とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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かわらぬ挨拶 6/6

「────、真冬! 走れ!!」

「っ…………ッ!!」

 

 パチリと目が覚めたその瞬間、与一は真冬に怒号を飛ばし、彼女もまた弾かれたように駅前のベンチからカフェ横のビルへと全力疾走。

 与一もまた、一拍遅れてその背中を追い掛けるが、しかし真冬はぐんぐんと突き放してゆく。本人ですら忘れがちだが、有栖川真冬は運動神経と頭脳明晰の二物を与えられた人間である。

 

 赤坂かなこと金塚ちずるを助けるため、そしてヨグ=ソトースの従者の攻撃を避けるためにとかなりの魔力を使い精神的疲労の積み重なった与一では、まず追い付くことはできない。

 

 とにかく予定通りに、件の魔術師から再度魔導書を奪取するべく動く、与一は数分遅れでビルに到着して階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──有栖川真冬という人間のことをよく理解している与一から見れば、彼女は自分の才能を発揮することを面倒くさがる人物だった。

 

 大抵のことは難なくこなせてしまう運動神経や頭の良さがあっても、真剣にやろうとしない態度が災いして友人には恵まれない。それすら元々は、才能を遺憾なく発揮すれば周りから人が居なくなるから、という理由あってのこと。

 

 ──本気は出さない。だって誰も喜んでくれないから。そんな本音を隠して生きてきた真冬だったが、今現在、彼女はビル内で階段を駆け上がっている。1階から13階までを休まずに走る真冬は、全身全霊で屋上を目指している。

 

「はぁ……はぁっ、くっ、そがぁッ!!」

 

 足腰が疲労を訴え、心臓はバクバクと高鳴り、肺と全身が酸素を求めて呼吸は荒くなる。けれどもその走りは止まらない。速度を緩めない。二段飛ばしで8階、9階と階を超えて行く。

 

 自分でも、どうしてここまで必死になっているのか、それは真冬自身分かっていない。いや、本当はきちんとわかっているのだろう。

 

 長谷洋介は、妹のために何千回とループを繰り返してきた。桐山与一は解決のために途中のループで友人を死なせることを許容する覚悟をした。そんな友人・東間ほなみは、その事実を知ってもなお与一を許し、恐怖を呑み込んで、最後のループに繋げるための死を自ら選んだ。

 

 ──みんなが本気で、本気じゃないのは自分だけ。有栖川真冬とは、結局のところ、単なる斜に構えたクソガキでしかなかったのだ。ゆえにこそ、真冬は駆けていた。

 

「退け洋介ッ!!」

 

 ちょうど屋上に繋がる扉を開けたところだった、妹を追いかけ先に上がっていたのだろう洋介を脇に押し退け、真冬は外に飛び出し更に力強く踏み込み加速する。

 

 手すりの外に立ち、強風に煽られぐらりと体を倒した少女──長谷ひなへと手を伸ばす。

 きっと今、初めて、真冬は他人のために本気になろうとしていた。

 

「間、に、合え……!!」

 

 真冬はそのまま手すりを飛び越える勢いで跳躍し、体を地面と水平にして宙に躍り出したひなの胴体に腕を回して足首を手すりに引っ掛ける。サーカスの空中ブランコのような姿勢で彼女はひなを掴まえ、ぶらぶらと風に揺れた。

 

「うっ、ぐ……ぎぃぃぃっ」

 

 子供とはいえ体重は40kg前後。ぐったりと脱力して余計に重く感じるひなを抱えた真冬の、手すりに引っ掛けた足首にギシギシと負担が掛かる。慌てて駆けつけた洋介になんとか引っ張り上げられて、ようやく屋上の床に体を降ろせた。

 

「ひな、ひな!?」

「……これ、生きてはいる……んだよな」

 

 洋介が呼び掛ける裏で、真冬が腕の中でピクリともしないひなの口許に手のひらをかざす。非常に浅いが呼吸自体はしていることにホッとしつつ、怪訝そうに眉間にシワを寄せる。

 

「──魔力を全部抜かれて衰弱してるんだろう。急がないとそのまま死ぬぞ」

「与一! ……あの女は?」

「頭掴んで思いきり揺さぶって脳震盪で気絶させたよ。最初からこうすりゃよかった」

 

 と、そこに魔導書を手土産に遅れてやってきた与一がそう言いながら小走りで近づく。

 

「長谷妹が死ぬ前に、ちゃっちゃか呪文を唱えてしまおう。時間は……18分か、ギリギリだったけどまだ全員生きてるな」

「ああそうか、外にほったらかしのほなみは20分になると死ぬんだったな」

「──俺のワガママで余計なループをさせてしまってすまない……もう、終わらせよう」

 

 その言葉を聞いて、与一は前回のループで翻訳していた洋介に改めて書いてもらった呪文(メモ)を見ながら、屋上の真ん中でそれを唱える。

 

「……ふんぐるい なるふたあぐん んぐあ・があ ふたぐん いあ いあ よぐそとおす。

 ──【部分顕現:現顕分部(はんてん)】」

 

 

 ──瞬間、与一たちは音を聞く。ガラガラと、何かが崩壊して行くような音。

 空間から発せられるような、体の中を通って行くような、不可思議な音。

 

 音は止み、与一たちは周囲の空気が変わる感覚を覚える。次々と変化する雰囲気のなか、三人は耳元で()()()が響くのを感じる。ガラス瓶の中で何かを転がすような、何度も聞いたあの音だ。

 

「……もし覚えてたら、また会おうな」

 

 にっと笑う与一に対し、真冬は表情を緩め、洋介はこくりとうなずく。

 

 

 ──カラン、カラン、カララン。

 

 

 そして何度目かの視界が白黒に明滅する感覚。しかしそれも、今回で最後なのだと確信できる。こうして、意識も途切れて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定の時間に間に合うように事務所を出て、のんびりと歩く。駅前のベンチを合流場所にしておいたが、真冬たちはちゃんと来るだろうか。

 

 留守番させているソフィアに甘いものでも買ってやらないとなあ、などと考えていると、駅前の横断歩道で談笑している女性たちがふと視界に入る。それからおもむろに近づいて両手で二人の肩を掴むと、驚いた拍子に足を止めた二人の眼前を乗用車が猛スピードで通り過ぎていった。

 

「きゃっ!?」

「ひゃ」

「信号無視か、危ないなあ。……気を付けないとダメですよ、赤坂かなこさん」

「あ、ありが…………え?」

 

 横断歩道の信号は青だったこともあって、悪いのは車の方。振り返った女性はお礼でも言おうとしたのだろうが、()()()フルネームを言い当てられて、女性──赤坂かなこは訝しむ。

 

「……どうして私の名前を……?」

「────。なにぶんこういう者ですので」

 

 誤魔化すように、懐から名刺を取り出してババ抜きの最後の二枚のように広げて二人に差し出す。探偵だと理解したからか、彼女の眉間に刻まれたシワが薄くなった。

 

「探偵?」

「だから人の名前を当てるくらいはわけないんですよ。金塚ちずるさん?」

「ほあ~……探偵すっごい……」

「そうだよー探偵すごいよー」

「何言ってるんですか……」

 

 呆れ気味に風で揺れる赤髪を指で掻き分ける彼女に向き直り、名刺を指差して続ける。

 

「迷子のペット探しからオカルトな相談まで、いつでも事務所(うち)をお頼りください」

「……まあ、そうね。何かあったら」

「ところで俺は待ち合わせ場所に向かう途中だったんですが、そちらも用事があるのでは」

「あっそうだった、ランチして~お買い物して~、って感じなんだー」

「さいですか」

 

 うへへ、と笑うと、それから二人はその場をあとにする。改めて駅前のベンチに向かうと、そこには既に真冬の姿があった。

 

「遅い」

「人助けしてたんですぅー」

「へー」

 

 じとっとした目で手元の携帯から視線をずらしてこちらを見上げる真冬は、ため息混じりに携帯をポケットに仕舞い立ち上がる。

 

「んで、東間ほなみとやら、遅くない?」

「────。そろそろ来るんじゃないか」

 

 駅前の時計を見てそう言った真冬に返しつつ、言った通りに2分もしないうちに、パタパタと小走でほなみが駆け寄ってきていた。

 

「──おはよー、ごめん遅れた!」

「いや、俺も今来たところだ」

「そうなの? ……あっ、そっちの子が与一くんの幼馴染ちゃん? こんにちは~」

「……っす」

「こら、挨拶」

 

 ほなみのにこやかな挨拶に人の背中に隠れて対応する真冬は、後ろ手に頭を小突かれて渋々といった表情でもごもごと挨拶する。

 

「……有栖川真冬。よろしく」

「ほあ~~可愛い子は名前も可愛いんだからズルいよねぇ…………チラッ」

「お前も可愛いぞって言って欲しいの?」

「欲しい!」

「はいはい、ほなみは可愛いな」

「きゃ~~~♡」

 

 やんやんと両手を頬に当ててくねくねしているほなみに真冬と一緒に軽く引きつつ、カフェに行こうかと提案しようとしたその時、横を風が横切る。──否、小さな女の子が駆けていった。

 

「お兄ちゃんっ! 映画始まっちゃうよ! 早く早くはーやーくー!」

 

 女の子は数歩駆けてから立ち止まり、振り返ると自分の来た方へ手を大きく振りながらピョンピョンと跳ねている。そちらを見やると、整っている顔に疲労を浮かべた青年が走っていた。

 

「ひな、ちょ、ちょっと待って……」

「もー、体力無いなあ」

「違うんだよ、なぜか朝から妙に疲れてて」

「どーせ夜更かししたんでしょ~」

 

 膝に手をついて呼吸を整える青年に、女の子はカラカラと笑い掛ける。

 ようやく息を整えた青年は、ふとこちらを見て不思議そうに首をかしげた。

 

「……?」

「おにーちゃーん!」

「あ、ああ。今行く!」

 

 そう言って兄妹で駆けていった背中を見送ると、ほなみが問いかけてくる。

 

「今の子達、知り合い?」

「────。さあ、どうかな。ほらカフェに行くぞ、そろそろ予約の時間だろ」

「そうだった。じゃあ行こ行こ」

 

 肩を竦めながら返答し、ちらりと時計を見ながら言うと、ほなみは思い出したように先導して歩く。するとおもむろに真冬が口を開いた。

 

「ねえ、与一」

「ん?」

「今日さ……いいや、あとで話す」

「そう」

 

 頭を振った真冬と、さっさと来いとばかりにカフェの前で手招きするほなみの元に小走りする。彼女が店員に予約していた旨を伝えるとスムーズに通され、オープンテラスのテーブルを囲むように座り、早速とメニュー表を手に取った。

 

「あたしカルボナーラと追加の粉チーズ」

「おっ真冬ちゃん早いねぇ」

「与一は?」

「俺は……とりあえずコーヒーで。あとピザ頼むか、絶品なんだっけ」

「そうだよぉ、もー。ピザ絶品なんだってって言おうとしたのに先に言うんだからさぁもー」

「一番大きい奴頼んでシェアしてやるから」

「与一くん愛してる。ちゅっちゅっ」

「うざ……さっき可愛いって言ったの撤回な」

「無駄でーす録音したもーん」

「おい与一こいつヤバイぞ」

 

 やいのやいのと言いながら、店員を呼んでそれぞれが料理を頼む。ピザは一番大きいサイズの二種類をハーフアンドハーフにしておき、先に来たコーヒーを一口啜ってから切り出した。

 

「それで、真冬。なんか言いたいんじゃ?」

「んー、そうだ、今日変な夢見てさあ」

「へぇ~、真冬ちゃんどんな夢みたの?」

「……えー、あー。なんて言やいいんだ……なんつーかその……人助け? をした夢」

 

 お冷やを飲み、真冬は一拍置いて続ける。

 

「どっかの……ビルの階段……を駆け上がってて、屋上で飛び降りしようとしてる子供が居てさ、そいつに飛びかかって、二人揃って落ちそうになって……なんとか助かった。ってだけ」

 

 うろ覚えなのか、所々で言葉が詰まりながらも内容を語る真冬に、ほなみが返す。

 

「はぇ~確かに変な夢。変と言えば私も大学でねぇ、夏木先生っていう格闘家みたいな見た目の英語の先生にね、『お前死相出てるからお祓い行った方がいいぞ』って言われたなあ。失礼だよねぇ私あと80年は生きるつもりなのに」

「100歳超えるじゃん」

「……でもさ、夢の中の真冬ちゃんは人助けに必死だったんでしょ? すごいことじゃん」

 

 ほなみの発言に、くっくっと押さえるように小さく笑った真冬だが、ほなみが続けた言葉にふっと表情を戻して自虐気味に言う。

 

「はっ、まさか。あたしは別に……今までで、必死になったことなんてない」

「そうなの?」

「自分で言うのもなんだけど、あたしは大抵のことはやればできちゃうからさ。本気出すことってそうそう無いんだよね」

「一度は言ってみたいよねそういう台詞」

 

 少しして届いたカルボナーラが立てる湯気を眺めながら、真冬は呟く。

 

「……アレは夢だったけど、起きてからちょっと考えちゃったんだよね。もしアレが現実だったとして、あたしはそれでも、必死になったのか? ってさ。だって──」

 

 だって、と続けるが、真冬は黙る。まあ、こいつが本気にならない、なろうとしない、なりたくない──と考えている理由は察するものがある。本人は語りたがらないけれども。

 

「真冬、前々から思ってはいたけどなるべく言わないようにしてたこと、言っていい?」

「……なに?」

「拗らせてる中学生かお前は」

「んぐぎ」

「言っちゃったよ……」

 

 ピシッと表情が固まり、横でぼそりとほなみが呟く。うん、つまりはそういうことだ。

 

「お前は他人相手にちゃんと本気で必死に()()()奴だよ、真冬。だから大丈夫だろ、これから少しずつ慣れていけば」

「…………うっせ」

「じゃあ真冬ちゃん、卒業したら探偵助手やれば? 与一くんどうせ一人でしょ」

「んやぁ助手は募集してないっすね……ほなみに押し掛けられても困るからさ……」

「さすがにそこまではしないよ!?」

 

 いやほなみならするぞ。するかしないかで言えばこいつはそういうことをする。

 信頼の無さに頬を膨らませて抗議するほなみは、しかし店員が持ってきた料理に表情を綻ばせる。更に一分ほどしてホカホカと湯気が立つ熱々のピザが眼前に置かれ、三人分の料理が並んだ。

 

「しかし、そうか。()()()()()()()()()()

「なに~?」

「なんでもない。ほらピザ2切れ」

「わあい」

「真冬も」

「さんきゅ」

 

 小皿にマルゲリータとシーフードを1切れずつ乗せてほなみに渡し、真冬にも同じように渡す。こうして会話をして、それまでに見知った顔とであって、順当に期待は裏切られた。

 

 あの屋上で呪文を唱えてヨグ=ソトースに干渉した者だけがあのループを覚えているらしく、被害者のほなみも、協力者の真冬も、赤坂かなこも金塚ちずるも長谷洋介も長谷ひなも、誰も、何も覚えていなかった。

 あの魔術師はどうだろうか、魔導書に魔力がすっからかんで驚いているのかも。

 

「それじゃあ食べよっか!」

「ん、ちょい待ちチーズ掛けるから」

「チーズを!? 既にカルボナーラの中に混ぜ込んであるのに!?」

「いいだろ別に」

 

 真冬は掠かに記憶に残っているのかもしれない。洋介も不思議そうにしていたから、恐らく呪文を聞いていたことが影響しているのか。ともあれ、はっきりと覚えているのはただ一人。

 

 ──ほなみが死んだのも、見殺しにすることにしたのも、真冬が一度だけ死んだのも、赤坂かなこと金塚ちずるが轢かれたのも、長谷洋介の何百回というループも、長谷ひなの投身自殺も。

 

 そんな濃密で、赤く鉄錆び臭いループを覚えているのは、自分ただ一人。

 ……それはつまり、()()()()、という戒めだ。大事な友人を死なせたことを、幼馴染の犠牲を。

 

「……与一、なにアンニュイな顔してんの」

「しょおぉ~がないなぁ~私がアッッッツアツのピザをあーんして元気付けてあげる」

「いや自分で食え──あづづづづづづづ!!」

 

 けれどもまあ、それで良いのかもしれない。無邪気で、好意が露骨で、こんな男の愚かな選択を許そうとしてくれた東間ほなみの死を、絶対に忘れてなどやるものか。例え永遠に悪夢に苛まれようとも、忘れてなどやるものか。

 

 善意で人の口の中を過熱してきた馬鹿野郎(ほなみ)への感情が、今の熱々ピザ攻撃でマイナスになったかどうかは、また別の話。

 

 

 

 

 

『完』




お気に入りと感想と高評価ください。



桐山与一 (22/♂)
・この日を境に、ほなみが死ぬ瞬間が延々とフラッシュバックする悪夢に苛まれるようになる。

有栖川真冬 (18/♀)
・並を上回る高い才能があるが、それを発揮すると人が離れる。というのを学んだ結果、それが転じて面倒くさがりな性格になった。今回の件は覚えていないが、人助けの為に本気になった事だけは魂に刻み込まれている。

東間ほなみ (22/♀)
・本エピソードのヒロインにして被害者。与一に露骨なまでに好意を向けているが、ぐいぐい来られるのが得意ではない事を察せていない。
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