とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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隻眼の龍は風の神 4/4

 ──ばさりと羽ばたく丞久は、雨雲の上でたゆたう。雲に遮られていた太陽の下で、彼女は懐かしい力に酔いしれている。

 

「あぁ────、久々の感覚だ」

 

 プロセスや力の質は違えど、風を纏い、空を飛ぶ。この感覚を、丞久はずっと待ちわびていた。

 

「風と一体化するような、私自身が風そのものになるような感覚……たまんねぇな」

 

森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】と同じような、硬質化させた魔力で生やした翼を、まるで元から自身の体に備わっていたかのように自然に操り羽ばたく丞久は、その手に更に硬質化させた魔力をスレッジハンマーのような形状に変形させながら言う。

 

「さあ〜~て、タコ野郎どもをぶちのめすために一緒に暴れようぜ、【風神龍(イームーロン)】よォ!!」

 

 その力の根底にあるのは、風操作による高速機動。であるならば、邪魔にしかならない翼は何のためにあるのか? ──答えはシンプルである。

 

()()()()()()()()()()!! 能力はいつだってシンプルイズベストだよなァ!?」

 

 両手でハンマーを握り、肩甲骨を動かす感覚で、取り込んだ力と【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】が混ざり合って変異した異能──【風神龍(イームーロン)】の翼をばさりと動かす。

 

 ──瞬間、丞久の体が見えない壁に押し出されたかのようにして急加速し、濃密な雨雲に大穴を空けながら超高速で落下を始める。

 

「ッハッハッハッハァ…………ギャア〜~〜ハッハッハッハァァァ!!!

 

 羽ばたく。加速する。羽ばたく。加速する。音の壁を突き破り、海の中から浮上して島に乗り込もうとする無数の巨大な魚人たちへと突貫する丞久は、一際巨大な魚人──クトゥルフを見やる。

 

 深海のような暗い青緑の肌にタコの頭を持つ巨人とでも言うべき神は、事前の話の通りに、左腕が斬り落とされている手負いの姿をしていた。

 

「万全の状態なら兎も角よォ……負傷して数十年封印されてたやつが今更私に勝てると思ってんのかァ? おい、コラァ!!」

 

 頬が裂けんばかりに獰猛に笑いながらの一閃。しかして振り抜かれたハンマーが殴り砕き肉を破裂させたのは、クトゥルフの傍らに立っていたダゴン。

 続けざまに急カーブして軌道を変えながら遠心力を込めた一撃でハイドラを木っ端微塵に弾けさせると、丞久は空中に足を置いて、風の上に立つ。

 

 続々と海の中から現れるクトゥルフの配下たちを見て、丞久はただただ楽しそうに笑みを浮かべ、硬質化魔力で形作ったハンマーを握り直す。

 

「【風神龍(イームーロン)】の試運転にゃあちょうどいい、磯臭えモグラ叩きの時間だぜ」

 

 そう言って全身に魔力を迸らせる丞久。そんな彼女の左の瞳には、ヤギのような横長の模様の上に、爬虫類のような縦長の模様が加わり、まるで十字のようなマークとして新たに刻み込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──土砂降りの下で傘をさして観戦している三人。その内の真殊が傘を片手に呟く。

 

「【雨避け】……と。こんなもんか」

「いやぁいいですねぇ〜【呪言】って」

「使いすぎると喉痛くなるから、別に『いいもん』ではないんすけどね」

 

 辺りの視界すらも遮る大雨の中で、真殊は【呪言】により雨風を和らげる。かろうじて視界が通せるようになり、今度は光冷が【霊視】で山の上から海の方を見通し、二人に視界を共有する。

 

「お〜よく見えるよく見える。あれがクトゥルフってやつか。パッと見はただの頭にタコ被ってる巨人だなぁ。食えそうにはない」

「食べられるかどうかで判断しないでよ」

「うーん。左腕が無いのを見るに、確かにあのときと同じ個体ですねぇ」

 

 光冷の視界を共有することで、真殊とリコは山の上の屋敷付近から島の外側で高笑いしながら高速移動する黒い塊に痛めつけられている魚人たちを見て、それぞれが軽く引きながらもなんとか言う。

 

「あのゲラゲラ笑いながら飛び回ってる黒いのが、丞久さん……でいいんだよな?」

「笑い声に混じって破裂音も聞こえてくるから音の壁を超えてるみたいだけど、あれは……生身で耐えてるってことになるの??」

「世の中には不思議な人も居るんですねぇ」

「『不思議』で片付けていい話じゃねーんだわ」

 

 にこやかに大雑把。そんなリコに呆れる真殊とは別に、光冷は彼女が見上げてきていることに気づいて意識をそちらに向ける。

 

「? ……あの、なにか?」

「────。なるほど、なるほど」

「な、なにが……!?」

「……私のことを知らない、()()()も居ない、用があって来たわけでもない、となると……なるほど。()()()()()()()()()()()──と」

「……? ……??」

「お気になさらず、いずれわかりますよ」

「えぇ……??」

 

 勝手に納得されて勝手に会話を打ち切られた光冷は、リコの発言の真意を理解できずに疑問符を浮かべるばかりであったが、ふと質問を投げかける。

 

「ところで、あの怪物は、いったい誰に腕を斬り落とされたんですか?」

「────。ずうっと昔に、浮上したアレを相手に私を背負って跳び回ったとある魔術師です。そして手傷を負って抵抗力が弱まったあの神を【抑圧】で封印したのち、その魔術師さんは、居なくなる前に私に言ったんです。『今から80年後くらいに、あなたはある人物からあるモノを渡される。それが必要になるから渡してほしい』……みたいなことを」

「……? それってまさか、未来から来た────」

 

 リコの言葉に、光冷は何かを察する。しかしその言葉を遮るようにして、辺り一面に凄まじい突風が爆発したように荒れ狂う。

 ギシギシと建物を揺らす勢いのそれは、上空の雨雲ごと雨粒を吹き飛ばし、曇り空を散らすようにして、光冷たちの頭上で風を纏っている。

 

「──ッふぅ〜~い。楽勝だったな」

 

 それは龍のような翼と角を生やした姿の丞久だった。彼女は風をクッションにして軽やかに着地すると、翼や角を空気に溶かすように解除して普通の姿に戻り、首や腰の骨を鳴らしてリラックスする。

 

「お疲れさんどす。なんかすげぇテンション高かったっすね」

「久々の風操作だったからなぁ。そりゃあテンションも高くなるってもんだ」

「そんな数年ぶりに車運転する人みたいなノリで異能力使うことあるんだ……」

 

黄衣の王(ハスター)】以来の風操作能力。姿形は違えど、良くも悪くも慣れ親しんでいた能力が返ってきた事に、丞久は年甲斐もなくワクワクしていた。

 

「さぁ〜~、て。タコ野郎とその一味もぶちのめしたし、力も手に入ったし、一旦連盟組織に帰って報告とかしとかねぇとなぁ〜~」

「……!! あの、丞久さん!」

「あん?」

 

 丞久の口から出た『連盟組織』という単語。それを耳にして、光冷は慌てて呼び止める。

 

「……こないだの件もあるしあたしの方から言うべきか。丞久さん、夏木先生の母ちゃんがつい最近帰国してきたこと、組織から聞いてます??」

「────。あ?」

「っ、っ……!?!?」

 

 

 ──みしり、と。空気が軋む。

 

 

 物理的にか、或いは精神的なプレッシャーが重圧になっているのか。ともあれ、丞久の纏う気配ががらりと変わり、その場の三人は、地面に伏せてしまいそうな威圧感に晒された。

 

「どういうことだ」

「……い、いやぁ、どういうこともなにも、成り行きで、あたしが夏木先生と一緒に、帰国してきたらしい夏木ママを護衛することになったんすよ…………そのとき夏木ママの護衛をやってる、連盟組織側の魔術師が一緒に居たんで、間違いないっす……!」

 

 あまりの圧力に息を忘れそうになる感覚。真殊は呼吸を荒らげながらも、なんとか事情を説明すると、丞久は考え込むようにして黙りながら、目玉だけを左右斜めにギョロギョロと動かしている。

 

「女史の護衛……山里か。あいつが私に報告し忘れるなんてのは契約違反になるから忘れるわけがない。つまり、報告はされている筈だな。その場合、組織が私へ情報が行かないようにしているわけだ」

「ち、ちなみに夏木先生からは聞いてないんすか」

「母親の扱いを連盟組織側に一任してる側だからな、あいつから報告されることなんかねえよ。ただまあ、そうなると、だ」

 

 腕を組み、重苦しく深いため息をついた丞久は、天を仰ぎながら口を開いた。

 

「別に元から忠誠してるわけじゃあなかったが……いよいよをもって信用する理由が無くなってくるな。……そういうことしちゃうんだもんなァ?」

 

 面倒くさそうに、気だるげに。そうぼやくのを最後に、ようやくと辺りに撒き散らされていた圧力がふっと消え去る。──少し考えてから、丞久はパンと手を叩くと、三人に向けて言った。

 

「よし、こうしよう。いいか? ()()()()()()()()()()()()()()()。そういうことにする」

「……連盟組織(しょぞくさき)に、情報を伏せるんですか」

「向こうが先にやったことをやり返すだけだ。それに……ここで【風神龍(イームーロン)】を手に入れたことを伏せておけばいざって時の切り札(ジョーカー)になりうる」

 

 自身の発言に返してきた光冷に言葉を続けつつ、手のひらに風の渦を生成して笑う。

 

「──そろそろ改めて理解させるべきかもな、私らを制御しようとするのが間違いだったって」

 

 風を握り潰すようにして掻き消すと、丞久は真殊と光冷に視線を向けて言う。

 

「つーわけだから、ここでのことは他言無用で頼むぜ。まあ与一とかになら言ってもいいかもしれねぇけど、あいつも忙しそうだから暫く会えねえか」

「あー、なんか、知り合いの爺さんの復讐に手を貸してるらしいっすよ」

「2度目じゃねえか。懲りねえなあいつ」

 

 真殊に言われて、丞久はどこかで今の自分のように、またしても面倒事に巻き込まれている弟子の甘さに苦笑する。そこが桐山与一(あのバカ)の良いところでもあり、悪いところでもある──と。

 

「ああそうだ、おいリコ」

「はて?」

「たぶんだけどな、お前が言う()()()と、私が育てた馬鹿弟子、たぶん同じ顔してるぜ」

「……おやおや、それはそれは」

 

 ──果たして、海神島での一件の最後に、二人の間で交わされた意味深な会話。

 その内容の意味を、丞久でもなく、真殊でもなく、()()()()()理解することになるのは、そう遠くない先での話なのだが──それはまた別の話。

 

 

 

 

 

『完』




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