とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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隻眼の龍は風の神 3/4

「どうぞぉ、粗茶です」

「粗茶ですって断言したら駄目だろ」

 

 屋敷に通された丞久は、巫女の少女──海神(わだつみ)リコが出した湯気の立つお茶を一口すする。

 

「……それで、何から話しましょうか」

「とりあえず順を追って最初からで頼むわ」

「めんどくさいですね。あ、これお茶請けです」

「話逸らすのはやめ──田舎で祖母が出してくるフルーツ味の謎のゼリーだァ〜~ッ!?」

 

 深い木皿に無造作に入れられた色とりどりのお菓子に度肝を抜かれている丞久の対面に座るリコは、自分の分にと淹れたお茶を飲んでから切り出す。

 

「まずですねぇ〜~、80と何年か前にこの島でとある儀式を行う予定だったんですよ」

「儀式だぁ?」

「簡単に言うと、海の底から上がってくる神様を、私の異能で抑え込む儀式です」

「……お前んとこの異能っつーと?」

「海神家の異能は、【抑圧】。文字通りに()()()()能力です。例えば────この湯呑み」

 

 リコはそう言いながら、お茶がまだ入っている手元の湯飲みを持ち上げる。それからおもむろに、くるりと手首をひねって180°回転させた。

 

「な──」

 

 けれども、お茶は一滴も零れることはなく、テーブルにぶち撒けられると予想して身構えたさしもの丞久ですら、その異様な光景に驚愕する。

 

「湯飲みを『器』と定義して、中身を【抑圧(おさえこむ)】。こうすると、中のお茶は抑え込まれて出てこない」

「……ショボ…………」

「そりゃあ簡単に見せるとなるとこの程度になりますよぉ。でもこれ、わりと応用が効くんですよ? それこそ神を抑え込む事が出来るわけですし、自身の寿命だって【抑圧】して実質不老のように長生きすることだって出来るんですから」

「────。お前、何歳だ?」

()()()から80年ちょいですから……えー、と。だいたい92歳か93歳くらい?」

「……マジかよ」

 

 視線を斜めに上げて思い出すリコの言葉に、丞久もまた呆れと怪訝さを混ぜたような顔をした。

 

「で、ですね。私は80年ちょい前にこの島に襲来した海の神を【抑圧】で封じる儀式を行おうと思ったんですけど、上手くいくかは賭けだったんですよね」

「なんで?」

「なんでって、だって、いきなり海の底から出てきた神を相手にこんな異能が通じるかわかるわけないじゃないですか。初めての事態にぶっつけ本番で挑まなきゃいけなかったんですよ?」

「…………。え、先祖代々続く()()()()家系だった、とかじゃねえの?」

「全然違いますけど。私は元々、ちょろっと変な術が使えただけのただの巫女ですよ?」

 

 ──紛らわしい。反射的にそう言いながら頭を引っ叩こうとする衝動を堪えた丞久は、そもそもの勘違いに重いため息で返した。

 

「まあ、私だけの力で抑え込めたとして、今ほどの長さを維持できてはいなかったでしょうね。現在私が神を抑え込んでいられるのは、アレがある人物の尽力により片腕を斬り落とされた手負いだからです」

「当時の魔術師か?」

「まぁ〜~~、たぶん?」

「なんだよ『たぶん』って」

 

 口角をひくつかせて乾いた笑みをこぼすリコが、困ったように小首を傾げる。

 

「今にして思えば服装も変でしたし、あれは恐らく……そういうことなんでしょうね」

「勝手に納得しないでくんねぇかな」

「おっと失礼。……あの日手を貸してくれた魔術師は二人居ました。不思議な一組の男女と、そして……彼らと共に居た、9匹の大蛇。それぞれが当時の島にあった村を守り、神と戦い、私が【抑圧】できる程度に追い詰めてくれたんです」

「……昔過ぎて脚色入ってる?」

「ノンフィクションなんですけど……!」

 

 ほんとかよ……という疑いの眼差しを向ける丞久。リコはふんっと鼻を鳴らしてゼリーを1つ口に放り込み、【抑圧】を解除した湯呑みのお茶を飲む。

 同じようにお茶をすする丞久は、聞いた話を脳裏で噛み砕いて理解しながらも質問した。

 

「その話が、私に倒してほしいっつう話にどう繋がるんだ? まさか【抑圧】も限界があるのか?」

「いえ別に。ただ、倒せうる実力のある魔術師が来てくれたし殺ってくれないかなぁって思ったんですよ。今の私は神の抑圧と寿命の抑圧で2重に【抑圧】を行使している状態なのが少ししんどくて」

「具体的には?」

「常に頭の片隅に『ガスの元栓閉めたっけ?』みたいな不安感がよぎって集中力が削がれる感じが80年続くこのストレスがわかります?」

「そりゃしんどいわ」

 

 なるほどなぁ、と。丞久ですら、同情心が湧いてくるような状況だと理解して苦笑する。

 

「海の神……っつーとクトゥルフのタコ野郎か。ただなぁ、今の私だとちょいと手に余るぞ。前までなら使えてた力が抜けちまってるから、これに関してはお前が与える『力』の内容で話が変わるが」

「なるほど、なるほど。それについてはご心配なく。私の方でもあの神が『なに』なのかは調べましたし、敵対しているのが【風神】であることについても把握しております。です、のでぇ〜~〜」

 

 そう語尾を伸ばしながら、リコは後ろの壁の掛け軸付近に置いてある木箱を取ろうと体を仰け反らせる。──普通に立ち上がって取りに行けばいいのに。とは言わない丞久の優しさを余所に、彼女はなんとか手に取った木箱を姿勢を正しつつテーブルに置いた。

 

「もろもろの文献や逸話を繋ぎ合わせて、風の邪神(ハスター)とはまた違う風神の力を人工的に創り上げました。それがこの魔力玉────【一目連】です」

「一目連……龍でもある風の神か」

 

 リコが開けた木箱の中にあったのは、親指と人差指で輪を作ったくらいの大きさをした、鮮やかな緑色の珠だった。

 

「一目連、あるいは一つ目の龍。すなわち一目龍(イームーロン)。古くから信仰された暴風の龍神、これをあなたの力に出来るのであれば、おそらく手負いの海神はほぼ確実に仕留められます」

「貰えるもんは貰うが……これを使うとして、どうやるんだ? 割って中身を取り込むのか?」

「……? いえ、呑んでください」

 

 珠を手に取って光に透かして眺めていた丞久は、リコのあっけらかんとした言葉に目を丸くする。

 

「結構、デカいんだけど?」

「頑張れば……イケますよ?」

「昭和の根性論はもう古いんだけど?」

「だって私、昭和生まれの人間ですし」

「こいつ『敵』か……???」

 

 さも当然かのように行われる無茶振り。まさしく昭和生まれであるリコの体育会系もかくやと言わんばかりの発言に引く丞久が、うげぇと声を漏らしながらもそれなりに大きい珠を見やる。

 

「……これは戦いの直前まで置いとくとして、だ。──リコ、お前がタコの【抑圧】を解除した場合、浮上してくるのにどれだけ掛かる?」

()()にでも。前兆として天候が荒れて、災害クラスの土砂降りになるので、戦う場合は事前に言ってください。放送で人を屋内に避難させる手間を挟まないといけませんから」

「島の連中は、この快晴の青空が急に土砂降りになるぞって言われて聞くのか?」

「ん〜~~、どうでしょうねぇ。それこそ都合よく【呪言】使いでも現れてくれるなら話は変わってくるんですけれどもねぇ」

「はっ。ンなもん()()()()()()だろ────」

 

 と、そのとき。ふと丞久の携帯に電話が掛かってきてポケットの中で震える。

 見覚えのない番号に出れば、それは、つい先程メモを渡した少女のモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──山頂付近の屋敷に通された真殊と光冷。二人は丞久とリコの話を聞いて、顔を見合わせる。

 

「よぉし話は聞かせてもらった。それならあたしの【呪言】で島民と観光客を家ん中に押し込んであげようじゃないの!」

「この流れでマジで都合よく【呪言】使いが現れることあるんだな」

「…………。やっぱり」

「あん?」

「ああいえ、何でもないです」

 

 真殊の啖呵に感嘆する丞久の態度を見て、光冷が独りごちる。

 ──やっぱり丞久さんは真殊のことを知らないのか。と、先ほどまでの考察がほとんど合っているのだと脳裏で推測していた。

 

「でしたら話は早いですねぇ~。真殊さんは【呪言】を使った放送で民間人全員を屋内に避難させて、丞久さんは神を仕留める。作戦はシンプルです」

「軽い口調でとんでもねえことやらせようとしてくるじゃんこのバアちゃん」

「私はどうしましょうか」

「【霊視】で色々と見えるそうですし、ここから海の方を『視』てもらう形で観測を手伝っていただければ助かりますねぇ」

「監視カメラ??」

「どちらかというと、広義の意味で言うところの望遠鏡ですかね」

「……ま、まあ、どちらの扱いの方がマシかについての議論は今度にしますけども…………」

 

 ともあれ、そんな会話を交わしながらもあれよあれよと話が進み、四人は屋敷の外に出て準備を始めることとなる。指先に乗せた珠を眺める丞久は、真殊と光冷を横目に一瞥しながら口を開く。

 

「さて、カッコつけて異能で私を見つけようとして電話することが頭からスッポ抜けてた小娘ども」

「急に刺してきた…………なんすかね?」

「言われた通りのこと以外はすんなよ、間違っても戦いに参加しようとはすんな」

「……そのつもり、ですが」

 

 珠を握る丞久は、改めて二人に首を向けて、それぞれの顔を真っ直ぐ見据えて続けた。

 

「どうだかな。お前らはたぶん私の馬鹿弟子と似てるタイプだ。やるときは殺れる。つまり良くも悪くも戦いに向いてんだよ」

「弟子、って……与一さんですか?」

「なんだ知ってるのか。ったくガキの異能者と知り合ってんなら直接報告しろよなァ」

 

 やれやれと首を振って呆れている丞久は、さて、と意識を切り替えて柔軟を始める。

 

「──真殊さぁ〜ん、放送の準備が出来たので【呪言】お願いしまぁす」

「なんかどんどん使う範囲が広くなっていくなあ〜。これ反動とかどうなんだろ」

「やればわかりますよ」

「ねえ光冷この人顔に見合わず体育会系すぎてなんか怖いんだけど」

「…………が、頑張れー……」

 

 何もできない事への申し訳なさと、自分は無茶振りをさせられない事への安堵の混じった微妙な顔をする光冷は、張り詰めた緊張感が肌を粟立たせるのを感じながら──島全体への放送を耳にした。

 

【──えー、島内放送です。海神島に居る方々は、可及的速やかに【屋内に避難して】ください。繰り返します、速やかに【屋内に避難して】ください】

「始まったな」

「……! 丞久さん、天気が!」

「おう。こっちも準備しねえとな」

 

 真殊の【呪言】が島全体に響き渡るのとは別に、妙な気配が辺りに満ちていく。

 まるで早送りでもしているかのように急速に荒れていく空模様が太陽を覆い隠し、曇り空が島を包み込み辺りを薄暗くさせている。

 

「んじゃ、餅を喉に詰まらせる老人の気分を味わうとする……かぁ! いただきやぁす!」

 

 やがてポツポツと雨が降り始めた傍らで、丞久がそう声を荒らげて真上に放った珠を大口を開けて一息に呑み込む。ごくんと喉を鳴らして勢いよく胃に落とした────直後、不意に、暴風が荒れ狂う。

 

「──づ、ぐっ、ぉオォおお!?」

「た、丞久さん!?」

「ォオォオオォ……ガァアアアッ!!?」

 

 丞久を中心に発生する暴風。その内側で、彼女のシルエットが変化していく。

 

 ミニサイズの竜巻といっても過言ではない風と魔力の渦の中で、丞久の背中から骨格が伸び、硬質化した魔力が翼膜を再現し、頭からは2本の角のような物体が伸びていく。果たして丞久は、渦の中で力強く()()()()飛び上がり、雨雲の中へと姿を消す。

 

 

 

 

 

「あれは……龍……?」

 

 姿を消す直前、【霊視】でかろうじて姿を追えていた光冷は、確かに──龍の翼と角を生やした丞久を見上げていた。




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