とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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外宇宙的卵と春夏秋冬円花 4/7

 ──春夏秋冬円花が【門】の向こうに消えて音信不通になってから三日ほど。

 

 以前の出来事が原因で燃え尽きた事務所とは別のビルに設立した探偵事務所にて、明暗丞久は夜に寝酒も兼ねて蜂蜜酒(ミード)を嗜んでいた。

 

「……現状、私も連盟組織に戻るわけにはいかねぇし、そろそろスッパリ手を切って、探偵1本に絞ってみるのもいいかもなァ」

 

 コン、と蜂蜜酒を飲み干したグラスをテーブルに置いて、深いため息をつく。──と、そこで。

 

「──あん?」

 

 不意に弱々しく、玄関の扉がドンドンと叩かれる。インターホンでもなく、事前の連絡も無く。ちらりと壁に掛けた時計を見れば、時刻は夜の11時。

 

「はぁ〜……ったく。いま出るから待てぇ」

 

 再度、小さくため息をついた丞久は、扉の外に聞こえるようにそう言いながら、いつでも力を使えるように体内の魔力を練り上げ循環させる。警戒しながら扉をガチャリと開ければ、そこには──黒色。

 

 黒色、と、滲む赤色。

 

「おンやぁ? 見覚えのある厨二ファッションをした見覚えのあるクソガキだ」

「……やれやれ、()()()()と迷ってこっちを選んだけれど、これはハズレだったかしら」

「────。あァ?」

 

 黒一色の衣服から覗く肌のあちこちを血で濡らし、深い切り傷が左目に刻まれた円花が、以前とは明らかに違和を感じさせる理知的な声色で言う。

 

「私は春夏秋冬円花、この体の遺伝子上の母親よ。問答をしている暇は無いの。とにかく今は私を連れて連盟組織の追手から逃げてちょうだい」

「…………。少し待て」

「もう遅いわ」

「は? ────おいおいおいおい」

 

 不意に、ぶわんと空間が揺らぎ、事務所の外──ビル内の通路に【門】が開く。その中から現れたのは、組織の施設内で飽きるほど見た構成員。

 銃で、刃物で、鈍器で武装した彼ら彼女らは、二人を見るや普段通りの無言のままに、武器を振りかぶって襲いかかってきた。

 

 咄嗟に外に出て玄関を閉めて、丞久は円花を小脇に抱えてから空いた手に刀を【召喚(コール)】して戦闘を始める。流れで峰を向けて気絶させつつ、それから当然の疑問を円花に投げかけた。

 

「で、なんでこんなことになってる? そもそもなんで母親であるてめーが娘の中に居んだよ」

「私の事情を話すとなるとだいぶ遡ることになるのだけどいいかしら」

「じゃああとにしろ」

「だいたい70年前くらいになるわね、私は自身の元の体にガタが来ていたあるとき、()()()のやつととある計画を立てていたの」

「この、人の話を聞かない辺りは、間違いなく親子だな。……タヌキ?」

 

 刀を逆手に握った状態の拳を構成員の顔面に叩き込みながら、丞久は眉をひそめる。

 

「つうか今から70年前って何時代だよ」

「昭和よ。高度経済成長期とかなんとか言われてた、忙しなかった時代ね」

「ふーん。それで、タヌキって誰だ? まさか動物の方とか言わねえよな?」

連盟組織(うち)のトップのアダ名よ。綿貫(わたぬき)十兵衛(じゅうべえ)。私自身も日露戦争くらいの時の生まれだけど、あいつも結構長生きでね。確か……本能寺が燃えてるところは見たことあるらしいわ」

「連盟組織のトップが本能寺の変リアタイ勢だったとか面白すぎねえか??」

 

 鼻で笑いながらも、丞久の脳裏で即座に記憶へのアクセスは開始される。すなわち『綿貫十兵衛』などという名前の人間と会ったことがあるかどうかを思い出そう、という至極当然の行動なのだが。

 

 ──不思議なことに、丞久の脳の中には、一切そんな記憶は()()()()()()()のだ。

 

「…………んんん??」

 

 疑問に思いつつ、敵への対処は忘れず、半ば体が自動で迎撃しているような作業として峰を叩きつける丞久。彼女の頭の中に、ポッカリと穴が空いているかのような違和感だけが存在している。

 

 記憶を仕舞う部分をタンスと例える事がよくあるが、まさに、タンスの一部だけがごっそり無くなっているような違和感。その違和感が、()()()()()()()()()ことに、()()()()()気がついた。

 

「……なんだ、この、記憶の無さは。おかしいだろ、なんで……連盟組織に所属していながらそのトップの顔も名前も知らずに、出会ったことすら無いんだ……? あるはずだろ、一度くらいは、どっかで」

「そりゃあ一度や二度はあるでしょうけれど、()()()()()んだから覚えてるわけないじゃない。あのタヌキはそういう人間なのよ」

「────。お前いまなんつった???」

 

 あっけらかんとした発言に意識が逸れた一瞬。振り被られた警棒のような鈍器を受け止めた刀の刀身がバキンと折れ、反射的に魔力に分解して空けた片手で鈍器を持っている女の顔面を鷲掴み、通路の窓ガラスに叩き付けて外に投げ飛ばし、割れた窓を足場にその場から逃走を開始する。

 

 深夜帯で車が通らない道路の真ん中を全力疾走しながら、丞久は改めて問いかけた。

 

「ちっ……ったく、どういうことだ」

「タヌキの異能は、魔力を電気信号として扱い脳へ伝わる情報を改竄できる能力。特定の記憶だけを脳に蓄積させることを防ぐことができ、結果として脳から離れた記憶は残らないから覚えていられない」

「……なるほど、連盟組織がナチュラルに記憶操作で情報統制してるギミックが『それ』か」

「私自身もおそらくこれまでで何度かあいつに記憶を忘れられているわ。そのうえで、私とあいつはある計画を立てたのよ」

「あ、ようやく話が本題に戻ってきたな」

 

 背後から聞こえてきたバイクと車の、明らかに法定速度を無視している速度の音を耳にして、心底面倒くさそうな顔をしながら丞久が呟いた。

 

「──恒久的な世界平和。私とタヌキは日本を中心として、世界をあらゆる邪神や怪物から守るためのたった1つの超強力な『個』を用意しようとした」

「本題に戻ったと思ったら妄言を吐かれるこっちの身にもなってくんねぇかなァ??」

「私たちは至って真面目に考えていたのよ」

 

 小脇に抱えられたままの姿勢で、全力疾走しているせいでガックンガックンと揺れている円花が、器用にも舌を噛まずに言葉を続ける。

 

「その過程で考えたのは、最強の『個』を作るなら、最強の神格から魔力を奪い、取り込めばいいというシンプルでなんともマヌケな発想だったわ」

「バカなのか?」

「正義感だとか使命感だとかに『()()()』てしまった人間が如何に盲目になるかなんて、この国が嫌と言うほど証明しているでしょう」

「てめーらもその一人だろうが」

「そうね」

 

 円花のその返しは、呆れでも諦めでもなければ、嫌味でもなんでもない。単なる事実の肯定。丞久は彼女の反応に僅かな違和感を抱きながらも、いったん足を止めて振り返り、【風神龍(イームーロン)】を発動。

 大きく屈んでから跳躍し、羽ばたいて離脱する丞久の腕の中で円花は言う。

 

「さっきも言ったけれど、私の体はガタが来ていた。その理由は……まあ、この流れならわかるでしょう。最初に『最強の個』になる予定だったのは私だったの。──外宇宙の神の魔力だけを喚び出して、圧縮し、私の体内に入れた。人の身に核融合炉を取り付けるようなものよ、耐えられるわけがなかった」

「……なんてことをしやがるんだお前らは」

 

 丞久の心底呆れきった気だるげな声が円花に振り注ぐが、当の本人は気にしていないとばかりになおも厄介でおぞましい計画を語り続ける。

 

「そうして元々あった膨大な魔力に無尽蔵の魔力も加わった体が限界を迎えつつあったとき、私は次の計画を考えた。すなわち────私の遺伝子を持つ新しいボディを用意してそちらに魂を移すこと」

「…………。その成功例が、私の知っている方の春夏秋冬円花、ってことか」

「何度か失敗して、それから一番最後の個体だけが、私と同じ……いえ、それ以上の()()()()()を可能とした、私の上位互換と言ってもいいスペアボディが完成したの。それが14年くらい前? だったかしら」

 

 腕の中で指折り数えてあやふやな答えを言う円花に、丞久は空気を軋ませる怒気を含んだ声を口から漏らすように吐き出した。

 

「──てめぇ、子供の人生をなんだと思ってやがる。曲がりなりにも親なんだろうが……ッ」

「重要なのは、外宇宙の神格の魔力を有した私が、連盟組織のトップと協力して、世界をあらゆる神や怪物から守り抜く力を得ることよ。ただ、円花が約5歳……今から10年くらい前に問題が起きた」

 

 空中を羽ばたく丞久の怒声をさらりと無視して、円花は一拍置いて口を開く。

 

「──突然、家の中に居た私は、外部からの狙撃で心臓を破壊された」

「……なにぃ?」

「明確な致命傷、あと十数秒で意識も命も落ちるのは確実。私が死ねば取り込んだ魔力は魂と共に消えてなくなる。だから仕方なく、まだ器として未熟だったこの体に私自身の意識と神格の魔力を移して、そこで一度私の意識は完全に闇に消え去ったわ」

「…………。犯人は誰だ」

「この流れでわからない?」

「タヌキ──綿貫十兵衛か」

「正解。というか、河川敷であなたたちと別れたあと、本人に会いに行って当時なにがあったのか聞いたのよ。そうしたらあっさり『狙撃の指示は俺が出した』って白状するし、この体に移した神格の魔力を奪われるし、また私の命を狙うしで、散々だったわ」

「……あん?」

 

 つらつらと言葉を並べる円花の最後の方の一文に、丞久は反応した。

 

「……神格の魔力を、奪われた?」

「ええ。そのせいで、今は体内にある複数の魔力のコントロールが上手く出来てないのよ。仮に出来ていたらあなたに頼るまでもなく、あの人数程度は片手間で皆殺しにしてるわよ」

「さ・き・に・言・え! 先に言え──っ! このまま落とすぞてめぇコラァ〜〜〜ッ!?」

「仕方ないでしょう、私からしたらあなたたちだって警戒対象だったんだから……ちょっと回らないでくれる? 流石に酔うのだけど……?」

 

 あまりにも面倒な人間が過ぎる、と脳裏で独りごちる丞久が、ドリルのように高速でバレルロールをして円花を振り回す。

 ひとしきり回転したのち、丞久は一度近場のビルの屋上に着地すると、夜の街を見下ろしてから、左目付近がズタズタに切り裂かれている円花の顔に視線を移し、ため息混じりに質問を投げかける。

 

「……ったく。それで、これから結局なにがしたいんだてめーは」

「とりあえず、無貌に近いけれど、タヌキ……十兵衛を殺しに行くわ。あいつが私から神格の魔力を圧縮して結晶化させた塊を奪ってやることがマトモなわけがない。やらかす前に止めないと、比喩でも冗談でもなんでもなく、()()()()()()()()わ」

「あ、そう。いつもの事だな。……となると、戦力が居るわけだが────」

 

 と、そこまで考えて言葉が詰まる。

 

「……太陽は立場上は民間人、島で関わったガキ二人も同文、私が信用してるけど連盟組織側の人間だから秋山たちも呼べねえ……与一…………いや、身内の不始末をやらせるわけにもいかねえか」

 

 誰を頼るか、という逡巡。けれどもその答えは、誰も頼れないという事実。

 

「……昔を思い出すなァ。結局、私と円花のコンビで暴れてこいってワケだ」

「ああそうそう、とりあえず足を止めない方がいいわ。私と十兵衛は互いの位置を把握する魔術を使うことが出来るの。位置情報を割り出されたらものの数十秒で【門】で兵士を送り込んでくるわよ」

「てめーは何回事後報告すりゃ気が済むんだお前コラ。そろそろ隣のビルまで投げ飛ばすぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──目的地となるとある高層マンションに向かう途中、車で移動している車内でこれまでの事情を聞いていたこちらの意見はおおむね1つだろう。

 

「春夏秋冬さん、あなたわりと度し難いですね」

「ああ、まあ、昔からよく言われるわね」

「改善の兆し、ナシ……!」

 

 なんというか、薄っすらとこの人のことが分かってきたな。この人おそらく、そもそもの罪の意識みたいなモノが元から存在していない。

 人の感情が理解できないのか、機械的に受け止めて終わってるだけなのか。

 

「ところで、その結局した『神格の魔力』っていうのはわかりやすい形をしてるんですか?」

「簡単に言うと……卵? ちょっとした子供くらいの大きさの卵の形をしているわ」

「なんで……???」

「さあ? どういうわけか自然と、そういう形状に固まってしまったの。むしろ私の方がなんであんな形になったのか聞きたいくらいよ」

 

 こちらの運転を後ろから暇そうに眺める春夏秋冬さんと、流石に疲れているのか腕を組んでまぶたを閉じている先輩。助手席の真冬がバックミラー越しに春夏秋冬を見ると、向こうもその視線に気づいた。

 

「何かしら」

「……あんた、少なくとも5歳くらいまでは円花さんと一緒に居たのよね」

「そうね。それが?」

 

 目尻を細める真冬が、春夏秋冬さんを責め立てるような強い口調で問いかける。

 

「もし、いま、あんたの中で円花さんがあんたの言ってることやってることを知ったとしたら、どう思われるか……とか。考えないわけ?」

「……??? いえ、別に……?」

「────。あ、そう。……まあ、そうだわな。あんたが()()()()()()()から、今まさにこんなことになってるんだもんな」

「……?? つまり、なにが言いたいの?」

「はいはいはいはい、到着しましたよー」

 

 眉間にシワが寄り、青筋が立つほどに怒りが込み上げている真冬と、真冬が何を言いたいのかまるで理解できていない春夏秋冬さん。

 危うく殺し合いにでもなるんじゃないかという空気を変えるために、わざとらしくそう言いながらマンションの近くで車を停車させる。

 

「……んがっ。到着したか」

「寝てたんですか」

「疲れてんだよ、師匠を労え」

「今回の件が全部終わったら俺の奢りで好きなもん食べていいですよ」

「よーしやる気出てきた」

 

 車から意気揚々と降りる先輩と、複雑そうな顔をして降りる真冬。春夏秋冬さんが降りるのを待ってから、それとなく近づいて聞いてみた。

 

「春夏秋冬さんって、円花さんのこと、どう思ってるんですか?」

「どう、って。………………私のスペアボディをなんか別の人間が使ってるなぁ、とか?」

「じゃあ、自分と血が繋がってる子供である事実には、本当になんとも思ってないんですか?」

「…………。あなたもあの子も、私にどう答えてほしいのよ」

 

 困ったように誰に言うでもない言葉が空気に溶けていく。果たして先輩を戦闘にマンションに入ろうとした──直前、逆に出入口の自動ドアが開き、中からスーツ姿の男性がゆったりと歩いてくる。

 

「──お、ようやく来やがったな」

「……な、なんで貴方がここに」

「そりゃあ、有効な駒だからだろ。俺は連盟組織所属で、お前らと()()()()んだからな」

 

 男性はそう言いながら、片手に大型リボルバーを【要請(コール)】して、皮肉気味にそう言うと、ネクタイを緩めて首元を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、こういうこった」

 

 男性は。──秋山さんは。

 

 首に巻かれた首輪を見せながら、こちらに口角を歪めるように笑いかけた。

 

「春夏秋冬円花か明暗丞久を殺せば白道たちが解放される。……つーわけで、殺し合おうぜ」




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