──円花さんがナイを連れて行方不明になったと聞いてからかれこれ一ヶ月強。
気づけば九月も下旬となり、暑さが鳴りを潜めて少しずつ肌寒さが顔を覗かせていた。
「……お」
『どうしたの?』
事務所でぼーっとしていたとき、不意にデスクの携帯がメールを受信して震える。人形サイズのまま天井付近で暇そうに浮いていたソフィアが降りてきて、一緒にメールの内容を確認すると────
「円花さんからだ。噂をすれば何とやらだな」
『……この文章からすら滲み出ている傲慢さは、間違いなくあの人ね』
ソフィアですら引き気味に呟くメール内容。それは『お前だけでここに来い』とだけ書いて地図アプリの画像を添付したモノだった。し、シンプル〜。
「ていうか場所が河川敷なんだけど」
『…………。果たし状ってコト?』
「その可能性はぁ〜〜〜……ある」
『あるんだ』
あるかないかで言えば、ある。だって円花さんだし。先輩と同じ穴の狢だし。
……しかし。
「俺だけで来いって書かれてるけど、流石に先輩くらいには伝えたほうがいいよなぁ」
『その辺の判断はあなたに任せるわよ。どちらにせよ私は行かないほうがいいでしょうし』
「そうか? 俺だけって言っても、そもそも俺の中に雅灯さんが居るし、武器も持ってくから九十九もついてくるわけだし問題ないと思うけど」
『悪霊と付喪神を『人数』に加えていいのかって話になると生き人形である私の人権に話が逸れるからやめておきましょう。私は留守番するわね』
「はいよ」
気にしすぎじゃないか? と思わなくもないが、本人が行かないというのなら無理について来させる理由もない。ともあれメールの場所に向かうために着替えてから、先輩に連絡をすることにした。
──事務所からしばらくバイクを走らせた位置にある河川敷。平日の昼間ゆえに辺りには人がおらず、先輩と二人で川辺を歩いている。
「ここに来い、とのことでしたが」
「果たし状かよ。まあ、売られた喧嘩は買うのが礼儀だからな。やってやるか」
「喧嘩を売られてる前提なのやめません?」
パシッと手のひらに拳を打ち付けてやる気満々の先輩は置いておくとして。
川辺を歩きながら人の気配を探ると、ふと橋の下にある足部分に出来た暗がりで何かが動き、先輩と二人で足を止めて戦闘態勢を取る。
「誰だァ?」
「……ちっ、なんで丞久まで連れてきた」
「その声、李徴子──じゃなくて円花さん?」
「誰が虎だ。ったく……」
ナチュラルに言い間違えたのを誤魔化すように名前を呼ぶと、声の主──円花さんが暗がりの奥からこちらに歩いてくる。
相変わらずの不機嫌そうな、しかしどことなく
「…………。ちっ。はぁ〜〜〜……いいか、今からそっちに行くけど、大声出すなよ」
「え? ああ、はい」
本当に心底嫌そうな声でそう釘を差してきた円花さんが、暗がりから出てきま。すると、彼女の姿が露わになり──そこで言葉の意味を理解する。
「……あらまあ。なんというか、こう」
「黙れ」
「はい」
「──ッダァ〜〜〜〜ハッハッハッハ!!! なんだお前ェ!? ちっっっっさァ!?!?」
どう言ったものかと返答に悩むこちらの横で、先輩が腹を抱えて大笑いする。
なぜなら円花さんの姿が、厳密には背丈が、子供のように一回り小さくなっていたからだ。
「あら〜〜迷子でちゅか〜〜? お嬢ちゃんいま何歳かな〜? 名前言えるかな〜?」
「こうなるからお前だけで来いってメールしたんだろうがぁ……!!」
「いやぁ、まぁ、はい。ごめんなさい」
「だーっははははは! わはははははァ〜!!」
これは流石にこちらが悪い。……いや悪くないだろ。先輩が100悪いだろこれ。
いよいよ地面に転がるんじゃないかってくらいの大笑いをしている先輩を殺意の籠もった目で見ている円花さんだが、一拍遅れて、彼女のコートの裏から円花さんそっくりの人形が現れる。
『やぁ与一ク〜ン、元気そうだね』
「よう、ナイ。今のところは俺より元気そうなのが横で笑ってるんだけどね」
『ンまぁとりあえず、そっちの
「────。そうだな」
…………。はあ、『龍』ね。先輩が連盟組織に伏せてるはずの【
「──先にこれだけ聞いておくけど、円花さんがその姿になったことと、お前を連れて逃げ出したことを踏まえて、それだけヤバい事態になってる……っていう認識で話を進めればいいんだよな?」
『ああ。その通り、事態は深刻だ』
「だそうですよ先輩」
「先に言えよな」
「……こいつ本当に面倒くさいな」
スン……と突然頭に氷水を浴びたように冷静になる先輩を見て、円花さんが呟く。
気持ちはよくわかる。
「つーか今の円花は……それどういう状態なんだ。時間操作魔術でも食らったのか?」
「ちっ。それについては、順を追って話す」
まだ笑いのツボを刺激されているのか、口角がわずかに痙攣している先輩を見て舌を打つ円花さんは、体格が小さくなったにも関わらず欠片も劣化していない不遜な態度を崩さずに言葉を続けた。
「まず最初の疑問は、この前やった任務で……ボクの情報が漏れていると確信したことだ」
「情報が漏れている?」
「流石のボクでも常に休まず戦えるわけじゃない。戦闘中に一呼吸置くために手を止めるタイミングは、ボクにもそこのクソ丞久にも絶対にある」
視線だけで先輩を見つつ、円花さんは言う。
「その手を止めるタイミングは、相手にはバレないように隠してるはずなのに、敵は的確にボクの
「偶然、という可能性は?」
「それを偶然で片付けられるほどボクは鈍感じゃない。とにかく、敵に情報が漏れているという確信があった。その相手は連盟組織以外に居ない」
「……まあ、そうでしょうね」
苛立たしげに断言する円花さんが、手持ち無沙汰の片手にビー玉のような球体を握りもて遊びながら、更に一息ついてから続ける。
「それで、情報を漏らした奴を
「それでそんな姿に?」
「ああ。今の歳は……14くらいか。あの時間操作で、10年くらい時間を戻されたな」
つまり今の円花さんは中学生くらいってことか。と、そこで会話にナイが混ざってきた。
『そうして即座に逃げの一手を選んだ円花は、ちょうど同じ階層でいつもの生き人形ボディの解析作業の休憩中だった私を引っ掴んで逃げてきたのさ』
「あのままだとボクは、なんらかの手段で無力化あるいは殺害されていた可能性が高かったからな。とにかく誰かを戦力にしつつ組織から逃げる必要があったから、ちょうどいいのを掴まえたまでだ」
「その辺の判断力は、なんというか本当に先輩と同じように獣じみてますよね」
──睨まれた。
しかし普段の言動や態度の幼稚さを考えると、円花さんってこのくらいが程よい気がする。
そんな思考を読んだかのように、ナイは小さくなった円花さんよりも小さい体でニヤリと笑うと、彼女の頭を椅子にしながら口を開く。
『逃げながら、私は円花の体を調査していたんだけれどねぇ。これがまた面白い事実を炙り出す結果となったんだ。聞くかい?』
「そりゃこの流れならみんなが気になるだろーよ。勿体ぶらずにさっさと言え」
『焦るな焦るな。なに、簡単な話だよ』
眉をひそめる先輩に飄々とした態度を取るナイは、あっけらかんと言い放つ。
『円花は、14歳が
「…………なんつった??」
「ナイ、ごめんもう一回」
『円花は、今の状態が、
………………??????
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