とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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夏と梅、或いは意図せぬ再会 2/3

「……っと、そうだ。これ忘れもんだぜ」

「おお〜これはご丁寧に」

 

 棚を挟んだ出入口付近からの銃弾が奏でる轟音を余所に、太陽はそういえばと持っていたケーキの箱を山里が横に下ろした梅宮に渡す。

 

「って、ところで梅さん。なんでケーキなんか買いに行ってたんすか?」

「え〜、うーん……? ……なんとなく? 講演会が終わったら甘い物食べたかったんだもの」

「はぁ〜~……次からは言ってください」

「はぁい」

「……講演会?」

 

 箱に異常がないか左右や下から覗いて確認する梅宮は、山里の問いに小首を傾げながら答え、それを聞いて太陽もまた困惑気味に首を傾げる。

 

「……元々、梅さんは記憶処理後に私と一緒に海外の色んなところを巡っていたんすよ。で、今は梅さんは少数部族や民族に言語や計算を教えているんす」

「そりゃ、立派だな」

「それで……人手と予算が足りてないことを様々な国で呼びかける活動もしているんすけど、この3年ほど……どうしても日本に戻る許可だけが連盟組織の方から出されなくて帰国できなかったんすよ」

「連盟組織の方から……?」

「っす」

 

 太陽のオウム返しに山里は頷く。

 

「つーか、本人の前で記憶処理とか連盟組織のこと話しちまっていいのかよ? そういうのを秘匿するためにこの国から離したんだろ?」

「あー、大丈夫っす。梅さーん、私らの会話の内容、理解できてます?」

「ぜーんぜん?」

「……つまり?」

()()()から、ずっと()()()なんすよ。しかも4年以上経過してるのに全く老いないし、精神年齢はシュブ=ニグラスの魔力で若返った肉体に引っ張られて幼いまんまなのに、()()()()()()()()()()()()んす」

 

 幼いから、難しい話を理解できない。

 けれども大人だから、外国で言語を教えたり計算を教える活動に精を出している。

 

 精神が幼く、それでいて成熟している──そんな矛盾を抱えながらもそのことに疑問を抱かない梅宮の、無垢で穢れ一つ無い瞳が太陽を捉えた。

 

「……なんだ?」

「……改めて見ると〜……どこかで見たことがあるような気がするんですよねぇ〜」

「気の所為気の所為気の所為」

「気の所為っす気の所為っす」

「そぉ?」

 

 ブンブンブンブンと首を横に振る太陽と山里を見て、梅宮は問いかけることをやめる。

 

「まあ、話はあとにしようぜ。今はとりあえず、あいつらをどうにかしねえと」

「そうっすね。……夏木さん、一応の確認っすけど、おたくは戦力に数えていいんすかね?」

 

 山里がそう聞くと、太陽はちらりと梅宮を一瞥してから、その手に黒い硬質化した魔力を篭手のように纏わせながら言葉を返した。

 

「任せろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──サブマシンガンによる掃射を一度終わらせたハスター教団の信者は、鈍器や刃物で武装した別の信者を、三人が逃げ込んだ店に差し向ける。

 

 大量の家電が銃弾により破壊され、幾つもの残骸が辺りに散らばり、それらを踏み越えた信者たちが棚と棚の隙間を埋めるように等間隔に奥へと踏み入ると──突如としてスプリンクラーが作動。

 

 店内の全体に降り注ぐ水が視界を阻害し、辺りを見えなくなった、瞬間。

 

「──ふんッ!!」

 

 信者のうちの一人が、突然に横合いから振り抜かれた漆黒の拳に側頭部を殴り砕かれ床に倒れ込み、流れる動きで水を弾く人影が、隣を歩いていた別の信者の脇腹に拳をめり込ませて棚に叩きつける。

 

 続けざまに人影──太陽は、腕全体に魔力を迸らせて、あえて形を固める制御を緩め、体外へと波のように溢れさせて……拳を振り抜きながら叫ぶ。

 

「【シュブ=ニグラス】!!」

 

 振り抜かれた拳に引っ張られるような動きで、周囲の家電の残骸や壊れた棚を、周辺の信者たちを巻き込みながら、太陽の魔力──シュブ=ニグラスの魔力がパキパキと硬質化して壁にぶつかる。

 

「……っし、あらかた片付いたぞ!」

「夏木さんこちらへ、壁を破壊して出入口とは反対の側から逃げます」

 

 店内に入り込んだ連中の無力化を手早く終わらせた太陽は、信者たちが生きていることをそれとなく確認してから、壁の方へと駆けていく。

 

 戻ってきた太陽を尻目に、壁に【召喚(コール)】した小さな爆薬を貼り付けながら問う。

 

「殺してないんすか」

「ただの大学教員に期待しねぇでくれ」

「……? 明暗丞久が関わっているにしては……妙に常識的っすね……?」

「あ、あいつ……!!」

 

 ──連盟組織でどんな扱いになってんだよ。とは口には出さず、太陽は顔を手で覆う。

 

「よし。二人とも少し離れて。ちょっとした穴を空ける用だから威力は低いけど念の為っす」

 

 それから指示で数歩後退りした太陽と梅宮を背にして、山里はカチリと手元でスイッチを入れる。爆薬は、ボンッ! と小規模な爆発と共に店内の奥に穴を作り、三人が通れるスペースを作った。

 

 穴から店の裏に出て別ルートから階段を目指す途中、山里は二人に言う。

 

「このまま下に行って外に出られさえすれば、あいつらもちょっかい掛けてこねーっす。流石に外の人間数百人数千人を排除する【人払い】を発動できる魔術師は数えられるほどしか居ねっすから」

「……出来るとしたら、例えば誰だ?」

「明暗丞久とか春夏秋冬円花くらいっす。つまりそうそう居ないってこと」

「そうか。なら安心だな」

 

 別の店を経由して通路を通り、見つけた階段でカンカンと足音を立てて慌ただしく下の階に降りていく三人は、ようやく1階に向かうことに成功。

 通路に出て入口まで全速力で駆け出していた──が、そこで足を止める。

 

「……ま、そうなるよな」

「──貴様らが逃げるとしたら上か下だ。どうやらこちらに張っていて正解だったか」

 

 先ほど見たリーダー格の男が、その後ろに数人のサブマシンガンを構えた信者を携えて、出入口を背にして太陽たちに立ち塞がる。

 

「めんどくせえ……おい二人とも、俺が全力で【シュブ=ニグラス】の魔力で壁作って盾になるから、二人は外に逃げろ」

「それは流石に無しっすよ、お互いに生き延びられる可能性が結構低いんで」

「そうよ〜、ちゃんと三人で逃げないと」

「気楽に言いやがるぜ……」

 

 やれやれと呆れ気味に頭を振る太陽は、眼前のハスター教団信者たちに目を向けた。

 黄色のレインコートで体を包み、フード部分で顔を隠し、武装している集団。太陽はその手に握られている短機関銃の威力に対して、果たして耐えきれるかどうかと脳裏で皮算用している。

 

「──撃て。シュブ=ニグラスの適合者であるならば、この程度はどうにかするだろう」

「おいおい、それで(かあ)……梅宮が死んじまったらどうするんだ」

「問題ないだろう? ()()()()()()()()な」

「……ちっ、来やがれクソッタレ……!!」

 

 梅宮ごと巻き込む射撃の合図を、リーダー格の男が手を上げて行う。

 太陽が守ろうとする前提ならば、太陽と山里が死ぬことはあっても、二人が守ろうとした梅宮──シュブ=ニグラスの適合者は生き残るだろう……という、大雑把に見えて相手の実力を組み込んだ判断。

 

 事実としてその通りになり、太陽はシュブ=ニグラスの魔力を溢れさせて壁を作ろうとし、けれどもそれより早く、向けられた銃口から無数の弾丸が吐き出され高速で飛来してくる。

 

 不思議なほどにスローに見える弾丸。それらが自身の体に撃ち込まれて全身に穴を空けるまで1秒にも満たない。そんな刹那の一瞬。

 

 

 

「──【止まれ】」

 

 

 

 その一瞬に、あろうことか、()()が割り込むように横槍を入れてくる。全員の耳に届く鮮明な声色は、年若い少女の声。

 しかしそれ以上に不自然なのは、一瞬で太陽の眼前まで迫っていた何十発もの弾丸が、空中でぴたりと静止して留まっていたのだ。

 

「あのさぁ、一ついい?」

 

 全員が思わず、声の方向を見やる。そちらに向けた視線の先にあるのは、女子トイレ。

 そしてそこから出てきたのが、ハンカチで手を拭っている、染められた鮮やかな金髪を揺らす、首のチョーカーが()()()()()少女だった。

 

「トイレの前で騒ぐのやめてほしいんだけど」

「あ、悪い」

 

 つい反射的に謝る太陽。彼の顔を見た少女が、ふと思い出すように片眉をつり上げた少女は、何かに気づいたのか口を開く。

 

「……? …………あれ? もしかしてお兄さん、夏木先生じゃね?」

「なんで知って……いや待て、お前もしかして、下谷(しもや)か? リモート家庭教師してたときの」

「あっはい、下谷真殊(まこと)っす。いやぁ〜~偶然ですね! まさかこんなとこでナマの夏木先生に会えるなんてなぁ〜!」

 

 なんらかの効力が切れたかのように、無数の弾丸がカラカラカラカラと音を立てて床に落ちていくのも気にせずに、にこやかな笑みを浮かべた少女──真殊が太陽たちの方に駆け寄ってくる。

 それを見た信者たちは、警戒心を強めながら銃口を真殊にも向けていつでも引き金を引けるようにと指先に力を入れていた──が。

 

「あん? なに? 人に武器なんか向けちゃってさぁ、ちょっと躾が足りてないんじゃない?」

 

 真殊は気だるげに言いながら、片手に拡声器(メガホン)を【召喚(コール)】すると、すうっと短く息を吸って、【呪言(ことば)】を吐き出した。

 

「──【伏せ】ェ!!」

 

 一瞬の静寂。

 

 ──直後、リーダー格の男と信者たちが居る地点を中心に形容し難い凄まじい圧力が発生し、纏めて床に無理やり()()させる。それはまるで、見えざる巨人の手に押し潰されているようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

「……で、これなんなんです?」

「わかってないのにやったのかよ」

「いやだってほら、こんなんどう見てもあいつらのが悪者じゃないッスか」

 

 事後報告に気味そう言って、呪言使い・下谷真殊は、メガホンを消しながら苦笑していた。




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