軽薄な刑事・沖野楓。彼女は竹田の質問に、あっけらかんとした態度で答える。
「辻斬り男の連続殺人事件は、あの会社の人間が殺されてる数が多いですね。特にダム建設に関わった重役は殆ど逝ってますよ。社長含めてね」
「社長は行方不明だと言ってなかったか?」
「そりゃあ、ねえ。行方は捜してますよ? でもねぇ、あの社長だいぶ汚職やってたみたいで。言っちゃなんだけど相当恨み買ってますよぉ」
やれやれ、と頭を振る楓。竹田自身、そして蛇神と結月も、他人がどこでどんな悪事を働いていようが、自分の近くで起きていないことには興味がない。
ゆえにこそ、楓の態度や性格には苦い顔をすれど、それを本気で咎めようとは思っていなかった。
「裏でコソコソ汚いことやってるからバチが当たったんでしょう。なのでまあ、ウチらとしては既に遺体捜索のテンションなんですよねぇ」
『んにゃるほどねぇ』
「あ、そうそう。行方不明の社長さん、お名前は
「……御上、か」
「それとついでに、政倉建設の被害者のリストがあるんで見せたげますよ」
「助かるね」
楓が取り出した書類には、被害者リストとして名前や年齢が記載されている。そこには御上裕一の部下として、宮塚高樹を含む他何人かの名前があった。
「沖野クン、この宮塚高樹だが、遺族から聞いた話では心臓が抜き取られていなかったそうだが。このことについてはどうだい」
「はあ。うーん……ああそういえば、心臓が残ってた被害者ってもう一人居たんですよ」
「それは誰のことだ?」
「それはぁ…………忘れました」
「キミにはとことん呆れさせられるな」
あははは、と半笑いで頭を掻く楓。
「いやぁ私って物覚え悪くて、それで警部にもよく怒られてるんですよ」
「キミは上司の胃を痛めつけている自覚をした方がいいかもしれないね。ちなみに今のところツーアウトだから、有益な話が出来そうにないならキミはここで……な。まあ、深くは語らないが」
「怖いんですけどぉ……!?」
竹田の元々優しくはない目つきに恐ろしいものを感じてか、楓は必死に頭を働かせる。
「えーと、えーと。あっそうだ、ダム建設の人たちめっちゃ死んだじゃないですか」
「ああ」
「なので、ダム建設の計画は中止になったみたいですよ。でもこれって怪しくないですか?」
「というと?」
「だってほら、狙われてるのはダム建設関係者ばかりなんですよ? これはもう、ダムに沈むことになりそうな村の呪いかなんかですよ!」
ドヤ顔でくだらない説を披露する楓に、竹田は淡々と指を3本立てて返した。
「そうか。9回裏ツーアウトスリーボールだな」
「着々とアウトに近づいている……! いや仕方ないじゃないですか私オカルト好きなんですもん!」
「まあ、いい。なら、その村については?」
「それは明野村ですね。30年前に廃村になっていて、今や去年の台風で土砂崩れが起きて土の中です。まだ近くに住んでる人が居るんで、気になったなら行ってみると良いですよ。なんか聞けるかも」
そこまで言った楓だったが、不意に着信音を聞いて肩を跳ねさせる。
彼女は懐から携帯を取り出すと、小さく呻いてから竹田と画面を交互に見て表情を明るくさせた。
「うげっ警部からだ、ラッキー! そんじゃ私はこの辺で! なんか死にそうにない人たちだけどとりあえず無事は祈っておきまーす!!」
「……逃げたな」
『逃げたわねぇ』
『明らかに『警部からだよ最悪……』と『この場から離れる口実できたよラッキー!』が同時に発生したような顔してたもんね』
──同時刻、ソフィアとリオンを連れた葉子は、明野町の一角にある高級住宅街に建てられた立派な一軒家の前まで来ていた。
「豪邸、というやつですね」
『そうね……結構稼いでるのかしら』
「あ、御上家に入る前にもう一回トーマさんに連絡してみるわね」
葉子はそう言って、取り出した携帯でトーマ=レティシアの番号に繋げる。
──しかしそれでも、返ってくるのは前回と同じ無機質なアナウンスのみだった。
「駄目ね、やっぱり出ない」
『出ないものは仕方ないわ。今は一旦置いといて、目の前のことに集中しましょう』
「そうしましょうか。辻斬り男にも警戒しながら、辺りを調べてくれる?」
「はい。お任せください」
片手の中に刀の
リオンが確認すると、ポストからは茶色の何かがはみ出しており、裏を開けて取り出したところ、入っていたのが大きな封筒だということがわかる。
「葉子さん」
「これは……封筒?」
渡されて確認すると、外から触るだけでも、中に薄く硬い四角いものが入っていることがわかる。そして封筒には糊付けされた痕跡があったが、二人が触る前から既に開いていたことも判明した。
『もしかして、誰かが既に開けたの?』
「いえ、これは……糊付けが甘くて自然に開いちゃったんじゃないかしら」
葉子が封筒をひっくり返して、中の物を片手を皿の代わりにして受け止める。
そして中から出てきたのは、四角いプラスチックの板と、錆びついた鍵の2つ。
「あら? これ、焦げてるわね」
葉子が確認するプラスチックの板は、角が少し焦げていた。続けて鍵を見て、もしかしたらと思い至り考えるように口を開く。
「こっちの鍵も……これ、たぶんアレね。橘探偵事務所から持ち出した木箱の鍵かも」
『ああ、さっき情報共有した時に言ってたやつ』
「……ところで、その木箱って、いま誰が持ち歩いているんですか?」
「え。──あっ!」
リオンにそう問われて、葉子はハッとした。なぜなら、木箱はなんだかんだで結月が持ち歩いているからだ。そのまま竹田の方に行ったため、手元の鍵と合うかどうか確かめる方法が無いのである。
『結月……あとでお仕置きね』
「こればかりは私も悪いからやめてあげましょう。それよりこの板? だけど──」
鍵をポケットに入れて、葉子が板を眺めると、真ん中に線が入っていることがわかった。
どうやら左右に開けるようで、そのまま流れで確認するべく両側にパカッと開くと──それは取っ手と合わせて三面鏡の形になる折り畳みの手鏡だった。
そして開けた拍子に、中に挟まっていた写真が足元にヒラヒラと落ちる。
「おっとと。これは……!」
反射的に地面に落ちる前にキャッチしたそれは、二人の少女に挟まれた少年の写った写真。
しかし、左側の人物だけは写真が焼け焦げた所為で落ちていて顔が分からない。
だが、それでも葉子には──特に、真ん中の少年に見覚えがあったのだ。
『葉子? 写真に見覚えが?』
「ええ、この真ん中の男の子、これはトーマさんから見せてもらったお兄さんの写真と同じモノよ」
『随分と、若いお兄ちゃんね』
「……私も誤解したけどね、これ15年前の写真だから。当時10歳のお兄さんと……恐らく片方は5歳の時のトーマさんでしょうね」
「では、顔が見えない方は誰なんでしょう」
「他の友達、とか?」
うーん、と首を捻り悩む葉子。するとそのとき、背後から声が掛けられる。
「──そこにはもう、誰も住んでないですよ」
「え?」
三人が振り返ると、そこには、スーツを着た真面目そうな雰囲気の若い男性が立っていた。
「ああ、驚きましたか。後ろから声を掛けてすみません、僕は
「そうですが、なぜ僕たちのことを?」
「実はこちらでも事件を調べていてね、キミたちも調査しているのかな」
男性──隆一が三人に言うと、葉子が彼の苗字に既視感を覚えて質問する。
「ええ。それと、一つお聞きしたいのですが……妹さんが居たりしませんか?」
「あー……もしかして、会った?」
「そうですね、大学で少々、この事件に関する話をしていただきました」
「そうだったんですか、いやぁあいつ失礼なこと言わなかったかい? 無愛想な奴だっただろう」
兄として妹の言動行動を見ているからだろうか、隆一は苦笑しながらそんな風に葉子に聞く。
「いえ、まさか。急に現れた私たちに色々と話をしてくれた良い子でしたよ」
「……宮塚さんも、お父上のことで?」
「そうなんだ。まあ、僕の個人的な理由なんだけど。ああそれと、僕と妹のことは名前で呼んでほしいな。どっちも『宮塚さん』だからややこしいし」
『そ。ちなみに隆一さんはお仕事は何を?』
ソフィアに問われて、隆一は言葉を返す。
「こう見えて、いちおう弁護士をね」
『ああ……なんか、納得感はあるわね』
「ははは。──それで、話を戻すんだけど、ここの家主の御上裕一さんは行方不明になっているんだ。娘のレノアさんも3ヶ月前に亡くなっているしで、今ここには誰も住んでいないんだよ」
「詳しいんですね。その話は、誰から?」
葉子が形式上の疑いの目を向けると、隆一は苦笑してから理由を話した。
「知り合いの刑事から、ね。本当はダメなんだろうけど、ちょっと……うん、まあ、クセが強いというか、物言いがアレというか。聞くとわりとベラベラ話し出す人……というか」
「刑事が、情報漏洩……? それは、ちょっと、許されざる行いよ……?」
「そ、それについては僕も同意するよ」
スンと目つきが鋭くなる葉子に、隆一は引き気味に同意する。まさかそんな話をした相手が元警察官だなどとはつゆ知らず、それから隆一は話題を切り替えようと、思い出したように口を開く。
「そうだ、さっき妹に会ったんだよね」
「……ええ、そうですけど」
「じゃあ、あいつから御上レノアさんについても聞いたりしたかい?」
「はい、聞きましたよ。こちらの事情も加味して、レノアさんのことも調べています」
「やっぱりか」
「……と、言いますと?」
予想通り、とでも言いたげな顔で、隆一は葉子の顔を見て続ける。
「僕も、彼女について……レノアさんの死について調査しているんだよ。……そうだ、レノアさんの顔は知っているかい?」
「いえ、知りませんね」
「よかったら見ておく? 前に妹から写真を送ってもらったんだ」
「それなら、是非。──ああそうか、大学で会った時に見せてもらえばよかったのね」
うっかりしていた、と小さく苦笑しながらも、葉子たちは隆一の携帯で写真を見せてもらう。
「この人が、御上レノアさんだよ」
「────。えっ……?」
画面を見た葉子の動きが止まる。写真に写る人物を見て、思考が止まる。宮塚晶と仲睦まじく並んで写るツーショット写真。しかしその可愛らしい写真には、信じられないモノが写り込んでいる。
──葉子が驚愕するのも、無理からぬことだった。なぜなら晶の隣に写っているのは、トーマ=レティシアと
「妹も写ってるやつしかなくて申し訳ない。こっちの女性が、御上レノアさん」
「そんな、まさか……!」
「どうしたんだい?」
「……実は今朝、この女性が、兄を探してほしいという内容で探偵事務所に来たんです。そして、そのとき彼女はトーマ=レティシアと名乗っていた」
「トーマさん? ああ、そういうことか」
「……ええ、と?」
葉子の困惑を余所に、隆一は合点がいったようにして言葉を続ける。
「こちらでの調べによると、トーマさんはレノアさんの双子の妹なんだよ。両親が離婚したときに母とトーマさんだけがフランスに残って、父の御上裕一とレノアさんだけ日本に戻ったらしい」
「えっ!? ふ、双子!?」
「僕も会ったことはないけど、双子らしいなら顔が似ていてもおかしくはないんじゃないかな」
「や、ややこしい……!」
『なら、あの時依頼しに来たのは妹の方だったってこと? それはそれで疑問は残るのだけど』
途中から会話を聞くことに専念していたソフィアが、疑問を口にする。すると今度は、逆に隆一の方が葉子に質問してきた。
「兄を探してほしいという依頼を受けたんだって? トーマさんにはお兄さんが居るのかい?」
「それが……兄を探してほしい、苗字は御上だ、という情報しか。そうしたら今度は御上レノアさんの存在が明らかになるし、トーマさんとは双子だって言うしで、頭がこんがらがりそうですよ……」
「僕も混乱してきたよ。これは……いま一度改めて御上裕一について調べる必要がありそうだ」
双方の知らない情報に、互いが困惑の感情を募らせる。他に何か聞くことはないかと考えていると、隆一が逡巡しながら言ってきた。
「真相を探るなら、話しておいたほうがいいか。……ここだけの話だけど、御上レノアさんと
「なぜ、そう思ったんですか?」
「それは……うーん……どうしたものか」
リオンが口を挟むと、隆一は困ったように口をつぐむ。どうやら強く口止めされているようで、言い出した手前、話すべきかで悩んでいるようだった。
『…………。なら、そうね。ここは一つ、お互いに秘密を共有するという形で情報を共有しましょう。こちらも明かすから、あなたも話してちょうだい』
「秘密を? それはまた、どんな?」
『今回の事件は、かなり強烈なオカルトが関連しているのよ。私たちが関わっているのが証拠』
「……? ええっと、つまり?」
「あ、ちょっと待ってソフィアちゃ──『つまりは、こういうことよ』
何をしようとしているか察した葉子が、ソフィアを止めようとする。しかし一手遅く、ソフィアは自身の姿を元の人形サイズに戻した。
「……ああ、もう……」
「────。え。な、え???」
『今私たちが関与している事件は、これくらいの
周囲をぐるりと飛び回り、混乱しているところに畳み掛ける。流れで押し切ると、ソフィアの言葉に隆一は頷いて答えた。
「…………。な、るほど。わかった、でも、この話は警察から止められているんだ。他の人には絶対に内容を話さないでほしい」
『エエハナサナイワ』
「今何か……」
『気の所為気の所為』
驚くほどの棒読みを誤魔化して、ソフィアはサイズを人間大に変える。このあと当然として竹田たちにも話すことは黙っておき、隆一の話を聞く。すると彼は、驚くべき内容を口にした。
「御上レノアさんが3ヶ月前に殺された話はしたよね? 実は、レノアさんの遺体を最初に発見したのは……僕だったんだ」
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