楠木葉子たちが明野町で連続殺人事件を追っていた裏で起きた、桐山与一たちの対・白百合ショウ戦。ちょうどその時、別のどこかで。
「な〜う。やることねぇにゃあ〜、やることねぇにゃあ〜。どうするよ暇だぁ」
そんな風に独りごちる、黒猫が居た。
「ったく、暇な時に限って
黒猫──キメラ生物のクロは、ビルの屋上でそよ風に髪を揺らして、独り言の通りに暇そうな眼差しで雑踏を見下ろしている。
「どっかに面白そうな魔術師とか異能者とか怪物とか神格とか転がってねえかにゃあ」
暇つぶしを求めて物騒な発言をするクロだったが、しばらくして──ふと。
「お。面白そぉ〜なの発見伝」
人混みの中を歩く少女を見つけて、誰に言うでもなく独りごちると、ニヤリと笑みを浮かべた。
──少女が一人。彼女は
【うなおん】
「はい?」
【うなんな】
「…………はぁ〜」
すると、不意に少女は脇に逸れて路地裏に入ると、誰にも見られていないことを確認してから、おずおずと口を開いて虚空に語りかけた。
「あの〜……誰か見てます、よね?」
「──へぇ〜、そういうのわかるんにゃ?」
「どぉわあっ!?」
「あ、カマ掛けたんにゃ」
直後──唐突に目の前に猫の耳と尻尾を生やした少女が現れ、猫を肩に乗せている少女は飛び上がるほどに驚き後退りする。
「ああいえ、この子が先に気づいただけで」
【にゃす】
「……? …………。あー、こいつバステトの眷属にゃ? ニャーの遺伝子が反応しないってことは、混ざってはいないみてーだにゃ」
「は、はぁ……」
少女──
それを見た猫耳の少女──クロが、ふすふすと鼻を鳴らして反応した。
「それで、何か御用ですか?」
「おミャーがなんか面白そ〜な雰囲気してたからちょっかいかけに来ただけにゃ」
「なんて迷惑な……」
「あん? 用事があったんにゃ?」
「いえそれはもう終わったあとです」
「ふーん。何してたんにゃ」
路地裏を通って反対の表通りに向かう途中、クロに問われた歩は困ったように頬を指で掻く。
「んまぁ〜〜なんと言いますか。まあ貴女も普通じゃなさそうだしいいですかね。面会してきた帰りなんですよ、私の
「はぁん。……生みの親?」
含みのある言い方に疑問符を浮かべるクロに、歩が逡巡しながら続ける。
「生まれが特殊でしてねぇ……クローンなんですよ、私。なので、その人は生みの親」
「それ迂闊に言うもんじゃねーのにゃ」
「相手は選んでますから。なんというか……貴女も似たようなものなのかな〜と」
「────。へっ、当たらずとも遠からずにゃ」
あらゆる猫科の遺伝子を混ぜ込まれたキメラ生物であるクロは、自虐を込めて言葉を吐き捨てる。それからふと、脳裏にとある女性を思い浮かべて、歩に視線を向けてから質問を投げかけた。
「……親ってやつについて、どう思ってんのにゃ」
「これまたアバウトな質問ですねぇ」
歩がクロの問いに苦笑しながらも、質問に対して少し考え込んでから口を開く。
「言っての通り、私はクローンで、その人は生みの親。その間には親子らしい時間も交流も無かったので……上手いことは言えません──が」
「……が?」
「それでも、私は自分の生まれに文句を言うつもりは無いし、あの人を恨む気にもなれないんですよねぇ〜……甘いだけかもしれませんけど」
「そういうもんかにゃ」
「そういうもんです。まあつまり──彼は間違いなく、私のお父さんなんですよ」
表通りに出て、暫く歩いてから、二人は近くの公園でベンチに座り、子供が色々な遊具で遊んでいる光景を眺めながら会話を続ける。
「それで、貴女は……えーっと」
「クロにゃ」
「ああはい。私は新生歩です。で、ですね、逆に聞きたいんですけど、クロさんは親について……どう思っているんですか?」
「ニャーの親……ねぇ。アレは母親っつうか博士にゃんだけど、あ〜……歩と同じにゃ、育ての親って言うのがしっくりくるにゃ」
言葉に悩むクロがそう言うと、どこか遠い眼差しで風景を見ながら一拍置いて続ける。
「ニャーは研究材料でにゃ。んで、博士が世話役をやらされてて……ニャーは混ぜられてる生物の中に特殊な猫が混ざってたのもあってか、こういう妙な能力とか、向こう側に
片手を前に伸ばし、手から肘までを【
「それで、ある時、どうしても外の世界を見たくなって、向こう側……
「……そんなことがあったんですか」
「博士たちがどこにいるかは、まぁ分かってんにゃけど……会いに行く気が起きね〜のにゃあ」
「はあ。罪悪感とか、気まずいとか?」
「そんな感じにゃ」
ふぃ〜、とため息をつくクロ。
「今さらどんな顔して会いに行けっつーんにゃ。会おうと思えばいつでも会いに行けた。改めて三人で逃げることもできた。でも、やらなかった」
「……クロさん」
「──っはぁ〜〜〜、こんなんニャーのキャラじゃねーっつーのにゃ」
一度深く息を吐き、クロはベンチからピョンと跳ねるように前に飛び退くと、まだ座っている姿勢の歩に振り返り目尻を細めて犬歯を見せるように笑う。
「仕方ないから、
「いまなんか不名誉な文字に『クローン』のルビ振ってませんでした?」
「振ってにゃい振ってにゃい」
視線を斜めに逸らして、それから前屈の姿勢を取り、その姿を変形させていく。
【
【んじゃ、まあ、達者でやれにゃ】
「……はいっ。クロさんも、素直にお母さんと妹さんと仲直りするんですよ?」
【そりゃ、向こうの機嫌次第だにゃあ】
カラカラと乾いた笑い声をあげながら、クロは力強く近くの街灯や木を足場にして飛び跳ね、建物の陰に消えていく。それを見送った歩は、足元で日なたぼっこするように丸まっている
「どこも家族関係で難儀してるんですねぇ」
【なおん】
「それにしても、丞久さんたちは元気にしてるんでしょうか。またどこかで楽しそうに暴れてる……んだろうなぁとは思いますけど」
その言葉が大正解であることを、歩は知らない。
──博士の活動している連盟組織の所まで向かう途中、そういえばとクロは思い出す。
【……あんときドリームランドで階段まで送ったあいつら、ダンナと貧乳の親だったんにゃっけ】
いつぞやにドリームランド内で【階段】まで送り届けた学生二人──桐山龍一と有栖川千夏。過去から未来のドリームランドに送り込まれてきた、将来与一の父親になる男と真冬の母親になる女。
【……あいつらも、未来の親で、ダンナたちもあいつらの子供で……】
ビルの屋上から屋上へと跳び、ようやくとたどり着く。魔術師の組織──連盟組織の一角であるビルの、
【めんどくせー関係なのにゃあ、親子ってやつは。──【
言葉とは裏腹に笑みを浮かべながら、クロは激突するかに思えた屋上をすり抜けて、地下へと落ちていく。誰にも気付かれず、あらゆるセンサーをすり抜けて、かつて一度見捨てた家族の元へと。
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