とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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星を砕く者 4/4

 ──視界の端で映る強烈な閃光。全員の目が眩んだ1秒にも満たない一瞬。その一瞬で、丞久の思考がショウを仕留めきるまでのルートを構築する。

 

「【真冬、飛ばせ! 白百合は私を潰せ!】」

 

 真冬の【虚空渡り(ヴォイドウォーカー)】を足元と頭上に繋がせながら、白百合の魔力玉に囲われて【重力制御】の中にわざと閉じ込められ、局所的に自身の重量だけを上昇させて、頭上に繋いだ出口から落ちる形で落下速度を加速させていく。

 

「【対・てめーの必勝法はただひとぉつ!! 私自身がァ……隕石になることだァ〜〜〜!!】」

 

 遥か上空から轟く怒号。馬鹿げた声と行動に反して、その勢いから察せられる威力には濃密な『死』が纏わりついている。

 けれども、その攻撃の致命的な弱点──落下地点が丸わかりであることを見抜くまでもなく理解し、ショウは呆れと面倒臭さを混ぜた顔でその場から離れようとするが、そこにチェーンソーを吹かしたイデアが割り込み全力で振りかぶった。

 

「行かせま、せんッ!!」

「ちっ……!」

 

 高速回転する刃が、ショウの手のひら十数センチ前で発生する【斥力】と衝突し、ギャリリリリリリリ!! という轟音を奏でて見えない壁を削らんとする。イデアに押さえ込まれたまま、ショウは苛立たしげに表情を歪めて声を荒らげた。

 

「いいのか? お前も死ぬぞ?」

「──構いません。わたくしはもう既に死んでいる身。わたくしとトレードであなたを始末できることには、なんのデメリットも無い……!」

「お前が構わなくとも、こちらは構う!」

「なっ……くあっ!?」

 

 据わった目でさらりと言い放つイデアに、ショウもまた向こうの自分(ショウ)()()()()()事を悟られないようにしつつ、【斥力】の出力を上げて吹き飛ばす。

 続けて走る動きを補助するように自身の背中や各関節を【斥力】で押し出し駆ける速度を跳ね上げるショウは、シェルターの屋上から飛び降りようと縁に置いた足に力を込め────

 

 

「よく言うだろ」

 

 

 ──ふと、そんな言葉が耳に届く。反射的に横目で後ろを見たショウの視界に入ってきたのは、丞久の落下地点の真下に足を運び、床が破壊されないように【虚空神話(ヴォイド)】の空間固定で補強している真冬の姿。

 

「切り札は最後まで隠してこそだって」

 

 そう言いながら、真冬は開いた両手を強く、()()()()()()。──瞬間、ショウの見ている景色が変わり、真冬の姿が消える。……否、真冬との立ち位置が、入れ替わった。

 

「────。なるほど」

 

 手を鳴らす動作を起点にした空間置換。()()()()()()()()()()()()使()()()()()()からこそ、全員の思考から消えていた選択肢。

 

 してやられた、そう脳裏で独りごちて、ショウの意識は上からの圧力に潰されて消えた。

 

 

 

 ──ッッッドンッ!!!! という爆発。屋上にぶちまけられた衝撃波を、真冬が空間固定の壁で、イデアが床に刺したチェーンソーの盾で、そして秋山たちを庇うように3本残った尻尾で体を床に縫い留めた白百合がそれぞれ防ぎ耐える。

 

 澱んでいた空気を掻き回すような暴風が砂を巻き上げ周囲に土煙を起こし、それも止めば、着弾地点の固定空間の床に大きな亀裂を入れた張本人──丞久が、【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】を解除していた。

 

「ん〜〜〜、まぁ〜〜〜。私らの役目は終わりかァ? あとは与一がなんとかすんだろ」

「あたしの【虚空神話(ヴォイド)】が無かったらこの建物ぶっ壊れてたんすけど、MVPに対してなんか言うことないんですかね」

「給料の交渉なら所長(よいち)とやれ」

「…………。はぁ〜……」

 

 ──こいつ本当に度し難いな。

 

 とは口には出さず、ため息をついて空間固定を解除した真冬は、ついでに【虚空神話(ヴォイド)】も解除しようとしたとき。ふと、イデアが焦った様子でチェーンソーを捨てて駆け寄りながら声をかけてくる。

 

「真冬様!」

「ん?」

「わたくしを与一様の方に飛ばしてください、時間がないのです……!」

「時間?」

「わたくしは白百合ショウの力で複製された偽物。発動者がこのまま与一様に倒されれば消える運命にあるとはいえ……やるべきことが一つあるのです」

「────」

 

 イデアの言葉に、真冬は先程の閃光が爆ぜた方角を見て、どうするかと逡巡するが。

 

「あの方は……いまだにわたくしが死んだことを重く受け止めてしまっている。与一様が前に進むには、きちんと別れを告げなければならないのです。お願いします、わたくしを与一様の所へ──」

「さっさと行きな、時間がないんでしょ」

「──ありがとうございます!」

 

 手をかざした先に開く【門】。魔力の都合上、最後になる【虚空渡り(ヴォイドウォーカー)】の向こうに消えていくイデアを見送って、真冬は汗を流しその場に座り込んだ。

 

「……っはぁ〜〜……マジでもうガス欠。魔力がすっからかんだわ」

「お疲れちゃん。私もさっきの落下で右足から変な音したからもう歩けねえわ」

「俺も左手だけでレールガン撃った所為で肩外れたからもう撃てねぇぞ」

「私も秋山クンが肩に置いたレールガンの電気で全身が痺れて動けません」

 

 その場に居る五人中四人のぼやきを聞いて、唯一立てている白百合が、苦笑しながら口を開いた。

 

「……もしかして、私が皆さん全員を運ばなきゃいけない流れですか、これ……??」

 

 

 

 

 

 

 

 ──こちらの右手が側頭部を殴り、ショウの膝蹴りが脇腹に刺さる。痛みを痛みで上塗りする、体を崩壊させながらの殴り合い。

 

「おぉおおぉおお!!」

「あぁぁああぁあ!!」

 

 意識が途切れないようにと、ひたすらに声を上げながら、殴り、蹴り、殴り、蹴る。

 

「っ、しぃ……!」

「ふんっ、おぉあっ!!」

「がッ!?」

 

 横に回り込む動きに合わせた裏拳を、更にダッキングで避けたショウが、こちらの膝裏を蹴って膝立ちにさせ、肘を後頭部に叩き込む。

 鋭い激痛と衝撃に、視界に火花が散り、カクンと力が抜けて床に手をつく。

 

「ッ、ぐ、ぉあ……!」

「……健闘した方だが、お前は忘れているな。私には、【復元】の異能があるんだぞ」

「────!」

 

 ぜえはあと大きく呼吸を荒くするショウが、そう言ってこちらを見おろしながら右手を掲げて魔力を集める。まさか、出来るのか? そんなことが? 

 

()()()()を【復元】する程度の魔力だけはある。無駄骨だったな、私の勝ちだ」

 

 疲労を隠せない顔を緩めて微笑を浮かべたショウを視界に収めながら、こちらもまぶたを閉じる。確かに、ここまでやってこんな結末なら、無駄骨だったな──と、視界を暗がりに閉ざして。

 

 

 

 

「……。…………?」

 

 ──どれだけ待っても、何も起きない。ショウにトドメも刺されない。それどころか、こちらの体の疲労と痛みの全てが消えた。

 

「…………。──! なん、て、ことを……!!」

 

 がばりと起き上がり、そこで気がつく。体の崩壊が止まったのは、こちらの方。それはつまり──ショウは、【復元】を自分に使わなかったのだ。

 

 ()()()()()も使い切ったのか、体のヒビ割れと崩壊の速度を加速させるショウの倒れる体を抱きとめると、腕の中で焦点の合わない目で空を見あげながら口を開く。

 

「マヌケめ。自分の体を治す異能や魔術なんてものはない。……そもそも、世界を直す異能? 使えるわけがないだろう。普通に考えて、あらゆるリソースが足りていないんだ」

「なんで、俺を治したんだ」

「お前には先があって、私には無い。……ただそれだけの話だ」

 

 体から命が抜け落ちていく感覚。ショウの顔も相まって、いつぞやの嫌な光景が脳裏をよぎる。

 

「……私の力で作れるのは、集めたリソースとイコールだ。人間一人分のエネルギーで作れるのは、人間一人分の質量まで。……あのビルほどの大きさのムカデを作るのに、いったいシェルター内の人間何千人分が必要になると思う?」

「…………そ、れ、は……」

「パンデミックで沢山死んだ。シェルター内・外問わず、沢山の人間を計画のリソースに利用した。それを悔いているわけではない。ただな」

 

 そう言うと、一際大きくヒビ割れた頬肉が削げ落ち、口の中が見える状態で言葉を続けた。

 

「他人の命で白百合を沢山作り、使えない個体は自分に還元し……時折、100人作ったうちの30人だとかを、ふと、都合よくわいた罪悪感に突き動かされてお前たちの世界に放流したりもした」

「そういうことだったのか……」

「別にそれで、罪が償われるわけではないがな。だがそれでも、止まるわけには行かなかった。立ち止まれば、気づいてしまうから」

「……なにに?」

 

 足元の床に、ショウの崩れた体が灰のように積もっていくなか、掠れた声が耳に届く。

 

「私の人生が、私のやってきたことが、いつのまにか、()()に堕ちていることに」

「────」

「最初は、本当に、ただただ世界を良くしたかったのに。世界を、救いたかったのに。もう、わからなくなっていた。何度も考えたよ、『私はいま、どこを走っているんだ?』と。それでも結局、自分の問いに対して、なにも答えられなかった」

 

 崩壊の速度が上がり、手足が崩れ、いよいよ終わりが見えてきた頃。

 

「グレイの言う事なんか無視して、私のことは放っておけばよかったんだ。お前たちへの嫌がらせで複製を作るのに使った素体は、白百合を作るための素体だったのだから、いずれリソースが尽きて私はこの世界で独りで死ねていたのに……」

「はん、悪かったな」

「……お前たちが来たから、もしかしたら、お前たちを素体にした白百合なら、奇跡が起こせるかもと思った私が馬鹿だっただけだ」

「…………そうか」

「お前に分かるか? 『可能性は決してゼロではない』という事実が、私のような愚者をどれだけ追い詰め、苦しめるかを」

 

 ショウの体が軽くなっていく。足元に積もる灰の量が増え、そして最期に。

 

 

「──嗚呼、ようやく終わる。頑張って、頑張って、頑張ってみたけど、もう、つかれたよ…………

 

 

 どこか満足気に、そう言って。ショウはボロボロに崩れていく。死んだ世界の澱んだ空気が動かないからこそ、ショウの遺灰が、その場に残り続ける。

 

「……これは」

 

 しかし、灰の山から、キラリと光るものが現れる。それはショウが持っていた3つの魔力玉。恐らくそれぞれが、彼女の使っていた【回転】と【引力】と【斥力】を行使するための原動力だったのだろう。

 

「──借りてくよ、ショウ」

 

 それらを拾い上げれば、推察が正しかったことを悟る。触れた魔力玉の使()()()を直感で理解しつつ、それらをポケットに入れて、床に突き刺していた鞘を抜いて腰のベルトに繋ぎ直して歩き出す。

 

「帰るか」

【……あなたって本当に、バカね】

「悪かったな。せめて先輩たちの方に九十九だけでも送ってから殴り合うべきだった」

【そういう意味じゃ……もういいわ】

 

 九十九との口論をする元気もない。しかし、のそのそと歩こうとすれば、それから少しして視界の奥から何者かが走ってくるのを視認する。

 

「与一様っ!」

「……イデア?」

「よかった、ご無事でしたか。……ショウが死んだのでしょう、わたくしの体が()()なった辺りで、色々と察しはしましたが」

「──!」

 

 走ってきたイデアが、軽く息を切らしながら手を見せる。それどころか体のあちこちが薄れ、今にも消えてしまいそうになっていた。

 

「消える前に、どうしても、与一様と話さなければと思っていたのです」

「俺と?」

「……与一様、もう、よいのですよ」

「────。なにが、言いたいんだ?」

 

 慈愛に満ちた顔で、唐突にイデアは言う。

 

「もう、自分のことを許してあげてください。だってそうでしょう? わたくしが死んだのは、あなたの所為ではないのですから」

 

 ──そこでようやく、なぜ現れた偽物が父さんでもなく母さんでもなく、イデアだったのかを理解した。この子は、あの日の後悔なのだ。

 

「……それは、わかってるんだよ。キミが死んだのは俺の所為でもキミの所為でもない」

「『だからこそ苦しい』、のでしょう。誰も悪くないから、自分の弱さを自分しか責めないから、誰も悪くないならその次に悪いのは誰だったのかと、無意味な犯人探しをしてしまっている」

「……流石、俺の記憶をベースにしているだけあって図星を突くのが上手いね」

 

 そんな皮肉も、こちらの記憶をベースにしたイデアには通じない。そう理解しているから。

 

「……与一様、今際の際にわたくしに言ったことを覚えておられますか」

「────。覚えてるよ」

「あのとき、わたくしはあの言葉を死にゆく者への慰めだと思って軽く受け止めました。それもある意味では、わたくしの後悔」

「……イデア」

「もう、わたくしは死んだ。生き返ることはない。けれどもきっと、次があると信じています。だからこそ、もう一度約束してくださいませんか」

 

 イデアはそう言うと、消えそうな右手を差し出して、小指だけを曲げる。

 

 

 

「いつかのどこかで、神でもない、クローンでもない、普通の人間に生まれ変わったわたくしと、友達になってくださいますか?」

 

 

 

 言葉とともに向けられる小指と笑顔。確証もない約束を、けれども嘘にはしたくなくて、改めて決意するように、こちらも小指を絡める。

 

「────。ああ。ああ……! 約束だ。なれるよ。なろう、友達になろう。……この約束を、いつかまた出会う俺が忘れていたら、思いっきり迷惑かけてやっていいから。だから────。だから」

 

 つまる言葉をなんとか紡いで、互いに目尻から溢れる雫を抑えることもせず。

 笑顔を向け合って、小指同士を強く繋いで、前に進むための呪い(ことば)を掛ける。

 

「……さようなら、イデア」

「はい。さようなら、与一様。これからも、わたくしの魔力を役立ててくださいませ」

 

 それ以上の会話は必要なかった。完全に薄れゆき、果たしてその姿を消滅させるイデア。残された彼女の魔力だけが、体の中で他の魔力と共に循環していく暖かさを身を以て感じ取り────

 

 

 

 

 

「はぁ〜あ。──すごく、つかれた」

 

 いつぞやの、後悔と共に絞り出された言葉を、今度ばかりは自身を労うような感情と共に吐き出せたことに、どことなく満足する。

 恐らく、確かにショウとは戦う必要は無かったのだろう。だがそれでもきっと、顔を上げて前を向き、子供の死を乗り越えて歩き出す為には、ここで戦わなければならなかったのだろうな……と。

 

 そう、断言できるのだった。

 

 

 

『完』




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