とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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隻眼の龍は風の神 1/4

 赤霧市の一件から時間も過ぎて七月の半ば。暑さが勢いを増しつつある夏空の下で、二人の旅行客が、波に揺られる船の甲板で潮風を浴びていた。

 

「はぁ〜~、夏って感じ」

「そりゃあ、七月も半ばならそれは夏だよ」

「それにしても光冷、あんた運良いのね。まさかペアチケットが当たるなんて」

「……これまでで厄介事が畳み掛けてきた分の揺り戻しと考えておこうか……」

 

 金髪を波風に揺らす少女──下谷(しもや)真殊(まこと)は、伊達メガネの少女──上山(かみやま)光冷(みれい)と会話を交わす。

 

「異能者に覚醒して、蜘蛛退治させられて、特訓させられて、魔術師同士の殺し合いに巻き込まれて……ここ数週間で濃密すぎる時間を過ごしたもんね。真殊もこのあいだ大変だったんだって?」

「ああ……なんか、トイレから出たら前に家庭教師してくれてた先生が殺されかけてたんだよね」

「なんて???」

 

 

 

 

 

 ──改めて説明を受けた光冷は、真殊の話が終わると伊達メガネを外して目頭を指で押さえる。

 

「…………。何やってるの???」

「だぁから色々あったんだってば。まさか夏木先生も変な能力使える側だったとはねぇ」

「夏木先生って、確か真殊がリモート家庭教師してもらってた人だよね?」

「そそ。んで、成り行きで夏木先生のロリママの護衛をしたってワケ」

「ろ、ロリママ……」

「すんげぇちっこかったわ。あの小ささからあんな筋肉が産まれてきたとか信じられない」

「いや最初からデカかったわけではないでしょ」

 

 そんな風にダラダラと談笑を続けていたとき、ふと。甲板の柵に背中を預けていた真殊の横っ面に、風に煽られて飛んできた短い帯のような物体がベチンと当たり、それは船から遠くへと飛んでいく。

 

「ぶへぇ!?」

「えっ、なに?」

「なんか飛んでき……あぁ〜飛んでっちゃった」

 

 反射的に掴もうとして失敗したモノを目で追う真殊に並んで、指でメガネを上にズラした光冷が【霊視】を使い視力を強化。

 カメラのズーム機能のように視界に収めた物体を拡大して捉えた光冷は、水面に落ちて見えなくなった『それ』に対して眉を顰めて呟く。

 

「あれは……なんだろう、ベルト? ()()かな?」

「はぁ? なんでそんなもんが飛ん────」

 

 真殊が最後まで言い切る、直前。二人の背筋に唐突に氷を入れられたような怖気が駆け抜け、いつでもその手に得物を【召喚(コール)】出来るように緩く力を入れながらもその異質な気配と向き合うように構える。

 

 

「おぉい、私の眼帯見てねぇかぁ?」

 

 

 ──その気配の正体は、そんな事を言いながら船の中から甲板に出てきた、一人の女性だった。

 ジーンズとワイシャツに身を包み、黒髪をポニーテールにして垂らし、片手を額に当てて目元に影を作るようにして眩しさから()()を守っている彼女は、光冷と真殊を見て訝しむように片眉を吊り上げる。

 

「…………あ〜~、え〜~と、あっち」

 

 真殊が質問に答えるように指をつい、と海の方に向けると、女性は察したように気だるげに言う。

 

「海に落ちやがったか。……予備作るのもめんどくせぇしもういいか、隠すのもダルいし」

「いーんすか?」

「まあ、まあ……な。隠してんのは左目なんだけど、少〜しばかり変になってるから注目されたくねえってだけだからな」

 

 と言いながら手を退けた女性が閉じていた左目をパッと開く。そこにあったのは、ヤギのような横に細長い長方形の模様が刻まれた瞳だった。

 

「おお。マジで変じゃん」

「ってなわけでさっきまで眼帯してたんだわ。痒くて一回外したら風に煽られて飛んでったけど。まあそれは置いといて……」

 

 女性は言葉を一度区切ると、二人に改めて視線を向け、あっけらかんと言い放つ。

 

「お前ら異能者だな」

「っ──!」

「えー、と。そういうのわかるもんっすか?」

「目覚めたばかりだろ。魔力操作がまだまだ甘いな、制御しきれずに少し漏れてるぞ」

 

 くつくつと喉を鳴らすように笑いながら歩み寄る女性に、二人は身動きを取らない──否、()()()()。生物的に『格』が違いすぎるのだ。

 

「ま、そんぐらいなら『多少の霊感があるやつ』レベルだ。変な動きしなけりゃ野良の魔術師に敵視されることもねーだろ。私も久しぶりの休みでテキトーに旅行しに来ただけだしな」

「そう、なんですか……」

 

 気だるげにボヤく女性に光冷が返す。けれども彼女の【霊視】を介した視界には、可視化された女性の持つ異様な魔力が映っていた。

 女性本人が持っている抜き身の刃のような()()魔力と、そんな女性を包むように纏わりついている、枯れ木のような()()魔力。

 

 それらを併せ持つ存在を前に、光冷と真殊は脳裏で逡巡する。──戦うとして、勝てるのだろうか。と。答えは単純、()()()()()()()だろう。

 

 そう断言せざるを得ないほどに、女性の魔力は、視ている光冷と肌で感じている真殊の目線で判断できる程度にはおかしい。

 

「にしても、この船の行先は離島の……『海神島(わだつみじま)』だったか。なんでも何十年も前に、海の底に荒ぶる神を封じ込んだとかそんな逸話が残ってるわけだが……」

 

 ちらり、と女性は二人を見て、警戒してんなぁ……と察して小さく笑う。

 

「ああそうそう、私は明暗丞久だ」

「あっ、私は上山光冷です」

「あたしは下谷真殊っす」

「光冷と真殊ね。まあよろしく。船降りたら別行動だろうし、とりあえずこれ渡しとくわ」

「はい?」

 

 女性──丞久の言葉に光冷が小首を傾げる。眼前でメモ帳を取り出して何かを書き込み、それを千切って渡してくると、そこには数字が書かれていた。

 

「私の携帯の番号だ。変な話を聞いたとか、変な奴を見たとか、バケモンを見たとか、そういう事態になったら私に電話しな」

「え。()()()()()()になるんすか?」

「私と、お前ら。異能者やら魔術師が三人も集まればな……だいたいの場合で問題が起きるんだよなぁ。これはガチ目の経験則だ」

「えぇ……」

 

 光冷が受け取ったメモの番号を横合いから覗き込む真殊が、疑問への即答にげんなりとした顔をする。その顔を見て口角を歪めて笑う丞久は、近づいてきた島に顔を向けると、小さくため息をついた。

 

「これまた、妙な曰くがありそうな島だな」

 

 

 

 

 

 

 ──船が停泊し、荷物と共に地に足をつけた二人は、一足先に降りてそのまま島の奥に消えていった丞久と別れて宿泊施設に向かう。

 

「……明暗丞久、って名前、なんかどっかで聞いたことあるような気がする」

「そうなの?」

「なんだったかな……」

 

 色違いで揃えた同タイプのキャリーケースをガラガラと引っ張りながら歩く二人。その内の真殊が、つい最近どこかで聞いた丞久の名前の出どころを思い出そうと唸っていたとき、ようやく思い出す。

 

「──あ、思い出した! 例の夏木先生の件で名前だけ出てた人だ! 確か連盟組織? みたいなとこに所属してるっぽいやつ!」

「連盟組織、ねぇ。……与一さんが前に、アトラック・ナチャの小蜘蛛の処理を『組織の人に任せる〜』みたいなこと言ってたけど、もしかしてあの時の()()って連盟組織のことなのかな?」

「たぶんそうかもねぇ」

 

 互いに思い出し、推察の内容を擦り合わせる二人。そうして、不意に違和感を抱く。

 

「……だとしたらおかしくね? なんで連盟組織所属の丞久さんが、()()()()()()()()()()()()()の?」

「……確かに、与一さんの言う『組織』が連盟組織のことなら、異能者である私たちのことは報告しているだろうし、あの日蜘蛛退治が終わってから与一さんが学校に呼んだ人たちが連盟組織の魔術師だったなら、少なくとも私たちの存在は把握しているはず」

 

 宿泊施設に向かう足取りが徐々に重くなる感覚。二人は気付いてはいけない事実に気付いたかのように、頬に冷や汗を垂らしながら口を開いた。

 

「『組織』が連盟組織のことで、夏木先生とか与一さんと共通の知り合いだとする前提の推察になるんだけど……さ。まさかとは思うけど、丞久さんって、()()()()()()()()()()()……?」

「そうなる、よね。だって情報共有されてるなら、与一さん経由の報告を知ってるはずだから、私たちの事をもう少し把握しているはずだし」

「…………。なぁんか察せてきたかも」

 

 真殊がそう呟きながら、脳裏にそういえばといつぞやの話を思い返す。

 太陽と協力して戦った際の、彼の母親の護衛であった連盟組織所属の魔術師・山里の言葉。

 

 それは二人が海外から日本に戻る許可を連盟組織が出したタイミングで、()()()()襲われたというモノ。それもあって、彼女は確かに『連盟組織は信用しないほうがいいです。するにしても明暗丞久などの個人を信用してください』と発言していた。

 

『組織』と名乗れるほどの規模の魔術師団体が、自身の身内に情報を伏せている可能性。

 それを踏まえると、真殊や光冷といったフリーの異能者は、存在と立場が危ういのだ。

 

 ──水面下で、密かに、致命的に厄介な事態が進行しているのだと、嫌でも理解させられる。

 

 

 

 

 

「……これちょっとマズいかもなぁ〜~」

「あとで与一さんに電話してみた方がいいかもね。組織のこととか、丞久さんについて」

 

 七月も半ば。

 暑い季節のはずなのに、どことなく。

 ゾクリとした薄ら寒い感覚が、背筋を撫でた。




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