「…………う、ううん……?」
「飛嘉野、大丈夫?」
「……葉子?」
指輪を破壊してから拳銃を魔力に分解した直後、飛嘉野は目を覚ますと、見下ろしている葉子に視線を向けて、ゆっくりと体を起こす。
「終わったかい?」
「ええ。危うく死ぬかと思ったけど」
「春田クン、キミが何をしたか……いや、何をさせられていたかは覚えているか?」
「……ああ、そう、ですね。ごめんなさい皆さん、断片的にですが、何をしていたかは覚えています。葉子も……結構ボコボコに殴っちゃったわね」
戦闘終了を察した竹田が結月と蛇神を連れて現れると、問われた飛嘉野はそう言いながら、葉子を殴っていたことで赤くなっている自身の拳を擦る。
「たぶんあと数発でヒビ入ってたわよ。なにが鈍っちゃってるかもよ、まだまだ現役じゃない」
「アレは操られてたのもあるから……今同じ動きしろって言われたら流石に無理よ。……明日は筋肉痛に苦しめられそうだわ」
飛嘉野は翌日訪れるであろう痛みに怯えて顰めた顔を戻し、展望小屋に視線を向けて言う。
「あの男は小屋の中で待ち構えているはず。準備を済ませてから突入しましょう」
「そうだ、飛嘉野。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」
と言って、葉子は幽鏡術や巫血漿についての説明をする。自身が巫の末裔であることを知って、飛嘉野は強く頷いてから返した。
「──わかった、私も協力するわ」
「自分で言ってなんだけど、理解早いのね」
「まあ、蛇神ちゃんの件もあるし、他の子たちも人形だって知っちゃったし、そもそもあの男……如月弦那に操られているときも術の話を耳にしていたから。それで、私の血が必要なのよね?」
巫血漿の【破魔】と【福音】にはどちらも巫の血が必要。それを聞いて腕を捲った飛嘉野を見て、竹田がリオンに目配せする。
「それじゃあ、とりあえず全員分の【福音】用に血を貰っておこう。【破魔】は耐性を得られる可能性を考えるとギリギリまで使わない方が良い」
「……なぜそんなスムーズに採血キットを用意できているんですか?」
「気にするな。チクッとするぞ〜」
「結構ドスッて来た!?」
血を抜かれて薄く青い顔をする飛嘉野は、抜かれた血の詰まった注射針で腕一巻分にカットした無数の包帯を赤く汚していく光景を見やる。
「あとはこれを私と春田クンと葉子クン、御剣クンの腕に巻いておけば、春田クンの意思でどのタイミングでも【福音】を発動できるはずだ」
「……これ、今のうちに葉子に使えば操られた私から負わされたダメージを治せるんじゃ?」
「いえ、おそらく無理。これは怪物などにやられた怪我を回復できる術だから、飛嘉野にやられた怪我は治せない。如月弦那も、それをわかってたから先ず飛嘉野を使っての前座を挑んできたのよ」
ガードに使った腕の痛みを確かめる葉子は、自身を先頭にして展望小屋へと向かおうと足を進める。入口の近くまで歩いたとき、ふと視線には、何者かの後ろ姿が室内に入っていく様子を捉えた。
「……? 今のは……龍黒さん?」
どことなく、その後ろ姿が橘龍黒に見える。それを追って中に入れば、中には異様な光景が広がっていた。──小屋の中には、六枚の姿見が半円状に並べられ、その中央に水の張られた桶が置かれていて、割れた天窓の上から満月の光が部屋を照らしていたのだ。
『ふぅん。ここが決戦のバトルフィールドか』
『今のうちに幽鏡術を使っておいたら?』
「そうね」
結月と共に周囲を見回していたソフィアに促され、葉子とリオンが頷いて桶の前に立つ。
まず各々の手鏡を桶に沈め、脳内で詠唱しながらリオンの作った小ぶりの刃物で指先を傷つけて血を垂らすと、二人の血が混じった水の中で手鏡が光る。手鏡を懐に仕舞ってから、続けて葉子は刀を抜き、リオンもその手に刀ほどの刀身を作り月光を反射させた。
「────。よし、これで私とリオンちゃんの【鏡水】と【刀月清】の発動は完了したわね」
「あとは如月弦那が何処にいるか……」
【──待っていたぞ、現代の強者たちよ】
「……!」
刀身が輝く刀を手に、不意に聞こえてきた声を警戒して桶と姿見から離れる二人。その場の全員は、姿見の奥の裏世界から自分たちを見ている鎧武者の男──如月弦那を見つけて構える。
【さあ……どちらが上か、決着をつけようぞ。俺が勝ち、貴様らのいずれかから引きずり出した百個目の心臓を以て不老不死を完成させるか、貴様らが勝ちこの身を討つか。二つに一つだ】
「……誘いには、乗るのが礼儀かしら」
「行きましょう。ここで完全に仕留め切る」
「気をつけたまえ。深手を負ったら合図をするんだ、春田クンに【福音】を使ってもらう」
二人は頷いてから、それぞれ別の姿見に近づき手で触れる。すると、【鏡水】の効果により鏡の中へとするりとくぐり抜け、パッと見では分かりづらいが鏡写しとなった左右反転した世界に躍り出た。
【さあ……行くぞッ!】
鏡の世界に侵入した二人を前に、如月弦那は刀を構えてそう言うと、2メートルの巨体に似合わない素早さで踏み込み二人ごと両断しうる一閃。
「……ふんっ!」
「しっ!」
それを葉子が屈み、リオンが跳躍して剣筋から逃れながら、同時に【刀月清】で清められた刀身をぶつけると、葉子の刀が弦那の足を浅く切り、リオンの刀は肩を守る甲冑の大袖に防がれた。
【その程度か!】
「まだ、まだ……ッ!」
姿勢を整えながら片手にリボルバーを【
ドドドドドドン!! という轟音は、しかして殆どが甲冑に弾かれ、隙間から肉に刺さっても僅かに動きを怯ませる程度だった。
【剣での語らいに鉄砲か、無粋な!】
「幕末志士もこのスタイルだったでしょうが!」
【俺はそこまで昔の人間ではないわ!】
撃ち切ったリボルバーを捨てて魔力に分解しながら空いた手に【
「せいっ!」
【ぐおっ!?】
ガクンと姿勢が崩れたところに、リオンの振るう刀身が背中を大きく切り裂く。続いてリボルバーを投げ捨て、両手で刀を握る葉子の大振りの大上段が、弦那の胸を鋭く斜めに切り裂いた。
【フンッ……舐めるな!】
「っ!」
「く、ぉ……っ!?」
致命打を受けつつも、弦那の剣は鈍らず、姿勢を直すように力強く踏み込みながら煌めく2度の剣筋が、的確に二人の首を狙う。
刀を振り抜いた姿勢から無理やり体を捻って避ける葉子の頬とリオンの首筋を切っ先が掠め、しかして弦那も短時間で撃たれ、斬られたダメージは大きく、彼は突いた膝を立ち上がらせながらも体を震わせる。──その直後、体の傷が塞がっていった。
「なっ!?」
【いくら貴様らが我が身を斬り裂こうと……不死の体を滅することは出来ぬ!】
傷が逆再生するような動きで塞がっていくと、続けて弦那の背中から何本もの黒い触手が伸び、甲冑の胸元が割れて内側から煌々と光る心臓が現れる。
【鏡の外に居れば安全だと思ったか? 全員纏めて刺し貫かれろ!!】
「っ──竹田さん!」
「リオンちゃん避け──がっ!?」
「しまっ……ぐっ!?」
ぶわりと広がり振り回される無数の触手。鏡の外にまで溢れる『それ』の幾つかを刀で切り払うが、更に殺到する触手を捌ききれずに殴られた二人は、裏世界の展望小屋の壁に叩きつけられる。
『……ちっ!』
続けて六枚の姿見から出てきた触手が、待機していた竹田たちにまで殺到するのを見て、即座にソフィアが特殊合金の防弾シールドを【
【浮遊】で空中に並べ亀の甲羅のように半円状に展開した防弾シールドをバチバチと叩く触手は、それから鏡の中へと引っ込んでいく。それを見届けてから、竹田が気だるげに口を開いた。
「春田クン、二人に【福音】を頼む」
「は、はいっ!」
「暴れ始めたということは、向こうもいよいよ追い詰められたか……と、うん?」
姿見の向こうの世界で刀を杖にして立ち上がる二人を見て、飛嘉野が【福音】を起動して傷を癒す。葉子たちが一瞬こちら側を見てから戦闘を再開するのを尻目に、ふと何かを見つけて竹田が壁際に歩く。
「ふぅん。これは……」
しゃがんで拾い上げたのは、一振りのナイフと手鏡だった。それらを手にして、竹田は現状と見比べて一つの仮説を立てる。
「……
『竹田ちゃん、どうかした?』
「いいや。……しかし、こうなると早めにカタをつけないとこちらが危ないな」
『嘘でもいいから二人の心配しようぜ?』
「してるが」
『その顔と態度で!?!?』
「顔と態度は関係ないと思うが……?」
真顔で言う竹田に結月が驚く。それに小さく不満を漏らしながらも、竹田は飛嘉野に聞いた。
「ふぅん。春田クン、如月弦那を【破魔】で動けなくしたい。もう少し血を抜いても?」
「これ以上はちょっと……残りの血も、葉子たちに使う【福音】用に残しておかないと……とはいえ、彼が不死ならどちらにせよ勝ち目は──」
『いえ、彼は不死じゃないわ』
ふと、飛嘉野の懸念を蛇神が否定する。
『仮に【黄泉還り】の完成には100個の心臓が必要だとするなら、
『あ〜、どうせならあの二人のどっちかから抜き取った心臓を使いたがるかもってことね』
『この手の儀式系魔術は繊細なのよ。中途半端に止めている今なら、まだ倒せるわね』
口を挟んだ結月に頷いて続ける蛇神は、それからちらりと竹田を一瞥した。
「なんだ」
『どうするの? そろそろ、あなたが行動を起こすべき時が来たと思うのだけど』
「……ふん。知るか。私は余計な手間やらケガやら無茶やらをするつもりはない」
『ふぅん?』
「──ない。が」
竹田は一拍の間を置くと、六枚の姿見の向こうで見え隠れするように目まぐるしく動く二人と玄弥を見て、深いため息と共に拾ったナイフをプラプラと指でつまんで揺らしながら口を開く。
「……無茶をすれば勝てるなら、やるのも道理と言える。非常に億劫だし、二度も三度も痛い思いをしたいわけではないが、なにより今この場でアレに乱入できるのは私しか居ないしな」
「す、すみません、一般の方を巻き込んでしまって……私が、やるべきなんですが……」
血を抜かれて少しばかりふらついている飛嘉野は、申し訳なさそうな顔で言うが、竹田も頭を横に振ってその言葉に反応する。
「私からすれば春田クンの方が
『ンまぁ作れっけど。何に使うのさ』
ほい、と言いながら文字通りの片手間で特殊合金製の板を【
「保健さ。胸を貫かれたら流石に死ぬからね。さて、手短に今からやることを説明するぞ────」
──手数が多すぎる。
葉子とリオンの思考は一致していた。殺到する触手を捌きながら、時折接近してくる弦那の刀と手元の刀を打ち合い弾き、次いで葉子は斬撃の軌道に追従してくる触手の鋭い先端を避けきれずに、肩と脇腹を軽く切り裂かれ鮮血を漏らして後退りする。
【よくもまあ捌けるものだな。これまでの相手で、ここまで手を明かしたのは今回が初めてだ】
「ふーっ……。それはどうも」
葉子は思考する。既に【福音】は起動済み。新たに巫の──飛嘉野の血を用意してもらわなければ、傷を癒やせない。じわじわと追い詰められているが、かといって誰かを参戦させた所で、とも思案しながらも、それぞれが手元の刀の輝きと弦那の心臓を見た。
【刀月清】の効果の一つ、相手の弱点に反応して刀身が光る能力。露出した光る心臓と刀身を照らし合わせれば、自然と
「…………」
「────」
弦那を挟んで左右に位置する葉子とリオンは、声に出さずとも視線で意思を疎通する。すなわちどちらが
リオンを囮に、葉子が心臓を貫く。短く指示を飛ばし合う二人は、足に力を入れ────不意に屋根の上からギシリと軋む音を耳にする。
「……!」
割れた天窓から覗く影。頭上に立つ何者かが、その手にナイフを握り、弦那へと飛びかかるようにして飛び降りてきた。──しかし葉子たちの耳に届き、目で見えるということは。
【気づいていないとでも、思ったかァ!!】
「っ、ぐっ、ぉ……っ!?」
──それはすなわち、弦那にも察知されているということ。背中から伸びる触手が頭上に打ち出され、鋭い先端が手足を、そして腹を貫く。
「か、ぁ……ごぶっ……!」
空中に縫い止められ、ぼたぼたと血を垂れ流している人物が月光に照らされ、その姿を露にする。カランと床にナイフを落とし、腹の傷が原因で逆流した血を吐いているその人物は、竹田だった。
「竹田さん!?」
【ふん。非戦闘員の分際で、何を焦ったか……ともあれ先ずは一人……だ…………!?】
リオンの悲鳴を余所に、天窓から飛び掛かってきた竹田を縫い止めた弦那。だが降り注ぐ血をびたびたと浴びて、言葉を詰まらせ、動きを鈍らせていく。
──
【貴、様、まさか……!】
「ぶっ、ぐっ……
「竹田さんが、巫……!?」
「リオンちゃん!」
「──っ!!」
驚愕するリオンに、葉子が声をぶつける。咄嗟に駆け出し、半ば同時に、二人は胸側と背中側からすれ違いざまに刀を一閃。
前後から挟むようにして二振りの刀身が肉と骨を断ち、果たして、修復不可能なほどに心臓を刻まれた弦那は、刀を手から落として膝を突いた。
【…………最後の、最後で、【破魔】を使われる、か。……見事……なり……】
力が抜けていく体に伴い、頭上で縫い止める力も失った触手が抜けた竹田が、膝を突いた弦那の後ろにうつ伏せの姿勢で落ちてくる。
「ぐえっ」
「た、竹田さん……!」
「リオンちゃん、お願い」
「はい!」
受け身も取れずにビタン! と床に体を打ちつけた竹田を見て、葉子はリオンに声を投げかけて鏡の世界から真っ先に脱出させる。
一人残った葉子が倒れ伏した弦那に近寄り見下ろすと、彼は独りごちるように口を開いた。
【……俺には……なにが、足りなかった】
「──人に頼ること。ただ、それだけよ」
【そうか。…………そうか……】
葉子の言葉に、弦那は何かを悟ったような態度で、最後に穏やかな声を残して、その体を砂のように分解させる形で消滅した。
「死者には敬意を。お休みなさい、如月弦那」
やり方を、戦い方を間違えた一人の男が倒れていた場所に、葉子は信代から渡された刀を墓標の代わりに突き立てる。
ちょうどそこは、割れた天窓から月光が降り注ぐ場所で。もう誰の干渉も無い世界に、ただ一つ、刀だけが取り残される形で戦いは終わるのだった。
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