とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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空中都市決戦 3/5

 離れた位置の屋上で、カナタと雅灯の二人が、光る魔力による斬撃と生成される刀剣の波状攻撃を必死に避けている与一の姿を捉える。

 

【おぉ〜、やってるやってる】

「ぜ、全然心配していない……」

【する必要がないだけですよぉ】

 

 屋上の床から椅子のように伸ばした【悪神の手(イゴーロナク)】の手のひらにちょこんと座るカナタが、隣で飄々とした顔で与一が駆けずり回っている光景を愉快そうに見下ろし眺めている雅灯に苦い顔をした。

 

【いやはや、与一くんはやっぱりアレですね。多少の艱難辛苦に放り込まれてる時が一番輝きますね。彼を好む人の気持ちがよく分かります】

「悪魔???」

【悪霊です】

 

 

 ──そういう意味ではない。

 

 

 と言いそうになった口を閉じつつ、それはそうと与一と戦っているソードマン──ウィルの姿形や能力を確認して独りごちる。

 

「あの翼は……おそらく丞久さんを見て学びましたね。前段階の刀剣生成・操作能力を残しつつ、手に握った剣に込めた魔力を異常に切れ味の鋭い斬撃として飛ばす能力を作って与一さんを近づけないようにしている。……もしかしなくても、自己学習で能力を作る機能、()()()()()のは失敗でしたかね」

【……アレってあなたが作ったんです?】

「私は開発に関わった一人ですよ。……与一さんに話した内容を聞いてないってことは、本当に影の中で眠っていたんですか」

【…………。おほほほほ】

 

 気まずそうにふい、と視線を逸らす雅灯。すると、その視線の先では、断続的に爆発が起きている一角を発見して目尻を細めた。

 

【あら、あちらでも戦闘が】

「シセルさんでしょうか。爆撃で吹っ飛んでいってから合流できてないので、現状を把握できてるかどうか怪しいんですよね……」

【向こうに行って伝えてきます?】

「へ? ……いや、大丈夫なんですか? 私を庇いながら戦うことになりますけど」

【まあ〜〜〜、大丈夫でしょう。たぶん】

「ふ、不安……!」

 

 のらりくらりとした態度の雅灯に、カナタは不安そうに声を漏らす。

 

【私だって与一くんと一緒に色んな状況に放り込まれて生き延びてきてますからねぇ、なんとかなりますよ。まあ私死んでるんですが!】

「はあ」

【さ、行きますよ〜】

 

 口角を引くつかせるカナタを無視しながらそう言って移動を始める雅灯。彼女の影に連動してついていく『手』に座ったままのカナタは、椅子代わりの『手』から伝わる感触に苦い顔をして言った。

 

「あの、さっきから手のひらにある口が私のお尻を(ねぶ)ってくるんですけど……」

【それは流石に私の意思ではないですね。たぶん『手』が勝手に食べ物かどうかを確かめてます】

「やめさせてくれませんかァ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──吹き飛ばされた先で肉体を再生したシセルが相対しているのは、地面に下半身を固定して周囲に砲身を作り砲撃を繰り返すウィルと、サイのような骨格と装甲を持つ一軒家大の獣型のウィルだった。

 

「っ、体を固定して周囲に兵器の展開をするタイプ……さしずめ『フォートレス』か。こいつもシンプルに『ビースト』と呼んでおこ……うッ!?」

 

 鈍重そうな見た目に反して、ネコ科動物のようなしなやかで素早い動きを取るビーストの、見た目通りの巨体を支えるための大きな前脚で横薙ぎに殴られ、シセルの体が建物を粉砕しながら反対の壁を突き破り、別のビルの外壁に叩きつけられる。

 

 続けてその場所目掛けて、フォートレスが構築した砲身から放たれたラグビーボールのような砲弾が着弾し、轟音と爆発を撒き散らす。

 

「ぐぉ……」

 

 咄嗟に関節にブースターを生やしたシセルが屋根よりも高い上空に逃げるが、見計らったかのようにフォートレスの山なりに撃ち込んだ砲弾の曲射が彼女の周囲で弾け、散弾のように周囲に飛び散る小粒の爆弾が全身を包み、ボボボボボボン!! と爆発した。

 

「っ、ごほっ……厄介な、やつらめ……」

 

 無理やりブースターを蒸かして爆発の中から飛び出して近くのマンションの屋上に着地したシセルは、皮膚の内側から増殖させた変異細胞(ナノマシン)で全身のダメージを塞ぎ治療しながらぼやく。

 

「私もウィルも、変異細胞(ナノマシン)の無限リソースで永遠に戦闘は出来る、が……そこに宿る『精神(こころ)』の疲労までは消しきれない……」

 

 肉体の修復をしながら、自身の肉体が持つ力──無限に増殖する特殊合金とウボ=サスラの肉片を混ぜて作られた変異細胞(ナノマシン)の効果を改めて確かめる。

 

「もしウィルにも私のように人間としての『精神』があるなら、ここまで複雑な形状・能力のボディを複数操作して暴れさせるのは多大な負担になるはず。つまりいずれ、私たち全員を仕留めるために、強力な『1』として本体が出張ってくる」

 

 そこまで言うと、体のあちこちの細かい負傷の修復も終わらせたシセルは、深い呼吸を一つ挟んでから背中にじゃらりとムカデのような帯状の金属板を伸ばして、片腕をガトリング砲の銃身に変化させる。

 

「行くぞ!!」

 

 離れた位置で動かない気配──フォートレスを狙いに行けば、護衛するように立ち回りシセルを追いかけるビーストと衝突する。

 

 であるならば。

 

 

「──【正義は我にあり(アンチ・スプラヴィドリーヴァスチ)】、攻撃を禁ずる!」

 

 屋上から飛び降り、着地に合わせて壁を破壊して回り込んできたビーストが、その言葉と共に振り被った前脚での薙ぎ払いを不自然な動きで止めた。

 

 自身の意思に逆らう肉体の挙動。それは確かに、自立思考する戦闘マシーンであるウィル(ビースト)に混乱を与えた。シセルが動かないことを条件に発動する強制タイプの【呪言】は、彼女が走り出すと同時に解除されるが、けれどもビーストの動きは数秒静止し続ける。

 

 それは自身の動きを止められた事への驚愕と警戒、そして何を条件に止められたかが分からない事へのほんの僅かな恐怖心。

 

 ──ウィルにも心があり、感情がある。

 

 シセルはそう確信し、遅れて動き出したビーストに追われる形でフォートレスを仕留めるために帯状の金属板で壁を叩いた勢いで体を跳ねさせ、関節のブースターで不規則に、跳躍する自身の軌道をねじ曲げながらなるべく最短距離で詰めていく。

 

 すると、不思議なことに、曲芸じみたフォートレスの砲撃の精度が狂い、シセルの通るルートをなぞるように砲弾が落ちていくのだ。

 

「やはり、この空中都市全体がウィルの『目』だ。フォートレスは周辺から情報を受け取ってから偏差射撃をしている……!」

 

 ゆえに、シセルはわざとめちゃくちゃな軌道になるようにして体を跳ねさせていたのである。

 背後から迫るビーストが距離を詰めてくるのを音と威圧感で察知するシセルは、それから路地の隙間から勢いよく弾き出されるようにしてフォートレスの頭上を取り、片腕のガトリング砲を回転させ銃口を向けて──発砲。音が途切れない断続的な射撃は、反射的に砲身を傾けて盾にしたフォートレスの攻撃を結果的に止めた。

 

「お互い変異細胞(ナノマシン)持ちの特殊な肉体の都合上、弱点は分かっているだろう」

 

 砲身や壁、地面に着弾して表面を削っていくガトリングを囮にして、シセルはそう言いながらもう片方の手に生成した肉厚の鉈を形成すると、その刀身を赤々と赤熱させて過剰に温度を上げていく。

 

「私たちは、細胞を()()()()()()のに弱い」

 

 ──直後、砲身の盾をくぐり抜けて、着地と同時にシセルの一閃がフォートレスの固定された下半身とを繋ぐ上半身を真っ二つに切り落とす。

 その傷の表面はジュウジュウと焼け焦げ、彼女の言葉の通りに、内側から細胞を増殖させる動きを阻害し肉体の再生を遅らせている。

 

「お次はビーストか──【伏せてください】

 

 狭い路地を粉砕して突進してきたビーストに向き直るシセルは、不意に聞こえてくる女性の声に従って伏せると、その頭上を真っ白い手が伸びていってビーストの突進を受け止めた。

 

【どうもぉ、与一くんに取り憑いてる悪霊です。味方ですから安心してください】

「その自己紹介でか???」

「シセルさん、無事ですか?」

「……!? なんでカナタがここに!?」

【まあそれは置いておくとして】

 

 振り返った先に立っている黒い和服の女性──藤森雅灯に怪訝そうな顔を向けつつ、傍らの別の『手』に抱えられているカナタを見てギョッとするシセルは、与一という名前が出たことで警戒心を緩める。

 

「ヨイチの仲間、でいいんだな?」

【広義の意味で言うところの妻です】

「やはり……『敵』か……?」

「なんで余計なことばかり言うんですか」

【茶目っ気ですわ〜。と、シセルさん、一つ頼みがあるのですが】

 

 片手をビーストに翳して【悪神の手(イゴーロナク)】を操作し突進を押さえ込んでいる雅灯は、にっこりと笑いながらシセルに問いかける。

 

【背後のビル壁に影が伸びるように、私の体を光で照らしてもらえませんか】

「……出来、はするが、何をするんだ」

【まあ〜……文字通り、()()を増やそうかと】

 

 なんのことやらと疑問符を浮かべるシセルとカナタだが、頼まれて、出来うるのであれば、困惑しながらもやるしかない。

 シセルは背中に生やしていた金属板を成形し直してパーツを作り、工事に使うような強力な光量を生む大型ライトを完成させる。

 

 そのまま自身に繋いだコンセント経由で体内発電による電気を流し込み、カッ! と非常に明るい光で雅灯を照らし、背後のビル壁に影が伸びるように下から斜め上へと向きを整えてみせた。

 

【どうも〜。それじゃあ、渾身のやつをやったりますか。【悪神の手(イゴーロナク)】……!】

 

 ──瞬間、ざわざわと辺りの空気がざわめく。木々の1本も無いコンクリートジャングルを模した空中都市であるにも関わらず、まるで森の中に放り込まれたかのように草木が擦れる嫌な感覚が、シセルとカナタ、そしてビーストの()()()()流れている。

 

 ──恐怖という感情そのものを、無理やり押し付けられるかのような、そんな不快感。

 

「なん、だ……この、感覚は……」

「き、もち、わるい……!」

 

 続けて、背後に大きく伸びた影から、病的に白い無数の腕が現れる。1本2本3本と数を増し、やがて数えるのもバカらしいほどの量となり、それら全てがビーストの全身を掴み──噛み付く。

 

「……うわ」

「お、おお……」

 

 ちょっとした大人ほどの幅をした腕を持つ、白い手。それら全ての手のひらにある口が、ビーストを掴んで押さえ込むと同時に表面を齧り砕き咀嚼し呑み込んでいく。100を超える無数の腕一つ一つが少しずつ、しかし確かにビーストの肉体を削っていく光景を、シセルとカナタは青い顔をしながら見届けていた。

 

 

 

 数分掛けて食べきった雅灯は、そんな二人を余所に、ぱんと手を合わせて微笑む。

 

【────。っふぅ、ご馳走様でした。奇妙な味でしたね、ゲテモノ枠としましょう】

「……夢に出てきそうだ」

「なんなんですか、あなたは……」

【なにと言われましても……ただちょっと、悪神と契約したまま死んだり、邪神の体液を器に受肉しただけの、ただの悪霊ですよ? ……改めて言葉にすると変な感じになりますね】

 

 からからと嗤う雅灯に、深く追求するべきではないなと思考を一旦止めた二人。

 ともあれこれで一息つけるか、と思案したシセルは、ふと視界の端での動きに反応する。

 

「っ! ……これは……!?」

「どうしました、シセルさん」

「カナタ、これはどういうことだ」

「これ? ──!!」

 

 シセルに続いて『それ』を見て、カナタもまた驚愕する。何故なら、フォートレスの死体が液状に溶けたかと思えば、重力に反して浮かび上がり、どこかへと飛んでいってしまったからだ。

 

「もしかしたら、与一さんか丞久さんの居る方に、本体が出てきたのかもしれません」

「…………。丞久?」

【与一くんの師匠です】

「……あの女か。…………なぜここに??」

「わかりません。とにかく、向こうの二人と合流した方がいいかもしれません」

 

 焦った様子でそう返すカナタを見て、シセルは一瞬渋い顔をしながらも頷いて切り替えた。

 

「わかった、二人と合流してくる。カナタと……ミヤビ? はここに居てくれ」

【さいですか。まあこれ以上戦闘に参加するのも面倒でしたし、構いませんが】

「……いや、それだけじゃ足りないな。念の為に゙地上と生き来する用の【門】で先に帰ってきてくれ」

「それは……」

「頼む、危ないかもしれない。本体と戦うなら守りきれるか分からないから、居られると困る」

「──わかりました」

 

 シセルの真剣な言葉に、カナタは反論することができなかった。

 

「頼むぞ、ミヤビ」

【……はいはぁい、お任せあれ】

 

 気の緩い、しかして頼れるであろう大人の顔に、シセルは小さく安堵しつつブースターで勢いよくその場から飛び立ち、どこかへと向かう液体となったフォートレスを追いかけていく。

 

 

 

 

 本体が出てくるのであれば、次の戦闘がウィルとの最後の一戦となるであろう──と。そう決意するシセルは、別の場所で戦っている与一と、なぜか居るらしい丞久と合流するためにと急ぐのだった。




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