とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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アニマ・リメンバー・ミー 3/3

「──丞久」

「秋山か」

 

 ガサガサと茂みを掻き分けて現れたのは、片手にリボルバーを握った秋山だった。それを見て、丞久は構えていた刀を魔力に分解して手元から消す。

 

「ったく、あのクソガキ……人のことをおもちゃみてえに振り回しやがって」

 

 まだ付着している気がする土を払いながらぼやく丞久に、秋山もまた後ろ手に【要請(コール)】用の要請機の調子を確かめながら口を開く。

 

「お前の方でもやられたみたいだな。……あいつの回転と押し引きの出力はおかしすぎる。白百合の親玉だからああなのか?」

「……つーか、私と真冬の方で殺り合ってた頃にお前らの方にも居たんだよな?」

「ああ。──まあ、白百合自体が複数人居るんだから、白百合ショウも複数人居たところでさほど違和感は無いが…………あん?」

 

 そう言いながらふと頭上を見上げた秋山と、その動きに釣られた丞久は、上空で魔力の波が弾けて拡散する光景を目の当たりにした。

 

 ──直後、その魔力が体に触れ、丞久の全身が異物感によってぞわりと怖気を感じ取る。

 

「うおっ」

「なんかあったか?」

「秋山お前……不感症?」

「しばくぞ」

「う゛お゛っ゛」

 

 と言いながら、秋山はつま先で脛を蹴る。蹴られた脚を押さえて片足でぴょんぴょん跳ねる丞久は、その場で半回転した辺りで、その先に立つ二人の男女の顔を見て、不自然な程に動きを硬直させた。

 

「────。────、あ?」

「……? どうした?」

 

 秋山も丞久の視線を追って、その人物たちを見やる。そこに立っていたのは、ごく平凡といった壮年の男性と女性。──けれどもその顔や雰囲気は、蹴られた足を下ろし、表情をそぎ落とした顔で、その両手に刀を【召喚(コール)】している女と、よく似ていた。

 

「たす「知ってるかぁ、秋山」

 

 反射的に呼び止めるよりも速く、丞久は状況を理解していないかのようにきょとんとしている二人の首を刎ね、力なくうつ伏せに倒れた背中側から心臓を貫くと、木屑のように崩れて消滅するのを無表情ながらに眺め、その瞳に怒りを宿しながら秋山に言った。

 

「──死んだ人間は生き返らない」

「知り合いか?」

「……さァな。私に【黄衣の王(ハスター)】なんてもんが宿った所為で殺された、どっかの誰かさんだろ」

 

 自虐気味に口角を歪ませて、丞久はその場から離れるように歩き出す。

 その後ろをついていく途中、秋山たちは今の光景を攻撃だと仮定して、一つの結論にたどり着く。

 

「……さっきのアレが白百合ショウの嫌がらせだとして、与一がやられるのはマズイんじゃねーか?」

「だろうな。あいつこういうのめちゃくちゃ効くだろ。それも出てくるのが死人だとしたら──」

「…………」

「…………」

 

 二人で顔を見合わせて、示し合わせるかのように、ほぼ同時に駆け出していた。

 

「合流を急ぐぞ丞久!」

「……うおおお与一ぃーーーーッ!! お前は今どこで何をしているんだァーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──同時刻。遠くから聞こえてくる女の怒声を頼りに歩を進めている金髪の少女と女性が、気まずそうな雰囲気で距離を空けていた。

 

「うおおお与一ぃーーーーッ」

 

「あっちか」

「あっちですね」

 

 二人──真冬と白百合は、だだっ広い人工森林の中を歩くと、一度気づいてしまったがゆえの強烈な違和感に顔をしかめる。

 

「戦闘中は忙しくて気にならなかったけど、やっぱ変な空間だな。森を模してるのに草木と土の……自然の匂いが全くしない」

「ですね。……ここがどこか隔離された室内だとして、なぜ鍵を使って出た先の空間がこんなところだったのかは……本人(ショウ)に聞くしかありませんか」

「だな」

「…………」

 

 ぶっきらぼうな返事と態度で前を歩く真冬の背中を追う白百合は、気だるげにため息をつく。

 

「まだ怒っているんですか」

「あ? ……っ、っ! …………いや、別に」

 

 真冬は足を止めると、その言葉の真意を察して、荒らげそうになった声を喉に堰き止める。

 

「……わかってんのよ。アレがあんたなりの優しさだってことくらいは」

「まあ、目の前でバラバラにしたのは配慮が足りていませんでしたね。それでも──思ったんですよ、その人にとって大事な人物であるなら、例えそれが偽物だとしても、本人に殺させるべきではないと」

 

 白百合の言葉に、真冬は視線を逸らす。彼女が不機嫌な理由、それは単純に、目の前にかつて()()()()()()()()が現れ、その直後に偽物だと見抜いた白百合が即座に殺害したからだ。その即断即決に至った理由はわかるが、納得ができるかは別の問題だった。

 

「……白百合ショウは何が目的であたしらにこんなことしてんだかなァ」

「確認でしょう。我々の()()()の確認」

「っていうと?」

「恐らく『白百合(じぶん)』以外との関わりが殆ど無いところに私たちが侵入してきたわけで、だから確認したかったんですよ。自分以外の人間に、『自分以外の人間』という思い出が存在するかどうかを」

「…………。わぁ……っかんねぇ〜」

「ただ、疑問点があります」

「これまでにもあったけどな」

 

 真冬の小言をスルーして、白百合は再び声の主の元に急ぐように駆けながら続ける。

 

「ショウは、()()はあっても()()が無い」

「……そうだったか?」

「思い返してもみなさい、ショウは初手であなたと秋山さんを私たちの元から引き離してきました。なぜ、()()()()()()()()()()()のですか」

「────。まあ、確かにそうか」

「それにあの回転と引力と斥力、出力がおかしい。あのレベルなら、大抵の物体を触れずにバラバラに引き千切れるはずです」

 

 自分や対象、その周囲、あらゆる起点を元にした干渉を自分の身で味わったからこそ、真冬は白百合の推察に合点がいく。すなわち、手加減されていたという事実を理解せざるを得ない。

 

「白百合ショウが何をしたいのかとか分からんことの方が多すぎて面倒くさいな……つーか、さっきから丞久さんはなんで与一の名前呼びながら爆走してんだよ、こっちの身もなれっつうの」

「さあ? ただまあ、さっきの死人の複製は、恐らくあなた以外もターゲットにしている筈ですから、彼女も与一さんも狙われてるはず…………」

「…………」

 

 白百合と真冬は、並走しながら思わず顔を見合わせる。それから嫌な予感を抱き、速度を上げた。

 

「──まずい、あいつたぶん、この手の精神攻撃めちゃくちゃ効くぞ……!!」

「与一さん、意外と繊細ですからね……」

 

 

 

 

 

 

 

 ──不意に鼻がむず痒くなり、くしゃみを1つ。

 

「うっぷしゅ!!」

「大丈夫ですか?」

「ああうん、平気。たぶん先輩たちが噂してるんだと思う」

 

 先程の人工森林の一角にて発見した扉で、一足先に脱出したことに多少の罪悪感はあれど、偽物(イデア)の始末に失敗した以上は合流することは出来ないからと、二人で扉の奥を探索するべく歩く途中。

 

「よろしかったのですか、明暗丞久らとの合流を優先しなくても」

 

 長い階段を上がり続けて数分、イデアはこちらにそんな風に問いかけてくる。

 

「仕方ないさ。これがショウの攻撃だとして、偽物を殺せずにこうして連れ歩いている俺が、みんなと合流なんてしたら大変なことになる」

「そうでしょうか」

「……あの人たちなら、きっと俺の代わりにイデアを殺そうとする。偽物であることを自覚してるイデアも抵抗はしないだろうさ。でも俺は、それを大人しく見ていることが出来ないことも自覚している」

「お仲間たちとわたくしでは比べるまでもないと思われるのですが」

「そうだな。比べるまでもなく、比べるべきではない。それだけだよ」

「…………そう、ですか」

 

 イデアはこちらの言葉に複雑そうにしながらも、緩んだ頬を引き締めるようにもちもちと両手で捏ねる。そんな様子にこちらの頬も多少緩みつつ、やがて最上階に繋がるのであろう階段の切れ目と扉を視界に収め、警戒しながら外へと脱出した。

 

「……ここは」

「どこ、でしょうか」

 

 外に出て最初に感じたのは、乾燥している嫌な感覚。そして、不自然な程に澱んだ空気。

 扉を開けた時の、室内と外との差で一瞬起きた空気の流れは、その扉を閉めた瞬間にピタリと止む。待てども待てども一向に感じない()()から、この場の……()()()()の状況を、嫌でも察してしまう。

 

「──この世界はな、()()()()()()んだよ」

「……っ! ショウ……!」

 

 頭上から聞こえてくる声。屋根の一部に腰掛けていたショウが軽やかに降りてくると、屋上の外へと視線を移してあっけらかんと言う。

 

「この建物は、この世界のあちこちで造られたシェルターの1つだ。地下15階、地上5階、数万人は収容できる、無駄に広い……棺桶だ」

「地上5階?」

 

 その言葉に違和感を抱き、それとなく下を見下ろす。……そう、違和感の正体。地上5階と言うには、地面と屋上の位置が近すぎるのだ。

 

「ああ、それは地面じゃない、砂だ。もう風の流れすら起きなくなっているから分かりづらいが」

「砂……?」

「言っただろう、この世界は終わっている。生物は死に、水は干上がり、空気は澱み、そして──土にすら水気が失われ、砂漠化が進んだ」

 

 そこまで言われて、ようやく建物周辺から、辺り一面に意識が向く。薄気味悪い赤紫の空、砂漠化した地面、風化したビル群。──言葉通りの意味だった。この世界は、終わっている。

 地面と屋上が近いのは、単純な話だった。長い月日の果てに、砂漠化した地面が積み重なり、建物を覆っていったのだろう。

 

「……お前がグレイを倒したんだろう」

「ああ」

 

 と、そこで、不意にショウはそんなことを問いかける。つまらなそうに、諦めたように、気だるげに、投げやりに問いかける。

 

「あいつは納得のいく敗北を欲していた。私も同じだ、無理難題を果たすための努力の最果てで、諦めるための理由を欲している」

「……つまり?」

「──お前らは、まさかとは思うが、私の【遍在】による白百合を生み出す行為が無限に行える魔術だと思っていないか?」

「違うのか?」

「全然違う」

 

 そう言って、ショウは両腕を広げる。この世界の最悪さを見せつけるように。それからさらりと、彼女は我々にこう言ってみせた。

 

「この世界は、果ての果て。私以外の生物は居ない。白百合を作るためのリソースがもう無い。だからやり直すんだ。【復元】の異能を手に入れた私は、これからお前たちを殺して魔力を奪う」

「お前……」

「さあ、始めようか。ここが終着点となるか、出発点となるかは、戦いの結果次第だ」

 

 ショウは力強く握った手を地面に向け、思い切り上げる。その動きに連動して、ふと──地面が揺れたかと思えば、この建物全体が大きく揺れ、地面から無数の巨大なムカデが現れ、シェルターを破壊するかのように殺到していった。

 

「っ──イデア!」

「与一様!?」

 

 咄嗟にイデアを横抱きに持ち上げて【韋駄天】を軌道。建物から離れるように跳び出して離れた位置の砂に埋もれたビルの屋上に着地すると、いつの間にやら追従していたショウも同時に着地。

 

 するとショウは、さっきまで中に居たあのシェルターが何匹もの巨大ムカデに破壊されていく光景を横目に、こちらに声を投げかける。

 

「この世界が終わった原因はなんだったか……そう、日本のどこかで変異した細菌だかウイルスだかによるパンデミックだったな」

「──なに?」

「それから沢山死んだし、沢山殺し合った。……聞き覚えがあるんじゃないか?」

「ま、さか……」

 

 イデアを降ろして手元に作った【門】から妖刀を引っ張り出しながら、ショウの話に強烈な既視感を覚えて冷や汗を垂らす。

 

「──そう、ここは未来だ。全てが終わった未来。さらに言えば……未来人や生き人形、シスターや灰色(グレイ)が居なくなって、加速度的に終焉へと向かおうとしている、『先』が存在しない未来なのさ」

 

 そんな風に言うショウは、自身を軸にした魔力玉を周回させながら、後ろ手に向けた手で何かを掴む動作を取り、重いものを引っ張るように力を入れて思い切りこちらへと投げるフォームを取る。

 

「──! 与一様!」

「なん、うぉおおっ!?」

 

 果たして、その動きに文字通り引っ張られて砂漠化した地面の下から掘り返され現れたのは、墜落して風化した飛行機だった。

 

 

 

 

 

『続』




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