桐山与一たちが現れた森林模倣区画よりも1つ上の
無機質かつ統一された長屋のような一軒家が等間隔に並べられたその空間は、巨大ムカデの群れの襲来によりシェルターそのものごと真っ二つに割られており、残った方である辛うじて形を保てている部分では、幾つもの轟音や金属音が奏でられている。
「【──ルルルルォォラァア!!!】」
その一部で、轟音に紛れたエフェクトの掛かったような声色の怒声と共に、硬質化して骨のように変形した魔力を纏う女が、手のひらを向けて【斥力】を行使しているショウ目掛けて突進する。
「何度やっても無駄だ」
「【どぉ〜〜……う、かなァ!?】」
「む……」
押し返される勢いに対し、女──丞久は踏ん張り、逆に【斥力】を押し返す勢いで突進を止めない。止められないと判断したショウが【斥力】を解除し、空中の空気を対象にした【引力】で自身を宙に引き上げさせると、そこを狙って無数の火の玉が飛来した。
「ちっ」
舌を打ちながらも、ショウは火の玉に対して【回転】を使い、軌道をずらして素通りさせる。
着弾した玉が背後で爆発するのを尻目に、足元の空気を対象にした【斥力】で弾かれたように移動して数メートル離れた位置で着地した。
「やれやれ、惜しいですね」
「もっと気合入れて撃てよ」
「無茶をおっしゃる」
遅れて建物の屋根に着地した二人──真冬と、彼女の文句をいなす白百合が、いまだに傷一つないショウを苛立たしげな視線で見て丞久の近くに降りる。
「言っちゃあなんだけど、これあたしらだけで勝てんのか?」
「【あ゛ぁ〜〜問題ねぇ。むしろ攻め時だァ、ガンガン行くぞ】」
「……その心は?」
真冬の言葉に肩をぐるりと回しながら言う丞久を横目に、白百合はだらりと垂れ下がる自身の左腕を見てから、ため息をついて尻尾を揺らす。
「【どんどん押し引きと回転の出力が弱まってきてる。たぶん、相手の体に直接害を及ぼそうとしてるから通常以上に魔力消費が激しいんだろ】」
「あ〜……【浮遊】で人体浮かそうとするとコスパが悪い、みたいな話?」
いつぞやに聞いた話を思い出して口にする真冬に、丞久は頷いて返す。
「【そーそー。ってわけで、私がひたすら突っ込んで魔力を浪費させる……と言いたいところだが、外のクソデカムカデの対処もしねぇとこの建物ぶっ壊されかねないんだよなぁ。あと、さっきしれっと秋山が建物の裏を横切ってったから与一の援護でもしに屋上に向かったんだと思う】」
「一番重要な部分は先に話してくれませんか」
「【うるへ〜〜〜。まあそういうわけだ、お前らには外でムカデ共の相手をしてほしいんだが……せめてあと一人、私と一緒にショウの足止めをしてくれるちょうどいい駒が居ると助かるんだけど────】」
と、そこまで言った辺りで、不意に区画の端から自分たちの方へと何かが何かを蹴散らしながら近づいてくる破壊音を耳にして、丞久と真冬、白百合は、ショウ共々思わずそちらへと顔を向ける。
「【……誰だ?】」
「……なんだ?」
口を衝いて出た言葉が被り、丞久とショウが視線を合わせる。その中間に建物を破壊して突っ込んできたのは、巨大なチェーンソーを片手に足の裏でブレーキを掛けて急停止する金髪の少女。
「……ちっ、面倒な……」
「お前……!」
「【──化けて出やがったな】」
「…………。
少女──イデア。その姿を見て、ショウと真冬、丞久の三人が表情を硬くして、白百合だけが
「──与一様に任されて来ました」
「【イデ……っ! 私と二人で仕留める! 真冬と白百合は外の巨大ムカデをバラしてこい!】」
即座に思考し、判断を下した丞久が、そう怒声を張りながら【
それから舌を打つショウが何度目かの【斥力】で押し返そうと魔力を放出するのを見て、イデアがチェーンソーのグリップにあるトリガーを引いてエンジンを吹かしながら横に走り、建物の陰に隠れて轟音と共に裏へと回り込む。
「【ショウ、てめーの異能の弱点は使う種類と対象が増えるごとに出力が落ちることだ。だがそれはお前も偽物だから単純にスペックが低いってのもあるんだろうな。本体というか、主導権を握ってる方の白百合ショウは今頃、与一といちゃついてる頃だろ?】」
「……だったら、なんだ?」
双方から挟むようにした丞久の突進とイデアのチェーンソー。【斥力】で押し返し、イデアの背後を起点にした【引力】で引っ張り、それぞれを近づけないようにしながらショウは口を開く。
「【向こうからイデアが来たっつーこと自体は、
「……はぁ、だから面倒なんだ。知恵の回る狂人の相手をするのは」
「【ッハッハッハァ、こんな常識に富んだ聖人君子なんか中々居ないぜェ? まだまだこれからだ、もっと都会の遊び……『
「なぜこのような人間に師事した与一様が健全に育てたのか、不思議でなりませんね……」
全身の軋みと痛みを無視して【斥力】と押し込み合う丞久を見て、イデアの口からは、彼女への当然の疑問が無意識に飛び出すのだった。
──空間操作で足を置く十数センチ四方の箱形の固定空間を作り、【韋駄天】で蹴り飛ばすようにして宙を跳ねながらショウに接近。
手のひらを向けて放たれる【斥力】に、体外に勢いよく放出するこちらの魔力で抵抗しながらの一閃。刀を鋭く振り抜く動きを見て、ショウは異能での干渉が難しくなっている判断をしてか、空中の残骸から別の残骸へと横っ飛びで回避する。
「……魔力の過剰放出、死ぬ気か?」
「ご親切にどうも。その気は無いよ、さっさと勝てば浪費する必要もなくなるんだ。お互いにな」
「────」
体外に漏れ出ている魔力が浪費される感覚。体に必要なエネルギーが無意味に失われていく感覚。そして双方の魔力がぶつかり合い、互いの中間辺りでバチバチとぶつかり弾け、スパークする光景。
「──それも、そうか。なら仕方ない、ここからは……もう少しばかりルール無用で行くぞ」
「どーんと来い、お次はなんだ?」
【そういうこと言ってると……】
「…………。なんだ……?」
呆れ気味の九十九の声を余所に、こちらの意識が下に向かう。空中に居るから分かりづらいけど……地面が揺れている。
そう思った──直後、海でクジラが飛び上がってくるのもかくやと言わんばかりの勢いで、列車のように長く、ビルの壁程の面積の広さを持つ巨大ムカデが、こちら目掛けて突っ込んできた。
「うお……おぉいおいおいおい!?」
【ほら、こういうことになる】
一瞬ギョッとしつつ、その場から離れるように飛び跳ね、そのまま空中を泳ぐように移動してからとぐろを巻いて静止したムカデの背に乗ると、ムカデはその大口をこちらに向け…………、あれ、こいつ確か……レーザー撃てなかったっけ?
「──っぬぅおぉおぉおお!?」
嫌な予感の通りに、ムカデが向けた口から、束ねられた光が高速で射出される。
良くも悪くも光で伸ばされた影を利用して【禍理の手】を複数生成して体を囲って防ぎ、熱を気合で耐えていると、動きを止めた隙を狙ってか横合いから不意に頭をがしりと掴まれた。
「この距離なら過剰放出の影響は、薄い!」
「ぐっ……ごっ!」
ボゴォン! と空気が爆発したかのような衝撃。ぐわんと頭が揺れ、ムカデの背を滑るように吹き飛び、こちらの体が別の体節の部分に叩きつけられた。
どうやら痛みを感じていないのか、ショウの命令が優先されるのか、暴れられないのはラッキーだが……どうする、どちらを先に叩く。
「九十九、ムカデを斬る場合は何秒の魔力チャージが要る?」
【2……いえ、15秒ね】
「その間握りっぱなしか、まあ……やるしかない。優先順位はムカデが先だ」
九十九の助言を耳にして、妖刀を鞘に収めて魔力を流し込む。突然の納刀に眉をひそめるショウだけど、チャンスと見られたか、彼女は白百合がやるような魔力玉での物量攻撃に切り替えてきた。
「何をする気かは知らないが、停戦の受け入れをするつもりはないぞ!」
「可能なら穏便に行くのもやぶさかではないんだけどねぇ……っと……!」
そう言ってから踵を返し、ムカデの体節を駆け上がり、てっぺんを目指して【韋駄天】で加速しながら走っていく。恐ろしいことに速度に慣れてきたのか、魔力玉が少しずつこちらの体に当たるコースで着弾していくが……この程度はムカデの体躯には豆鉄砲らしく、あまりダメージにはなっていない。
「普通の生物ではない……この世界に居る生物はショウのみ、赤霧市でのあの生物といい、もしかしてこいつら同類の人造生物か……?」
【グレイを知っているあたり、あの女がショウから借り受けたと考えると合点はいくわね】
などと考えながら魔力を妖刀に流し込み続け、【韋駄天】の術式も維持しつつ、追いかけてくるショウの魔力玉の直撃コースから避ける忙しなさ。
──それも、あと数秒で終わる。【韋駄天】の起動を両足から片足ずつに切り替え、更に加速するべく一瞬だけ足を止める。
「む?」
「行くぞ、【韋駄天・改】!」
「……! 撃て!」
5歩限定の乗算加速。とぐろを巻いているムカデの体を足場に、こちらの体を瞬間的に超高速で宙に打ち出しては体節を蹴り砕き、跳ね、斜め上へと飛び上がっていき──ムカデのレーザーすらも後方に置き去りにして、遥か上空に抜け、姿勢を反転させて足の裏を置くように固定空間を形成して、込めに込めた魔力を細い線状に解き放つ。
「一閃・四連」
横、縦、2度の斜めの4連撃。アスタリスクのように重なった斬撃が上から下へと駆け抜けていって、ムカデの体を鋭利な刃物を押し付けた豆腐のように斬り裂いて行き、砂漠化した地面にすらも深い跡を刻み付けてようやく止まる。
一拍遅れて宙でバラバラになり落下していくムカデに巻き込まれないようにと近場の残骸に着地したとき、足の力が抜けて膝をつく。
「……っ! はぁっ、はぁっ……はぁ……っ!?」
【大丈夫? 深呼吸しなさい……!】
ショウに殴られ蹴られたモノとは別の原因の、強烈な痛みと疲労感。
この数十秒の間で行った魔力の過剰放出に加えて妖刀での斬撃、【禍理の手】を盾にしたり、連続した【韋駄天】の発動。これは……マズイな。
──単なる魔力不足じゃない、魂と器に致命的なダメージが入っているのを直感で理解できる。
「あ、とは……ショウだけだ……あいつ、どこに……「こっちだ」──がっ」
背後から聞こえた声。振り返りながら妖刀を振るおうとして、額に衝突する魔力玉に刹那の瞬間だけ意識が飛ぶ。気合で思考を取り戻して声と気配を頼りにおおよその位置に振り抜くが、それを避けられ──返す刀で翻した刀身が、ふと停止する。
「っ」
「なるほど、知性を宿す武器か。外付けの頭脳で並列思考されているも同じ、厄介だな」
ボヤけた視界がピントを合わせると、視線の先には刀身を水平にした両の手のひらで受け止めているショウの姿。続けての言葉と、刀身に向けられた圧力に、ぞわりと背筋に怖気が這い出てきて──手を離させようとするも、一歩遅く。
「……まずは、得物からだ」
「!! やめ────」
──半ばに一点集中で押し当てられた【回転】の瞬間的な圧力には、刀という伸ばされた金属の特性上、どうあっても耐えきれず。
視線の先で、バキンと、あっけなく、その刀身は真っ二つにへし折られた。
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