休日のある日、夏木太陽は気晴らしの散歩がてらに、駅近くのデパートに訪れていた。
「ふぅーん。なんとなく来ちまったが、手ぶらで帰るのもアレだし、アビーへの土産になんか買っていってやるか……っつっても何がいいんだか」
──あいつ出したもん何でも食うからなぁ。と独りごちる太陽は、そういえばと思案する。
「丞久と与一辺りを中心に、いま何人かが連絡取れてねえんだよな……まあどうせ、なんかの面倒事に巻き込まれてるとかだろうけど」
ここ数日、魔術関連の知り合いと連絡が取れていないことに嫌な予感を覚えつつ、太陽がケーキのコーナーを眺めていると。
「う〜~~ん……」
「……あん?」
隣でガラスケースの中に並べられたケーキを眺めて唸っている声が聞こえ、太陽はそちらを見やる。そこにはぶかぶかのジャンパーを着込み、キャップの上からフードを被ることで、顔と体格を隠している不思議な雰囲気の小柄な少女が居たのだ。
「どっちにしようかな〜~」
「────」
見られていることにも気づかず独りごちる少女。彼女を見ていると、太陽の胸の奥で、どうにも言葉にしづらい感覚がざわめいている。
誤魔化すようにケースに視線を戻したとき、ふと目に入ったのはチーズケーキとチョコケーキの2つ。どうやら少女は、この2つのどちらを買おうかで悩んでいるようで。それを見た太陽は────
「……チーズケーキ」
「? へっ?」
「────。いや、まあ、なんだ。俺的には、おすすめはそっちだ」
「はぁ……なるほどチーズケーキ」
少女は太陽の言葉に何かの合点がいったように頷くと、決心したように注文をする。
「すみませーん、チーズケーキ2つくださーい」
「2つ? 二人分か?」
「はいそうです。ここ数年ほど私に付き合ってくれてる人と、日本に戻ってきたんですよ」
「ふうん?」
値段ピッタリの料金を支払いながら、少女はフードとキャップで顔を隠した口元に笑みを作る。
「いやあ決められて良かったです、ああそうそう、私は梅み────、
「
梱包されたケーキ入りの紙箱を受け取ろうとした少女が、何かに気付いたように顔を横に向ける。そちらに視線を追従させた太陽も、少女がすっとんきょうな声を上げた理由に気づき声を漏らす。
「──梅さん! 場所バレしました! 今すぐ移動しますよ!!」
「あら〜~、ちょっと待ってねケーキが」
器用に人と人の間をすり抜けるように全力疾走しているスーツの女性が、少女に向けてそう言葉を荒らげながら接近してきていたのだ。
「行きますよ梅さ…………ゲッ!?」
「あらまぁ〜」
そして女性はケーキを受け取ろうとしていた少女をすれ違いざまに抱え上げると、太陽を横目で見てギョッとした様子で反射的に驚く。
流れでその場から慌ただしく逃げ去るように走っていった女性と抱えられた少女の後ろ姿を見送るしかできず、太陽は立ち尽くしていた。
「な、なんだったんだ」
「あ、あのう、すみません……」
「俺か?」
「先ほどのお客様のケーキが……」
「あ〜……あ〜~……」
それからふと声を掛けられ、梱包したケーキを渡し損ねた店員の言葉に悩み、数秒の思案を挟んでから、太陽は深いため息をつく。
「俺が渡してくるんで、それ貰えます?」
「あっはい……どうぞ……」
──デパート内を全力疾走した女性が、階層を1つ下った先の休憩スペースのベンチに少女を下ろして、その横に腰掛けて深く息を吐く。
「はぁ〜~……なんだって
「ほんとねぇ。あと山里さーん、さっきのお店で買ったケーキ受け取り損ねちゃったんだけど」
「ああすいません、緊急だったもので」
「──私たちのことをずっとつけ狙ってる、例のストーカーたち? だったかしら?」
ぼやっとしたイメージで口を開く少女に、女性──山里は苦笑しながら返す。
「スト……まあ似たようなもんっすけど、そういうわけなんで、さっきのとこに戻るのもリスキーっす。このままデパートを出て、予定のホテルで講演会済ませて、さっさと海外に戻りましょう」
「残念ねぇ」
「それに…………はぁ〜~~もう、なんでこんなタイミングで
「あの人?」
「ンやぁ、お気になさらず」
山里が脳裏に思い浮かべる、つい先程もケーキコーナーで少女と会話を交わしていた、おおよそ大学教員らしからぬ筋肉質な体格の男。
今回の一時的な帰国においてもっとも少女と
ミスと想定外の連続で、山里は何度目かのため息をついてから、休憩を終わらせるようにベンチから立ち上がり周囲を警戒する。
「行きますよ梅さん」
「……はーい」
渋々といった様子でベンチから離れる少女が山里の後ろをついていく。その途中、不意にその背筋にぞわりと駆け抜けた違和感に口を開いた。
「山里さん、今何か、変なのが起きた? かも」
「ん? …………マズっ」
少女の言葉に視線を周囲に向けた山里が、彼女の言葉に意味に気がつく。──周囲に
「【人払い】……! 梅さん逃げま──「どこに行こうとしている、連盟組織の魔術師」
即座にその場から離れようとした二人を、通路で挟むようにして、唐突に無数の黄色いレインコートを身に纏う男女が十数人現れ、それぞれが手に鈍器や刃物──何人かは
「ハスター教団……なるほど、明暗丞久が昔に壊滅させた組織の生き残りが数を集めたんすね」
「御託はいい。一度しか言わない、シュブ=ニグラスの適合者をこちらに渡せ」
「しゅぶ?」
聞き慣れない単語に疑問符を浮かべている少女を庇うようにして、山里は横目ですぐ横の家電量販店に視線を一瞥させながら言い返す。
「嫌っすね。……ったく、
「えっ山里さん帰国したくなかったの?」
「だって
「あら〜~そうだったのねぇ」
状況を理解しているのかいないのか、ぼんやりとした雰囲気で呑気に言葉を伸ばす少女に苛立ったのか。レインコート集団の一人が、他の連中に片手を上げる形で短く合図を飛ばす。
「魔術師は殺せ、適合者は捕らえろ」
「……さて、どうしましょうかね」
銃を持つ者たちが動かないのは、少女も巻き込むからだろうとは察せられる。
それ以外の鈍器と刃物を持つ連中の相手は骨が折れる──と脳裏で気だるげにぼやく山里だったが、ふと、強烈な悪寒を感じ取り少女を庇うように抱き寄せ屈む。その瞬間、集団の中に砲弾が撃ち込まれたかのような爆音と衝撃により、何人かが風に巻き上げられた木の葉のように吹き飛んでいった。
「な、に──!?」
「──おいおい、女二人を寄って集ってか。それはちょっとばかり、フェアじゃねえな」
中央の吹き抜けを挟んだ
「貴様は……夏木太陽か……!」
「えっ、なんで俺の名前知ってるんだよ」
リーダー格らしき男が忌々しげに声を荒らげ、太陽もまた見ず知らずの相手に名前を知られていることに引き気味に問いかける。
「っ──夏木さん! 店に入って!!」
「え? あっ、お、おう?」
「ちっ……逃がすな! 纏めて撃て!」
「夏木さん走って!!」
「うおおいマジかよ!?」
直後、咄嗟に指示を出した山里の言葉に従い隣の家電量販店に逃げ込むと、三人の背中をなぞるように銃弾の雨あられが叩き込まれる。
ガガガガガガ!! という連続した発砲音と共に放たれるサブマシンガンの銃弾が、店内の炊飯器や冷蔵庫に穴を空けていき、少女を担いで逃げ込んだ山里についていく太陽が棚を背にしゃがむ。
「あいつら……なんなんだよ」
「ハスター教団、簡単に言うと邪神崇拝の邪教徒っす。……本当なら、おたくと梅さんを会わせたくなかったんすけどね」
「梅…………、…………。まさか」
「ん?」
ため息混じりに呟く山里の言葉に、太陽もようやく察した様子で少女を見やる。
当の本人が小首を傾げると、激しい動きをしたのもあってか、フードが取れてキャップもぱさりと落ち、隠れていた顔が露わになった。
「あら」
──太陽は、その黒い髪を、幼くなってしまった顔を、以前にも見たことがあった。
「……梅宮さん、こちらの男性に、見覚えがあったりしませんか?」
数年前のあの日、大学で、魔術師に操作されて、邪神の魔力を表に引きずり出され、若返りながら暴走させられた姿を見ている。
「……? ん〜?」
あの時から
「うーん、よくわからないわ。だって、さっき会ったのが、はじめましてなんだもの」
──シュブ=ニグラスの魔力の適合者、夏木小梅。彼女は若返ったあの日から、何も変わっていない。変化が無い。あの日に記憶処理によって想い出を失ったままであり、息子のことだって覚えていない。
「────。そうか。覚えてないか。まあ、覚えてないのは、仕方ないもんな」
「……えっと、前にあったことがあるの?」
「────、────。いや。……いいや、今日が……はじめましてだよ」
けれども、不思議と。目の前の男性の、僅かだけ見せた、心底悲しそうな表情に対しては。
「……?」
言葉に出来ない、不思議な痛みを、小梅──否、梅宮の胸にチクリと与えていた。
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