「隆一さんが、遺体の第一発見者……!?」
「……当時、どういう状況だったんですか?」
驚愕の事実に対し、反応を示した葉子と質問を返したリオンの言葉に、隆一は答える。
「レノアさんの遺体を発見したのは、僕が仕事から帰る途中の、深夜の事だった。あの夜は雨が降っていて、傘を差しながら走っていたんだ」
思い出すように視線を上げて、隆一は続ける。
「走っている途中、何か焦げたような臭いが漂ってきていてね。火事があったのかと思ったから、臭いを辿ってそのへんをうろついていたんだよ。すると、目の前からレインコートを着た人が走ってきたんだ。手提げカバンを持って、何かから逃げるように走っていて、何かあったかって僕は聞いたんだけど、その人は答えずに走り抜けていった。それから地面を見ると、その人の足元に血の跡が続いていたんだ」
隆一は苦い顔をして、一呼吸置いて言う。
「嫌な予感がしたから、僕は血の跡を辿って、その人が逃げてきた方に行ってみたんだ。そうしたら古い公園にたどり着いてね。……レノアさんはそこに倒れていたよ。背中を大きな刃物で切られていて、それが致命傷だったみたいだった」
『それはつまり、逃げてきた人物に殺されたのだろう、ってことかしら』
「おそらく、そうだと思う」
「……その件が、なぜ宮塚高樹を殺した犯人と同じだと思ったんですか」
ソフィアの言葉に頷き、隆一はリオンの問いにも答えるために考えてから口を開いた。
「うちの親父と状況が似ていたんだ。親父はスマホや財布などの貴重品を持ち去られていて、レノアさんの遺体にも貴重品が無かった。彼女の服はポケットが付いていないタイプだったし、あの時レインコートの人物が持っていたカバンも、どことなく女性向けのデザインだったような気がするんだ」
「まあ確かに、今どき女性が何も持たずに外を歩くのは変な気もするし、貴重品を持ち去られたと考えれば手ぶらで亡くなっているのも納得できる」
葉子がそう言って推察すると、隆一も同じ考えだったのか同意しながら更に続ける。
「僕もそう思う。それに、親父とレノアさんが殺された日は雨が降っていたんだ。わざわざ雨天を狙ったと考えると、その理由は人通りが少なくなって音自体も聞こえづらくなるから。その辺に、神出鬼没の辻斬り男とは違う……
「……ちなみに、レノアさんの遺体には心臓が残っていたんでしょうか」
「ああ、残っていた。その事も含めて、僕は親父とレノアさんの殺人は辻斬り男とは違う者の犯行だと思っているんだよ。……まあ、これくらいかな」
「ありがとうございました。──そうだ、隆一さん。この写真を見てください」
「うん?」
話が一区切りついたあたりで、葉子はそういえばと御上邸で入手した写真を見せた。
「これは?」
「おそらく右に写っている女の子が15年前のレノアさんで、真ん中の男の子がトーマさんに捜索を依頼されたお兄さんです」
「そうか……左側は焦げてて見えないな」
「左の子は焼け落ちてて顔が見えないんですが、もしかしたらこちらがトーマさんかと」
葉子に言われて合点がいった隆一が頷き、それから彼も思い出したように付け加える。
「なるほど、トーマさんか。……あ、焦げで思い出したんだけど、これも警察から聞いてね。当時は夜中で雨も降っていたから気付かなかったけど、レノアさんの遺体の近くには、
隆一にそんな風に問われて、葉子は考え込むように視線を下げると、首を横に振った。
「
「そう、か。いちおう、僕の名刺を渡しておくよ。何かあった時はここに連絡してほしい」
「ええ、わかりました」
「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。キミたちも無理はしないように」
その言葉を最後に、隆一は御上邸の前から立ち去った。彼の背中を見送ったあと、リオンは葉子が誤魔化したことへの疑問を問う。
「……言わなくてよかったんですか? さっき橘探偵事務所に行ったときに、トイレで黒焦げの焼死体を見つけたと聞いていましたが」
「言わない方がいいわ。そもそも探偵事務所には不法侵入をしていたし、焼死体を見つけたのに通報もしていない。それにこのことを話せば、隆一さんは見に行こうとするでしょう?」
「……なるほど、下手を打てば辻斬り男に隆一さんが狙われかねないですね」
『それにしても、結局この封筒は誰が送ったものなのかしら』
「わからないけれど、真相には着実に近づいている気がするわね。……一旦、向こうの三人と合流して情報共有しましょうか」
──15時頃、御上邸と政倉建設にそれぞれ向かっていた葉子チームと竹田チームが合流する。
情報共有をしている傍らで結月がソフィアに浮かされているのを横目に、葉子たちは鍵と木箱の鍵穴が合うかどうか確かめていた。
『さて、これで鍵が合うようなら木箱を持ったままだった結月は罰として締め上げる。合わなかったら罰として結月を締め上げるわね』
『オア──ッ!! 私の罪が重すぎる!!』
「では、審判の時だ」
『どうせ死なないからってカジュアルに拷問しようとすな〜〜っ!』
竹田が持つ木箱に、葉子が封筒から回収した鍵を挿して回す。カチリと解錠されて開かれた木箱の中には、古めかしい巻物が2本入っていた。
「巻物……?」
「それも2本か。読めそうかい?」
「……いえ、文字が達筆なのと……古文が多い所為で何が何やら」
木箱から取り出した巻物を開くも、そこに書かれている文字が読めない。葉子はどうしたものかと悩むと、横合いから指で脇腹をつつく者がいた。
『ちょっとちょっと』
「へ? ああ、はい。なにか」
『私読めるわよ〜』
「…………。これが読めるんですか?」
『そりゃ読めるわよ、私が作られたのが千何百年前だと思ってるの?』
巻物2本を受け取り、蛇神は早速と読み込む。ソフィアに雑巾のようにねじり絞られている結月を横目に、竹田と葉子、リオンが会話を交わす。
「まさか、ここに来てピンポイントで蛇神が役立つ場面が来るとはね」
「蛇神様って、いつから存在しているのかしら」
「確か以前、平安時代と言っていたので、だいたい……1200年くらい前……ですかね?」
「そ、そんなに?」
脳内で計算して答えたリオンに、葉子は引き気味に返す。それから数分して、巻物を読み終えた蛇神が木箱に戻しながら言った。
『だいたい分かったわ。これ、特殊な魔術の使い方を記した巻物みたい』
「そうか。解説してくれ」
『はいはい。ありがたく傾聴しなさいな〜』
蛇神は、巻物に書かれていた魔術の内容を簡潔に纏めるように説明する。
【
・【鏡水】とは、自らが写り世の世界へと侵入するための魔術である。写り世とは鏡の世界、別に存在している反転世界のこと。
・鏡や水などの写り物は全てが扉となり、この世と写り世を行き来できる。
・写り物に写る物体の全てに干渉することが出来るが、それは写っている間だけであり、なおかつ通れる大きさの写り物が必要である。
・魔術の発動には儀式が必要。姿見を三つ、水を入れたお椀、手鏡を用意する。
水の入ったお椀を部屋の真ん中に置き、三つの姿見をお椀から約3メートルの距離に囲うように並べ、全ての姿見が別の姿見とお椀を写すように置き、最後に水の中に手鏡を沈める。
・お椀の前に立ち、呪いを読む。このとき呪いは口に出さず、心の中で読むこと。
【写りよ、写り世。翡翠のごとく我が身へ。鏡水巡るは花と月。断ち切りし世は、血の一滴なり】
・それから水の中に自身の血を入れることで、手鏡が光る。光る手鏡を持って姿見の一つに触れれば、肉体は写り世へと移る。
・手鏡はこの世と写り世を行き来するために必要なものであり、手鏡が割れてしまえば【鏡水】の魔術は切れ、肉体は儀式の場所まで戻される。
・元来は妖に人が対抗するために使用されていた儀式の一つ。写し世からの攻撃は、あらゆる妖を寄せ付けなかった。人と妖の争いが無くなれば、自然と人々の記憶からこの儀式は忘れ去られるだろう。それが本来の、正しい成り行きである。
・しかしそうなれば、悪しき魔の物の手に渡るのも、時間の問題かもしれない。
【幽鏡術・写し身返し】
・【幽鏡術・鏡水】が悪しき者の手に渡ったとき、それに対抗できる手段をここに書き留める。
・【写し身返し】とは、魔の物の攻撃が写し世から飛び出す瞬間に、自身の持っている手鏡を掲げ、合わせ鏡の状態にすることである。本来攻撃する相手が自分自身となって、攻撃を跳ね返すことができる。
・しかし時は一瞬であり、攻撃を避ける代わりに行わないといかず、失敗する危険は免れない。
『──ってな感じ』
『なっっっがいわ』
『これでもわかりやすく訳したのよ〜? だってこれの原文もっと長いし』
ソフィアのお仕置きから解放されて話を聞いていた結月が、長い説明にげんなりとする。
さらりと恐ろしい事を言った蛇神は、木箱に戻した巻物を一瞥して続けた。
『まさしく悪しき者に悪用されちゃってる感じねぇ。あの辻斬り男は、この幽鏡術とやらでこの世の裏側を自由に移動できるみたい』
「出入りできる大きさの反射物があればいいんだから、この現代社会では無敵とも言えるな」
「でも、対抗手段も用意されているみたいだし、本格的に戦うことになるとしたら、とにかく全員で手鏡を持っておくべきかしら」
葉子がそう言うと、竹田が閉じて鍵を掛け直した木箱を結月に渡しながら提案した。
「さて……次は明野町役場にでも行こうか」
『それはいいんすけど、なんでまた私が木箱持たなきゃいけんのですか』
「え。……だってそれ盗んだものだろう? 私は罪を被りたくないし、その責任は探偵事務所に行ったキミらにあるじゃないか。咄嗟に逃げる機動力がある生き人形に持たせておくのは道理じゃないかね」
『すっげぇシンプルで合理的で正当性もあるけど地味に嫌な返答来たな……?』
──夕方頃。明野町の役場にやって来た六人。早速と話を聞こうと施設内に入ろうとしたとき、ちょうど役場から出てきた人物とすれ違う。
すると、思い返したようにその人物が振り返り、葉子たちに声を投げかけてきた。
「……そこのキミたち、待ちたまえ」
「なんでしょう?」
全員で振り返ると、そこに居たのは。スーツをキッチリと着こなし、サングラスを掛けている、神経質そうな男性だった。
「キミたち……後ろの三人は例の目撃者じゃないかね。いったいこんな所で何をしているんだ、キミたちは警察署に保護される予定だったはずだ」
「そうなんですか? 失礼ですがあなたは……」
「私は
「正田?」
対応していた葉子は、その名前を聞いて、眉をひそめる。脳裏を掠めた聞き覚えのある名前に、それから一拍置いて思い出す。
「──正田警部!?」
「うん? ……と、そういえばキミは確か……」
「楠木です。以前、父……楠木署長と話している所を見たことがありまして」
「楠木……そうか、あいつからも娘が警察官になったと聞いていたな。しかしあの件で色々とあって以来、辞めたとも聞いているが」
反射的に姿勢を正した葉子に、正田は疑問符を浮かべるが、彼女は当時の事件を想起して一瞬歪めた表情を取り繕って更に返す。
「はい、現在は探偵の仕事をしております。今回は、辻斬り男の事件の調査を手伝ってほしいと、警察医の春田飛嘉野から頼まれていました」
「なに? 春田さんからか……?」
「しかし警部、警察署で保護されると言っていましたが、そういった話は欠片も耳にしておりません」
「……そうか。しかしそれならそうと、こんなところになんの用なんだ?」
「今回の事件に関して、町長などから話を聞けたらと思いまして」
葉子の言葉を聞いて、正田はなるほどと頷くが、一転して残念そうに首を振る。
「町長か……タイミングが悪かったな。町長なら今朝、体調を悪くして緊急入院したのだよ」
「そう、でしたか。それでしたら、警部の方こそここへは何をしに?」
「私も町長に話を伺いに来たのだが、まさにそういった理由で無駄足になってしまってね──と、失礼。電話が掛かってきた」
そこまで言った正田が、携帯の着信に反応して数歩離れた位置で電話を取る。
しかしそんな配慮も虚しく、正田の耳を破壊する女性の声色が葉子たちの方にも聞こえてきた。
「私だ」
【もしもしー! 正田さん! さっきの話、分かったんでこのまま電話で話しますね──!!】
「おい、声が大きいぞ沖野!」
【あ、すいません!】
声と名前の2つを聞いて、竹田と結月、蛇神が呆れを混ぜた苦い顔する。
『うわあいつか……』
「そういえば警部がどうのと言っていたね」
「……沖野?」
『あなたが横に居たら話が拗れそうなタイプだったアホっぽい刑事さんよ』
「…………。へぇ」
蛇神の簡潔な説明に葉子は目尻を細めるが、それはそれとして意識を切り替えて会話を盗み聞く。
「それで、何が分かったというんだ」
【やはり御上裕一は殺し屋を雇って殺害させていたそうですよ! 殺されたのは政倉建設の部下・宮塚高樹、45歳男性。しかも自身の汚職を死んだ宮塚に押し付けていたみたいです! 頭いいっすね!】
「おい、不謹慎だぞ!?」
【あ、すいません。……だから、宮塚の件はやはり辻斬り男の連続殺人の成りすましみたいです! そのあと金の流れも調べてみたんですが、殺し屋には
携帯を耳から離した位置で沖野楓と話をしていた正田は、その疑問に考えてから答える。
「もしかしたら、殺されたのはもう一人居るのかもしれん。憶測だが、汚職の口封じのために他にも誰か殺している可能性がある。もう一度被害者リストを調べ直しておいてくれ」
【わかりました! あ、あと殺し屋の顔も割れたので画像送っときますね〜!】
「ああ……」
よほど耳に響いたのだろう。背中越しにも分かるくらいに渋い顔をしている正田は、少しして送られてきた写真を開いて確認する。
『わーお、何人か殺ってそうな顔』
「うん? ……うおっ!?」
不意に聞こえた結月の声。それから振り返り、正田は驚愕する。なぜならその場の全員が、後ろから画像を覗き込んでいたからだ。
「なんだね。早く警察署に行きたまえ」
「いやいや、そうもいかないだろう。目撃者は数日後には犠牲者になるんだ。そうならないためには閉じこもるのではなく調べて回らないと」
『というか警察署内でも殺されたことあるんだから保護しても死ぬじゃない』
「ぐぬ。…………ん?」
「なんだい?」
竹田と蛇神に痛いところを突かれた正田は、その視線を彼女たちから外れた位置に向けた。彼は役場の外──道路を挟んだ反対の歩道を凝視している。
葉子たちも揃って視線を辿り奥を見やると、そこにはちょうど、正田の携帯に送られてきた殺し屋の写真と同じ顔の男が歩いていた。
向こうも自然に気付くと、一瞬引きつった顔をしたあとに走り出す。
『……居たァ────!!?』
『あら、タイミングが良いのか悪いのか』
「全員追うんだ! 最悪足1本なら許す!」
「どの立場で言っている!? くそっ、待て!」
驚愕する結月、咄嗟に指示を出す竹田、ツッコミしながら駆け出す正田。
「……ソフィアちゃん、回り込んで! 裏から飛んでいけば前に出られる!」
『はいはい、まかせなさい』
「リオンちゃん、行くわよ!」
「はいっ」
それらを横目に、ソフィアに指示を出す葉子が、リオンを連れながら、脚を【強化】して回り込むために駆け出していた。
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