とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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魔女たち裁判 1/5

 ──ガタンゴトンと車内が揺れる。向かい合う形のボックス席に座る男女は、心底面倒くさそうな顔で愚痴を言い合っていた。

 

「山奥の田舎の面倒事発生率の異様な高さはなんなんだろうな?」

「①物理的に世界が狭い、②狭いから思想が先鋭化する、③その結果神格や怪物にすがる。外界からの人目が少ないのも理由の一つか」

 

 傍らの竹刀袋に視線を移して、女性──明暗丞久は、対面の男性──秋山に言う。

 

「めんどくせえ~~~。……で、なんだったか。微弱ながらに神格の魔力を感じたから調査に行けとかなんとかって話だけど」

「反応があったのはクトゥグア関連だな」

「うへぇ、これで何度目だよ」

「だいたい2年ぶりの8回目」

「この国よく原形留めてるな……」

 

 今回を除いた7回の内の4回は自分が関わっていた事もあり、丞久のげんなりとした言い分にも重さがある。そう言って電車に揺られながら外の景色を眺める彼女に、秋山が問い掛けた。

 

「ところで最近、どうやら頭の中で()()()が騒いでるらしいな?」

「ん? ああ、今は大人しいけどな。起きてるときはうるせーぞ、やっぱうっかり太陽と会ってるときに起きられたのが不味かった」

「お前が迂闊だっただけだろ」

 

 曲げた指の関節でコツコツと自分の頭を小突く丞久に、秋山は辛辣に返す。

 

「……しかしなるほど。夏木小梅個体の森の黒山羊(シュブ=ニグラス)の残滓が丞久の中で成長して夏木太陽の事を覚えていたということは、同一個体として意識に連続性があるってことか」

「ある意味で、私の中に居るのはバックアップデータのコピーみたいなもんだからなあ」

「厳密には本体から漏れた破損データのバックアップのコピー、だけどな。まあ精々、()()の連中に危険視されて抹殺対象にされないようにしろよ。俺も丞久とは戦いたくねぇし」

「なんだ、仲間意識とかあったのか?」

 

 イタズラっぽく口角を歪めて言う丞久に、秋山が同じようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「なんでも、うちの上司兼技術者が言うには『明暗丞久の殺害に必要なのは爆弾と百万の民間人(ひとじち)が居る都市』だそうだ。そう評価されるような奴と戦わされるくらいなら国外逃亡を選ぶね」

「過大評価だな……」

 

 ──そうでもないのか? と自問する丞久だったが、目的の村がある駅に電車が停車して、秋山とそれぞれの荷物を背負い席を立つ。

 

「ちゃんと頭を撃てば死ぬだけ、お前は小雪よりかはマシかもな。当たればの話だけど」

「そういや、その小雪はどうした?」

「別件で動いてる」

「ふーん。うぉおあっちい……」

 

 チャイムと共に開かれたドアから外に出ると、むわっとした熱気が肌を撫でる。

 学生たちの夏休みも終わり、秋が始まり涼しい季節に差し掛かっているにも関わらず、ここ暫くの気温は夏の中でも最高潮であった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、ようこそお出でくださいました。ご夫婦での来客は初めてですなぁ」

「んん~~()ぃぃがいますねぇ……!」

「兄妹だ、ほら目付きの悪さとかそっくり」

「ほっほっ、そうでしたか」

 

 にこやかにそう言って案内する老人の後ろをついて行く二人は、されたくもない誤解で渋い顔をしながら村をそれとなく見回す。

 

「村民約250名余り……だったか」

「…………んー」

「丞久?」

「なんでもねえ」

 

 そう言いながらも、丞久の右手が秋山の背中に伸びる。それからおもむろに、背中の上で指がなぞるように動いて文字を描き始めた。

 

「────。ふうん?」

「ささ、お二方。こちらです」

「へえ、こりゃまたご立派な家だこと。私らがここに泊まっても良いんですか」

 

 二人が通されたのは、木造二階建ての一軒家だった。さしもの丞久たちでも、その特有の芸術性には「ほう」と感嘆の息を漏らす。

 

「それと先日からここを使っておられる客人がおりましてな。二階手前の部屋を使っていますので、お二人は奥の部屋をお使いくだされ」

「わかりました。……えーっと」

「──ああ。儂はここ、和葉(わば)村の村長こと和葉 雨己(うみ)と申します」

「そうかい。よろしくウワバミ村長」

「和葉です」

 

 呼び方に困った丞久に察した様子で自己紹介をした老人──和葉は、秋山の言葉に冷静に返しつつカラカラと笑ってその場を後にする。

 切り替えて二階に上がる途中、丞久は呆れながら秋山に声を投げ掛けた。

 

「秋山さあ」

「いやだってお前が『ぎたい』とか書いてくるから。カマかけたけど流されたし」

「ありゃ単なる年の功っつーか、さんざんネタにされてきた奴の反応だったろ」

「ま、会って早々に化けの皮が剥がれるならこの村とっくに滅んでるだろうからな」

 

 一般的な民家をそのまま宿泊施設に再利用しているのか、手前の部屋には『使用中』の札がぶら下がっていた。そして奥の部屋を開けると、中は普通の部屋で、布団が二つ並んでいる。

 

 それぞれが荷物を畳に置いて、携帯と財布だけをポケットに入れて宿を出る。村の風景や雰囲気には特に違和感もなく、挨拶をしてくる村民も善良で、もはや拍子抜けする程であった。

 

 

 

 

 

 ──それから暫く聞き込みをした二人は、村外れの川を横並びで眺めながら口を開く。

 

「THE・普通。非常につまんねえ。ここ最近雨が降らなくて困ってるとか言われても俺たちにはどうしようもない以外は平穏だ」

「平和なのは良いことなんだけど。……だからこそ、クトゥグア関連の魔力の反応が微弱ながらにあった、ってのはどうにも怪しいんよねぇ。明日はあの一番高い山でも見に行ってみる?」

「そうしてみるか。馬鹿と煙と魔術師は高いところが好きって言うからな──」

 

 くい、と指を差す丞久に頷く秋山だったが、不意に聞こえてきた草木を掻き分ける音に反射的にスーツをバッと捲り腰のホルスターに手を伸ばす。丞久も遅れてのんびりと顔だけを音の方向に向けると、そこには一人の女性が居た。

 

 長い茶髪を後ろで括り一纏めにして帽子を被っている女性は、二人に気づくと呑気に歩み寄り、小首を傾げながら問いかけてくる。

 

「ん。やあ、確か隣の部屋に宿泊する予定の兄妹……だったかな」

「私らはそう。あんたは手前の部屋の人?」

「そうだね。昨日来て、向こう暫くは滞在の予定だけれど……とりあえず物騒なお兄さんが腰のモノを抜かないように言ってくれるかな?」

 

 ちら、と視線を向けた先に首を曲げる丞久は、場合によってはガンマンも顔負けの早撃ちを披露できるであろう構えを取る秋山を視界に納める。女性は首にカメラ()()()()機械をぶら下げて、両手を上げて降参のポーズを取っていた。

 

「雰囲気からしてカタギじゃあないとは思っていたが、もしやヤクザか警察なのかい?」

「……一応、警察関係者みたいなもんだ。ここにはとある筋からの情報で調査にきた」

「──へえ?」

 

 訝しみながらもホルスターから手を離した秋山とあくびを漏らす丞久の元に、女性は愉快そうに眉を吊り上げて片手を伸ばしてくる。

 

「私はいわゆるバードウォッチングをしに来た者でね、竹田というんだ。よろしく」

「俺は秋山、こっちは丞久だ。よろしく」

「うんうん、挨拶は素晴らしい文化だね──」

 

 にこやかに手を握り返した秋山は、唐突にブンと腕を振って女性──竹田を振り回す。

 あわや川に転落する、というところで、掴んだ手に支えられて落ちずに済んでいた。

 

「……なんのつもりかな」

「秋山、なにやってんの」

「流石のお前でも分からないか」

 

 突然の行動に、しかし意図はあるのだろうと止めはしない丞久に言うと、秋山は落とされそうになっているにも関わらず冷静そのものな落ち着いた態度の竹田に言葉を続ける。

 

「中性的な喋り方、カメラのような機械、人の内面を観察してるような目付き。大抵の奴なら不思議ちゃんって誤魔化せたんだろうがな、生憎だがお前と同じ奴がうちの上司なんだよ」

「……へえ」

「なあ、()()()がこんなところで何やってんだ? 落とされないように考えて返答しろよ」

 

 秋山の問いに、竹田は。ただただ愉快そうに目尻と口角を歪めて笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──和葉村の宿として用意された家での食事は、料理店の店主がわざわざ用意してくれるらしく、丞久と秋山、竹田の三人はありふれた和食を同じテーブルで囲んで食べ進めていた。

 

「……うーんむ。やはり食事といい、人間の文化とは良いものだね。知識は経験も合わさって初めて意味があると言えるわけだ」

「イス人って全員()()()なの?」

「俺の上司が特別変な個体なのかと思ってたけど全員が()()()なんだと察したところだ」

 

 今現在、目の前で里芋の煮っ転がしを口に含んでニコニコとした笑みを浮かべている竹田を見て、二人はそんな会話を交わしている。

 

「時間を完全に征服し、時間移動の際に猟犬に襲われる事すらない……とは聞いたことはあったけど、それでやることが日本食旅行って。まるでとんでもない馬鹿みたいだな」

「金持ちの道楽みたいなもんだろ」

「随分な物言いだね君らも」

 

 熱いお茶で口の中をリセットさせつつ、竹田が呆れた表情で丞久と秋山に言葉を返す。

 

「全く、まるで私が最初から悪いことをしている前提かのように話を進めてくれたがね。『人間以外の知的生命体が行動しているということは何か企んでるに違いない』という思考になっているんじゃないかい? 固定観念という奴だ」

「うーん反論できない」

 

 竹田と同じように、煮っ転がしをおかずに握り飯を口に放り込む丞久が、そう言って視線を斜めに逸らす。一足先に食べ終えた秋山は、それでも眉間にシワを寄せて言った。

 

「仕方ねえだろ存在が普通じゃないんだから。間違ってたらごめんなさいでいいんだよ」

「まだ聞いてないけれども?」

「ごめんなさい」

「よろしい」

 

 それはそれとして余計な疑いをした為か、秋山は棒読みだがあっさりと謝罪する。

 竹田も受け入れつつそれほど気にしていないが──気にしていないというよりは、自分が疑われるだけの存在である自覚があるのだろう。

 

「しかし、この和葉村というのも不可思議な村ではあるねえ。村民250名余りの内の3割……だいたい70人程が()()()()()だ」

「ああ、やっぱり?」

「ウワバミ村長の件か? たぶんだけど、あいつヘビ人間だろ?」

 

 秋山のあっけらかんとした物言いに竹田は頷き、丞久もまた渋い顔で口を開く。

 

「だろうねえ。サーモグラフィーで見たら体温低かったし」

「普段なら黒のつもりで動いて場合によっちゃあ輪切りにするんだけど……ついさっき固定観念がどうのと言われちゃってるし、あんまり疑うもんでもないのかな」

「もう直球で聞けばいいだろ。向こうに敵意がないなら穴を掘る必要もなくなる」

「殺して埋める前提で話すのやめろ」

「……ところで、外が騒がしいようだけれど」

 

 共有の大皿の煮っ転がしをポイポイと口に放り込む竹田は、ふと聞こえてきた外の喧騒に耳を傾ける。秋山の提案にツッコミをしていた丞久は席を立ち、玄関の扉を開けた。

 すると、慌てている村民の一人が、扉を開け放つ丞久に気がついて振り返る。

 

「──どうかぁ、しましたか?」

「あっお客さん。いやぁそれが……(うち)の者が山で落っこちちまったみたいでねえ」

「それは大変だ……いや実はね、うちの兄貴は警察()()から来た者でね、役立ちますよ」

「なんだって、それは本当か!?」

「好き勝手言いやがって……まあいい行くぞ」

 

 さらりと面倒事を押し付けつつ手招きする丞久に、秋山はため息をついて立ち上がる。そのまま丞久たちと共に騒ぎの中心に向かおうとして、視線が未だ食事を続ける竹田に向けられた。

 

「んー、んふぁがんふぁっふぇ」

「何時まで食ってんだお前も来い!」

「ああぁん……」

 

 首根っこを掴まれて引っ張り出される竹田の手から、箸が離れてテーブルに落ちる。

 誰も居ない民家の中に、小気味良いカランという音だけが響いていた。




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