とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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その復讐の炎は誰が為に 2/3

 報酬の金額交渉も終え、早速と篠原さんの弟が居るとされる街外れの山奥にあるという工場に向かう道中、車内でミラー越しに後ろに声を掛ける。

 

「篠原さん、気になったことがあるんですけど」

「なんだ」

「実際のところ、篠原さんって、どうやってヤマンソを抑え込んでいるんですか?」

 

 ハンドルを握り、アクセルを踏み。山道をガタガタ揺れながら走る途中で、そんなことを問いかけた。

 

「ああ。……大雑把に言うとだな、俺の中に収まるまでの過程で『格』が幾らか下がったお陰で、結果としてコントロール出来ただけだ」

「『格』?」

 

 オウム返しをすると、篠原さんが続ける。

 

「位階、ステージ、レベル。呼び方はなんでもいいが、神ってやつぁ、誰かが喚び出してから力を行使するまでの間に手間が挟まる度に、徐々にパワーダウンしていくんだよ。あの時は、運が良かった」

「それは、つまり?」

「まず(アレ)の粗末な『陣』から出てきた時点で1段階は下がってた。そして叶海が自分の中に取り込み魂と一体化させる形で3段階は下がってた。その状況で、俺はかなり力が低下していたヤマンソを取り込んで抑え込み、辛うじてコントロール出来たってわけだ」

 

 …………。あれ、その理屈だと……

 

「……半端な儀式で招来されたあと円花さんに取り憑いて最終的に人形に移ったナイって、あんなんでもかなり弱体化してたのか……?」

「ナイ?」

「知り合いの無貌の神です」

「なんつうモンが知り合いに居んだよ」

 

 なんででしょうね……? 

 

 しかし、そうかぁ。あいつあれでもかなり弱くなってたのか。……でもなんだろう、『もう一回戦って勝て』って言われても無理な気がする。

 

「まあ実際、()()()()()()の一番簡単な殺し方は、人間に宿してそいつごと殺すことだからな」

「それは……物理法則や人体の構造に引っ張られるから、でしたっけ。たとえ神でも、宿った人間が窒息するだけで簡単に死にうるとか」

「実際、琴巳ちゃんの件の時も宿った神格の対処が面倒でしたからねぇ」

「よくもまあそんなポンポンと実体験した類似例が出てくるもんだな」

 

 なんででしょうね……?? 

 

 

 

 

 

 

 

 ──道中の会話から数十分。与一の運転で訪れた工場の敷地内に車を停め、降りた三人は、露骨なまでに敵意の満ちた工場内へと足を踏み入れる。

 

「お前らも殺しに躊躇いが無くなるようにアドバイスしておくと、アレの雇っている私兵は麻薬取引の護衛から人身売買の手伝いまで何でもござれのクズどもだ。追加報酬は出さねえが、俺がアレの相手をしやすいように皆殺しにしてくれると助かる」

「……なるほど」

「焚き付け方が上手いもんですね」

 

 篠原の言葉に、葉子と与一は意識をがらりと切り替える。それから杖をついてカツカツと歩く篠原にペースを合わせてゆったりと歩いていくと、工場内の奥で、三人は人の気配を感じ取って足を止めた。

 

「──よォ、クソ兄貴。老けたもんだな」

 

 その声と共に工場内に明かりが灯り、無数の蛍光灯の光で中が明るくなる。

 声の主は機材を挟んだ向かい側に立っており、その男の人相は、数十年若返らせた篠原を彷彿とさせる顔立ちをしていた。

 

「てめぇこそ、この20年近くこそこそ逃げ回りながら何をしてるかと思えば、また失敗するのが分かりきってる神格招来の儀式かよ。学習しねえな」

「……ちっ。うるせえな、あの時は……横で叶海がガタガタ文句ばかり言うから失敗したんだ。今回こそは失敗しねぇ!!」

 

 淡々とした篠原の言葉に、男は不機嫌さを隠そうともせずに声を荒らげる。

 

「……そんなんだからお前は駄目なんだろうが。……なあ、篠原火毘也(ひびや)

「黙れッ!! おいお前ら! 出番だぞ!」

 

 篠原の呆れと諦めの混ざった眼差しにも気づかないのか、男──火毘也はそう叫ぶ。すると、周囲からぞろぞろと武装した集団が現れ、与一たちを取り囲み、その手に握る銃器の先を向けてきた。

 

「金にモノを言わせてプロを雇う、か。悪くはねえが、その理由が俺相手にタイマンだと怖えからってのがてめぇの度量の()だよな」

「減らず口を叩く暇があるなら、少しは状況を理解したらどうだ? いくらてめぇがヤマンソを取り込んだからって、発動前に銃弾を避けられわけがねぇんだ。力の使いすぎで老けちまってんだからなぁ」

「そりゃそうだ。ま、そんなわけで俺もそっちの雑兵散らしに護衛を雇ったんだがな」

「……まさかそいつらが護衛か?」

 

 火毘也がちらりと、篠原の左右に立ちながらも会話に混ざってこない与一と葉子を見て鼻で笑う。

 

「どうもー、護衛AとBです。兄弟喧嘩しやすいように、俺たちとあんたら、お互いの護衛同士でやり合うってことでどうでしょう」

 

 与一が周囲に立つ傭兵たちに、あっけらかんとした顔でそう提案する。軽い口調と態度ゆえに、外国人で構成されたチームながらに、言葉が伝わらなくとも、()鹿()()()()()()()ことだけは伝わっている。

 

 双方に張り詰めた緊張の糸が高まっていき、ふとした拍子に引き金が引かれそうな状況。何か一つでも、調子を狂わせる事態に進展すれば、殺し合いが開始されることはその場の全員が理解していた。

 

 ──ゆえに。

 

「……おっと?」

 

 ゆえに、よりにもよって、与一の懐から、マナーモードにし忘れていた携帯の着信が響くことなどは、全員が予想していなかったことであり。

 

「……おーっと。……すいません、知り合いの学生からなんで、電話出てもいいですか」

 

 工場内に響き渡るピロピロピロという軽快なメロディー。与一の緊張感の欠片も無い声色。

 それらが緊張状態の傭兵と火毘也の神経を逆撫でするのは、必然であった。

 

「──殺せェ!!」

「あれぇ──!? うおおお【禍理の手】!!」

 

 反射的に片足で床を叩き、影から鎖で繋がれた禍々しい手を無数に生成して周囲を囲む。直後、辺りから撃ち込まれた銃弾が、『手』に当たって甲高い金属音を撒き散らし始めた。

 

「電話していいか聞いたのに」

「今のは100%お前が悪い」

「与一くん、だんだん丞久さんに似てきましたね」

「それ半分くらい侮辱罪ですよ……!?」

 

 そう言いながら、与一は火毘也が工場の奥に逃げ込むのを見届けつつ、携帯に掛かってきた電話に出て耳に当てると、向こうからの声を待った。

 

【もしもし、与一さん?】

「はーい与一ですよ。どうしたの、光冷ちゃん」

【実は少し相談したいことがありまして】

「あー、と、うーん? ごめん周りがうるさくて何言ってるかよく聞き取れない。一回切るね、こっちからビデオ通話で呼ぶから」

【あっはい、わかりました】

 

 絶え間なく続く射撃の音に顔をしかめる与一は、断りを入れてから一度電話を切り、ビデオ通話アプリを起動してから葉子と篠原に言う。

 

「周りに見えてるのだけで二十ニ人、外で隠れてるのが六人くらいかな。俺が隠れてる奴を仕留めるんで、今見えてる連中は葉子さんに頼みます」

「まあそれくらいなら。……電話の相手は?」

「こないだ知り合った学生の子。篠原さんは分かりますよね、【霊視】と【呪言】の子です」

「ああ……あのヤンチャどもか」

「ですです。そんなわけでちょっと片付けつつ電話してくるので、ここに雅灯さん置いときますね」

 

『手』で銃弾を弾きながら一旦遮蔽物に隠れるように移動して、与一は再度足元の影を踵で踏み鳴らす。すると、黒い和服に身を包んだ女性が現れ、展開していた【禍理の手】が消滅する。

 

【どうもぉ。色々あって受肉した悪霊です】

「そうか」

「篠原さんとうとう流し始めましたね」

「こちら、雅灯さんです。雅灯さん、話は聞いてましたよね」

【ええまあ。葉子ちゃんと一緒にこちらのご老人を守っておけばよいとかなんとか】

「そういうことです。では席を外しますね」

 

 それだけ言うと、与一は脚に流した魔力で【韋駄天】を起動し、超高速で工場から外に出ていく。

 

 

 

 

 

 流れで外周を回ると──木の上で構えていた狙撃手めがけて全力疾走していった。

 

「なっ──」

「遅い! まず一人!」

 

 狙撃対策で稲妻のようにジグザグに動き、跳躍と同時に懐から出した漆黒の玉を取り出すと、その黒い玉に魔力を流して異能を起動し、飛び降りる形で逃げようとした狙撃手を自分の方に()()()()る。

 

「く、おぉっ!?」

「ふんッ――!!」

 

 不自然な力の動きに引き寄せられた狙撃手は、防御の姿勢を取る暇もなく土手っ腹に拳を叩き込まれ、【引力】の解除と同時に逆再生するかのように木に叩きつけられて落下し動かなくなった。

 

 着地した与一は、残りの2つの黒い玉――白百合星から受け継いだ魔力玉を取り出すと、それぞれに魔力を流して別の異能も起動する。

 

 

 

「さて、さてさて。【引力】と【斥力】と【回転】の試運転がてら、色々と試させてもらおうか」

 

 ──そう言って、3つの黒い魔力玉を左手首を軸に回転させつつ、右手に()()()の刀を握らせる与一は知らない。

 遠くの離島で、似たようなタイミングで、愛すべき厄介な師匠が、似たような発言をしていたことに。




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