とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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鏡鏡鏡(さんめんきょう) 14/14

「──終わったわ」

『おーう、こっちも竹田さんの峠は越えたずぇ』

「やあ。死に損なったよ」

「……なんであんな無茶をしたんですか」

 

 姿見を跨いで現世に戻れば、床に力なく座っている竹田が片手を上げて言った。体に空いた穴は飛嘉野の【福音】で塞がっており、念の為にと服の下の肌には包帯が巻かれている。

 

「しなくていいならしないが、すれば勝てるならするさ。それにあの場にいきなり現れたのが春田クンなら巫血漿を早い段階で疑われるし、生き人形トリオは負傷していた。私が適任だったのさ」

「……まさか、本当に竹田さんが巫の末裔だったなんて……信じられません」

 

 矢継ぎ早の言葉にリオンが返すと、竹田は更に口を開いて言葉を続ける。

 

「実は姫崎信代の家で巻物を見た時点で把握していたんだよ。私の……というより()()()の祖先が巫だったことはね。だが、黙る方が得だった」

『それは、どうして?』

 

 続くソフィアの疑問に、竹田は淡々と返した。

 

「如月弦那は反射物越しにこちらに干渉できる。もし姫崎信代のところに向かったことや、幽鏡術や巫血漿について知ったことを知られてしまったら、向こうに策を講じる時間を与えてしまうだろう」

「なるほど、その懸念があったから黙るしかなかった……と。でも、夜の時点では既に、彼は私を操作して島で待ち構えていたんですよね」

 

 竹田の行動の合点がいった飛嘉野が、思い返すように視線を上げながら呟く。

 

「そうだ。それにヤツは自分で言っていただろう。『信代殿か。()()()()()()名だ、彼女は息災であったか?』とね。あの男は姫崎信代が現代に居たことも知らなかった。つまり我々が彼女の家に行ったことも、家で見聞きしたことも何も知らなかったわけだ」

 

 そこまで言って、竹田は深く息を吐いて体の力を抜く。傷は塞がっても【破魔】の為にわざと負傷した痛みと出血までは【福音】で無かったことには出来ないからか、飛嘉野よりも顔色を青くしていた。

 

『とりあえず明野町に戻らない? 竹田ちゃんも休ませないといけないし』

「そうですね。明日にでも全部終わったことを関係者に伝えて回らないと……そういえば、さっきこの展望小屋に、龍黒さんが入っていくのを見たんですけど、誰か見ていませんか────」

 

 と、そこまで言った葉子が、それとなく視線を周囲に向けると言葉を途切れさせる。

 なぜなら、気づいたときには飛嘉野の真横に橘龍黒が呆然とした表情で立っていたからだ。

 

「と、飛嘉野!」

「え? ……きゃっ!?」

 

 葉子の声と視線で異変に気づいた飛嘉野が、いつの間にか隣に居た龍黒の存在に驚き後退りする。

 

「……ようやく終わったんですね。皆さんも、元の日常に戻ることができる。おめでとうございます」

「あなた、今まで何処に……?」

 

 そう問われて、龍黒は葉子たちの背後を指さす。そこは先ほど姿見から飛び出した触手が打ったからか、壁の一部が衝撃で壁が崩れていた。

 小屋の裏手が見えるようになっているそこには、一人の男が倒れている。

 

「……うそ」

 

 その方向を見た葉子が、倒れた男を。男の遺体を見て、驚愕する。──それは、()()()だったのだ。

 

「龍黒さん、あなた……もう、既に……?」

「はい。俺はここでヤツと戦い、そして負け……今では魂だけの存在として、この世に留まっている」

『……! そうか、あんたは【炎陣】を使って御上裕一を焼き殺してるから、呪われてるんだ』

 

 ハッとした顔で言う結月に視線だけを向けていた龍黒は、それから間を置いて言う。

 

「最後に、俺の話を聞いてください。……俺の昔の名前は、()()龍黒。レノアとトーマは腹違いの兄妹だったんです」

「じゃあ、私が捜索を頼まれた『兄の御上』は、龍黒さんのことだったのね……。でも、なぜあなたが如月弦那と戦うことになったんですか? いったい、彼との間にどんな因縁があったんですか?」

 

 葉子が問いかければ、龍黒は苦い顔をして絞り出すように言葉を続ける。

 

「……レノアが裕一の汚職と、それによって殺し屋に殺された宮塚高樹の件を知ったのは、全ては如月弦那が仕組んだことでした。奴はレノアと接触して、裕一のしでかしたことを暴露したんです。それを知ったレノアは裕一の罪を糾弾しようとし、裕一の雇った殺し屋に殺され、そして俺が裕一を殺すところまで、それらは如月弦那の考えたシナリオだった」

「なんてことなの……」

 

 これまでの事件の全てが一つに収束していく感覚と共に、葉子たちは絶句する。それを余所に、龍黒は姿見のある小屋内の中央を一瞥した。

 

「そして奴は俺に決闘を言い渡してきました。あなた方にしたように、この場所で、と」

「ふぅん。そもそもなぜ、如月弦那はキミと戦うことを所望したんだ?」

 

 青い顔で龍黒を見上げる竹田の当然の疑問。それにも、彼は間を空けてから答える。

 

「御上家は、元々は明野村の家系でした。明野村……妖退魔の村では、代々その家系の長男を剣士に育てるという掟がありました。御上家の長男である俺は、奴から見れば村の家系の、最後の剣士だった。おまけに、この状態を見ればわかるでしょう? 良くも悪くも、俺には幽鏡術を扱う才能もあったんです」

 

 皮肉気味に口角を歪ませた龍黒は言う。

 

「奴は俺と戦うためだけにレノアを唆し、自身を恨むように誘導し、まんまと引っかかった俺は戦いを挑むも負けて、死んだ。それが昨日の夜です」

「昨日の夜……ちょうど僕たちが逃げてきた武蔵瑞稀さんと鉢合わせた辺りですね」

「それはおそらく、俺を殺したすぐ後のことでしょう。奴は俺との戦いでも満たされることはなく、ダム建設関係者を狙う過程で、その時その場に居たあなた方を次のターゲットに選んだんです」

『それはまた、運がいいんだか悪いんだか。よりにもよってイス人と神格と半吸血鬼を狙うんだからあの男もおバカさんよね』

 

 呆れ気味にソフィアが言えば、そこでようやく、龍黒も表情を和らげさせた。

 

「そのおかげで、奴は倒れた。まあ……死者に対してどうこう言うのもよろしくないですから、ひとまずここまでにして。皆さん、本当にありがとうございました。これでようやく消えることができる」

「消え……っ、そう、ね。幽鏡術の呪いは、望みを果たすまで現世に縛られること。あなたの心残りは、如月弦那を倒せなかったこと……なのよね」

 

 葉子が言葉の意味を察して表情を暗くすると、龍黒は彼女に問いかける。

 

「はい。それと、葉子さん。最後にお願いがあります。あの三面鏡を持っていますか?」

「え、ええ。持っているわ」

「その鏡は、俺が前にレノアとトーマにあげた物なんです。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()。もし会えたら、それを渡してください」

「……? え? ああ、はい……?」

「どうか…………お願い……します……」

 

 そう言われて、葉子は強烈な違和感に小首を傾げる。しかし眼前で龍黒の姿がどんどん薄れ、やがて消えていき、その場には静寂が訪れる。

 

「……トーマさんが、このあと来る?」

 

 葉子の疑問を余所に、果たして犯人は消え、明野町には平和が戻り、葉子たちは事件が終わったことを関係者たちに知らせて回る事となる。

 

 もう狙われることは無いと判明したあと、一度全員がそれぞれの場所に戻り、それから1週間が経った頃。飛嘉野からの連絡で、葉子たちと竹田たちは再び明野町に集まることとなる。

 

 その内容は、御上家のお墓に、墓参りに行きませんか? との話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──雨が降る昼ごろ、『御上家之墓』と書かれた墓石の前に全員が集まる。

 

「お久しぶりです」

「やあ。そちらも元気そうだ」

「……こんにちは、葉子さん」

 

 傘を片手に現れた竹田とリオンを見て、葉子は竹田の肩にちょこんと座る蛇神を確認した。

 

「どうやら、考えることは同じでしたか」

『この場に何人も傘差してたら邪魔だからねぇ』

『結局これが楽なんすわ』

「そっちはそっちでごちゃついているな……」

 

 葉子の両肩にもそれぞれ結月とソフィアがうつ伏せで乗っているのを見てか、竹田が表情を緩める。それから葉子は、竹田に問いかけた。

 

「……あのあと預けておいた幽鏡術と巫血漿の巻物は、処分しましたか?」

「ああ、燃やして灰を海に撒いたよ。あの村の剣士はもう居ないのに、巫の血の情報と幽鏡術が残っていれば、よからぬ連中に利用されかねない」

『例えば、連盟組織とかね』

「耳の痛い話ですが……まあ、こちらの組織は先ず間違いなく利用したがるでしょうから」

 

 ソフィアの呟きに、リオンはなんともいえない顔で小さく返す。

 

「それに、幽鏡術は精神力が高く魔術の才能がある者が使えば呪われてしまうからな。具体的な能力の基準(ステータス)が分からない以上、いっそのこと処分してしまう方がいい。これで、使えるのは我々だけだ」

「竹田さんは、まだ巫血漿は使えるんですか?」

「【破魔】と【福音】はなぁ……言ってしまえば巫の血液そのものが術式みたいなものなんだ、まだ普通に使えるよ。だが使う気はない」

『おたくの血が対怪物特化の魔術になるってわかれば搾り取られるもんねぇ。例えば連盟組織とかに』

「耳の痛い話ですが……まあ、こちらの組織は先ず間違いなく利用したがるでしょうから」

「それさっきも聞いたぞ」

 

 と言いつつ、やれやれと頭を振った竹田。その背後から、ぱしゃぱしゃという水を蹴る足音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「──すみません、遅れました」

「飛嘉野。さっき来たばかりだから大丈夫よ」

「なにかあったのかい」

「はい、実は皆さんに会ってほしい方がいて──」

 

 その言葉とともに横にズレると、後ろから前に出た女性が飛嘉野の横に立つ。

 

「……! あなたは……!」

 

 葉子が思わず口を開くほどに驚愕する。それもその筈だった。なぜならその女性は、御上レノアと瓜二つの女性だったからだ。

 

「この方はトーマ・レティシアさん。御上レノアさんと橘……御上龍黒さんの妹で、()()()()フランスから日本に留学してきたそうです」

「……トーマ・レティシアです。事件のことは、春田さんから聞きました。皆さんのおかげで事件も解決したと……ありがとうございました」

 

 トーマ・レティシア。フランス人。けれども拙い日本語で言葉を発する彼女に、葉子は問う。

 

「えっと、先日、というのは」

「おとといです。フランスで母が去年に亡くなって、姉のいる日本へ留学しようと思っていて……それでこの町に来たんです」

「…………失礼ですが、桐山探偵事務所という場所に心当たりは」

「……? いいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()けど……?」

「えっ」

 

 きょとんとした様子で小首を傾げる女性──トーマを前に、葉子は困惑する。しかし彼女が腕時計を左手に付けているのを見て、ふと違和感を覚える。前に事務所で出会ったときと、()()()のようだと。

 

「────!!!」

 

 そこでようやく、葉子は一つの答えにたどり着いた。あの日、事務所で出会ったのはトーマ・レティシアではない。アレは、妹の振りをした、幽鏡術の呪いで魂だけになった御上レノアだったのだと。

 

 レノアは、明野町の事件と如月弦那の思惑、御上家の問題、兄と妹の危機。それらを解決するために、桐山探偵事務所を頼ったのだ。

 

 事情を事細かに話さなかったのは、あの段階で自身が殺された被害者であることも、幽鏡術の存在も、明かせば怪しまれると思ったから。

 そしてレノアは御上裕一に殺された宮塚晶の父親のことも調べてもらうために、彼女の名前を出して桐山与一に助けられたと嘘をついたのだろう。

 

 全ては、町のために。兄のために。妹のために。親友のために。悪意に真実を隠されないように、明野町の外から部外者を呼び込むために。

 

 ──御上レノアは、楠木葉子への依頼を以て、望みを果たして成仏したのだ。

 

「……ああ、そういう事だったのね」

「? どうか、されましたか?」

「────。いえ、事件の解決に手を貸せて良かったです。レノアさんも龍黒さんも、この先あなたが無事に過ごせることを望んでいるでしょう」

「……そう、ですね。……本当なら、生きている二人に、会いたかったけど」

 

 しゅんとするトーマに、そういえばと、葉子は懐に手を入れて物を取り出す。

 

「そうだ、これをあなたに」

「これは?」

「お兄さんから、渡してほしいと」

「……これは……あのときの鏡?」

 

 一旦、全員で屋根のある場所まで移動して、傘を閉じてから渡された物を受け取る。

 事前に飛嘉野から聞いていたとはいえ、当たり前のように動いている人形3体に一瞬ギョッとしながらも、渡された手鏡──三面鏡を開いて、それからポケットから取り出した1枚の写真を、中に挟まれていた焼け焦げた写真と重ねた。

 

 それは、15年前に撮った龍黒とレノアとトーマの写真。その2枚を重ねて、鏡を閉じ、胸元で優しく抱いて、トーマはポツリと言う。

 

「……やっと、私たち三人が、一緒になれました。もう、二度と……離れません……」

 

 苗字が変わり、離れ離れになり、時間が経ち、事件に巻き込まれて亡くなった。そんな、もう二度と会えない二人と再開したトーマを横目に、葉子たちはそれとなく雨音が消えゆく外を見やる。

 

 ──果たして、悲しみを洗い流す雨は、役目を終えたかのように降り止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──いつかのどこか、明野町の事件から数ヶ月後。いつも通りに面倒な事態を乗り越えた探偵たちの集う事務所に、トーマからの一通の手紙が届いている。

 

 それを開き、読み上げたのは。果たして葉子か、ソフィアか、結月か、はたまた。

 

 

 

【──お久しぶりです、お元気にしていますか。私は現在、姉の通っていた大学に進学しました。

 宮塚晶さん……姉の友達から、姉の話が聞けることが、とても嬉しいです。

 それと、例の事件の実行犯との裁判がありました。私だけでは分からない事だらけでしたが、心優しい弁護士のお兄さんが親身になってくれました。

 あとから刑事さんたちに聞きましたが、犯人の逮捕には皆さんが協力してくれていたんですね。

 あと、明野町の港近くにある美容院でアルバイトを始めてみました。まだまだ日本語を勉強中の私に、店長さんは優しく教えてくれています。

 みんな優しい人ばかりで、この町でもやっていけそうです。本当に、ありがとうございました。

 また改めてお礼がしたいので、是非みなさんでまた、明野町に来てください。

 もっともっと色んなことを話したいし、みなさんからも、色んな話を聞きたいです。

 

 ──トーマ・レティシアより】




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