トーマ=レティシアの電話番号は使われていない。その事実に冷や汗を垂らす葉子は、それから別の番号の着信に小さく驚く。
「わっ。……ええと、もしもし?」
【やあ。私だ、葉子クン】
「竹田さん?」
【キミの番号は知らなかったから、ソフィアクンから聞いて掛けたんだ。今は電話できる状況かい?】
「ああはい、大丈夫です」
電話の相手が竹田だと判明し、双方がスピーカーにして全員で会話できるようにする。
お互いに情報共有し、行けそうな場所が増えたことを確認すると、竹田は葉子に言う。
【ふぅん。やはり、辻斬り男はダム建設に関わった者を狙って殺しているみたいだね】
「目撃者はついでということでしょうか」
【我々としては堪ったものではないがね。それと黒い髪の女は、夜中に小島に出入りしているらしい。あと、その女は木製の指輪をしているとか】
「木製の……? それってもしかして──」
【なにか知っているのかい?】
「さっき診療所で見たとき、飛嘉野がそんな感じの指輪を着けていたんです。演技をしているとは思えないから、疑いたくはないんですけど……」
診療所で出会った時に見た、飛嘉野が指に着けていた指輪。思い返してみれば、確かにあの指輪は木製だった。そして友人としての観点から見ても、立ち振る舞いや言動にはおかしな点は無い。
警察医として働いているあの飛嘉野が、まさか辻斬り男の協力者だなどとは思いたくはない。しかし、疑わないといけないという事にも理解はある。
【さて、私は御剣クンとソフィアクンを連れてこのまま船着き場の方でも見に行って、明野小島やら黒い髪の女について聞いて回るつもりだが】
「そうですか。私の方は……さっき話した橘探偵事務所に行こうかと」
【ふぅん?】
「宮塚さんは、橘さんから高樹さんと友人……レノアさんが殺されたのは連続殺人事件とは別件の可能性があると聞かされていたんです。でも、もしかしたらその別件こそが、今回の件と巡り巡って関係しているのではとも思ったので……気になってしまって」
【そうかい。なら、お互い気をつけておこう。何かあったらこの番号に連絡してくれたまえ】
「はい、わかりました」
竹田の言葉を最後に、電話は終わる。それから葉子たちは、晶から見せてもらった名刺を撮っておいた写真を確認して、例の探偵事務所に向かうのだった。
──船着き場。武蔵綾乃から聞いた場所に訪れた竹田たちは、幾つもの船が停泊している場所にやってきた。話を聞くにしても、どうせなら年寄りのほうが良いだろうと思いながら歩いていると、ふと視線の先で作業をしている漁師らしき老人を見つける。
「やあどうも、ご老人」
「ん? なんじゃ、こんなところに若い衆が集まって。どうかしたんかい」
「単刀直入に質問するのだけど、港前の美容院の方から話を聞いてね。なんでも、夜な夜な黒髪で顔を隠した女性が明野小島に言っているそうじゃないか」
「あん? あー……あれか、わしの仲間の何人かが見かけたことあるっちゅーとったな」
「その件について詳しく」
竹田の問いに、船の船長なのであろう老人は、デッキブラシを地面に立てて体重を預けるように姿勢を変えながら口を開く。
「詳しくっつってもなあ、仲間が見たって聞いただけじゃし。わし見たことないもん」
「なるほど。では、明野小島については?」
「あそこかぁ、別になんもないぞ? あるとしても展望小屋があるくらいじゃ。それ以外の建造物もなんもない単なる無人島じゃし」
「展望小屋?」
「天井に穴が空いとる小屋じゃ。ひと昔前はそこから星を見て占ってたりしたらしいぞ」
「ほう」
『ちなみに、明野小島には行けるの? 波が荒れてるって聞いたのだけど』
横合いから顔を覗かせて、ソフィアが問いかけると、老人は渋い顔で返した。
「今は無理じゃ。あの辺は荒れまくっとるからな。波が大人しくなる深夜を待つしかないわい」
「じゃあ、例えば、まさに深夜に船を出してほしいと言ったらだしてくれるのかい?」
「いや出すわけないじゃろ。……お前さんたちは何がしたいんじゃ?」
「簡潔に言うと、例の辻斬り殺人事件の目撃者でね。解決しないと数日で我々は死体になる」
「えぇ……」
あまりにも淡々とした語りに、老人はドン引きするが、それから考える素振りを見せる。
「あー、うーん、まあ……ええじゃろ。今日は満月で明るい所為で魚も寄らんし」
「助かるよ」
「ただし、わしが協力したことは内密にな」
「わかっているとも。では深夜にまた会おう、その時はたぶん三人ほど増えているがね」
「はいはい、んじゃあまたあとでな。見ての通り、わしいま掃除中じゃから」
しっしっ、と手で追い払う仕草をする老人に軽い会釈をして、三人は離れる。
「次は……どこに行こうか。深夜までに行けるところに行っておきたいからね」
竹田たちは損なそんな風に次の目的地を話し合いながら、港の方面から歩き去っていった。
──同時刻、葉子と結月、蛇神は橘龍黒の探偵事務所の前までやって来ていた。
『ここがあの男のハウスね』
『顔も見たことないけれどね』
「……今更だけど、これ、不法侵入よね」
『……? なにか問題が?』
「まるで私の常識の方がおかしいみたいな反応をされると困るのよね」
すっとぼけるように首を傾げる結月にため息を返しつつ、葉子は仕方ないとばかりにドアノブに手を掛ける。すると、想定に反して扉はあっさりと開く。
「──あら?」
『おっ開いてんじゃーん!』
『晶ちゃんは中に入らなかったのかしら』
「どうでしょう、普通ならインターホン押しても反応がないなら帰っちゃうかと」
蛇神の疑問に答えながらも、葉子は扉を開け放ち中に入る。玄関の中で足元を見て、靴が1足だけ脱いであるのを確認して、彼女は手元にビニールのシューズカバーを3足分【
「二人とも、靴にこれ被せてください」
『これは……刑事ドラマで鑑識が場を荒らさないように付けがちなやつ!』
「シューズカバーね?」
『テンション上がるなぁ〜』
『安上がりな気持ちしてるのねぇ』
「し、辛辣…………」
結月はウキウキでカバーを靴に被せているからか、蛇神の呟きは聞こえていなかったのだろう。
──根っこは神格なのよね。と横目で蛇神への警戒心を強める葉子は、それとなく手元に拳銃を【
「中は……片付いてるみたいね」
橘探偵事務所の室内は整頓されており、部屋の空気や埃の質感から、葉子は数日の間に誰かが来たことがあるのだろうという察しをつける。
「すみませーん、誰かいますかー」
『拳銃片手にその呼びかけはヤバくない?』
「それはまあ、うん……」
結月のツッコミに苦笑するが、声を掛けても返事はなく、人の気配もしない。廊下を歩いてリビングに入ると、真っ先に三人の視界に入ったのは、机の上に置かれている木箱だった。
鍵のかかったシンプルな木箱は、手に持ってみるとそれなりに大きく、持ち運ぶとしたら脇に抱えることになるだろうと考えられる。
『あら、鍵が必要みたいね』
『壊す?』
「最初にその発想が出るのはどうかと思うわ。……駄目だとは思うけど、持っていきましょうか。最悪の場合はこじ開けることになるだろうけど」
『これ与一っつーか丞久さん辺りは迷いなく持ってくだろうしセーフセーフ』
「アウトよ。まったく…………ん?」
ふと、すんと鼻を鳴らす葉子。鼻腔に刺さるような異臭を嗅いで、その方向を見やると、玄関とリビングの間にあるトイレからの臭いだと感じた。
『どうしたの? 葉子ちゃん』
「トイレの方から異臭が。見てみます」
『あ~〜ちょいちょいちょい、こういう時は生き人形の不死ボディを役立てんと。そのための私らでしょーよ。蛇神様これ持ってて』
真っ先に見に行こうとした葉子を結月が止めると、流れで持っていた木箱を蛇神に渡して前を歩く。
『はいはい』
「……気をつけてね、結月ちゃん」
『つっても、頭はガードしないといけないんだよなぁ。脳が破損すると意識吹っ飛ぶから』
やれやれと首を振りながらも、結月はトイレの前に歩く。そこでようやく葉子の言っていた異臭に気づき、顔を顰めながらドアノブを握る。
『うっし……おらぁ誰だコラァ〜〜〜!』
勢いづけてガチャリとトイレを覗く結月。しかし、そこにあったのは────真っ黒に焼け焦げた状態で、壁に寄りかかるように座る男性の死体だった。
『うぉおぉお死んどるゥ!?!?』
「な、なに!?」
『うへぇ……嫌な臭いねぇ』
開けた直後に鎮座していた焼死体を見て、叫びながら壁まで後退りする結月。
彼女と入れ替わるように中を覗いた葉子と蛇神もまた、その死体に対して渋い顔をする。
「なんでこんなところで……部屋もトイレも燃えてないのに、
『と、すると……何らかの魔術的・呪術的な攻撃で焼かれた可能性は高いわね』
『不法侵入がバレるのもアレだし、とりあえず春田さんにだけでも教えといたら?』
「そうね。遺体の写真だけ送って、あといちおう連絡もしておこうかしら」
結月の提案に頷いて、葉子は行動に移す。が、写真を添付したメールを送ったあとに電話を掛けるも、コール音が鳴るだけで取られることはない。
「……出ない。忙しいのかな」
『どいつもこいつも電話取らねーんだからなぁ。……おろ? なんだこれ』
「なに?」
『いやこれ、なんだ。巻物?』
葉子が電話を仕舞うのを余所に、結月が死体に近づき手を伸ばす。指でつまむ形で持ち上げたのは、焼け焦げて内容が分からない巻物の一部だった。
『なんじゃこりゃ』
『巻物、ね。この人ごと焼かれたみたい』
「……ひとまず出ましょう、これが橘さん本人でないことを祈るしかないわ」
『そうなるとさ、私らより先に不法侵入してきた奴がこいつってことになるよね』
『あら〜、じゃあ諸々の罪はこの遺体に被ってもらうことにしましょうか?』
「もう少し道徳心を表に出してください?」
引き気味に呆れながら、トイレから離れて一度リビングに向かう三人。それからふと、窓に何かが反射したのを感じ取って視線を向ける。
すると、一瞬だけだったが、葉子たちは窓に映る『なにか』が横切っていくのを捉えた。
「……! 今のは?」
『今の、昨日の辻斬り男かしら』
『もぉ〜ちょい深刻そうに言えないんすか?』
木箱を受け取り直し脇に抱える結月の言葉に、渡した蛇神はくつくつと喉を鳴らすように笑う。
『と言ってもねえ。神だなんだのレベルならもう少し真面目になるけど、これも所詮は人が起こした事態に他ならないんだもの』
「あくまでも人災だ、と?」
『うん。だから、まあ……』
ちらりと、視線と意識を背後に向けた蛇神は、振り返りながらさらりと
『盾になるくらいはしてあげるわよ』
「────え?」
──果たして、蛇神がその言葉を紡ぐのと、煌めいた刀身が鋭く振り抜かれてガードに使った腕が宙を舞うのは、ほとんど同時であった。
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