「ところで、こういう時に限って桐山クンが居ないのはなぜだい?」
『いま居ないのよ、確か……真冬と一緒に他の戦力集めて白百合の親玉? の所に向かったわ』
「白百合? 噂の【遍在】する個体とやらか」
美容院に向かう途中、道すがら竹田がソフィアに問いかける。
「白百合なら、連盟組織にも子持ちの白百合が居ますよ。しょっちゅう秋山さんが投げられてます」
『それは面白すぎる情報ね……』
さらりと言われて小さく口元を歪めるソフィア。ともあれ三人で歩いて暫くすれば、目的地である被害者遺族の勤める美容院に辿り着いた。
「失礼、誰かいるかな」
「──はーい」
中はよくある美容院のイメージそのままの雰囲気をしており、店内には客がおらず、扉を閉めると奥から一人の女性が現れる。
「いらっしゃいませ〜」
「申し訳ない、実は我々は客ではなくてね。例の辻斬り男の事件の目撃者なんだ」
「……はあ……そう、でしたか」
竹田が前に出て言えば、訝しむように眉を潜める。昨日の今日で親が殺害された件を口に出せば、仕方のないことだと竹田は思案して続けた。
「先日の夜、武蔵瑞稀さんが殺害された現場に居合わせていてね、次のターゲットは私たちなんだ。……ああ、まずはお悔やみを」
「……なるほど。それで私のところに」
軽く頭を下げれば、美容師の女性──武蔵綾乃は三人を一瞥した。合点がいったのか、綾乃が聞く姿勢に入ったのを見て竹田は質問を投げかけた。
「辻斬り男について──といっても分からないことの方が多いか。とすると……アレだな。辻斬り男の近くに現れるという黒い髪の女については、何か知っていたりしないかい?」
「あー……殺害現場に現れるっていう。まあ流石に見せに来た覚えはないですけど、私はそれらしい人に会ったことあるんです」
「ほう?」
綾乃が思い出すように視線を上げて、それから1つずつ言葉を紡いでいく。
「この近くの明野港で、曲がり角でぶつかったことがあって。噂通りに顔をマスクとサングラスで隠してたんですけど……ああそうだ、なんか……変な指輪してましたね。地味なやつ」
「地味? というと?」
「一瞬だったから見間違えたかもしれないんですけど、地味な感じだったんですよ。光ってないし、あと……
「ふぅん。……光ってなくて地味だった……とすると、例えば
「あ、かもしれません。それと、その日の深夜近くの帰り道でも見たんですよ。あの時は……『船着き場』で見たんだったかな」
竹田は綾乃との会話の途中、気になるワードが出るも、ひとまずそれを置いて会話を続ける。
「例の黒い髪の女は、そのまま船に乗って何処かに行っちゃったんです。一応、警察にはそのことは通報しておきましたけど」
「そうかい。ちなみに行先はわかるかな」
「あ〜……あれは、方角的に考えると、『明野小島』に行ったんじゃないですかね」
「小島か。……流石に行ったことはないな」
「なにか?」
「いや。明野小島についてだけど、綾乃クンは行ったことはあるのかい?」
「ないですよ。今はただの無人島らしいけど、港の漁師とかも近づこうとしないですからね。島の周りの海流が荒れてるみたいで、漁船がひっくり返りそうになったこともあるって聞いてますし」
「迂闊には近づけないか……」
「まあ、詳しい話は漁船の船長とかに聞いてみるといいですよ。いつも船着き場に居るので」
「わかった。そうしてみよう」
──行くべき場所が増えたな。と脳裏で独りごちる竹田は、黒い髪の女の話をそこまでにして、更に踏み込んだ内容を切り出す。
「それと、ね。さっきも言ったが、我々は武蔵瑞稀さんの殺害現場を目撃してしまっているんだ。不謹慎なのは分かっているのだけど、綾乃クンと彼女の関係性を聞かなければならない」
「…………っ」
「私とてこの町出身だ。暫く振りに外から帰ってきたら巻き込まれたからというのもあるが、なにより生まれ故郷でこんな事が起きているのは許せることではない。だからまあ、なんだ。ここは一つ、人助けをすると思って……頼めないかな」
そこまで言えば、綾乃は仕方ないとばかりに小さくため息をついてから言う。
「そこまで言われちゃったら、話さないわけにはいかないですよ。……私と母の関係の話なんて、つまらないと思いますけどね」
「構わないよ」
「……母とはもう、何年も会ってません。町長からは仕事関連で褒められることもあったみたいだけど、家族としてはまあ、あんまり」
「仕事熱心だったのかな」
「さあ。というのも、実は私、3年くらい前に勘当されちゃってるんですよ。暫く会ってない、顔も見てない状況だったから、殺されたって聞いたときも驚きました。しかも……見せつけるみたいに、木に打ちつけて殺されたなんて……ひど過ぎる」
「……そうだね」
厳密にはその手前で既に死んでいたのだが、余計なことを言わない程度の人間性は持ち合わせている竹田は、不必要な発言はしない。
頭を振った綾乃は、それから凄惨な死を振り払うように話題を逸らした。
「母はいわゆる町長の秘書だったんです。町長や町の人からは、仕事熱心で真面目な人だ〜なんて頼られてたみたいです。だからか、町長からは重要な仕事を任されてたらしいですね」
「重要な仕事、とは?」
「ダム建設に関する仕事だ……っていうのは、風の噂で聞いたことがありますよ」
「ふぅん、ダム建設……ね」
診療所でも聞いた覚えがある話題。そこに繋がるか──と思案しつつ、竹田は綾野の話を聞く。
「なんか、明野町の山奥にダムを作る計画みたいですよ。前にも作ろうとしてたけど、その時は事故で話が無くなって、その再開をする手伝いを任されたとかなんとか。あの……政倉建設? との調整とか」
「なるほど、ねぇ」
「まあ、詳しいが知りたいなら、『明野町役場』に行ってみると良いですよ。運が良かったら町長本人に会えるかもしれませんし」
「わかった。近々向かってみるとしよう」
「あとは……うん、これくらいですかね。私の知ってることはあらかた話しました」
改めて思案して、これ以上話せる内容は無いとばかりに朗らかに微笑する。
「助かったよ。こちらとしても、次の犠牲者にならないように足掻かせてもらおう」
「気をつけてくださいね。今回話したのが最期だった……なんてゴメンですから」
「ああ。それと、夜道には気をつけるように。美容院の仕事も一人でやるのは避けた方がいいね」
「ですね。普段は何人か居るんですけど、今日は一人なんで。今度バイトの募集とかしようかなと思ってるんです、人手不足ですから」
「そうするといい。では、また」
聞けそうな話を全て聞き終えたことで、三人は美容院をあとにする。店から少し離れるように歩いてから、竹田はメモ帳に行先を纏めた。
「ふぅん。美容院、大学、政倉建設に加えて、船着き場と明野小島、そして役場か」
『……変なこと言おうとしたらカバーするつもりだったけれど、上手いこと聞き出せたものね』
「伊達や酔狂で人の体を使って旅しているわけではないさ。流石に、武蔵瑞稀が殺害されたことについては多少の同情心くらいは抱いているよ。でも、それだけだ。そして、薄情とも言える感情を隠すことも出来る。いわゆる処世術ってやつだね」
目尻を細めて人ならざる感情を覗かせる竹田。それを横目に、リオンが庇うように言った。
「……まあ、相手を不快にさせない物言いを心掛けられる人なのは、ヒメとの三人旅時代から見ていたので。その辺の心配は無用ですよ」
『そう。……さて、次はどこに行くの?』
「そうだねぇ────」
──時を同じくして、結月と蛇神を連れて歩く葉子がたどり着いたのは、獣坂大学の校門前。
どうやら午前中で終わる所が多かったのか、昼から向かったにも関わらず下校する学生が居た。
『こん中から宮塚晶を探すのぉ……?』
「そうね……これは骨が折れそう。飛嘉野から顔写真とか貰えればよかったわね」
『もう大声出して呼べばいいんじゃない?』
『それ私らは良くても宮塚晶が社会的に死にかねんすよ蛇神様ぁ』
『じゃあこれは最終手段ね』
『やるの確定してるんだ……?』
「もう、私が聞いてくるから待ってて」
結月と蛇神を校門脇の壁際に待たせて、葉子が率先して声をかけに行く。
とりあえずと、リュックを背負ってマスクをつけたツインテールの女性に声を掛ける。
「すみません」
「はい?」
「宮塚晶という学生を探しているんです、居場所なんかはご存じありませんか?」
「……はあ、何か用?」
「…………。えっ?」
「宮塚晶なら、私デス」
一瞬の硬直と困惑。互いに困ったように顔を見合わせて、それから女性──宮塚晶が言う。
「なんかの勧誘?」
「ああいえ、その……あ、私は
「はあ、これはご丁寧に」
葉子がひとまずと名刺を渡せば、晶は探偵の名刺だからか物珍しそうにしげしげと眺める。けれども、『桐山』という部分に無反応であることに、葉子は違和感を覚えながらも話題を切り出す。
「……? ええと、宮塚さん、あなたはトーマ=レティシアという女性をご存じですか?」
「トーマ? レティシア??」
晶は出された名前に対し、疑問符を浮かべて怪訝な顔を葉子に向ける。
「し、知らない、とか?」
「はい。聞いたことないデスけど」
「あー……そう、見た目は宮塚さんより低いところで両側をおさげにしてる、20歳でフランス系の女性の方……なんですけど」
「────。おさげで、フランス人の?」
名前については全くピンと来ていなかった晶だったが、特徴を話されたことで唐突に表情を変えた。
「あなた、探偵なんデスよね? もしかして、レノアのことを知ってるの!?」
「誰……!?」
「それじゃあ……タチバナって人のことは!?」
「だ、誰……!?」
逆に聞き覚えのない名前を出され、葉子は混乱する。本当に知らないのだろうと察した晶は、シュンとした様子でその場から歩き去ろうとした。
「ごめんなさい、私は明野町の外から来たばかりだから、何が何やら」
「……知らない感じなら別にいいデス。じゃあ、私帰るんで……」
「えっ!? あぁ〜、ちょ、ちょっと待って」
『──あいや待て待て待てぇ〜〜い!』
『待て待て〜〜』
「え?」
と、その時。離れた位置からそう叫びながら、二人の少女──結月と蛇神が陸上選手さながらのフォームで全力疾走してくる。
「え、え、え。な、なんデスか!?!?」
『たぶんお互い知らないこと多いだろうから事情を聞いてください! 事情を聞いてください!』
『我ら! 明野町連続殺人事件解決し隊! 義によって話を聞いてほしくて候!』
「誰と……誰……!?!?」
「話が、ややこしくなる……ッ!!」
結月と蛇神が晶を囲み、両腕で輪を作り周囲をグルグルと回る。その光景と異常者に襲われている晶を前に、葉子の脳裏には『逃走』の二文字が浮かんでいたのは言うまでもないだろう。
──晶に連れられて、三人はゲーム研究会と書かれたサークルの一室に訪れる。
「……今日はサークル休みだから、誰も来ないデス。ここなら落ち着いて話せると思う」
「じゃあその、話しづらいことから聞くことにするのだけど。あなたのお父さん……宮塚高樹さんについて聞いてもいい?」
頭にたんこぶを付けた結月と蛇神を横に座らせて、対面に座った晶と向かい合う葉子が問いかけると、彼女は少し表情を暗くしながら言った。
「お父さんは……政倉建設で働いてたんデス。ダム建設に関して関わってたらしくて……確か総責任者の部下とかなんとかって」
「ダム建設……」
「警察の人が言ってたんデス、亡くなった人たちはダム建設に関わってる人が多いって。きっと、お父さんもダム建設関係者だったから」
そこまで言って、晶は思い詰めたような表情を取る。頭を擦ってたんこぶを引っ込めた結月が、机に肘をつきながら質問を投げかける。
『どーしたのさ。なにか気になることでも?』
「……ある人から聞いた限りでは、お父さんの死は辻斬り男の件とは無関係なんじゃないかって」
『なにか根拠が?』
「お父さんが亡くなった日の3日前に、電話越しに誰かと揉めてたんデス。上司っぽい人とケンカしてたみたいで、そのあとに『仕事で会社の人に会いに行ってくる』って。そのあとお父さんが発見されたのは、近くの川沿いデス。大きな刃物で切られたって警察の人から聞いて……」
晶の話を聞いて、結月は思い至ったことを呟く。
『つまり、偽装工作かも、ってこと?』
「はい。勝手な憶測なんデスけど、お父さんは別の誰かに殺されて、辻斬り男の事件に繋げるために偽装したんじゃないかなって」
『やろうと思えばやれるでしょうねぇ』
蛇神が独りごちり、それから晶は呆れの混じったような顔で皮肉気味に続ける。
「お父さん、馬鹿みたいに真面目な人だったから。いつも汚いことをする人と対立するような人間で。だから、こんなことになったのかも……」
「辻斬り男は遺体から心臓を抜き取っていた。でも宮塚高樹さんのご遺体には心臓が残っていた。何者かの偽装工作は、十分あり得るわね。……どちらにせよ、許し難い行為に変わりはない」
怒りや憤りを綯い交ぜにした感情をなるべく隠すように言う葉子に、晶は一拍置いて問う。
「あの、葉子サンって探偵なんデスよね」
「ええ。そうよ?」
「じゃあ、その……依頼というか、お願いしたいことがあって……ああでも、書類とかお金とか必要なら、無理にとは言わないんデスけど」
おずおずと縋るように聞く晶に、葉子は逡巡を挟んでから
「今は既に依頼されて動いているから、依頼は難しいけど、
「──! えっと、『タチバナリュウヘイ』って人を探してほしいんデス!」
「タチバナリュウヘイ……橘? さん、とは。どのようなご関係で?」
逆に葉子が問い返すと、晶は答える。
「ひと月前、葉子サンたちと同じように私のところに訪ねてきた人が居たんデス。その人も探偵らしくて、その人が橘リュウヘイなんデス」
「ひと月前……それ以降、会ったことがない、と」
「はい。だから、安否を確かめたくって。彼は背が高くて茶髪で、若い感じの男の人デス」
『名刺とかは貰っていないの? ほら、さっき葉子ちゃんから貰ってたやつみたいな』
蛇神がそう聞けば、晶も既に幾つか行動を起こしていたのか首を横に振って言う。
「名刺に書かれてた番号には掛けたけど駄目デス。住所も書かれてたから事務所に行ったけど、誰も居ない感じだったんで……」
「その名刺、見せてもらっても?」
「はい、どうぞ」
晶は荷物に仕舞っていた財布から名刺だけ取り出して机に置く。葉子はそれを自分の携帯で写真だけ撮って返し、内容を確認した。
「橘……
『事務所の住所も分かったし、あとで見に行こっか。もしかしたら入れ違ってただけかもしれないし』
「そうね」
「……彼も事件について、色々と聞いてきたんデス。それから、
財布に名刺を仕舞い直しながら言う晶の口から出る聞き覚えのない名前。そのことについて、葉子は疑問符を浮かべていた。
「その、レノアさん、というのは?」
「私の友達デス。──
──御上レノア。葉子はそのフルネームを聞いて、名前の派手なイメージよりも苗字に引っ掛かる。
「御上……!?」
明野町連続殺人事件とは別にこの町で捜している人物──御上。トーマ=レティシアの捜し人である彼女の
「その、レノアさんは、お友達なんですね?」
「レノアは……
「…………? え?
「男? いや、レノアは女の子デスが」
「……?? …………???」
目をパチクリとさせて困惑する葉子を横目に、結月が代わって質問した。
『そのレノアちゃんからさ、例えばほら……兄がいるとかそういう話は聞いたことない?』
「いや。レノアはあんまり家族の話をしたがらないから。私にも教えてくれなかったし、そういう話はしたくなかったのかも……」
『そう、なんだ。じゃあ仕方ないか』
「レノアは……私が大学に入って初めて出来た友達で、誰よりも明るくて優しい子なんデス。でも……3ヶ月前に例の辻斬り男の事件に巻き込まれて
『…………マジかぁ』
さしもの結月でも、茶化せる空気ではなくなっている。それから晶は、辛さを誤魔化すようにして一呼吸挟んでから言った。
「でもそのあと、橘サンが来て、レノアとお父さんについて聞いてきたんデス。二人は、辻斬り男の事件とは無関係に殺された可能性があるって」
『ああ、さっきの『ある人』が橘龍黒?』
「はい。でも、何かわかったら連絡するって言ったきり音沙汰が無くて。ご迷惑だとはわかっているんデス。本業の片手間でもいいんデス、橘サンとレノアについて、調べてもらえませんか?」
『そらぁ、私の判断ではないからなぁ。どうする? 葉子さーん』
結月はちらりと葉子を見る。彼女はこれまでの情報を纏めるように視線を俯かせて考え込んでいたが、ふと顔を上げて晶に答える。
「そうね、私が受けている『御上さん捜し』と連続殺人事件と橘龍黒さん関連の事態には、繋がりがあると思うから、むしろ調べるべき案件だわ」
「ありがとうございます……! ただその、私、あんまりお金持ってないデスけど……」
「ふふ。うちの所長曰く、『お金が欲しくて探偵やってるわけじゃないから』、だそうです」
葉子がパチリとウインクしながらの、遠回しの『依頼料は要らない』という言葉。晶は深々と頭を下げてから、メモ帳に何かを書いて千切って渡す。
「本当にありがとうございます! これ、私の番号とレノアの家の住所デス。行ってみてください」
「ええ。何か分かったら連絡するわね」
そこで会話を終わらせ、三人はサークルの教室から出て大学の敷地から離れる。
『次に向かうのは、レノアちゃんの家?』
「そうね。……あ、ちょっと電話するから二人とも待っててくれる?」
『おん? 誰に?』
足を止めた2体のうち、結月が小首を傾げる。
「トーマさんよ。事務所で私に御上という苗字の兄の捜索を依頼してきた依頼人。そしてなにより、彼女は宮塚さんから紹介されたと言っていたけれど、当の本人はトーマさんのことを知らなかった」
『あー、そういえば?』
「しかも宮塚さんは『
『……そのトーマちゃんとやらは、嘘をついているってことね』
「だから、その確認をしたいの」
葉子は取り出した携帯に、トーマ=レティシアから受け取った電話番号を入力して通話を掛ける。
──けれども、電話の向こうから返ってきたのは、コール音でもなければトーマの声でもなく。
『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』という、無機質なアナウンスだけだった。
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