一人は、純白の髪を伸ばした神秘的な雰囲気の少女。
「おや? おやおやおや、こんなところで奇遇じゃないか葉子クンと愉快な仲間たち」
『愉快なメンバー筆頭みたいな人に愉快な人扱いされんのだいぶ癪なんだけど……?』
「あれっ、もしかして知り合いなの?」
「まあ知り合いと言えば知り合い……ね。具体的には共通の知り合いが居る間柄」
なんとも言えない渋い顔で、三人──リオンと竹田、蛇神を見る葉子に、飛嘉野は続ける。
「そうそう、実はね葉子。こちらの蛇神ちゃん、なんと大きさが変わるのよ。ビックリよね〜」
「……あの、神秘の秘匿についてはどう考えてるんですか……??」
『意外と堂々としてるとなんとかなるのよ』
「…………ぬぉおぉお……!!」
ポンとサイズを可変させて宙に浮かぶ蛇神の秘密を、面白いものを見るような顔で葉子に話す飛嘉野。奇妙な殺人事件の目撃者が奇妙なメンバーだと知って、さしもの葉子でも頭を抱えてた。
「なんだか、すみません……」
「いえ…………大丈夫、大丈夫よ」
居た堪れない気持ちになったのか、リオンのなんともいえない謝罪に頭を振って思考を切り替える葉子が、思ったことを飛嘉野に問いかける。
「飛嘉野、この人たちを診療所に泊めたの? 言っちゃあなんだけどリオンちゃんたちはそこらの人よりは荒事に長けてるのよ?」
「私たちもそう言ったのだけどねぇ」
「それはまあ、立場上と仕事柄で保護するしかなかったから。泊めた理由の話をする前に、ひとまずこれを見てもらえる? 葉子が来てから見てもらいたかったの。皆さんもどうぞ」
『あざーす』
資料が纏められたファイルを全員で受け取り、パラパラと捲る。資料には連続殺人事件の被害者に関する内容が記されており、どの被害者も場所や時間を問わず様々な場所で襲われた事が分かった。
『あら。こっちの被害者なんて自宅のトイレで襲われたらしいわよ』
「こっちは航海中の漁船の中、他にも刑務所の中だろうとお構い無しか」
『普通じゃ侵入できない場所だろうと襲われる……被害者の年齢や性別はバラバラね』
蛇神と竹田、ソフィアが内容を口にして、今回の事件の異常さを理解する。
「……共通点としては、どれも人数が少ない時に襲われている事でしょうか。回数で言えば、一人だけの時が最も危険だそうですね」
『んで、目撃者も3日以内には死んでると。……それまたなんで?』
リオンが呟く横で、結月が疑問符を浮かべると、それについて飛嘉野が答えた。
「はい。おそらく、目撃者もターゲットにされて殺されたか、或いは……恐怖に耐えられなかったのでしょう。辻斬り男は殺した相手の心臓を抜き取る異常者です、おまけに神出鬼没で刑務所の中だろうと相手を殺せる。そんな奴に狙われているかもと思えば……仕方のないことなのかもしれません」
痛ましい事件の調査をしているからか、悲痛な面持ちで飛嘉野は言う。
それを見て、なぜ三人を泊めたのかについて合点がいった葉子が口を開く。
「だから、リオンちゃんと竹田さんと蛇神様を泊めたのね。目撃者である以上、辻斬り男に狙われる可能性が高かったから」
「ええ。とはいえ、この資料を見ればわかるでしょう? 辻斬り男を目撃してしまった以上、安全な場所はどこにもない。今いるこの診療所に閉じこもっていたとしても、いずれは襲われてしまう」
『そうなると……ちょっと面倒ねぇ。猟奇殺人を放っておくほど人間性も落ちぶれていないし、私としては解決に動くべきだと思うのだけど?』
蛇神が口角を歪めて薄く笑えば、呆れた口調で竹田が横槍を入れる。
「お前は面白がってるだけだろう。まったく……私とて死にたくはないからね、やれるだけのことはやるが……手伝ってくれるのだろう?」
「それはもちろん、別件も並行して調査することになってますけど、私たちの主目的はこの事件の調査ですから。……変則的なチームになっちゃうけど、問題はないでしょ? 飛嘉野」
竹田に続いて葉子が言えば、飛嘉野は力強く頷いてから言葉を返した。
「この事件を解決に導くためは、今ここにいる皆さんで協力することが不可欠だと思います。目撃者の三人が助かるためにも」
『まあ私は別に死ななもごぐぉ』
「はい?」
「いやなんでもないなんでもない。さあ、我々で明野町連続殺人事件を止めようではないか」
さらりと爆弾発言をしそうになった蛇神を止めながら、誤魔化すように竹田が言う。
「ああそうそう、事件解決までは私の家を使うといい。こう見えて
「えっ、竹田さん、明野町出身なんですか?」
「まあ……ね」
葉子の驚愕に、濁すように返す。イス人である特性上、『厳密には肉体を使っている相手の出身地が明野町なのである』という説明をするには、一般人である飛嘉野が邪魔だからだ。
「では話も纏まったところで重要な話を一つ。いいですか、絶対に一人にならないでください」
『一人になれば狙われるから、ね。目撃者が狙われる……となると、別れて動く場合は私たちを混ぜて3:3にしないといけないわね』
「…………。うーん、ちょっと気になったことがあるのですが」
『ん?』
少し考える素振りを見せた飛嘉野が、蛇神を見てから全員を一瞥して言う。
「ほら、蛇神ちゃんって、話を聞く限りは……本来は小さい空飛ぶお人形なんでしょう? 例えば辻斬り男からしたら、蛇神ちゃんは目撃『者』にカウントされるのか……とか。今回は少し、これまでの一件とは諸々の条件が変わってくるかもしれないのよ」
『あら〜〜それもそうねぇ。参ったわねぇ、私たちが特殊すぎるばかりに』
「今だいぶオブラートに包みましたね……」
この場の面々で比較的マシなのは葉子しか居ないことを、その場では内情の大半を知らない飛嘉野以外がうっすらと察していた。
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