「いやまあ確かに円花さんは
「お前いまなんて言おうとした??」
「いえなんでも」
しかしパッと見でも小さいけど、深月よりは大きいと考えると……145〜150cmくらいか。
ともあれ縮んだ円花さんに睨まれて誤魔化しつつ、気になったことを問う。
「この事態で逃げを選んだってことは、本来の円花さんこそが今の状態っていうことを、
「当たり前だろ。ボクだって、自分のことは丞久と同年代の成人女性として認識してたからな」
「まあそりゃそうだ」
そうでなかったら、大人のフリをしていた中学生女子というあまりにも痛々しい生物が誕生してしまう。……とは、口には出さないようにして。
「となると、問題の1つは──円花さんの状態に誰も違和感を持たないことこそがおかしい、という話になってきますよね」
『そうなるねぇ。私も円花と関わるようになったのは、9年前に
「あ〜〜、そうか。そこいらの連中が知らねえのはわかるが、白道とかすらも円花の正体をなんも知らねえのはおかしいわな」
他人事のように愉快そうに口角を歪めるナイを横目に、先輩も合点がいったような声で言う。
それから円花さんが、顎に曲げた指の横側を当てて考え込んでから口を開いた。
「……ボクの肉体年齢を時間操作で弄ったのが連盟組織で、今になって何らかの理由でボクに
「はい」
「連盟組織は……いや、あいつらのトップが、何をしようとしているのかがわからない」
「そもそも、連盟組織のトップって誰なんですか? いちおう生きてる人なんですよね?」
こちらの疑問には、円花さんの頭を椅子にしたままのナイが代わりに答える。
『アレはそうそう滅多に出てこないからねぇ。気をつけたまえよ、アレは外に出てこないのと、能力的な意味で、二重に
「……つまり?」
『今は気にするだけムダ、ということさ』
「あとでちゃんと教えろよ? ナイ」
『ン〜〜、それもちょっと難しいね』
「はぁ?」
なんだ、またいつもの暗躍ムーブの癖が抜けきってないのか? まったく、毎回肝心なところを誤魔化すんだから困ったやつだ。
「……ところで今の円花さんって、能力面はどうなってるんですか? あの無尽蔵の魔力は?」
「さっぱりだな。体の奥深くに感じてはいる、でも使えない。蓋をされてる感覚だ」
「ほとんど無力化成功してる……」
「だから咄嗟に
と言って、円花さんは手の中でもて遊んでいたビー玉みたいな物体を見せてくる。
それは、中に猛吹雪のような冷気を閉じ込めている魔力圧縮結晶だった。
「なんですそれ」
「肉体年齢を時間操作で戻される直前、咄嗟に【
「また器用な真似を……」
「この体になったあとで改めて取り込み直せば、と思ってな。だがあともう一押し、魔力総量を増やせればと考えてこいつを連れ出した」
「それでナイを連れ出したんですか」
ハエを払うような動作で手を振りナイをはたき落とそうとする円花さん。彼女にどかされたナイは、傍らにふよふよと【浮遊】しながら言う。
『咄嗟の判断力の高さには感嘆するよ。なぜならば、また私という魔力の塊を取り込めば、魔力総量をブーストすることは可能だからだね』
「まあ、最後の最後の最後の最後の手段として考えてるだけで、非常〜〜〜〜〜に癪だがな」
『ふっ、安心したまえよ。もう既にキミの体を使って暗躍して、負けている。2度も肉体を乗っ取ろうなどとは考えていないさ』
「…………。ちっ、与一的にはどうだ」
「そこで俺に振るのぉ!?」
む、無茶振りしてきた……!
「確かにナイは
『ほらな〜〜〜〜?? 私は円花と違って、信用されてるんだよ。キミと、違ってね』
「うるさいなこいつ……」
「このくだり前もやってねえか」
小さい体で渾身のドヤ顔をするナイに、不機嫌な顔をする円花さんと冷静に突っ込む先輩。
なぜこうなると分かっていて煽るのをやめないのか? それはナイが無貌の神だからだろう。
生まれ持った性質をそう容易く変えることが出来ないのは、神も人も同じらしい。
「……はあ。さっさとやるぞ、魔力確保して自衛できるようにしたいし、こいつともおさらば出来て一挙両得なんだからな」
『やれやれ、私がいつ嫌われるようなことをしたんだと言うんだい?』
「マジで言ってる? ……あれ、っていうか、ナイが円花さんに吸収されるとして、そのあと残った生き人形ボディの方はどうするんだ?」
ナイの冗談はさておき、そういえばと思い出す。ナイの体は円花さんの細胞を使って複製した肉体に、【人形化】の魔術を使った状態だ。
──とある人形師である父親が作った、人間の肉体を不変の人形に変える執念の魔術。
変わらない、すなわち死なない。結果として不死身ということになる生き人形。
それは
「その辺にゃ詳しくねえんだけど、こいつら生き人形ってマジで死んでも生き返んのか?」
「頭部を著しく破損すると意識が飛ぶみたいですけど、少なくとも肉体的な破損が元通りに直れば、普通に活動再開できますよ。吹っ飛んだパーツも近くに無い場合は新しく生えてきますし」
「へぇ。キモい生態してんのな」
「いま
こちらがギッと睨めば、先輩は顔を逸らす。──今のはツーアウトだぞ。と脳裏で独りごちると、ナイがカラカラと乾いた笑い声をあげた。
『はっはっは、まさかこの私がアフターケアも無しにこんな提案をするわけあるまい』
「というと?」
『ふふふふ。与一クン、私はね、絶賛彼女と世界旅行中の有栖川春秋と情報交換をしながら、【人形化】の解析と改良を続けていたわけだ』
「彼女……かなぁ〜〜……?」
エリーはたぶんそういう
『ンまぁそれは置いておくが……結論から言おう。【人形化】で生き人形になった人間は、元に戻ることは──二度と無い』
「…………。無貌の神の知識や能力があってもなお、結論は『それ』なんだな」
『悔しいことにねぇ。これはもはや、再現性のある魔術というよりは、執念で奇跡を引き起こした唯一の魔法と言っても過言ではない』
とは言いつつも、ナイの顔は喜色に歪む。神の一端として、人間ごときが自身の想像を超える結果を生み出した事実が愉快なのだろう。
『【人形化】は人間の体を永久的に不死身の肉体に変化させる魔術だ。まず根本の部分がこれで、どうあがいてもこの部分を書き換えることは出来ない。しかしあとから別の効果を書き足すことは出来る』
「……つまり?」
『私という存在を円花の中に戻して魔力総量の足しにしつつ、残った人形の方には【人形化 Ver2.2】の効果で永久に自己崩壊し続ける術式を掛ける』
「いつの間にかバージョンが進んでる……」
前に琴巳ちゃんと蛇神様の件で使ったときは1.5じゃなかったか……? 人が見えない裏でそれだけの改良を重ねていたとは思わなかった。
「えーっと、その『自己崩壊し続ける術式』ってのはなんなんだ?」
『生き人形は一応の破壊自体は可能だ。そして頭部の破損などで思考が出来なければ、その間は元の肉体で言うところの『死亡』状態になっているわけだ。なら、例えばそれを
あっけらかんと言い放つナイ。意識が戻らない死亡状態の永続、それはつまり。
「……永遠に意識が戻らないのは、すなわち死んでるのと同じ、ってことか?」
『そうだ。私も有栖川春秋も、結局のところ生き人形を人間には戻せなかった。だが、生き人形にされた人間が、死ぬことを選べるようになった』
──死ねるようになった。それが幸せかどうかはさておき、確かに生き人形の問題点はある。
それは、この先、生き人形が永遠に生き続ける世界の果てで何が起こるか。
極端な話、この世界そのものはいずれ必ず寿命を迎えて、地球は消え去る。そうしたのちでももし、生き人形が生きていた場合、彼女らには永遠に宇宙を漂い続けるか膨張した太陽に呑み込まれて焼かれ続けるか、2択の地獄が始まることだろう。
『……ふっ、なあに。膨大な年月の果てで起きる
「なるほど。円花さんの中に戻るなら、ついでに残される人形の方で実験もしちゃおう、ってだけの話だったわけか。効率的だな」
『ああ、そうだ。だから、まあ……うん。『今ここにいるナイ』という、いち神格との……お別れの時間が来てしまったようだね』
ナイは、そんな言葉と共に、円花さんと同じ顔を寂しげにふにゃりと緩ませた。
「…………。…………。そうか」
……そうか。お別れか。
「俺の両親が死んだあの宿で半端に顕現した無貌の神が、10年以上の時を経て、居なくなるのか」
『はっはっは。そんなに悲しまれては、邪神冥利に尽きるというものだ』
「悲しんどらんわ」
『嘘をつく必要はないさ』
「────」
目線を合わせるように浮かんでいるナイが、そう言って、こちらの瞳を真っ直ぐ見据える。
『一章ラスボスの私の出番はもう終わりだ。金輪際、表に出てくるつもりはない。闇に意識を閉ざし、円花の魂に溶けて、居なくなる。もうキミに会えないと考えるとすごく寂しいよ』
「俺は……。…………。そうだな。俺も寂しくなるよ。お前が居なくなれば、ガキの頃の俺を知ってる人は真冬と春秋さんくらいになるんだから」
『──ふふふふ、ふふふふっ』
こちらの言葉に、ナイは満足気に笑い、笑い、嗤う。ニンマリと満面の笑みを浮かべ、話は終わったとばかりに円花さんに視線を向けてから彼女の傍らに向かい、何かを促すと、円花さんはビー玉サイズの魔力圧縮結晶をおもむろに口に放り込んだ。
「んぐっぐ」
『ではな、与一クン。……これまでも、これからも。私はキミのことを愛している』
「……ああ。じゃあな」
呑み込むのと同時に、ナイはそう言って、自身の体に何かの魔術を起動してから円花さんの体に触れて魔力を流し込む。それから中身の抜けた円花さんそっくりのミニ人形は地面にぽとりと落下し、不自然なほどに鮮やかな蒼い炎に包まれ始める。
バージョンアップした【人形化】の術式によって、中身の無い人形が自己崩壊を永遠に続ける。
煙もなく燃えて、燃えて、燃えて燃えて燃えて燃えて、燃え尽きて灰になった一つ一つが目に見えない大きさになってもなお永遠に崩壊し続け、再生を阻害し続ける。それはきっと、この世界から『魔力』と呼べるエネルギーが消え去るまで続くのだろう。
「……ボクのことを恨むか?」
「いいや。どちらにせよ、ナイはこの表舞台から消えること自体は受け入れていましたからね。いずれ必ず、こんな別れをしていましたよ」
「そうか」
どうせならと、肉体年齢を戻され内部の魔力に蓋までされた円花さんのために自分を使ったナイの決断を止める権利はこちらには無かった。
珍しく多少の申し訳なさを見せる円花さんの瞳には、ナイのモノだろう魔力由来の紅い光が焚き火のように揺らめいている。
……お前はちゃんと、円花さんの中に居るんだな。なら、まあ、寂しくはないか。
お気に入りと感想と高評価ください。