とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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その復讐の炎は誰が為に 1/3

 ──七月も半ば。別空間での白百合星との戦いからしばらく経過したある頃、事務所に一人の老人が依頼のために訪れていた。

 

「…………。えー、と。お久しぶりです」

「おう」

「…………」

「…………」

 

 会話、終了……! 

 

 

 と、向かい合って座る老人との会話が続かない状況を前に、ちょうど暇をしていたので取っ捕まえ──残ってもらった葉子さんが質問を投げかける。

 

「……与一くん、こちらの方は?」

「あー、そうそう。この人は篠原(しのはら)さん。この前ちょっと用事があって赤霧市ってところに行ったんだけど、なんか俺を殺す指示を受けてたみたいで襲いかかってきてねぇ」

「ええ……」

「その話はもう終わっただろ蒸し返すな」

「いや、まずここから話さないと。こればかりは誤魔化すわけにもいきませんし」

 

 老人──篠原さんは、座ったまま手元で床に突いたままの杖に体重を預けるようにしながら言う。

 

「俺ぁ篠原火毘人(ひびと)だ。その小僧のことは、まあ、殺そうとしたことはあったがそれはもう終わった。今回は仕事を頼みたくて来ただけだ」

「篠原さん、火毘人って名前なんだ」

「名前知らなかったんですね……」

「聞く暇がなくてね……」

 

 だって、赤霧市での諸々が終わった直後にグレイに連れ去られたんだから仕方ないじゃない。

 ……などと脳裏で言い訳しながらも、こちらも篠原さんの依頼内容を確認する為に会話を続ける。

 

「それで、頼みたいこととは?」

「あぁ、簡単に言えば……復讐だな」

「またですか」

「なんで経験済みなんだよ」

「葉子さんの復讐に手を貸したことがあるので」

「ふうん」

「ど、どうも」

 

 ジロリと横目で見てくる篠原さんに、葉子さんも苦笑で返す。しかし、復讐……ねぇ。

 

「もう既に一回やること殺っちゃってる身で言うのもなんですけど、復讐なんて穏やかじゃないですね。……誰を殺そうってんです?」

「弟」

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 うーん、ツーアウトかな? 

 

 

「弟、っていうとそれはつまり、赤いMで言うところの緑のLに該当するやつですか」

「他に何があんだよ」

「ははぁ。……篠原さんの弟、となると──弟さんも魔術師の類いだったり?」

「そうだな。どちらかっつうと、元来の篠原家は呪術師の家系なんだが」

「……それは、どう違うのですか?」

 

 ため息混じりに言う篠原さんに、疑問符を浮かべながら葉子さんが問いかける。

 

「俺らの家系は呪術師の家系。ここで言う呪術ってのは、つまるところ『自身を対価に対象を害する能力者』だ。例えば体の部位や機能、或いは……命を、とかな。ここで一つ質問だ、()()()()()()()()?」

「え〜……60代、後半……くらい?」

 

 篠原さんの突然の質問に、こちらも多少の困惑をしながらも答える。彼は老人ながらに足腰がしっかりしているし、意外ともう少し若いのかな。

 

「ハズレ。俺はまだ40代だ」

「……? なんて???」

「厳密には44だ」

 

 あっけらかんと言う篠原さん。60代後半にしか見えない老人が、実際には40代……? 

 

「ふ、老け顔……ってコト!?」

「そのフォローは苦しすぎますよ」

 

 葉子さんもそう言いながら、篠原さんに困惑の目を向けている。いや、まあ、ねぇ。流石にこのタイミングで冗談を言う人では無いだろうし、事実なのだろうとは察せられるのだけれども。

 

「呪術的に命を削るってのはこういうことだ。俺が使う炎──【違えし焔(ヤマンソ)】は、俺自身でも御しきれない力を呪術的な制約で抑え込めて、辛うじてあのレベルに落ち着いてるんだよ」

「そんな力をなんで持ってるんですか」

「…………。その辺は、俺が実の弟をぶっ殺そうとしてる話に繋がってくる。続きは仕事を請け負うなら話してやる。どうだ?」

「ちなみに俺たちが受けなかったら?」

「一人でやって終わり。それだけだ」

 

 そりゃ出来るでしょうけども。……篠原さんの実力と【違えし焔(ヤマンソ)】があれば、確かにわざわざこちらに頼るまでもなく復讐は完遂できるはずだ……が。なんでわざわざこちらに頼ってきたんだ? 

 

「どうします? 与一くん。といっても所長はあなたなので私は決定に従うだけですが」

「そうですねぇ〜~〜。まあ、既に一度復讐に手を貸してしまっているわけで、今回に限っては手伝わないというのも公平ではないし……いいんじゃないですか。俺たちは手を出しませんがね」

「むしろそうしてくれ。アレを始末するのは俺の役割だ。小僧どもには、アレの私兵を相手してほしい。要するに露払いだな」

「さいですか」

 

 ついには『アレ』呼ばわりときた。……()()()()だけの、相当な恨みがあるんだろうな。

 

「報酬に関してはあとで煮詰めていくが……と、なんで俺が【違えし焔(ヤマンソ)】を使ってるか、だったな」

 

 篠原さんは咳払いを挟むと、お喋りで乾いた口を潤すようにお茶を一口飲んでから続ける。

 

「そもそも、ヤマンソが現れる原因を知ってるか」

「いえ全然」

「ヤマンソ……まあ炎の神なんだが、こいつは別の炎の神──クトゥグアなんかを招来しようとして、()()()()()()()現れる神だ」

「はぇ〜……」

 

 言っちゃあなんだけど、性格悪そう。

 

「で、話はヤマンソが現れる以前に遡るわけだ。さっきも言ったが、篠原家は呪術師の家系で、ここ200年くらいの間に西洋魔術が混じって魔術師を名乗るようになっていた感じだな」

「意外と最近の話なんですね」

「ああ。……それで、今から25年前くらいか。まだ20歳にもなってない頃、俺は親父の指示で、元々の呪術とも相性がいい炎の力を手に入れるためにと招来の儀式を行うことになったんだが──」

 

 そこで言葉を区切ると、篠原さんは本当に心底面倒くさそうなため息をつく。

 

「ここで問題になるのが当時1つ下だった弟だ。あいつぁ……なんつうかな、呪術師としても魔術師としても才能は無いし能力も無いし要領も悪いし頭も悪いし、オマケに『(おれ)に出来ることは自分にも出来る筈だ!』っつう謎の万能感とプライドを持ち合わせてるバカとカスのハーフみたいなやつでな」

 

 お、おお……! 

 

「想像の10倍の罵倒が飛んできましたね……」

「仲が悪いとかそういうレベルじゃなさそう」

 

 もはや前世で敵同士だったとかそのくらいの嫌悪じゃん。とかなんとか思案していると、篠原さんは一呼吸おいてさらに続けた。

 

「ついでに言うと、俺には当時、幼馴染の許嫁が居てな。まあもちろん、そいつも魔術師の才能があって、クトゥグア系列の招来の儀式は俺とそいつの二人掛かりで行う予定だったんだ」

「ほう、幼馴染の許嫁……」

「まあ……!」

 

 あ、葉子さんの乙女の部分に『幼馴染の許嫁』がクリーンヒットした。

 

「幼馴染の許嫁さんはどんな方なのですか?」

「あ? ……あいつは、叶海(かなみ)っつってな。タンポポの綿毛か? ってくらい雰囲気が掴みどころのないやつだった。そのくせ俺より才能があって、魔術だの呪術だので競えば勝つのはあいつだったな」

「好きだったんですね……!」

 

 なんか妙にキラキラした眼差しの葉子さんにそう言われると、篠原さんは少しばかり気圧されたように仰け反りながらも言葉を返す。

 

「…………。()()()。惚れた腫れたの話は今も昔も興味がねえし、許嫁ってのも異能者の家系同士で血を混ぜて強いガキ産ませるための政略結婚みてえなもんだ。俺はともかく向こうが俺をどう思ってたかなんて、分かりゃしねえよ」

「そうでしょうか」

「……あん?」

「思い出してみてください。篠原さんから見た叶海さんは、どんな顔をしていましたか?」

「────」

 

 と、そこで。篠原さんは虚を突かれたかのように、面食らったかのように目を見開いて固まる。

 

「────。まあ、あぁ〜~……そう、だな。……笑ってることは、多かったか?」

「ならもう、それが答えじゃないですか」

「……はっ。なら、そういうことにしておく」

 

 満足気ににこりと笑う葉子さんに、篠原さんも呆れ混じりに口角を歪めた。

 

「それで、叶海さんはどちらに?」

「──()()()()

「……え??」

 

 その流れで、こちらが問うと、篠原さんはさらりと──真顔で答える。

 

「さっき言っただろ、ヤマンソはクトゥグアなんかの招来に失敗すると現れるってよ」

「…………。……!! まさか、とは、思いますが」

「ああ、そうだ。お前の予想通りだ、小僧」

 

 彼はそのまま、握る杖をみしりと軋ませて、堪らえようにも堪えきれないかのように体から濃密な殺意を滲ませながら言った。

 

(アレ)は俺が居ない間に儀式と叶海を横取りしようとして失敗し、招来用の『陣』から現れたヤマンソの対処を叶海に押し付けて逃げやがった」

「そ、そんな……!」

 

 あまりの衝撃的な事実に、葉子さんは思わずそう呟いて口許を押さえる。

 

「……単身で対処した叶海はヤマンソの弱体化を果たして死亡し、遅れて到着した俺は、『ヤマンソという神格』の力を取り込み抑え込んだってわけだ」

「──篠原さん、事情は分かりました。だからこそ、疑問が出てくるんですが」

「なんだ」

 

 篠原さんが復讐をしようとしている。このことが良いか悪いかは別として、当然の疑問が湧くのだ。

 

「なんで、()()()()()弟さんを殺そうとしているんですか。このタイミングじゃないといけない理由が、あるってことですよね」

「確かに……言い方は悪いですけど、それこそもっと早くに復讐を果たせた筈ですよね」

「そうだな。……ヤマンソを取り込んだあとは制御に手一杯だったってのもあるし、アレの逃げ隠れが妙に上手くて探せなかったってのもある。……それ以上に、今じゃないといけない理由も、ある」

 

 こちらをじっと見つめて、篠原さんは力強く、重苦しく、深刻さを出すように口を開く。

 

「あいつは、また、クトゥグアの招来を行おうとしている。……断言するが、儀式は確実に失敗する」

「だからそうなる前に、ってことですか」

「前回の失敗を学んでるかどうか、今回は成功するかどうか、なんてのは関係ない」

 

 チリチリと、炎のように魔力が揺らめく。それほどまでに、篠原さんは激怒している。

 

 

 

 

 

「正しいか悪いかはどうだっていい。俺は身内を殺す。そのための露払いをしてくれ」

 

 そう言ってこちらを、葉子さんを真っ直ぐ見る篠原さん。けれどもその内容は身内殺しの依頼で、おいそれと肯定するわけにはいかない。

 

 それでもやはり、どうあがいても。

 

「わかりました。俺たちでよければ、あなたの復讐に手を貸しましょう」

「私も手伝いますよ、篠原さん」

「……危ねえ連中だぜ。まあ、礼は言っとくがな」

 

 ──我々は、依頼者なりの正義の、そこに込められた信念の、味方なのだろう。




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