とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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鏡鏡鏡(さんめんきょう) 10/14

『いやあいつ足はっや!?』

「ぜぇ……ぜぇ……っ」

「くっ、足が……」

 

 人前ゆえに飛ぶ選択肢が思いつかない結月と、そもそもの身体能力が高くない竹田。歳のせいでスタミナが切れる正田と、そもそものんびり歩いているために真っ先に離脱した蛇神。

 

「へっ、捕まえられるもんなら捕まえてみ────うおっ!?」

 

 それらを振り切った殺し屋は、路地裏を右に左に曲がって奥へと進む途中、頭上から降ってきて地面に突き刺さった通行止めの標識に足を止められる。

 

『はい、鬼ごっこはおしまいよ』

「な、なんだ……お前!?」

『ただのしがない探偵バイト』

「もう逃げられないわよ」

「……逃がしません」

 

 続けて葉子とリオンが屋根からするりと降り立ち、ソフィアと共に挟み撃ちの形で男を囲む。

 

「くそ……」

「ぜ、ぜぇ、はあ……よ、よくやったキミたち……うっ横っ腹が」

「…………ヒューッ……ヒューッ……」

『一人既に死んでる……』

 

 少しして追いついた瀕死の正田が、動けなくなった竹田を引きずる結月と蛇神を連れて現れる。呆れたソフィアを余所に、正田は息を整えてから殺し屋の男の腕を掴んで拘束した。

 

「正直に白状しろ、御上裕一に依頼されて宮塚高樹を殺害した殺し屋だな」

「……ちっ、ああそうだ」

「警部、彼に聞きたいことが」

「む。……わかった、手短に頼む。おい、逃げようと思うなよ」

『いちおう言っておくけど、このメンツの大半はあなたの手か足を引き千切ることへの躊躇いは無いわよ、変な考えはしないことね』

「怖いこと言うなよ……逃げたりしねえ。何が言いたいんだよ」

 

 男はこの人数からは逃げ切れないと悟ったのか、諦めたような顔で力を抜く。葉子たちが見れば、男は顔色が悪く(やつ)れていて、ここ最近はマトモに寝られていないのだと察する。

 

「宮塚高樹を殺害したのはあなたで、それは御上裕一に命令されたから。合ってる?」

「ああそうだ」

「そして、あなたは二回も金を貰っている。それは別にもう一人を殺害したからでしょう」

「…………そ、それは……」

 

 葉子の問いに、男は唐突に体を震わせる。不安そうに顔を左右に向け、何かに怯えていた。

 

「そ、その話はやめてくれ……」

「やっぱり、二人殺したのね」

「…………」

「誰を殺したの。言いなさい」

「っ、お、俺だって殺りたくなかったんだ! でも、御上裕一(あのやろう)に弱みを握られてて……!」

「弱み?」

 

 葉子が更に聞けば、渋々と口を開く。

 

「……借金だよ、御上の野郎に」

「そう。それで、誰を殺したの?」

「やめろ!! その話はするな!!」

『ねえ、あなたに拒否権なんてあると思う?』

『うーし、まずは足の指、足首、それから膝関節だァ。テンション上がるぜェ〜〜!?』

『ほら、話さないとそこのキリングマシーンが稼働するわよ』

 

 後ろでパキパキと指の関節を鳴らす真似をする結月の爽やかな笑顔と悍ましい発言に、男は冷や汗を垂らしながらも仕方ないといった顔で続ける。

 

「女だ……あの女……御上レノアが来る……」

「────。なんですって?」

 

 男の発言に、葉子が思わず聞き返す。

 

「御上レノアの呪いがやって来る……きっと、俺を殺そうとしてるんだ、そうに違いない……自分を殺した相手に、復讐しに来るんだ……!」

「御上レノアさんを、殺したのね……」

『……しかも、その命令を出したのは、父親である御上裕一?』

「なんという、ことだ……!」

 

 葉子の問いとソフィアの問いに、男は頷き、それを見て正田は恐ろしい事実に驚愕する。

 

「御上の野郎はな、自分の汚職が娘にバレちまったんだよ。汚職のことだけならまだいい。だがあいつは、マヌケにも宮塚高樹殺しを殺し屋(おれたち)に依頼したことまでバレちまったんだ」

「……度し難いわね」

「御上レノアは宮塚高樹の娘と親友だったらしい。それで、もし自首しないなら全てを明るみに出すと御上の野郎を脅した。親子仲は悪かったみてぇだからな、父親も娘も躊躇いが無かったわけだ」

 

 他人事のように吐き捨てて、男は御上裕一のやらかしを鼻で笑う。

 

『ところであなた、御上レノアを襲ったあと荷物を奪って逃げたでしょう』

「ああ。その一部は封筒に入れて御上の家に送ってやったよ」

『それ、例えば……手鏡と鍵だったりしない?』

「は?」

「あなたが送ったのは、()()でしょう」

「……なんで、お前らがそれを」

 

 葉子が懐から出した三面鏡と錆びた鍵。それを見た男は、驚いたように目を見開いた。

 

「ポストに残ったままだったわよ」

「なっ……? ……いや、そういえば、あれから御上の野郎とは連絡が取れなくなってる……」

「御上裕一は、現在行方不明なのよ」

「……! や、やっぱり呪いなのか……!?」

「さっきから呪い呪いって、何が言いたいの? あなたはレノアさんに呪われてるの?」

「あ、ああ……きっとそうだ、あいつは……御上レノアは、魔女だったに違いない……!」

 

 呆れと疑問の混じった顔で問う葉子に、男は窶れた顔を更に老け込ませるように怯えながら続ける。

 

「俺には相方が居たんだ。宮塚高樹も御上レノアも、俺とそいつの二人で殺った」

「なら、もう一人はどこに?」

「……殺されたんだよ、御上レノアに」

「どういうこと?」

「わからない、わけがわからねえんだ! あの女が手をかざした瞬間、いきなり相方の体が()()()()()()()()()()()になっちまった。ガソリンでもぶっかけられたみてぇに、勢いよく燃え上がったんだ!」

「体が、燃えた……」

 

 男の話に、葉子は今回の件で見聞きした焼死体を思い出す。その直後、男は()()()()怯え始めた。

 

「ひいっ、き、来た……あの女が……!」

「は、え? 何を言ってるの?」

「こ、殺しに来たんだ……! 来るな……!」

 

 ()()()()()()()を見て怯える男は、ついにはその場から逃げ出そうとして正田に取り押さえられる。

 

「くっ、暴れるな! おい、もういいだろう! こいつはこのまま連行する!」

「……ええ、もう十分です」

 

 するとそこに、表通りの方からパトカーのサイレンが聞こえてくる。どうやら話し合いをしている裏で正田が呼んでいたらしく、男はそのまま逮捕されてパトカーに乗せられていった。

 

 

 

 

 

『殺し屋仲間が暗殺対象に魔法のように焼き殺される場面を見て、あまりの恐怖に幻覚を見るようになり夜も眠れない。ってところかしら』

「……殺し屋の片方がレノアさんに焼き殺された、っていうけど。疑問が一つ湧くのよ」

「といいますと?」

 

 パトカーのサイレンが聞こえなくなった頃、路地裏から出るべく歩きながら。

 蛇神の推察を尻目に呟く葉子は、手のひらに作っていた茎状の金属を魔力に分解しつつ小首を傾げるリオンに言葉を続ける。

 

「私たちが見た焼死体の他に、隆一さんから聞いたレノアさんが殺害された当時の現場にも焼死体がある。殺し屋が焼かれたと言うならおそらくそれは後者の方。だから、事務所のトイレにあった焼死体は、()()()()()()()()に出来た死体ということになる」

「……殺し屋とはまた違う別の誰かを焼き殺した人物が、もう一人いる?」

 

 葉子の推察に、リオンは小さく驚きながら呟く。それから息切れから回復した竹田を気遣いながらゆっくりと路地裏から出ると、不意に一人の男が視界に入る。男は葉子たちに背を向けて、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回していた。

 

「あの、どうかされましたか?」

「……!」

 

 仕方なく葉子が男に話しかけると、彼は目的のものを見つけたかのように表情を明るくして軽い足取りで駆け寄ってくる。

 

「ああ、よかった。あなた方を探していたんです」

「私たちを? ……失礼ですが、あなたは?」

「私は、(たちばな)龍黒(リュウヘイ)です。宮塚晶さんから聞いているでしょうからご存知だと思いますが、この事件を調査している者です」

「橘さん!? 晶さんが探していた……?」

「ええ、先ほどお会いして状況を聞いてきました。ご心配をお掛けしたようで……」

 

 龍黒からの言葉に、葉子はおもむろに携帯を取り出す。すると、これまでの騒動で気づいていなかったが、いつの間にやら電話番号を使ったメールで、晶から『橘龍黒さんに会えました! 楠木さんたちを探しているみたいですよ? どこにいるんですか?』という内容が送られてきていたことに気がついた。

 

「あ。メールが来てたみたいね……『ちょうど会えました、返信遅れてごめんなさい』と、よし。……それで、橘さん」

「はい」

「事務所に、帰りましたか?」

「ええ、先ほど」

「……何か、ありましたよね」

 

 手短にメールを返信した葉子が問えば、龍黒は飄々とした態度で言葉を返す。

 

「言いたいことはわかります。トイレの死体のことを聞きたいんでしょう」

「……ある程度、予想はついているけれど、本人の口から聞かせてほしいの。あの死体は誰?」

 

 葉子の視線を真っ直ぐ受けて、龍黒もまた視線を逸らさずに答える。

 

「……あの死体は、御上裕一です」

『ははぁん、犯人はあんただな!?』

「はい、その通りです」

『…………どぉうぇい!?』

「自分で言って何を驚いているんだ」

 

 ビシッ! と指をさして言い放った結月の言葉に、龍黒は頷いて返す。まさかの正解に驚く結月に竹田がジトッとした目で言うと、龍黒はそこでようやく苦い顔をして絞り出すように口を開いた。

 

「あいつは、生きていてはいけない人間だった。殺した理由は、それだけです」

「……まあ、その件であなたを責める権利が私たちにはないので置いておくけれど。そもそも、橘さん。あなたは晶さんの前から居なくなったっきり、今の今までどこでなにをしていたんですか?」

「あの男を倒す方法を探していました」

「あの男?」

 

 葉子のオウム返しに、龍黒は続ける。

 

「辻斬り男のことです、ヤツの本名は如月(きさらぎ)弦那(げんな)。……皆さん、今すぐ『明野山』の村に向かってください。今のあなたたちが持っている幽鏡術だけでは、まだあいつには勝てません」

「どういうこと?」

「あいつは、強い者と戦うことを望んでいる。もはや人間ではなくなっているんです」

 

 龍黒がそう話すと、目的地なのだろう近くの山に顔を向けて葉子たちに言う。

 

「山の村に行けば、姫崎(ひめさき)信代(のぶよ)というお婆さんに会えます。あの人なら、私よりも如月弦那について詳しい話をしてくれますから」

「わかりました。橘さんはこのあと何を────」

 

 自然な流れで次の目的地が決まったことを察して、葉子は龍黒に問いかけようとする。しかし、その直後、彼の背後にあった建物の窓からぬるりと現れた辻斬り男──如月弦那が刀を振りかぶっていた。

 

「橘さん!!」

「っ──がっ!?」

 

 葉子の叫びに反応して振り返るも、龍黒は弦那の刀に斬り伏せられる。そして弦那は龍黒の体を掴み、そのまま窓ガラスの向こうに消えていく。

 

『うおっ、き、消えた……!?』

『……いま、彼の体もガラスの向こうに入っていった……?』

 

 結月とソフィアの声を尻目に、咄嗟に駆け出した葉子とリオンが窓ガラスの前まで向かい、それぞれが得物を片手に警戒する。

 すると、周囲の反射物を通して、低い男の声が辺りから響いてきた。

 

【──これ以上貴様らが何をしようと無駄だ。じきにこの町は俺のものになる】

「如月弦那ね? あなたは何がしたいの?」

【俺と戦うつもりなら、深夜に明野小島にある展望小屋に来るがいい。そこで決着をつけてやる】

「……行かないと言ったら?」

 

 リオンがそう問いかけると、如月弦那であろう男の声は淡々と告げる。

 

【来ないというのであれば、貴様らの死体も俺の一部となるだけだ。逃げることは許されぬ。それだけは努々(ゆめゆめ)忘れるな】

 

 そして、その言葉を言い終えると、弦那の声は聞こえなくなった。

 

『うーんなるほどつまり、準備終わらせて必要なものを揃えてから来い! ってことね』

『変なところで親切ねぇ』

 

 蛇神とソフィアが言うと、結月が呆れた顔で小さく首を振りながら返した。

 

『いや騙されとる騙されとる。自分の得意分野で襲いかかってきておいて、真相に近づかれたからって制限時間与えてきてるだけやん。『逃げたら殺す、戦っても殺す』って二者択一で追い詰めようとしてるだけでしょ。相手が私らなのが運の尽きってだけで』

「そうね。元警察官(わたし)、食屍鬼とのハーフ、生き人形3体、イス人だものね。おそらく如月弦那も、これ以上の戦力と戦ったことはないわ」

「私を戦力に数えないでくれるかい」

 

 

 

 

 

 

 

 ──日が落ちた夜。六人は明野村のある山まで向かうが、そこは事前に得た情報通りに、土砂崩れによって通行止めになっていた。

 

「うーん、どうしたものかしら」

『私たち生き人形組だけなら飛んでいけるけど、葉子たちを持ち上げるとなるとねぇ』

『【浮遊】は人間持ち上げようとするとバカかってくらい魔力浪費するからなぁ〜』

 

 通行止めの看板の前で立ち往生していると、そこに着物を身に纏う一人の女性が現れる。

 

「──おや、こんな場所でどうされましたか」

「……? そちらこそ、こんな所でなにを?」

「わたくし、この近くに住んでおる者です」

「……失礼ですが、お名前は」

 

 着物を着ているから、というのとはまた違う、なんともいない『古い』気配に葉子は警戒する。女性はそれを見透かすかのように微笑して返した。

 

「これは失礼しました。わたくしの名前は、姫崎信代と申します」

「姫崎……えっ、信代さん? の、お孫さんとかではなく、本人……?」

「ええ、他でもない本人でございますが」

 

 きょとんとした顔で言う、甘く判断しても20代後半くらいにしか見えない若さの女性──信代に、葉子は質問を投げかける。

 

「では、橘龍黒という探偵を知っていますよね。私たちは、彼の助言であなたに会いに来たんです」

「…………。なるほど、だからこんなにも……愉快な面々が揃っていたのですか」

『愉快?』

 

 意味深なことを言う信代を前にして、結月は小首を傾げる。すると彼女は、あっけらかんと全員の正体を見破ってみせた。

 

「普通の女性と、混ざり者が二人、おまけに可愛らしいお人形さんが3つ。……ふふ、とても不思議な集まりではございませんか」

『ギョエ〜〜バレとる!?』

『……あなた、私たちとは初対面よね?』

「ええ、それはもちろん。つい今しがた顔を合わせたばかりですよ、お互いに」

『というかそもそも、橘龍黒クンからはお婆さんに会えって言われたから来たのに、当の本人がこうも若いとねぇ。あなた何歳なの?』

 

 ソフィアの質問に答えた信代。それから蛇神のもっともな問いに対して、彼女は人差し指を唇に当てて茶目っ気を出しながら返した。

 

 

 

「秘密、でございます。見た目よりは上ですから、あまり歳の話はしたくないのですよ」




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