とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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鏡鏡鏡(さんめんきょう) 11/14

「それで、信代さんはなぜここに?」

「わたくしは昔、明野村に住んでおりました。以前までは村近くまでの散歩が日課だったのですが、ほら、今は土砂崩れで土の中でしょう」

 

 懐かしむように小さく笑みを浮かべた信代。葉子は彼女に顔を向けて、真面目な声色で問う。

 

「私たちは今、町で起きている連続殺人事件を止めるために動いています。信代さん、あなたは、辻斬り男……如月弦那を知っていますか?」

「如月、弦那。ええ、もちろん知っています」

「如月弦那が連続殺人事件の犯人です。ヤツについて教えてください」

 

 葉子がそう言えば、信代は自虐気味に笑みを歪めて苦々しく言葉を返す。

 

「……犯人。まあ、そうでしょうね……()()()でなければ、ここまでの事は出来ないでしょうから」

「……?」

「わかりました、わたくしの家までご案内します。お話はそこで致しましょうか」

「──お願いします」

 

 会話の途中、如月弦那に対する妙な距離感の近さに違和感を覚えるが、ひとまず信代の案内で彼女の家へと向かうこととなる。

 信代の案内で山の近くを暫く歩いていけば、森の一角に年季の入った古い平屋が現れる。中に入ると、居間には囲炉裏があり、いまだに使われていた。

 

「さて……あまりゆっくり出来る状況ではなさそうですから、早速本題に入りますね」

 

 葉子たちを囲炉裏を囲むように座らせると、信代は静かに語り始める。

 

「──今から60年ほど昔、わたくしの故郷である明野村は、ダム建設によって無くなろうとしていたのです。当時の村民たちには立ち退きに反対するものも少なからずおりましたが、大半は時代の流れゆえに仕方がないと思うものばかりでした」

『時代だものねぇ。そういえば、そんな時代もあったわね。私も当時の巫女の中で見ていたわ』

「ええ、大規模なダム建設が多く行われた時代でした。当時の村長も、戦後の日本の経済がこれで発展していくなら仕方ないと言っておりましたよ」

『60年前て……マジで何歳なんすか信代さん』

 

 結月の疑問をさらりと流しつつ、信代は続けた。

 

「けれど、ダム建設に最期まで反対していた男が、一人だけおりました」

「もしや、それがあの……」

「はい、如月弦那様でございます」

「そこまでしてダム建設を反対するとは。なにか理由があったのかい?」

「さあ、どうでしょう。彼は村のために戦ってきた男ですから、誰よりも村への思いが強かった……といえば、聞こえは良いでしょうが」

「……戦ってきた、というのは?」

 

 リオンがそう呟くと、信代が当時を懐かしむように遠い目をしてから言う。

 

「明野村は昔……『妖退魔の村』とも呼ばれていたのでございます。簡単に言えば、妖を退治していた時代の村なのですね」

(あやかし)、ね。おおよそ妖怪の姿はしていない類いだろうな。現代にも跋扈している方の話だ」

「ええ。やつらは妖怪よりも恐ろしく、名状しがたき怪物です。人の心と体を侵す恐ろしい怪物の群れが、ここには存在していました」

「……なんでしょうね、たぶん私たちもその妖と戦ったことありそうな気がするのだけど……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で言う葉子を横目に、信代は一拍置いて口を開く。

 

「弦那様も、妖と戦うために選ばれた剣士の一人でした。誰よりも多く妖を斬り、永きに渡って村を守ってきたお人なのでございます」

『そりゃあんな(つえ)ぇわけだわ。……でも、なんでそんな人が辻斬り男になっちゃったんすか?』

「……建設会社の従業員と弦那様の間で、幾度となく衝突がありました。そしてあの方を邪魔に思ったのでしょう。従業員の方々はやがて、連日連夜、弦那様への嫌がらせを行うようになりました」

「ちなみに、嫌がらせというのは?」

「家への落書きは序の口、家畜を殺されることもあれば……放火されたこともありましたねぇ」

『ヤバすんぎ〜〜〜。もしかして当時の政倉建設も相当アレだったんかぁ……? いや当時の連中が政倉建設だったかは知らんけど』

 

 あまりの所業に、結月ですらドン引きせざるを得ない。当時を思い返して一度まぶたを閉じた信代は、それから間を空けて続ける。

 

「昔の話ですからねぇ。……それからある日、ついには弦那様と従業員の一人が激しい口論に発展いたしまして、その夜に……口論していた従業員は死体となって見つかったのでございます」

『ああ、やっちゃったのね』

「……死因は鋭利な刃物での刺突。村民たちや警察の方々は、すぐに弦那様を疑いましたが……あの方はその日のうちに行方を眩ませたのです。それから30年の間、ダム建設の従業員が次々と行方不明になりました。それは世間には公になっておらず、建設会社と村民にしか知られておりません」

「なぜ、会社は公表しなかったんでしょうか」

 

 葉子の当然の疑問には、もはや憶測でしかない考えを淡々と返す。

 

「悪評を立てたくなかったのでしょう。村民との間に衝突が起き、嫌がらせをしていたらついには逆上されて殺された、などとは口が裂けても言うわけにはいきません。ダム建設の邪魔になりますから」

『そりゃそぉか。仕掛けたのはダム建設側からだもんね。迂闊なこと言って墓穴を掘るより、最初からダンマリ決め込んだほうが良いわけだ』

「その後は土砂崩れにより村が埋もれて、ダム建設も中断。被害は収まったかに思えたのですが──」

「年月を経てダム建設計画が再開、そしてまたしても建設会社の従業員が犠牲になったかと思えば、目撃者まで殺される事態になった……と」

 

 竹田の締めくくりに信代も頷き、その後にソフィアが思ったことを口にする。

 

『しかし、如月弦那の中で何が起きたのかしら。従業員以外の人まで手にかけるようになるなんて』

「何かが、変わってしまったのでしょう。明野村を守るという目的すら失ってしまったがゆえに」

『……気になっていたのだけど、あなたと如月弦那ってどんな関係なの?』

 

 そのまま流れで問いかけると、信代は優雅に着物で口元を隠しながら笑う。

 

「ふふ、本来であれば、今頃は連れ合いになっていた関係でございます。いわゆる許婚ですね」

「……いいのかい、これからそちらの夫になる筈だった男を始末しに行く我々に協力なんかして」

「た、竹田さんもう少し言葉を選んで……」

「選んだ所で結果は変わらんよ」

 

 バッサリとした物言いに横から注意する葉子だが、信代のくすくすと笑う声に視線を向けた。

 

「許婚というのも昔の話。むしろ愛しているからこそ、これ以上の罪を重ねる前に止めるべきなのではないかと、そう思うのです」

「……そう、ですか」

「──では、昔話も程々に。そろそろお教えしましょうか、彼を(たお)(すべ)を」

 

 そう言って、信代は雰囲気を変える。それは、かつては愛した男を殺す方法を教えようとしている女の、覚悟の気配だった。

 

「おそらく弦那様は、不老不死の体を手に入れているのでしょう。何十年も生き延びてきているのはそのためだと思います」

「不老不死……!?」

「弦那様は行方不明になる前に、幽鏡寺という寺からある物を盗んでいきました。それが、幽鏡術と呼ばれる魔術でございます。村で作られた中でも、妖退治に使う強力で危険な術をそう呼んでいました」

 

 信代の言葉に、思い至る巻物がある。ちらりと横目で結月に持たせたままの木箱を一瞥する葉子に、彼女は室内越しに村の方を見ながら続けた。

 

「全ての幽鏡術は村ごと土砂に流されましたが、複製されて残った幽鏡術もございます」

「……信代さん、こちらにも幽鏡術の……おそらく複製であろう巻物があるんです」

『んぉ? ああはいはい、これね』

 

 ちょいちょい、と葉子に手を伸ばされて、結月は木箱を渡す。改めて鍵を開けて中身を見せれば、それを覗き込んだ信代は言う。

 

「それは確かに複製でございますね。【鏡水】の本物は弦那様が盗んでいきましたから。その後は複製品も誰かに持ち出されていたのですが……」

「誰が、というのはわかりませんよね」

「ええ。おそらくは村の出身の誰かでしょうが、複製品が無くなったのも40年前の話ですから。……そして、これからわたくしがお渡しするのは、他の幽鏡術と、巫血漿(かんなぎけっしょう)と呼ばれる別の術です」

「かんなぎ……なんだって?」

 

 疑問符を浮かべる竹田を含め、その場の全員に聞こえるように信代は説明を始める。

 

「……元々、幽鏡寺という場所は退魔の力に長けた者を世に残すために生まれた場所で、そこでは【巫の儀】と呼ばれる儀式がありました。(かんなぎ)に選ばれた者は、巫血漿と呼ばれる特別な力を扱うことができ、その力は代々その一族の子へと引き継がれていくのでございます」

 

 そんな風に説明しながら立ち上がる信代は、押し入れの戸を開け放つと、中にあった古ぼけた金庫のダイヤルを回してガチャリと開く。

 

「こちらが、明野村に隠されてきた術の一部……幽鏡術の【刀月清(とうげっしょう)】、【解欄(かいらん)】、【服従(ふくじゅう)】と、巫血漿の【破魔(はま)】、【福音(ふくいん)】。他には巫の血筋を記したものと、幽鏡術の一覧です」

「血筋……巫の家系図? リスト? 的なものですかね。すみません、まずはそちらから」

 

 取り出された7本の巻物のうち、葉子はまず巫の血筋のリストを読ませてもらう。中に書かれていたのは、歴代の巫の名前なのだが。

 

「──!! これは……!」

「どうしたんだい?」

「見てください、御上の苗字と、信代さんの名前に……飛嘉野と同じ『春田』まで」

「ほう。巫の家系だったのか…………ん」

「竹田さん?」

「いや、なんでもない」

 

 横から巻物を覗き込んだ竹田が、名前の一つを見つけて気になったように呟くが、葉子に対して首を振ってから別の巻物に手を伸ばす。

 

「こちらは?」

「それには幽鏡術の一覧が記されています。既に知っているであろう【鏡水】と【写し身返し】を除けば、書かれている他の術は5つでしょうか」

「ふぅん。読めん。蛇神」

『あらやだ丸投げされた』

 

 人の名前だけが書かれている巫のリストとは違い、他の巻物は当時の古い書き方で記されていた。読めないと判断した竹田は、即座に巻物を蛇神に渡して解読させる。少しして読み終えた蛇神は、記されている幽鏡術の名前を口にした。

 

『ええと、【鏡水】と【写し身返し】以外だと、さっき言われた【刀月清】と【解欄】と【服従】。今ここにないのは残りの2つね。【黄泉還(よみがえ)り】と【炎陣(えんじん)】……もしかして如月弦那に持ってかれた?』

「その【黄泉還り】こそが、弦那様が持ち出した幽鏡術ですね。これは不老不死について研究された魔術なのです。あまりに危険だったゆえ、これは複製がございません。ですが【炎陣】の方はおそらく、【鏡水】と同じで別の人物が盗んだのでしょう」

『……盗られ過ぎじゃない?』

 

 口角を歪めて苦笑いするソフィアに対して、信代もまた微笑して皮肉気味に返す。

 

「うふふ。人とは所詮、未知のモノに魅入られる生き物に過ぎないのでしょうね」

『……ま、そういうものよね。じゃあこの【炎陣】ってどういう術なの?』

 

 生き人形──まさしく『未知のモノ』であるからこそ、ソフィアはその言葉を否定しない。けれども話題を切り替えて、術の説明を求める。

 

「【炎陣】は、対象を燃やす術です。能力が高い者が使えば山火事も起こせる危険な術のため、こちらも【黄泉還り】と同じく複製されておりません」

『……なるほど、巡り巡って御上レノアの元に渡って殺し屋を焼き殺し、そのあと橘龍黒もこの【炎陣】で御上裕一を焼いたってことね』

「ということは、あのトイレにあった死体と一緒に焼け焦げた巻物が【炎陣】だったのかしら。そういう意味では、もうこの世に【炎陣】を使う手段は存在していないことになるから安心ね……」

 

 葉子の推察を余所に、残りの巻物を読んでいた蛇神が声を出す。

 

『ねぇ〜、幽鏡術と巫血漿の巻物、全部読み終えたわよ〜?』

「あ、助かります」

『……それもしかして長いやつぅ?』

『長いわよ〜。耳かっぽじって聞きなさい』

『ヒエーッ』

 

 長話に次ぐ長話が確定し、げんなりとした結月を無視して、蛇神は術の説明を始めた。

 

 

 

【幽鏡術・刀月清(とうげっしょう)

 

 ・【刀月清】とは、刀を月光で清めることで退魔の力を与える術である。月光で清めた刀はあらゆる魔の物の体にその刃を通す。先代たちは、この術で不死の妖魔を祓ったと云われている。

 ・満月の夜、湖の側では最も力を発揮し、一振りで刀身から光を飛ばし、下等の妖であれば真っ二つに切り捨てられる。妖魔の弱点が露わになると、刀身が光る。本来は刀に使用する術だが、刃があれば如何様でもその力を与えられるだろう。

 ・発動には、満月の夜に月光を刀身に反射させて、心の中で呪いを読む。

【我が身の鋼、刀に宿すは空分かつ光。妖起つならば、一糸纏わぬ】

 ・刀とは身を守るもの、自身と同然である。それを清めるとは、自身を清めることになる。

 悪しき心あれば、刃は(たちま)ち人を傷つける。それは他人だけにあらず。

 

 

 

【幽鏡術・解欄(かいらん)

 

 ・解欄とは、魔術や魔法陣の解体・解除をするために使われる術である。

 ・魔術には必ず使用者と対象物が存在し、解欄を使えば、それらを結ぶ青い糸が見えるようになり、魔力の集中している場所は赤く光って見える。

 ・この術は言わば設計図を見るだけであり、これだけでは魔術の解体は出来ないため注意せよ。

 

 

 

【幽鏡術・服従(ふくじゅう)

 

 ・服従とは、(あやかし)を操り駒として戦わせる術である。術をかける際は、対象の周り半径50メートル以内に藁人形を設置する。

 ・操る対象の強さによって設置する藁人形の数は異なり、そして対象には木製の首輪をはめることで洗脳が可能となる。首輪の大きさは問わない。

 ・対象は首輪を外すか藁人形を壊されない限り、術による洗脳が解かれることはない。藁人形には和紙を巻き、術者の血を馴染ませる必要があり、洗脳した駒には血文字で指示を出す事もできる。

 ・本来は妖に使うべきこの術は、能力が高い者が使えば人間すらも操ることが可能になるため、その行為を固く禁じている。

 

 

 

「……木製の、首輪……?」

「大きさを問わない、ねぇ」

 

 幽鏡術の説明が終わったあたりで、葉子と竹田がそれぞれ口を開く。

 

「敵も考えるわね……人を洗脳するなら木製の『輪』を首に着ける必要はない、指輪を着けさせてからいつ着けられたかを忘れさせればいいなんて」

「参ったね。騙す気すら無かった分、余計にタチが悪い。これ、明野小島に行ったら如月弦那に加えて春田クンとも戦うことになるんじゃないか」

 

 竹田の予想に、更にリオンが続く。

 

「あのとき武蔵瑞稀さんの遺体に書かれていた【死刑99人、我守護せよ】も、あの場に呼び出した春田さんへの命令だったんですね」

『いうてただの警察医でしょ? 葉子さんは嫌だろうけど囲んでボコれば気絶させられるじゃん』

「そうもいかないのよ……」

『はえ??』

 

 軽い考えの結月に、葉子は片手で顔を覆いながらため息をついて言う。

 

「診療所で表彰を見てなかったの? 飛嘉野はライフル日本大会優勝者で、柔道全国大会4位よ。そもそも近づけるかも怪しくて、近づいても投げ飛ばされるのがオチ。殺すわけにもいかないけど、本気でやるなら殺す気でいかないとこっちがやられるわ。しかも春田家は巫の末裔……巫血漿が使えてもおかしくない」

 

 葉子の設定に口角をひくつかせる結月は、呆れと驚愕を混ぜた声色で呟くのだった。

 

 

 

 

 

『魔術と射撃と近接を一通りこなせる一般警察医が居るって明野町は魔境かなんか……??』

「間違ってはいないですねぇ。ほら、弦那様も明野村の出身ですし」

『そういやそうじゃん……』




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