『おっとと』
「蛇神様!?」
ヒュンと振り抜かれた刀により、蛇神が前に構えた左前腕が切り落とされ宙を舞う。
くるくると回転しながら落ちてくる腕を右手でキャッチした蛇神に続いて二人が振り返ると、その先に立っていたのは異様な存在。
全身が黒く焼け焦げた体に、同じく黒い甲冑を身に纏う鎧武者。2メートル強の体躯だが、甲冑の隙間から見える焼け焦げ爛れた皮膚の一部からは内側の骨が見えていて、凄惨な状態だと分かる。
そして、三人を見ている目がある筈の部分には、吸い込まれるような暗い空洞があった。
「こいつが、辻斬り男……!」
即座に
パスッパスッパスッパスッと小気味よい音が室内に消えていき、発射された弾丸は甲冑に突き刺さるが、男は怯むどころか反応すらしない。
『なんだなんだ、ダメージ入らない系かぁ?』
そう言いながら、結月が木箱を抱えていない方の手のひらを机に置かれた鉛筆立てにかざして【浮遊】を発動。中に入っていた幾つものボールペンやハサミを浮かせると、容赦なく甲冑の隙間から覗く皮膚にドスドスと突き刺していき、無反応さに推察する。
『刺さりはする。ってことはバリアがあるとかじゃなくて、あらゆるダメージが0ダメージになる感じだ。要するに
「なら……逃げるしかないわね」
結月と蛇神を壁際に下がらせ、辻斬り男と相対する形で葉子がそう呟いた、瞬間。男は握っている刀を振り被り、一歩踏み込む。
「っ!」
咄嗟に半歩下がって切っ先を避けつつ、胸元に寄せた拳銃を男に向けて発砲。しかし、まばたきを挟んだ次の瞬間には、男の姿は
「……!? き、消え……」
窓の外に顔を向けて男の行方を探るように視線を動かす葉子だが、それを余所に蛇神はリビングのキッチン側に立つ結月に声を掛ける。
『あ、結月ちゃん後ろ後ろ』
『凄くあぶな────い!!?』
緩い声に反応して、結月は思わず叫びながら前にローリングする。それと同時に、結月の首があった辺りでは振り抜かれた刀が通り過ぎていた。
「なっ……今度はそっちから!?」
『水溜まり……窓ガラス……ははぁん?』
『ンなこといいからはよ逃げる!!』
咄嗟の【浮遊】でリビングのテーブルクロスを引っ張り、結月は辻斬り男に被せながら声を荒らげる。先に2体を行かせて殿を務めた葉子は、テーブルクロスが滑り床に落ちてもピクリとも動かない男を一瞥してから、最後に玄関を出てそのまま駆けていき、道中で拳銃を魔力に分解しながら息を整えた。
橘探偵事務所からかなりの距離を取れたことと、辻斬り男が追ってきていないことを確認し、一息ついてから口を開く。
「……あれが、辻斬り男。バケモノね」
『やだわぁ、これくっつくのかしら』
『あー、くっつくみたいっすよ。真冬のオトンが腕切り落とされたけどホッチキスで止めたあと自然治癒で元通りになるって言ってたらしいんで』
『なら安心ね。それと……これは流石に、一度竹田ちゃんたちと合流したほうがよさそうよ』
「ですね、合流しましょう。また襲われたら困りますし、人の多い所……喫茶店とかに」
右手で切り落とされたけど左腕をプラプラと振って遊んでいる蛇神を横目に、葉子は竹田に電話をする。事情を話すとすぐに場所を提示され、三人はそこでひとまずの合流を果たすこととなった。
──ちらほらと客足のある喫茶店。その奥の席で腕を切り落とされた蛇神の患部をガムテープでグルグル巻きにしながら、竹田は葉子に問う。
「なるほど、橘探偵事務所に焼死体。そして辻斬り男に襲われたが木箱を回収したと。被害は蛇神の腕だけで済んで収穫アリなら上々じゃないか」
『そうねぇ。生き人形の不死性を利用して盾になったのは我ながらいい判断だったわ』
『私の首撥ねられかけたんすけど?』
『無事に終わったんだからいいじゃない』
『結果論はよろしくないかと思われる!!』
シャー! と威嚇するように唸る結月をなだめつつ、葉子は持ち帰った木箱を机に置く。
「……これが、その木箱ですか?」
「そうなの。ただ、見ての通り鍵が掛かってるから開けられなくて」
『壊しちゃえば?』
リオンとソフィアに対応する葉子が、物騒な発想に苦笑して首を振る。
「駄目よ、中に何があるか分からない以上は無理に壊すのは得策じゃないわ。この件に関係している探偵の事務所で見つけたものよ? もし中にあるのが記録媒体とかだったら壊れたら大変だもの」
『それもそうね』
納得したようで、ソフィアは注文したコーヒーにミルクと砂糖を入れてかき混ぜる。
「あと、こちらも黒い髪の女が向かっているとされる明野小島について聞いてみたよ」
「どうでした?」
「あるとしたら展望小屋くらいの無人島だそうだ。仮に向かうとして深夜の波が落ち着いた頃、ということで深夜に向かう約束をしておいた」
『それはまあ、調査を一通り終わらせたあとって感じじゃない? まだ昼頃だし、行くのが夜中ならまだまだ調べられそうだもん』
疲れた様子で机に頭を突っ伏す結月の言葉には、特に誰も反対しない。それからリオンが、周囲に視線を巡らせて警戒しながら問いかけた。
「調査は続けるとして、次はどこに行きます? 僕らが互いに纏めた情報を総合すると、まだ言っていないのは『政倉建設株式会社』と『明野町役場』、『御上
「私はこのままレノアさんの家に行ってみようかと思っています。竹田さんは?」
「私か。私はそうだな……政倉建設に行ってみるか。それと、折角だしお互いにいま連れている同行者を入れ替えないかい」
蛇神の腕のテーピングを終えた竹田が、唐突にそんな提案をする。当然として疑問符を浮かべる葉子が、苦笑しながら聞き返す。
「なぜ……?」
「え、面白そうだから?」
「…………。ど、どうする?」
『進行役というか、会話の矢面に立つのはどちらにせよ葉子と竹田さんだからねぇ。私とリオン、結月と蛇神様をそれぞれ入れ替えるって話なら、それに関してはまあ、好きにしたら?』
「じゃあ、決まりだ。私と結月クンと蛇神で政倉建設株式会社に、葉子クンとソフィアクンと御剣クンでレノア某の自宅に向かうということで」
テープを懐に仕舞い、竹田は話を纏める。
『とはいえ、アレね。辻斬り男に攻撃が通らないから関係ないけれど、戦力バランスが偏っているわね』
「そうかい? こちらも肉壁2枚あると考えればさほど問題はないが?」
『それに、あの辻斬り男もやることがあるから行動してるんだもの。そう頻繁に襲いに来るとは限らないし、たぶん大丈夫よ』
「いちおう仮に曲がりなりにも女神を模した神格がこう言うんだ、大丈夫だろう」
『ちょっと?』
雑な物言いに反応する蛇神を無視して、竹田はそういえばと葉子に質問を投げかける。
「春田クンとは連絡が取れたかい?」
「……いえ。さっきももう一度電話してみたんですけど、出てくれなくて」
「困ったね。まあ私としても、あの態度は嘘をついているとは思えない。前向きに考えるなら、辻斬り男に洗脳されていて、黒い髪の女として活動させられている間のことを覚えていないとかかな」
「だと、いいんですけどね」
友人の疑わしい行動に、葉子はしょげた様子で俯く。けれども行動を起こさなくてはならない。意識を切り替えて、それから六人は、そのまま店で軽食を挟んで事前に決めた通りに別々に向かうのだった。
──政倉建設株式会社。その本社に訪れた結月と蛇神は、中から竹田が出てくるのを待っている。
数分後に出てきた本人を見かけて歩み寄ると、成果を問うべく口を開いた。
『どぉ〜でした?』
「駄目だな。辻斬り男の連続殺人事件についての情報を聞こうと思ったが、受付は『社員は出払っている』の一点張りだ」
結月の言葉に、竹田は首を横に振る。政倉建設株式会社本社に訪れて十数分、事件についての話が聞けないことで、三人は攻めあぐねていた。
『そりゃあ、被害者の関連性からここを突き止める人は多いでしょうしねぇ。竹田ちゃんもマスコミかなんかだと思われたんじゃないの?』
『あー、首にカメラ提げてるしねぇ』
「これは畳んだ電撃銃なのだけどね」
「──ここに来ても、大した情報は得られないと思いますよぉ〜?」
指で首に提げた電撃銃を弾いてもて遊びながら言うと、不意に声がかけられる。
振り返れば、そこには口元を緩めてヘラヘラと笑みを浮かべる軽薄そうな女性が立っていた。
「何か聞きに来たみたいですけどぉ、ここの社長が誰だか知ってます?」
「いいや?」
「ふーん。なら……社長さんが
「……なに?」
「ははあ、その様子じゃ知らないらしい」
女性の意味深な言葉に、竹田は眉をひそめて警戒心を強めた。その隣で、蛇神が彼女に問いかける。
『それで、そちらはどちら様?』
「ああ失礼、私は
『刑事ぃ?』
「ちゃんと手帳もありますよぉ」
訝しむ結月に、女性──楓は懐から取り出した警察手帳を見せて仕舞い直しながら言う。
「ところで、あなたたちって例の事件の目撃者なんでしょ? いいんですか? こんなところで油売ってて。もうすぐ被害者になるかもしれないのに」
『お前友達無くすぞ!?!?』
「え? ああ、すいません。つい」
情け容赦のないバッサリとした発言に、思わず声を荒らげる結月。反省の色を伺えない態度の楓は、口では謝罪しつつも更に続けた。
「それはそうと、町を出歩くのは危険ですよぉ? 今は一般市民の方々にもなるべく外出を避けるように言って回ってるんですから。事件の所為で」
「確かに、外を歩いていてそこまで人を見かけなかったな。ただまあ、我々も事件の解決のために調査して回っているからね」
「はあ? 解決? なんで?」
「次の被害者にはなりたくないからさ」
「へえ……殊勝な心掛けですね。確かにその方がただ死なれるよりはコスパ良さそう」
『こいつほんとにさあ……』
一貫して失礼な物言いをやめない楓に、さしもの結月でも呆れと苛立ちを混ぜた顔をする。
「あ、あぁ〜いや、ほんとにすいません。よくこの物言いで上司にも怒られてるんですがね、中々どうして治せそうになくて」
『魂に刻まれてるのねぇ』
「なら失礼されたついでに聞くが、沖野クンは春田飛嘉野という警察医を知っているかい?」
「え? ああ、そりゃ知ってますよ。仕事で何度か顔合わせたことあるし、流れで食事に行ったこともありますもん。それが何か?」
楓に問いかけた竹田は、葉子がするべきだとは思っていても、念の為に聞いておくことにした。
「実は春田クンに連絡しても電話に出てくれなくてね。何か知っているかい?」
「えー、いや知りませんけど。春田さんも忙しいんじゃないですか?」
「そうか」
「はい」
「…………」
「…………。え、それだけ?」
「それはこちらのセリフなのだけどね」
『こいつポンコツか……?』
「失礼ですね!」
『あなたの言えた義理じゃないわよ〜?』
段々と沖野楓という刑事への印象が地に落ちてきている三人。小さくため息についてから、竹田はそういえばと質問を変える。
「ところで、なぜ我々に『大した情報は得られないと思う』と言ってきたんだ」
「だって、私が先に事件のこと聞いたんですもん。だから、情報を得られないという情報を得たんです」
「そうか。……そうか。そろそろキミをエクストリームする必要が出てきたかな」
「なんですかその隠語!!?」
完全にアホの類いとして脳裏でカテゴライズした竹田は、楓を哀れなものを見るような目で一瞥しながら質問を更に続ける。
「なら、あの政倉建設の……ダム建設に関わっていたという死者に関しての話をしてもらえるかな」
「え。……あー、いや、まあ。まぁ〜〜……大丈夫かな、警部からは口止めされてないし」
『こいつ……どう考えても明野町から出しちゃいけない存在すぎる……』
『そちらさんの
本社から離れた位置にいる四人。竹田の問いにあっさりと口を開く楓を見て、結月と蛇神は、呆れた顔を隠そうともしなかった。
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