「ウワバミ村長、状況は?」
「和葉です。……と、秋山殿と丞久殿。それに竹田殿まで……勢揃いですな」
丞久と秋山、そして問いかけてきた秋山に引きずられている竹田に視線を向ける老人──村長の和葉 雨己。彼は元々向けていた方に視線をずらし、丞久たちもまたそちらの方を見る。
「人が山で落っこちたとかなんとか聞きましたけど、ちょっと退いてもらっても?」
「いえ、流石にお客人に……死体を見せるわけにはいきませんからなぁ」
「安心しろ、俺らは警察
丞久の問いに頭を振る和葉だったが、秋山がそう押しきって竹田を引きずるままに人を掻き分けて行く。遅れて追従した丞久を含む三人が見たのは、服のあちこちに土が付き、足と腕が一本ずつあらぬ方向に曲がった女性の死体だった。
「……山、ってのは……あの一際大きい所のことで? なんなら私らも今日か明日にでも登山しようかと思ってたとこなんですがね」
「そうですな。はぁ……口酸っぱく、何度も何度も。あの山には踏み込むなと、村の人間にはそう警告してきたのですがなぁ」
「ほう。それはまた何故?」
死体の様子を見ている秋山と竹田を横目に、丞久は和葉にそう質問する。
和葉は一瞬口ごもるが、丞久の有無を言わさないような雰囲気に渋々と口を開く。
「あの山には、恐ろしい獣が出ると言い伝えられているのです。ゆえに儂も村民にはあの山にだけは立ち入らないようにと言っておるのですがな……やれ度胸試しだ獣など居るわけがないだと言ってこうして立ち入っては……」
「怪我をして帰ってくるか、生きて帰ってこないか、と。残念ながら、人は『やるな』と言われたことをやりたがる生き物ですからねぇ」
「2週間前にも同じことがあったのですが──よりにもよって
「────。さいですか」
丞久が和葉から二人と死体に顔を向け、しゃがみこんで検視の真似事をしている竹田に声をかけながら、上から腰を曲げて覗き込む。
「んで、どうだぁ竹田助手」
「勝手に助手にされている……。んまぁそうだねえ、バードウォッチングの観光客とは世を忍ぶ仮の姿、実際は医学部出身ボディの竹田さんが検死したところ──これは事故だ。間違いなくね」
女性の死体は手足がひしゃげ、顔を打ち付けたのか折れて曲がった鼻から垂れた血が固まり、見れば頭や服の隙間からも出血していた。
けれども揉み合った形跡や抵抗の跡が無く、少なくとも、これだけでは
「相当高いところから落ちたのか、はたまた。──んあぁ、ところで和葉村長。彼女はいったい誰がどこで見つけたんですか? まさか死体がここまで歩いてきたとは言いますまい」
「ああ、それは……村の者が山に入って少しした所に倒れているのを見つけたとかで。彼らもかなり参っているので、帰宅させましたが」
竹田の問いに一瞬の間を空けた和葉を立ち上がった秋山が見て、何かを察した様子で口を開くが、周囲の村民たちの目を気にして一旦閉じてから違う言葉を吐き出した。
「────。俺が言うのもなんだが、警察は呼ばなくていいのか」
「……ええ、ええ。これが誰かの犯行だというなら呼んだのでしょうが、事故死で呼ぶ必要はないでしょうな。竹田殿も仰いましたでしょう? これは事故なんですから」
「呼ぶべきだとは思うけど、まあ郷に入れば郷に従えって言うからな、好きにしろ。別に法律を順守しろって言ってるわけじゃあねえ」
言外の『踏み込むな』という警告に、秋山は今はとりあえずと素直に従う。
それからはトントン拍子で話が進み、亡骸は丁重に村で埋葬するという形で一旦は終わり、気付けば日も落ち始めてくる頃。
「お三方」
宿に戻ろうとしたとき、丞久たち三人は和葉に呼び止められる。夕焼けをバックに顔に影が射し、彼の表情は見えないが、異質な雰囲気の変化だけは全員が感じ取れていた。
「あれをするなこれをするなと警告するのは心苦しいのですが、これだけはお約束くだされ。──深夜から明け方……日が上る時間帯まで、絶対に宿からは出ないように」
「……肝に銘じますよ」
薄く笑って、丞久は宿の扉を開けて三人で中に入る。パタンと締め切られたのちに、彼女は秋山と顔を見合わせて邪悪に笑う。
「つまり探りを入れたかったら夜中にやれ、っていう許可が出たわけだな」
「やましいことが無ければわざわざ『やるな』なんて警告は出さないもんなぁ?」
「もしかして君ら、現代文のテストで満点取ったこと無いんじゃないのかい……?」
冷めきった煮っ転がしの大皿を電子レンジに入れながらツッコミをする竹田に、二人からの反論は、一言たりとも返ってこなかった。
──深夜を回り、最低限の外灯とちらほらと起きているらしい民家の灯り、そして月明かりだけが頼りの夜道を歩く丞久と秋山。
二人は田舎特有の虫やカエルの鳴き声を利用して足音を消しながら歩みを進め、特に障害もなくあっさりと和葉が住む民家に到着した。
「竹田は来てないの?」
「番号だけ交換して念のため置いてきた、今のところ誰が敵か分からないしな。それに誰かが寝込みを襲うつもりなら囮にもなる」
夜中にインターホンを鳴らすわけにもいかないからと、そう言いながら秋山が扉に手を掛け──鍵のかかっていない扉が、音もなくスルスルとスライドされていった。
「…………」
「…………」
無意識に顔を見合わせ、秋山はホルスターから拳銃を抜いて身を屈めながら侵入し、丞久もそれに続く。ありがちな木造平屋の室内はどこも閉め切られてほぼ真っ暗で、だからこそ、敷地の中心辺りの一室から漏れた明かりが目立つ。
不意打ちを警戒しながらも、意を決して隔てるふすまをピシャリと開け放ち──
「──来ると思っていましたよ」
「信頼感あんじゃん」
「そりゃ警戒するでしょ」
中から聞こえてきた和葉の声に、秋山と丞久が反応する。声は間違いなく和葉雨己その人の筈なのだが、しかして部屋の中央で正座をしている老人には、その面影が欠片も残っていない。
つるりとした滑らかな鱗。
和装の下からはみ出た尾。
二人を見上げるその顔に、少なくとも、人間らしさなどは残っていない。
「……儂のことは如何様にもしてくれて構いません。ですからどうか、儂の子孫たちには手を出さないと誓って欲しい……!」
「────。なんか勘違いしてない?」
それからあまりにも必死な様相で土下座する和葉──否、ヘビ人間の姿を見て、致命的な勘違いによるすれ違いをしていると悟った丞久が、そう言いいつつ秋山に拳銃を下ろさせていた。
「──先ず、俺たちがここに来たのはとある神格の魔力を感知したからだ。ヘビ人間がどうの山の事故がどうのとは全くの無関係」
「……そう、でしたか」
「一応聞いておくけど、山の獣って
「いえ、違いま────今なんと?」
「中学二年の苦い想い出だ」
二度見してきた和葉からふいっと目を逸らす丞久。ロウソクだけの薄暗い室内でゆらゆらとヘビ人間状態の和葉の影が揺れ、秋山がそういえばと口を開いて言葉を続ける。
「ウワバミ村長」
「和葉です」
「深夜から明け方まで出歩かないように、ってのは村の人間にも言ってるのか?」
「ええ。この村の人間はだいたい3割くらいに儂の……ヘビ人間の血が混ざっておりましてな、その事を知らない者が大半なのです。加えて我々ヘビ人間は【擬態】という魔術で人の姿を取るのにも制限がありましてなぁ……」
「……ああ、だから深夜から明け方まで外に出ないようにさせてんのね」
秋山の質問に返した和葉の言葉から、制限が時間にあると理解した丞久の言葉に和葉は頷く。
今現在、和葉が人の姿をしていないのは、自宅の中で気が緩んでいたからではなく、朝に掛けた擬態の魔術が深夜に解けてしまうからだった。その事を踏まえて、彼女は更に問いかける。
「村長。2週間前にも山で誰かが落ちて死んだらしいけど、
「……ええ、その通りです」
「すぐに埋葬するように決めたのも、擬態が解けてバケモノだと判明しないように?」
「……その通り」
表情──と言ってもヘビの表情は分かりにくい──が暗い和葉から秋山に視線を移し、アイコンタクトを交わす丞久は、ため息をついた。
「あ~~~、ひとまずヘビ人間側と竹田……イス人は白ってことにしとこうか。仮に村の中にクトゥグア信奉者が居るなら、それは3割のヘビ人間じゃなくて7割の方だろうし」
「……村の中にそのような者が居るとしても、儂は犯人探しには付き合えませんぞ。精々、お互いのやることに目を伏せる程度です」
「それでいいですよ。──私は朝になったら山に行くけど、秋山はどうする?」
銃口は下げられたが未だに握っている拳銃の引き金の近くに指先が置かれたままの秋山が問いかけられ、視線を下げて悩むそぶりを見せてから面倒くさそうに拳銃をホルスターに納める。
「──宿で待機しておく。お前が調査してる裏で信奉者が村の方で暴れるなら、俺が足止めを買って出る必要があるわけだからな」
「そういうことだから、私らはここら辺で。村長は私らに何も言ってないし、私らは夜中に村長宅を訪れてない……ってことにするから」
「……そうしましょう」
話を締めて立ち上がる丞久と秋山につるりとした顔を向ける和葉。爬虫類特有の暗がりの丸い瞳孔が見上げ、踵を返した二人に質問した。
「……なぜ、そうやって当たり前かのように話が出来るのですか」
「別に、ヘビ人間の差別の歴史とかはどうでもいいからな。まあお前らが村ぐるみで悪事を働いてるってんなら対応は変わってくるが」
「脅すな馬鹿。……私たちも普通じゃない、ってことだ。普通じゃないヤツ同士だからこそ、普通に仲良くしとくのが得ってもんでしょ」
ぼす、と秋山の肩を叩きつつ丞久は和葉にニッと笑い掛ける。そして音もなく静かに屋外へと出た二人は、宿への帰路を歩きながら気だるげな雰囲気のまま口を開いた。
「村人の中にクトゥグア信奉者が居るとして、迂闊なことをして正体をバラしたくないヘビ人間組がそうであるとは考えにくい。つまり総数250余りから約70名が容疑者から外れたわけだ」
「一番怪しい……っつーか、ほぼ確実に黒なのは山で転落死した奴を見つけたっていう連中かねぇ。死体を儀式中に偶然見かけたか、あるいは儀式に利用して証拠隠滅に殺したか。私も経験したけど、良くあるパターンなんだよな」
精神を操って魔力を搾り取り、邪魔になったからからと自殺させて疑いの目から逃れる。というのは、魔術師がやりがちな手だった。
「ウワバミ村長はそいつらを帰らせたとか言ってたよな。犯人を見逃した、ってことか?」
「犯人だと信じたくない、が正しいんだろうな。2週間前と今回の死人が擬態したヘビ人間だったのが
「恐らくヘビ人間の存在を察しつつある奴が犯人だが、おいそれと村の中にヘビ人間が紛れて生活していたと明かすわけにはいかない、と」
そう言って考察すればするほど、事態の面倒くささに辟易する二人。
迂闊に全てを明かせば、誰が怪物で誰が人間かを疑い合う疑心暗鬼の村に早変わりだろう。
「……このタイミングで疑い始めた……とすると、何者かに村の秘密を吹き込まれでもしてクトゥグア信奉者になったのか」
「『この村には人間の振りをした怪物が居て、その事に気づいているのは俺たちだけ! 村のためにも怪物を倒すべく儀式を行わなくては!』ってか? 質の悪い陰謀論者みてぇだな」
「怪物が紛れ込んでるのが本当な分、あながち陰謀論ってほどでもないのがなぁ」
丞久の言葉に両手を上げてわざとらしく声を荒らげる演技で返す秋山。特定の魔術師──特になんらかの神格を信仰するタイプは
とどのつまり、
「──いやいやいや、いかんでしょ。5年前の円花じゃないんだから」
「……この一件、もしや春夏秋冬 円花が関わってるんじゃないのか?」
「可能性は…………ある。今アイツの体を使ってると思われる神格は愉快犯みたいなもんだからな、やるかやらないかで言えばやるだろうよ」
心底嫌そうな顔をしながら言葉を吐き捨てるように呟く丞久。秋山は、彼女にふと問いかける。
「そういえば、お前昔イグ食ったんだって? 頭おかしいんじゃないのか?」
「仕方ないだろ、両親が誘拐されて拷問されて殺された後の話なんだから。あの頃はとにかくイライラして仕方なかったんだよ」
「……ふーん。で、味は?」
「お前はお前で脳と一緒にデリカシーまで欠けちまってるんじゃないのか」
特に重い話にも気を遣うことはしない秋山にじとっとした目を向けながらも、丞久は思い返すように視線を斜めに上げながら言った。
「旨かったよ。腹下して3日寝込んだけど」
「予想通りすぎて『だろうなあ』以外のコメントが出てこねえな……」
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