とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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星を砕く者 1/4

 ──本来の時間軸において、パンデミックが起きる以前から、白百合(ショウ)はイギリスの銀の黄昏教団に所属していたマスター候補の魔術師だった。

 

 魔力や生命力といった『エネルギー』を吸収し、自身に還元したり、別のカタチに形成し直せる特殊な異能を持ち、やがてはクトゥルフ復活や不老不死の成就に役立てるだろうと有望視されている。

 

 しかし、パンデミックによる未曾有の感染者・死者を続出させたことで、魔術師であろうと関係なく危機に対処しなくてはならなくなり──そこで事件が起きる。それは黄昏教団幹部が、混乱に乗じた組織内の裏切りによって虐殺された事件だった。

 

 何者かは幹部全員の殺害及び、クローン技術の核である重要部分のみを奪い、教団から逃走。幹部不在の状況でパンデミックの対処をせねばならず、教団は当然の結果として、程なくして壊滅。

 

 人類含む生物の99.9%が死滅した現在、当時の犯人が誰だったかを明かす術は、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 ──唐突だった。それはシェルター内の森林を模倣した区画を襲う地震……否、無数の巨大ムカデの襲撃によるフィールドの崩壊。

 かつては地面だった砂をまき上げ、剥き出しになった地下部分含む高層ビルと化したシェルターは、竹を割ったように真っ二つになり片方が崩壊。残った側の一角で、気絶していた秋山が目を覚ます。

 

「ぅ、ぉ……」

 

 無臭である地面の模倣物質の上でうつ伏せに倒れていた秋山が、右腕の()()()()()ことに違和感を覚えながら左手で体を起こす。

 

「っ……何が、どうな……っ、そうだ、ムカデの群れを……対処しようとして……」

 

 合流した真冬と白百合、近くに居た丞久と共に対応するべく、即座に【要請(コール)】した小型レールガンで纏めて射抜こうとした所までは覚えている。しかし、電車もかくやと言わんばかりのムカデの群れが殺到した辺りで、記憶が飛んでいた。

 

「丞久……は放っておけばいい、有栖川真冬と白百合も……まあ、いい。白百合ショウ、舐めやがって……そんなにレールガンを食らいてえか……」

 

 苛立たしげにそう言いながら立ち上がろうとする秋山は、右手に持っているはずであるレールガンを杖にしようとして、カクンと力を失い膝をつく。

 

「……あ?」

 

 違和感の正体を辿るべく顔を向けた先にあったのは──否、()()()()のは、右腕。

 

 それとなく周囲を見回せば、視界の奥……真っ二つになったことで外が見えるようになったシェルターの断面付近に、近未来的なデザインのライフルと、それを握っている右手と千切れたスーツに包まれた腕が、剥き出しのケーブルに引っ掛かっている。

 

「────。おい嘘だろ……」

 

 そして、何度目かの揺れによりケーブルがぐにゃりと動き、ズレた勢いを止められずにレールガンと右腕が一緒に落下していった。

 

「あーあーあー。……ちっ、細波!」

「はいはぁい。うわ痛そう」

「いま落ちていった俺の腕とレールガンを拾って屋上に来い、援護が必要そうな奴を探す」

「それはいいんですが、大丈夫なんですかね? こんなところで腕なんか落としてしまって」

「数時間以内までなら連盟組織の医療技術で問題なく繋ぎ直せる。時間の勝負だ、行け!」

「仕方ないですねぇ」

 

 ずるりと現れた細波青井に指示を飛ばしつつ、とぷんと地面に沈んで消えていく光景を横目に、秋山は左手で腰に装着していた要請機が無事であることを確認して、その手にリボルバーを【要請(コール)】する。

 

「……っ、ふぅーっ……」

 

 出血と痛みでの目眩を堪え、秋山は上に向かう道を探そうと駆け出す。

 

 巨大ムカデの襲撃によって崩壊したシェルターの断面からおおよその構造を予想して、腕一本分の重量が崩れた動きでふらふらと走る秋山は、周囲の木々から感じ取る生物の気配に意識を向けながら、リボルバーを握る手に無意識に力を入れる。

 

「とにかく、外の状況を知らねえとな……」

 

 そう言ってから、秋山は振り返ると同時に、飛び掛ってきたムカデに銃口を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──白百合ショウ。彼女の恐ろしいところは、【回転】【引力】【斥力】を、いつ・どこで・誰に/何に・どの程度の加減で使うかを適宜細かく調整できること…………()()()()()()

 

「そぉ……らァ!!」

「ぐおっ、ごぇ!?」

 

 ズドン……!! という重い打撃。こちらの鳩尾にそれを発生させているのは、ショウの女の子らしい細腕から放たれるシンプルなパンチ。

 

 異能の汎用性と力加減なんてモノは単なる戦闘センスの高低でしかない。ショウのあまりにも厄介な部分は、超高密度かつ質の高い魔力と()()が影響を及ぼしていて異様に高い肉体の強度。そして、その手足から繰り出される打撃の重さにあった。

 

「ぶぇえっ」

 

 振り抜かれた拳で吹き飛ばされたこちらの体が、宙に浮遊する幾つもの残骸を貫通し、当たり前かのように浮いている飛行機の胴体部分にめり込み、中の椅子を薙ぎ倒してようやく止まる。

 

「げふっ、おぇ……これは、あれだな、単なる打撃の重さだけじゃないな……」

 

 宙に浮かぶ廃ビルの壁や飛行機、スプーンでくり抜いたような道路(アスファルト)の塊などの残骸を足場にしていたから、というのは別として。

 これは恐らく殴る瞬間に【引力】で引き寄せて擬似的に車の正面衝突のような状況を作り、殴り飛ばす時は逆に【斥力】で押し出しているのだろう。

 

「与一様っ、ご無事ですか!」

「まぁ〜〜……まだまだ、骨と筋肉が軋んでるだけ。しっかし、とんでもないな。パワーで押し切られる。新幹線とぶつかり稽古してる気分だよ」

 

 と、思案しているところにイデアの声が割り込む。飛行機の中で風化した椅子に腰掛けていたこちらを心配するように、彼女は【召喚(コール)】した大剣がごとき大振りのチェーンソーを片手に駆け寄ってきた。

 

「ったく。──イデア、シェルターに戻って真冬たちに手助けしてやってくれるかい」

「こちらは? まさか、一人で抑えるのですか」

「向こうはどうにもイデアに手を出す気が無いっぽいし、俺をご指名なら応えるのが礼儀だからねぇ。それに、向こうは向こうで危なそうだ」

 

 視界の端に映るシェルター。巨大ムカデ数匹が周りを周回している時点で異常だ。先輩や秋山さんたちも居ながら、()()()()()()()()()()()? 

 不意打ちの所為で後手に回らされているなら、それは恐らくこちらが偽物(イデア)を連れていることを知られないようにと個人行動したのも原因の一つだろう。その尻ぬぐいをさせる罪悪感はあるが────

 

「イデアが行けば、死んでることを知ってる真冬たちにキミが偽物であることはバレる。俺が任せて向かわせたことをすぐに話すんだ、いいね?」

「……はい。お気をつけて」

 

 逡巡するように短く頷いたイデアは、呟くように言ってから、機内から飛び降りていく。

 

 

 

「──ふん。ようやく二人きりだな」

 

 それを見計らったのか、イデアが消えた数秒後に、天井を突き破ってショウが着地する。

 

「悪いな、付喪神と悪神が居るから四人だ」

「冗談だ。私としてはな、例えお前の記憶とこちらの素体で【遍在】させた偽物とはいえ、自分の遺伝子を使ったクローンには多少なりとも愛着があるからな。イデアには手を上げたくないのだな」

「……お前がV.I.Pに人造神格を提供した張本人だったのか」

「少し前まではな、この世界の魔力(リソース)を割いてそっちにも行けたのだ。今ではその余裕もないから閉じ籠もっていたのだが」

 

 そう話しながらそれとなく立ち上がると、ショウが自身の両手をこちらの両サイドに伸ばしてクロスさせるように振るう。

 すると【引力】の引き寄せと【斥力】の押し出しで無数の椅子が殺到し、それらを妖刀の峰と握っていない方の手で払った直後、隙を突いた前蹴りが飛んできてそれを受け止めるが、少女の体躯からは予想できない重さの足がめり込み数メートル下がらせられる。

 

()っっっ、もぉ……!」

「デリカシーの無いやつだ」

「そういうの気にするタイプじゃないだろ!」

「昔はそうだった。昔は、な!」

「づぅおぉっ!?」

 

 続けてドンッドンッドンッ! という重い蹴りを連続で叩き込んでくるショウ。

 最後の一発を防ごうとした腕が【引力】で引かれてズレ、側頭部に蹴りがモロに刺さって窓枠ごとガラスを粉砕して外に叩き出される。

 

 ちょうど翼の部分に飛び出せて受け身を取り、天井を破って宙を大きくカーブして上から飛来してくる魔力玉を避け、別の残骸に跳ぼうと跳躍したが、追従して外に出てきたショウが翼に手を翳すと、バキバキと音を立てて飛行機の胴体部分から引き剥がすようにへし折れてそのまま流れで振り被ってきた。

 

「吹、き、飛べェ!」

「俺はテニスボールじゃねぇっ!」

 

 もぎ取った翼を、器用に【引力】と【斥力】で引き寄せと押し出しを同時に使うことで、ラケットよろしく『面』で振り抜いたショウ。

 こちらも咄嗟に妖刀を鞘に収めて魔力をチャージし、2秒の()()で魔力を線状に解き放つ。

 

「チャージ2秒、一閃……!」

 

 鞘から抜き放つ一閃と返す刀での上段斬り、合計2本の細い斬撃が翼を4つに切り裂き────割れた翼の奥から、円盤状に潰され高速回転する魔力玉が高速で飛来してきて反射的に刀身で受け止める。

 

「くぅ、ぉ……!?」

「今のは少し焦ったぞ……!」

 

 どういう原理かは不明だけど、恐らく【引力】か【斥力】で体を浮かせているのだろうショウが、魔力玉を切り捨てたこちら目掛けて凄まじい速度で跳び蹴りの姿勢のまま突っ込んでくる。

 

「っ──【禍理の手】」

 

 空中で幾つもの『手』を束ねて盾にした、数秒後。果たして大型トラックが全速力で突っ込んできたよりも重く鋭い衝撃が発生し、こちらの体が限界まで引き絞ったパチンコ玉のように吹き飛んだ。

 

 

 

 

「……ぅぉぉ……今日の俺はよく跳ぶなぁ〜……前世がゴムボールだった可能性が出てきた……」

【厄介ねぇ、あの引き寄せと押し出し能力】

「九十九先生、ヒントください」

【私に聞くほど切羽詰まってるのね】

 

 かつては会議室だったのだろう、長い年月で見る影もないビルの一室に叩き込まれ、全身の軋みと痛みでだらりと四肢を投げ出し仰向けに倒れたまま。

 

 気だるげにそう問いかければ、片手に握る妖刀の刀身から、ため息混じりに声が返ってきた。

 

【通常、他人の体に異能や魔術……魔力由来の効力を発揮させるのは難しいのよ】

「それは……なんでだ?」

【なんでって、そりゃあ、自分と他人の魔力は水と油……反発し合うエネルギーだからよ。それはショウの力も例外ではない】

「つまり、あいつの【回転】や【引力】、【斥力】が俺たちの体を吹っ飛ばせるのは理由がある?」

【正直、言いたくないのだけど。考えられるのは──1つだけあるわ】

 

 一拍置いて、九十九は言う。

 

()()()()()()()。通常の限界を超えた出力で異能や魔術を使うことで、相手の体……厳密には体内の魔力との衝突の際に発生する抵抗力を上回るパワーが出せる】

「──逆に言えば、俺も魔力を過剰に放出していれば抵抗できるのか?」

【って言うだろうから言いたくなかったのよ】

「……?」

【…………。はぁ】

 

 こちらの言葉に九十九が呆れを混ぜた声色で返すと、諦めたように続けた。

 

()()放出、って言ったでしょう? 限界を超える出力で魔力を生成する魂の勢いに、器の方が耐えられない。生成量より消費量が上回り、やがて肉体は崩壊してしまうわ】

「……ちょっと待て、過剰放出で異能の威力を上げているなら、ショウは……」

【放っておいても勝手に死ぬんじゃない?】

「────」

 

 あっけらかんとした物言い。確かに九十九からしたらショウは単なる敵だ、けれども。

 

「放っておけば死ぬような無茶な戦い方をしてきたのは、なんでだ?」

【さあ?】

「──グレイと同じなんだよ。自分でも言ってただろ、納得のいく負け方をしたいって」

 

 倒れていた体を起こし、妖刀を握り直して、こちらもビルの壁に空いた穴から外を見やる。

 

「もう止まれないんだ。全力で戦って、勝てればそれはそれでいいし、負ければもう言い訳をする必要もない。……全力を出さざるを得ないくらい、いま、ショウは心が追い詰められているんだと思う」

【…………。はぁ〜〜。あなたは碌な死に方が出来ないとは思っていたけど……】

「まあ、大丈夫だろ。俺が居なくても先輩たちがあとのことは何とかする」

【どうかしらね】

 

 心底呆れきった声を出しながらも、反対はしない。所詮は道具に過ぎないと割り切っているからか、はたまた。ともあれやることは決まった。

 イデアだって居るんだ、シェルターの方に行ってて見えてないとはいえ、ショウの自滅待ちなんていう情けない戦い方は出来ない。

 

 それに、別に負けるつもりも死ぬつもりもない。最初から負けると思いながら戦うやつは馬鹿だろう。ショウもグレイも、勝つつもりではあるのだ。

 

「それにほら、俺が死んでイゴーロナクが顕現するとしても、どうせ【門】を閉じれば俺だけをこっちに閉じ込められるんだから死んでも問題ない………………あれ、【門】って、無事だよな……?」

【どうかしらね】

「……うおおお無事であってくれーーーー!!」

 

 

 

 

 

 そういえばと、ここに来るのに使った【門】がシェルターの中にあったことを思い出し、早急に決着をつけなければならない理由が増えたことを確認しながらビルから飛び出すのだった。




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