とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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空中都市決戦 5/5

「──ふんぬゥおっ……ぅアツぅい!?」

「真正面から受けるバカがいるかバカ!」

 

 ウィルの本体──キルゼムオールが振り抜いた赤熱した右手を、思わず九十九の刀身で受け止めると、あまりの熱量に直接触れていないにも関わらず手や腕が焼けそうになっていた。

 

 続けた受け止められたとみるや即座に左手を叩きつけようとしたキルゼムオールの横っ面を、先輩がハンマーでぶん殴る。

 オマケに翼の羽ばたきで空中に体を留まらせつつ身を捩るような動きで蹴りも叩き込み、キルゼムオールの()()にたたらを踏ませた。

 

 

 ……そう、巨体。

 

 こいつ、出てきてすぐの時は空中に居たから遠近感が狂って分からなかったけど、人間の形状からやや外れた翼や足のバランスを保つためか、なんか全長がそこそこ大きいのだ。2メートル半くらいある。

 

 そんな巨体が振り被る手の重さがどれくらいか、などは想像に難くないだろう。ついでに言えば手──厳密には手首から指先までが周囲がぐにゃりと歪んで見えるほどの熱を持ち真っ赤になっている。

 

「これ、どう倒すんですか」

「ンなもん知るかよ」

「そんな姿にもなれたんなら、なんか凄い必殺技とか使えたりしないんです?」

「出来たらとっくにやってるっつーの」

 

 とかなんとか会話しながら九十九を見ると、固めて物質化させているからか、赤熱した手を受け止めた刀身の一部が溶けている。

 一度分解して再度刀身を作り直してから、改めてキルゼムオールに意識を向け──彼がこちらに手を翳している光景を前に、嫌な予感が脳裏を過った。

 

 次いで肌より少し離れた位置で空気が──否、()()()()()独特の感覚。それは、これまでの経験が正しければ、空間操作を攻撃に使う時の動作だ。

 

「マズっ……空間操作!」

「私らを狙うなら──横に飛べ!!」

 

 こちらの短い言葉でキルゼムオールの攻撃を予測し、先輩はそう言って極を合わせた磁石のようにこちらと反対方向にステップする。

 ──次の瞬間。こちらと先輩が居た地点に、唐突に球形の魔力の壁が出現し、中心に向けて周囲の空間や範囲内に収まっていたアスファルトを押し潰すようにして、球形の中の全てを消失させた。

 

「まだ来るぞ! 動け与一!」

 

 先輩の声に従いとにかく走り出す。すると、羽ばたいて上空を取ったキルゼムオールがこちらと先輩の双方に両手を向け、魔力を放出していた。

 一拍遅れて、辺りに50センチ程度の球形の壁が幾つも現れては中心点に向けて収縮し、内部を押し潰して消失させていく。

 

「部分顕現とはいえ、俺自身もヨグ=ソトースの力を使ったり、間近で真冬の【虚空神話(ヴォイド)】を見ていたのが功を奏したな……」

 

 ほぼ直感に近いが、その甲斐あってか、キルゼムオールの空間操作の予兆を脊髄反射レベルで察知できている。……なぜ先輩まで当たり前のように避けているのかについては分からない。どうせ勘だろう。

 

 とは、いえ、だ。

 

「ここに来て攻め手に欠けるとはなぁ」

「シセルはなぁにやってんだ、いつになったら戻ってくんだよあいつ」

 

 先輩がそうぼやいた、直後。

 

 ふと、ガクンと大地が揺れた。空中に作られた人工都市という名の大地が。

 

「……ん?」

「おい与一、まさかとは思うが」

「…………。あー、ですよね?」

 

 大地が揺れてから数秒。空気の流れがおかしい。獣じみた直感を持つ先輩と意見が一致したことで確信せざるを得なかった。

 

 ──空中都市が、落下を始めている。……いや、ウィルが制御を止めたことで、崩壊を始めている。

 

「どうやら、俺たちを殺すことに全力を注ぎ始めた、って事ですかね」

「逆に言いやあ、この1体を欠片も残さず消し飛ばせれば私らの勝ちだ」

「俺の白刃の巨大斬撃をぶち込む隙を作れさえすれば、なんですが」

 

 欠片を残せばそこから再生する変異細胞。その厄介さを身を以て教えてきた当の本人はどこに居るのやら──と、そう思案した刹那。

 

 近くの地面に、キルゼムオールを挟んだ反対の道路の奥から、杭のような物体が飛んできて突き刺さり、先端が開きマイクのようなモノを露出させる。

 

【あー、あー。ヨイチ、聞こえるか】

「シセル? お前いったいどこに……」

【そちらから見てウィルの反対側500メートル先のビルの中だ。そこでウィルの心臓──核を吹き飛ばし再生と行動を少しだけ止める狙撃を行う】

「……なるほど、時間稼ぎか」

【ああ。今から1分半でいい、ウィルをそこから動かさないでくれ】

 

 マイクから届く通信によるくぐもったシセルの声。さらりと言われたが、それはなんともまあ、かなりの無茶を強いる作戦だった。

 

「わかった、やろう。先輩もいいですね」

「おーう。わかりやすくて私好みの作戦だ」

「避けて、殴る。まあ確かにシンプルだ」

【それと、カナタはヨイチのところの悪霊と一緒にここに来る時に使った【門】で地上に戻るように言っておいた、安心してくれ】

「そうか。助かるよ」

 

 そこまで言い終えると、役目を終えたように杭はボロボロと崩壊する。これもシセルの変異細胞(ナノマシン)で形成した武器の一種だったわけか。

 

「さあ、てぇ。先輩、コンデションは?」

「誰に聞いてんだコラ。絶好調だぜ」

 

 こちらは白刃を手に、足に魔力を込め。先輩も翼を大きく広げて、ハンマーを握る。

 ここからはただシンプルに、ひたすらに攻撃を叩き込み、ウィル(キルゼムオール)をこの場から動かさずにシセルの狙撃を完遂させるだけ。

 

 動きを止められさえすれば、あとは一片の欠片も残さずに消し飛ばすだけ。

 

「っふゥ〜……行け与一! 合わせてやる!」

「──【韋駄天・(あらため)】!!」

 

 両足で起動する【韋駄天】の速度を乗算させる技。一歩目から肉体が空気に溶け込むような速度の残像と化し、斜めに飛び上がりながら構えた九十九をするりと振り抜き、左足の膝から下を切り落とす。

 

「もう、片方!」

「ッハッハッハッハァ!!」

 

 キルゼムオールの横を通り過ぎて背後を取り、その数メートル先の空中に固定した空間を蹴り砕く勢いで向きを無理やり反転させ、二歩目の速度を倍増させ地面に向けて直進しながら右足も切り落とす。

 

 すると先輩がこちらの意図を察したように空気を爆発させるような勢いでキルゼムオールの更に上を取り、自由落下の勢いのままにハンマーを背中に叩き込み無理やり地面へと落下させる。

 

 地面に叩きつけられ陥没させながら墜落したキルゼムオールに、こちらも三歩目の加速を以て翼を切り裂き、次いでハンマーを振り抜いた先輩が、赤熱している手をこちらに向けて空間操作しようとした動作を横合いから中断させるように殴りつけた。

 

「てめーの遠距離攻撃は精密であるほどに照準合わせが必要だよなァ!? 当てさせねぇよバァ〜カ」

 

 こちらの一閃から次の一閃まである僅かな時間の隙間に、先輩は的確にハンマーをねじ込みキルゼムオールの動きを邪魔し続ける。

 

 ……この人の我の強さに反したこういう繊細な動きが上手いの本当に謎だよなぁ。

 

 

「っと、そんなことより……残りの片翼も切り落として、最後は腕だ────」

 

 四歩目の加速でどんどん景色が伸びていく感覚の中で、【強化】した動体視力が、不意にキルゼムオールの角がバチリと紅く光るのを捉えた。

 

「──ッちぃっ!!」

「あ? ……う、おっ!?」

 

 加速を利用した高速移動で、咄嗟にキルゼムオールを通り過ぎて先輩の首根っこを掴み、()()()()()()()()。先輩、お許しください……っ!! 

 

「落雷くらい、耐えられますよね!?」

「てめぇあとで覚えとけよ────」

 

 言葉を遮るようにキルゼムオールの角から放射された雷。それはこちらではなく上に投げた先輩に吸い込まれるように軌道を変え、ッッッドンッ!!!! という凄まじい爆発音を耳に炸裂させる。

 

 ──それを無視しつつの五歩目。纏めて消し飛ばすためにもあまり遠くには飛ばさないように気を遣った一閃を繰り返し、足と翼を落としたこちらの最後の一閃が、残った翼を左腕もろとも切り飛ばす。

 

 

「シィ、セルゥッ!!」

 

 

 聞こえているかはわからない。けれどもとにかく合図を、と声を荒らげると、視界の遥か遠くのビルの窓で、チカっと何かが光る。

 

 ──視界が光を捉えた刹那、()()()()()()()()()()()()()何か、がキルゼムオールの心臓を貫通して通り過ぎていっていた。

 

 遅れて発生した衝撃波が体を叩き、飛んできた何かが射線上の民家を吹き飛ばす。

 心臓を貫かれたキルゼムオールがビクンと体を痙攣させてから不自然に動きを止め、それが最大のチャンスだと直感する。

 

「っ、九十九、やるぞ!」

【やり過ぎに注意よ、また魔力の過剰放出状態になっても【復元】できる相手は居ないわ】

 

 九十九の注意を聞きながら、上段に構えた柄に体内の3種類の魔力を限界ギリギリまで練り上げて流し込み、超特大の白刃を形成する。

 

「──それじゃあな、ウィル(キルゼムオール)

 

 人の都合で作られた強力な兵器。きっとまともな使い方をされていれば、頼りになる味方になり得ただろう人型の兵器に、同情から思わずそう声をかけてから────白刃を思い切り振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 ──残りの魔力で【部分顕現:ヨグ=ソトース】を起動し、シセルと先輩を連れて地上に脱出してから数分。最低限のステルス機能を維持したまま遥か上空で崩壊し消えていく都市を見上げていると、シセルの作り直した電動車椅子に座るカナタちゃんが言う。

 

「我々の兵器を破壊してくださり、ありがとうございました」

「……まあ、どういたしまして、って言っておこうかな。これからどうするの?」

「私は……シセルさんについて行って、変異細胞を移植して足の代わりにしようかと」

「大丈夫なの? それ」

「なに。私のように全身を置換するとかじゃない、義足というか……そう、脊髄に移植して、尻尾のように生やせないかと思ってな」

 

 こんなふうに、と言って尾てい骨の辺りからよく使っている金属板を伸ばすシセルの言葉になるほどと頷く。それならまあ、カナタちゃんがシセルとかウィルみたいなヤバい存在にはならないか。

 

「じゃあ、私たちはそろそろ行こう。ヨイチ、何かあったらすぐに呼べ。可能な限り力を貸す」

「ああ。そっちも気をつけるんだぞ」

「……ところで、丞久さんってどうやって空中都市を見つけたんですか? ステルス機能は完璧に機能していたと思うんですが」

 

 そういえばとカナタちゃんが先輩に問いかけると、先輩は少し考えてから口を開く。

 

「あ? あ〜〜……なんとなく見上げたら光の屈折が微妙におかしかったから、気になって飛んできたらあの空中都市を見つけたってだけ」

「ええ…………???」

「先輩については人間とかじゃなくてクマかなんかだと思った方がいいよ」

「な、るほどぉ……?」

「おい」

「ほら、行くぞカナタ」

 

 その言葉を最後に、こちらはカナタちゃんを連れて去っていくシセルを見送る。

 それから先輩は、こちらを見て口角を歪めながら言葉を投げかけてきた。

 

「で、与一よぉ。お前覚悟は出来てるんだよな?」

「せ、先輩……髪が焦げて立派なアフロに……!」

「なってねえよ」

 

 という冗談はともかく。

 

「ほら、俺もよく先輩に無茶やらされてるじゃないですか。普段やられっぱなしなんだからアレくらいは流してくださいよ」

「流石の私でもお前を落雷の盾にした覚えはねえよ。……したことないよな?」

()()以外は殆どやらされてますが??」

「そうだったかなぁ…………」

 

 目を逸らす先輩にジトッとした眼差しを向けると、観念したかのようにため息をつく。

 

「わかったわかった悪かった。今回のでチャラな。……それで、ここからが本題だ」

「なんです?」

 

 

()()()()()()

 

 

「…………。…………。はい???」

 

 あっけらかんと言い放った先輩の言葉を、一瞬だけ脳が理解を拒んだ気がした。

 

「えっ、なに、また居なくなったのぉ!?」

「なんかの任務で外に出てたんだが、さっさと戻ってきたと思ったら誰にも見られないうちに出ていって、そのまま行方不明。オマケに、あいつはナイを連れて二人で出ていったらしい」

「……不味くないですか、それ」

「ああ、不味い。もしまた何かの暗躍をするつもりなら、下手したら止められないかもしれねえ」

 

 今更になってまたナイが悪さをするとは思えないし、数年もの時間を乗っ取られていた円花さんが悪事に加担するとも思えない。

 彼女は良くも悪くも子供だが、2度も同じやらかしはしない……と信じている。

 

「……月並みな言葉ですが、()()()()()()?」

「ってことだろうな。一応聞いとくが、お前の方から連絡とか出来そうか?」

「ナイに電話してみます」

 

 そう言いながら懐から取り出した携帯でナイの番号に繋ぐ……が、どれだけコール音を待ってもあいつが電話に出ることはなかった。

 

「おかしい、ナイはいつも俺からの電話なら3コール以内に出るのに」

「あいつめちゃくちゃ気持ち悪いな」

「否定はしませんけども」

「だが、これで異常事態を確信できたな。……こりゃまた荒れるか?」

 

 面倒くさそうにガシガシと髪を掻く先輩。

 

「そもそもの連盟組織自体に不信感が強まってきている状況での行方不明となると、なんというかこう、邪推しそうですね」

「ああ。……与一、事態と情報が進展するまで連盟組織には来るな。支部に射撃訓練に来てる葉子にも行かないように伝えとけ」

「はい」

「あと、私とか秋山みたいな相手以外の連盟組織メンバーとは対応するな。事務所に下っ端が来ても相手するな。わかったか」

 

 淡々と、しかして手短にそう指示する先輩の顔には、さっきまでの軽い調子が消えている。2度目の円花さんの失踪の原因が連盟組織にあるという確信があるからか、気怠さの中に真剣味があった。

 

「なるべく気をつけます。先輩こそ気をつけてくださいよ、ミイラ取りがミイラになるのはありがちですけど、先輩みたいな実力者に死なれたらこちらの負けが確定するようなもんなんですから」

「へっ、バーカ。誰に言ってんだ」

 

 こちらの言葉に、先輩もまた目尻を細めて愉快そうに笑うと言葉を返す。

 

「私もこれから別行動だ。連盟組織の命令で円花とナイを探す名目で、なんとか私だけで会えないか試してみるから待ってろ」

「わかりました」

 

 先輩もまた、その言葉を最後にこの場から離れる。こちらを安心させるようにひらひらと背中を向けたまま手を振る動きに苦笑しつつ、ひとまず今回の件は解決したと判断して帰ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 ──この時はまだ、気づいていなかった。

 

 このあと起きる長いようで短い濃密な戦いが、明暗丞久や自分などの、とある探偵たちを中心とした、最大最悪の──()()()事件簿となるなどとは。

 

『続』




第五部完、お気に入りと感想と高評価ください。
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