デパート1階で乱入した真殊の助力もあり、脱出することが出来た太陽たちは、連盟組織所属の魔術師である山里が用意していた拠点に逃げ込んでいた。
「ンで、このあとどーするんです?」
「俺としちゃあ、梅宮がやることをきっちり終わらせて国外に帰ってもらいてえんだがな」
「やっぱさっきの連中、殺しとくべきだったんじゃないっすかねぇ」
「…………お前のこれまでの状況も踏まえると、そうも言いたくなる気持ちは分かる」
うべ、と舌を出して面倒くさそうに呟く真殊に、太陽はそう言って言葉を続ける。
「異能に目覚めて殺し合いに巻き込まれて、やむを得ず殺っちまったこともあるのは、正当防衛だろうけどなぁ。まあ今回は我慢してくれ」
「うーっす。殺さなきゃいいんですね、
「……お前にも道徳とか倫理観とかそういう類いのアレがあることに期待するからな」
「うーんそこに無ければ無いですね」
「漫才は終わったっすか」
カラカラと笑う真殊に呆れる太陽が、横合いから顔を覗かせる山里に視線を向ける。
「漫才じゃねえよ。……連絡は終わったのか」
「はい。組織の方にデパートの破壊の痕跡と無力化したハスター教団信者の後処理をしてもらう要請をしておきました。あとは梅さんの講演会を無事に終わらせること……なんすけど──」
ため息混じりに言葉を区切る山里が、ちらりとチーズケーキを拠点に冷蔵庫に入れている梅宮を見やる。自然に気づいた向こうが太陽たちを見ると、ぱたぱたと近づいてきて的外れな話を始めた。
「なんだか、山里さんと真殊ちゃんって喋り方似てるのねぇ」
「そうっすかね」
「似てないと思うんすけど」
「ほら〜、そういうとこ」
「っすっすっす」
「っすっすっす」
「こいつらうるせえな……」
──拠点から車で移動して数十分。
講演会を行う予定の予約しているホテルに到着した四人のうち、太陽と真殊は館内放送を行うための部屋で話をしていた。
「敵はどーいうわけか、山里さんと夏木先生のロリママが居る場所を把握している……とするなら、二人が講演会のホテルに向かうことも分かっているし場所も割れている。
「考えるもんだな、【呪言】をこう使うのか。……使えんのか?」
「まぁ大丈夫っすよ。前に電話越しの向こう側に【呪言】を撃ったことあるし」
館内放送を行う範囲を決めるスイッチをパチパチと切り替えながら会話を交わす真殊を横目に、太陽は彼女の【呪言】で【眠】らされたスタッフを隅に横たわらせながら、自信満々に話している様子にどことなく不安感を抱きつつ小さく息を吐く。
「あと数分で講演会も始まるんで、会場の階に向かってください。夏木先生だけは範囲から外すように意識して【言い】ますけど、たぶん巻き込まれると思うんで気合で耐えてくださいっす」
「最後の最後で必要なのが根性かよ」
「ま、戦いなんてそういうもんでしょ」
「……一理はある」
「じゃ、頑張ってください」
「おう。そっちも気をつけろよ」
部屋から出ていく太陽を見送った真殊は、懐からのど飴を数個取り出して纏めて口に放り込み、ガリゴリと噛み砕いてから深呼吸を一つ。
「さて……ホテル全体の、数十……いや百人は超える人数全員に対する【呪言】。あたしの喉が持つかどうかは────やってみりゃわかるなぁ!」
ニヤリと力強く笑みを浮かべて、真殊はそう独りごちると、マイクのスイッチを入れて講演会会場以外のホテル全体に自身の声を飛ばした。
「──あー、テステス。こちら〜、館内放送です。あたしの声をお聞きの皆さん、よぉ〜~く耳を傾けてくださいませ」
『──【眠れ】』
その言葉を聞いたホテルの人間の反応は2種類。1つは【呪言】に逆らえなかった、その場に倒れ伏して眠りこけた客やスタッフ。
そしてもう1つは、講演会会場のある階層に集まっていた、ハスター教団信者たち。
「く、お……!?」
デパートで【呪言】の餌食になり【伏せ】させられていた集団に居た、リーダー格の男。
彼を含む信者たち、すなわち魔術師は、『ホテル全体の人間全員を対象にしたことで効力が拡散した【呪言】』に逆らうことが出来て、無様に眠りに落ちることは免れていた。
しかし、それらを差し引いてもなお、夜更かしをした翌日の朝の眠気を酷くしたような強烈な睡眠欲を煽られ、くらりと視界が揺れる。
「気をしっかり保て、シュブ=ニグラスの適合者はこの先だ…………」
男が背後で立ち眩みを起こしたようにふらつく信者に声をかけながら、振り返った──瞬間。
さらにその奥──通路の向こう側から、天井スレスレまで打ち上げられた別の信者が吹っ飛んできたかと思えば、男を通り越して床に落下する。
「……! シュブ=ニグラスの息子か……!」
「シュブ=ニグラスの息子、ではねぇよ!!」
両腕に硬質化した魔力を纏う太陽が、信者たちを殴り、薙ぎ、叩いて投げ飛ばし、リーダーを潰すためにと接近しながら一人一人を的確に潰していく。徐々に近づいてくる鈍い打撃音から逃れるのと同時に、梅宮の元へと向かおうと前に駆け出す男は、そこで眼前に立つスーツの女性──山里を見て足を止めた。
「はい、ストーップ。こっから先は通行止めっすよ、回れ右してお帰りくださいっす」
「適合者の付き添いで海外に逃げた、連盟組織のいち魔術師ごときが、調子に乗るなよ」
「────。あー、まずその時点で
「……なに……?」
魔力を流し込んで【強化】している分厚い刃のマチェットを握る男を前にして、ぶらりと両手を垂らしている無警戒の山里は、袖の中からぺらりと栞のような紙を、バサバサと何十──何百枚と床に落としながら、魔力をくゆらせ爛々とした眼差しで続ける。
「夏木小梅の記憶処理および海外追放、それについて行った私が、どうやってこれまで、
「────。ま、さか」
「『まさか』はこっちのセリフっすよ。
何十、何百。それどころではない。何千、何万と、山里の服の裏から溢れ出る小さな紙が、それぞれ『防』と『爆』の1文字を表面に刻み込みながら、ぶわりと舞い上がり──男を、他の信者を、周囲の壁を床を天井を、山里自身を、太陽を包み込む。
「や、め──くっ、ぐ、おぉ……!?」
逃げようと判断した時には遅く、踵を返そうとした足から順に紙が貼り付き動きを阻害していき、やがて辺り一面を紙による白一色に染め上げた。
「いやぁ〜~、事後処理を組織に丸投げしていい状況で暴れられるのって、最高っすよね」
「……確かに、お前と下谷って似てるわ」
──特に異能の行使に躊躇いが無い辺りが。そう口にするよりも早く、通路を埋め尽くす紙のうち、『爆』と書かれた紙だけが、小規模な爆発を何万回と繰り返す。果たして結果として大爆発を形成していった紙の破裂が終わるのは、それから数分後であった。
「……一つだけいいか」
「なんすか?」
「デパートでやれよ」
「あ〜、無理っすね。私の精神系呪言を用いた紙の攻撃は、閉所でやらないとそんなに威力でないんす。何千発もの爆竹を放り込むみたいなもんなんで」
役目を終えて消失する紙の中からは、何千発何万発もの小規模な爆発に晒され続けたハスター教団信者の死体だけが現れる。
更には爆発の威力を別の『紙』で抑えたことで、周辺への被害はほとんど存在していなかった。
「……なるほど、閉所での『爆』発を、もう片方の紙で『防』いだのか」
「どこに行っても敵性魔術師はみーんな私のことを侮るんで、こうした不意打ちが刺さるんすよねぇ。さて、最後の仕上げっすね」
「にしても、その紙に書いた文字通りの効力を発揮するやつ、どっかで見たことあるな」
「使える人は意外と居るんで、連盟組織……明暗丞久辺りと関わってるなら見たことはあるでしょうね。──っと、もしもし梅さん? 講演も終わったでしょ、その部屋から出てくださいっす」
太陽と話しながら懐から取り出した携帯で電話をし、梅宮を部屋から出るように指示する山里。太陽もまた、それを見て真殊に電話をする。
「……下谷、終わったぞ。今度は講演会の会場内だけに放送で【呪言】を使ってくれ」
【うーい、ロリママが部屋から出たら言ってくださいっす。すぐ撃つんで】
電話越しの真殊の言葉を耳にしながら、太陽は山里と共に向かった出入口の中から、ガチャリと梅宮が出てくるのを目にした。
「──終わった〜~、充実した時間でした」
「お疲れっす梅さん。……夏木さん!」
「おう。下谷、やってくれ!」
【ういうい】
プツッと電話を切ると同時に、部屋の中からくぐもっているが真殊のものであろう声が聞こえてくる。部屋の外に僅かに漏れた【呪言】の魔力が消え去るのを肌で感じ取った二人は、そろりと室内を覗き込む。すると、室内に居た講演会の参加者全員が、椅子に座ったまま意識を失っている光景が広がっていた。
「……これで、終わりか?」
「っすね。まあ結末はあっさりしてるもんっすよ、ホテルでの後始末は気にしないでください」
講演会も信者の相手も終わり、部屋の扉を閉めた太陽たちは、ホテルから出るべく階段で下に向かう途中、言葉を続ける。
「夏木さん、私らはこのあとまた拠点に戻って、明日の飛行機で海外に戻ることになるんで、外に出たらそこでお別れっす」
「ああ」
「……このあと、おそらくもう、梅さんと夏木さんが再会することは無いです。だから、ここが二人が会話できる最後のタイミングっすよ」
「……ああ」
途中、放送室から合流した真殊も交えて1階に向かい、客もスタッフも全員眠っている異様な光景を尻目に、四人は出入口に歩いていく。
「それと、夏木さん。今回の件で、少しばかり連盟組織を疑う必要が出てきました」
「というと?」
「今回に限って帰国の許可が出て、そのタイミングでハスター教団の信者に襲われた。偶然にしては出来すぎてるんすよ」
「まあ、そう考えるとな」
道中で呟く山里の言葉に、太陽は確かにと頷きながらそう言葉を返す。
「私は梅さんを守るのが最優先なんで、そう深くは関われませんが……今後もこういう件に関わるつもりなら、連盟組織は信用しないほうがいいです。するにしても明暗丞久などの個人を信用してください」
「別に関わりたいわけじゃねえんだけどな。……ま、その忠告は素直に聞いとくぜ」
それから、山里だけが一足先に外に出ようとして、背中越しに太陽たちに言う。
「──じゃあ、ちょっとだけ待ちますよ」
「おう、悪いな。……梅宮」
「ん? なぁに?」
足を止めた太陽に呼びかけられて、梅宮もまた足を止めて振り返る。真面目な顔をする太陽は、きょとんとした顔の梅宮に続けた。
「わかんねえと思うけど、俺さ、あんたのお陰で今こうして過ごせているんだぜ」
「まあ、そうなの?」
「だから、まあ…………うん、達者でな。元気でいろよ、怪我するなよ、風邪引くなよ」
「ふふ、なぁにそれ。親みたいなこと言うんだから。……あなたたちもね? 今回みたいな危ないことには、無理に立ち向かわなくてもいいんだから」
「向こうが見逃してくれないんすよねぇ」
真殊のぼやきにクスクスと笑う梅宮。彼女はそういえばと、太陽に目を向けて口を開く。
「結局あのケーキ、潰れちゃってたのよねぇ」
「そうか」
「でも、大丈夫よ。だって──」
一度口を閉じる梅宮。そして太陽は、続く言葉に全く同じ言葉をかぶせた。
「形が崩れても味は同じ、だろ」
「形が崩れても味は同じ、だもの……、……?」
「そういうもんだ。……じゃあな。梅宮」
「……? ……?? ……ええ。それじゃあね、太陽さん、真殊ちゃん」
「ばいばーい」
梅宮は、太陽がかぶせた自身と同じ言葉に、ふとした既視感を覚える。けれどもその意味に、理由に、想い出に気づくことはない。
やがて待たせている山里の方へと小走りで駆けていった梅宮の背中を見送って、太陽は深いため息ののちに口角を緩めて笑った。
「──見た目が変わろうが、中身は変わんねえもんだ。ケーキの味も、母さんの魂も。だから、母さんだったころの言葉を覚えていた。……そういうもんだ。それで、いいんだよな」
「……大丈夫っすか、夏木先生」
「大丈夫だ」
遅れてホテルの外に出れば、そこには二人はもう居ない。そして、そよそよと風が頬を撫で、一仕事終えたように満足感が残る。
「ま、子供は親から卒業するもんだしな。俺の場合は、状況が普通と違うだけで」
「違いすぎません?」
「っはは。……ところで、下谷はなんで、あのデパートに来てたんだ?」
全部が終わり、あとは帰路につくだけ。それから別れる直前、太陽は真殊に問いかけた。
「あぁ〜、実は友達が離島の宿泊施設のペアチケットを当てたんですよ。次の三連休で二泊三日の旅行に行くことになったんで、旅行カバンの新調をするつもりだったんす。それでああなった、と」
「そうか……なんか、悪かったな」
「いやいや、あたしが居なかったら危なかったんすから、結果オーライでしょ。んじゃまあお元気で、またどっかで会いましょ〜」
アッハッハ、と笑う真殊に、太陽もまた申し訳なさと感謝の念を同時に感じる。
「…………。あ、しまった」
改めて別れの挨拶を交わして互いに別の方向へと歩き出した途中、太陽は、最後の最後で重要な事実に気づいて空を仰ぐのだった。
「──アビーに渡す土産買い忘れた」
『完』
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