「……ぶっ、ごぼっ、げほっ…………ふっ、くくくくっ……くっはははは……」
血が流れ落ち、思考がぼんやりとしながらも、白道は嗤う。連盟組織のトップが何を考えているかは兎も角として、あまりにも愚かであるがゆえに、彼女は笑わずにはいられなかった。
「……キミたち下っ端どもに人格があるかどうかはさておき、だ。……ジャジャーン」
おどけるようにして、わざとらしく。口角を歪めながら、白道は着ていた白衣のポケットから幸運にも銃弾が当たっていなかった携帯を取り出し、画面を上にして構成員たちの足元に滑らせる。
「この私が……なんの対策も取らずにここで働いていたとでも思っているのかい。それはね……連盟組織本部および全支部の支柱とデータバンクに、この数年で暇を見つけては夜なべして仕込んでいた爆薬を一斉起爆するボタンが表示されている」
一人が携帯を拾い上げ、画面を覗き込む。
そこには『実行中』とだけ書かれていて、
「……っくくくく、土壇場になってから、押すわけがないだろう。30分後に起爆するようにしてるんだぞ、約28分と30秒前にとっくに押してあるとも」
白道の言葉に、構成員たちは無言のまま互いに顔を見合わせ、それから白道に更に発砲し、胸と腹に新しい穴を空けてからその場を離脱する。
「……っ、ぅ、ぶっ……ね、念い゛りだな……だが、まあ……役目は、果たした、が……」
この時点での白道の役目は、連盟組織という魔術師集団の拠点に壊滅的なダメージを与えることと、秋山に対する人質として共に囚われていた小雪と白百合、シロを逃がすこと。この2つが達成されたことで、彼女の中にある生への執着が薄れていく。
脱力した体から、目に見えない、けれども確かに体になければならない──命そのものとでも言うべき『何か』が抜けていく。
「……ねむいなあ……少し、少しだけ仮眠をとって……また、起きて……秋山クンをおちょくって……小雪クンに……勉強を、教えて………………。……、…………」
果たして、白道香織は、動かなくなった。
──壁を破壊しながら吹き飛ばされ、マンション内を突き抜け、反対の壁を貫いて真逆の外に叩き出された秋山が、大きくへこんで使用不可になった防弾シールドの下からのそりと起き上がる。
「……ぐ、ぉ、おぉ……」
口の中で胃液と混ざったような血を吐き出して、全身の軋みと重く鈍い激痛に耐えながら立ち上がると、壁が壊れたマンションの中から息を荒らげながら、腹を片手で押さえている丞久が現れた。
「──ふーっ、ふぅーっ……無様だなァ、お互い……てめぇ人の体に穴ぁ増やしやがって」
「お陰様で、こっちも原型留めてるぜ。……お前、腹の穴に気を遣って一瞬力を緩めたな」
「下手したら自分の力の圧で内臓飛び出かねねぇからな……そのせいで仕留め損ねたが……2度目はねえ。次で殺す。──次で、殺す」
硬質化魔力で傷口を防ぐ丞久が、まるで自分に言い聞かせるかのように2度同じ言葉を吐く。
【
秋山もまた、自身の体のダメージから威力の高い銃ではそもそも撃てないと判断。シンプルなボルトアクションライフル──スコープを付けていない豊和M1500を【
「──うぉおぉオオオァァ!!!」
その一瞬を見逃さず、丞久はひたすらに全力で地面を蹴り砕き前へと跳ねるように駆け出す。
──次こそは確実にトドメを刺す。秋山を殺す。苦しめない。絶対に次こそは。
そんな風に意気込み、焦り、そのせいで、
「っ……なッ!?」
ごぽりと水が湧き出す音。それが足元から聞こえてきたと思った──直後、意思を持ったかのように噴き出した大量の海水が丞久を包む。
次いで5メートル四方の箱状に形成され、内部に閉じ込めた丞久の体を、内側に押し潰するような強烈な圧力で締め付け始めた。
「ごぼっ、がぼぼっがァ!?」
「──宿れ【
水の中のくぐもった少女の声。全身の骨も筋肉も何もかもがミシミシと音を立てて潰れそうになり、丞久は反射的に全身を魔力で包んで即席の潜水スーツ代わりにして身を守ろうとするが、それ以上の圧力で体外に放出する魔力が浪費されていく。
水の正体は、いつものように秋山の服に張り付いていた
全力でなかったとはいえ【
「無駄ですよ、もうあなたは動けな────
──刹那、物理的に水の檻の中で膨れ上がった翼分の質量が海水を押し広げ、続けて即座に解除して翼を消すことで、ほんの僅かに自身の周囲に水の無いスペースを作り出すことに成功。
「ふんッ──!!」
「…………冗談でしょう」
内側に滞留しようとする海水が戻るより速く、丞久がヒュンと刀を振るい、巧妙に隠していた青井の脳である、ショゴスロードとしての『核』を両断。
緩んだ水の圧力を破裂させる勢いで突破した丞久は、姿勢を正してライフルを構え直す前に、秋山の胸に刀を突き刺し勢いのままに塀に磔にした。
「ぅ、お゛……がっ……!」
「────。私の勝ちだ」
水平に構えた刀が鍔の手前までめり込み、秋山の体が塀に縫い止められた。
手に握っていたライフルが地面にガチャンと落ち、丞久の背後では、『核』を斬られた青井が海水を集めて人の姿に戻りながら倒れ伏している。
「秋山」
「やっぱ、負けるわな」
「……秋山」
「ま、お前を存分にボコれてそこそこスッキリしたぜ。訓練中は当たり前に避けまくるからな」
「……ぁ、き山ぁ」
「────。お前は悪くない」
刀から離した手が震える丞久にそう言って、秋山は片手を彼女の頭に力なく置く。
「──っソが、クソッ、クソックソックソが!! 違う! 私が! 私が全部悪い! こうなる前に、お前にだけでも警告しておくべきだったのに!!」
「お前の状況を考えれば、俺に連絡しなかったのは正しい。それにあいつらを人質に取られて爆弾首輪を付けられたのは今日の話だ」
「…………あぁああぁあぁあ……!!」
窘めるような声色の秋山に、丞久のか細い悲鳴が返される。それを聞いて、秋山は小さく笑ってから更に言葉を続けた。
「さっさと行け、俺が死ぬと首輪も起爆する。……どっちにしろ連盟組織は白道たちを殺すつもりだろうよ、生かしておく理由がないんだからな」
「…………」
「まあでも、白道のことだ。たぶん小雪たちだけは逃がす算段を立ててるだろうから、全部が全部上手くいかなかったとは思ってねえ」
「…………。…………あぁ」
突き放すように、秋山の手が丞久の肩を押す。親に見捨てられた子供のような悲痛な顔をする丞久は、一拍置いてから、深い呼吸を挟んで、【
高層マンションの上へとぐんぐん飛んでいく丞久を見送った秋山は、それから視線を落とし、地面に転がった状態で肉体が崩壊していく青井を見る。
「あいつマジでバケモンだよな」
「……ええ。再現に過ぎないとはいえ、深海1万メートルから生身で急浮上するときと同じ圧力を加えて潰そうとしたのに耐えてきましたからね」
「ま、そうならざるを得なかったってだけだ。中身は小生意気なクソガキから成長してねえ。……だから与一に師匠ヅラしたがるんだろうが」
「……やれやれ、とんだ貧乏くじを引かされましたよ。こんなところで、2度目の死を迎えることになるとは……まったく」
「────、────……」
「……ああ、まったく。流石に少し、疲れましたね。お互いに」
その言葉に、秋山は答えない。
返事の代わりに、彼の首元から、ピ────……という、ただただ無機質な音が響くだけだった。
──高層マンションに侵入してから数分、エレベーターが使用不可にされているという姑息な妨害に苛立ちながらも、真冬と春夏秋冬さんを連れて、三人でがむしゃらに階段を上り続けている。
「ねえ与一」
「うん?」
「……どっちが勝つと思う」
「先輩。だから、まあ……どっちにしろ、勝った方は辛い思いをするんじゃないかな」
秋山さんが勝つということは、先輩を秋山さんが殺すということで、先輩が勝つということは、秋山さんを先輩が殺すということ。
長い付き合いの仲間同士の殺し合い。それが如何に辛いかは、きっとこちらにはわかりようがない。だってそんな機会は幸運にも訪れていないのだから。
「ところで春夏秋冬さん」
「何かしら」
「上に綿貫十兵衛が居るとして、その後魔力の塊……『卵』はどうするんですか?」
「そうね。……今のこの体は未熟な状態、とすると、『卵』を無理やり取り込んだ状態で、その魔力ごと命を絶つしかないかしら」
「その体、円花さんのものなんですけど……?」
「でも元々は私がスペアボディにするつもりだったのだから私のものでもあるわよ?」
「本人の意思を尊重しろっていう話をしているつもりだったんですけど……!?」
やっぱりこの人……ちょっと厄介だな??
身内の不始末を自分で対処しようとするのはいいよ? でもその体はあなたの娘の体なんですよ? というのを、言われないと……いや、言われても理解できていない。ともあれ、そろそろ屋上に到着する──というところで、思い出したかのように春夏秋冬さんが聞いてきた。
「ところであなた、フルネームはなんなの?」
「え? 今その話するの……!?」
「だって、みんな『与一』としか言わないから気になっちゃって」
「まあそうだったけど……俺は桐山与一ですよ。探偵やってます」
そう言いながら、屋上手前の外とを隔てる出入口に到着し、ドアノブを捻る。
「…………。
「はい。桐山与一です」
「……………………。そう。そういうこと」
「はい??」
「なんなんだこいつ……」
何かを逡巡し、勝手に何かを納得する春夏秋冬さん。こちらと真冬が顔を顰めるが、けれどもこちらの名字を聞き返したあの一瞬、彼女がこれまでで一度として見たことがないような、
「フルネームが何かなんて今はどうでもいいでしょ。ほら、この件の黒幕との対面ですよ」
ガチャリと扉を開け放ち、屋上へと二人を連れて躍り出る。びゅうと風が強く吹き、髪がばさりと乱れ、それから全員の視線が自然と屋上の中央付近にある、そこに置かれた物体へと集まった。
「あ、マジで卵なんだ」
「なんらかの比喩かと思ったのに本当に形が『卵』なことあるんだ……」
「そこで嘘つく必要がないもの」
「そりゃそうですけど」
冷めた顔でさらりと言う春夏秋冬さんには悪いけど、だって、ねえ? 似たような形から連想したもんだって思うじゃん……
まさか本当に卵だったとは。それもちょっとした人間サイズの大きさをした。
もし直に触ればザラリとしていそうな、あちこちにちいさく亀裂の入った表面の卵。さてどうしたものかと足を止めた直後、マンションの外側から何かが上昇してきて傍らに着地する。
「うおっ!? ……せ、先輩!?」
「……おう」
「あ、秋山さんは」
「殺した。で、あとはこれだけか」
しれっと断言して話の流れを断ち切った先輩だが、その顔色は怪しい。それに腹の辺りに血が滲んでいて、大きさからして撃たれている。
「その傷は?」
「撃たれた。問題ねえよ、奇跡的なくらいに内臓にも骨にも当たってねえ。腹から入った弾が肉貫通して背中に抜けただけだ」
服にある穴の奥には、黒い硬質化した魔力が蓋をしている。即席のかさぶたということだろう。しかし、奇跡的に、とは……それは
「……
「────。はっ、あの状況で、最低限の負傷で済ませるように肉だけに当てたってか。……ふん、あいつならそれくらいはやってのけるか」
くつくつと喉を鳴らすような、泣き声にも似た笑い声をあげる先輩は、ひとしきり笑ってから、露骨に空元気を見せるように右腕をぐるぐると回す。
「よぉ〜〜し! さっさとあの卵かち割ってこの話は終わりだ。……しかし、例のタヌキ……綿貫十兵衛とやらはどこに居んだ?」
ぐるぐる回した右腕を上に掲げた状態で、先輩はそういえばと疑問を口にしながら周囲を見回す。
「そうね。あいつの性格なら卵の前で堂々と姿を晒して偉そうな事を語り始めるのだけど」
「マジの黒幕ムーブじゃねえか」
春夏秋冬さんの言葉に呆れながらも、真冬もそう言いつつ、こちらと先輩も含めて四人で互いをカバー出来るように距離を空ける。
キョロキョロと見回して十兵衛を探していたとき、ふと、卵の近くに何かが転がっていることに気がつく。それは──2本の何かが入った筒状の布。
「あれは……」
気づいたついでに気になったのか、春夏秋冬さんが一歩踏み込む。それを追うようにして前に出たことで、その布の状態に気がついた。
「────違っ、あれは……脚……!」
それはただの布ではなかった。それは、両足を通しているはずの、ズボンの一部。中に脚という肉を詰めたまま、
異常事態。その事実を視覚と肌に嫌な感覚が突き刺さる形で理解して、真っ先に先輩が声を荒らげる。
「!! 離れろお前ら、攻撃を警戒し
────パッ。という、閃光。
その言葉を言い終わる前に、気づいた時には、掲げた右手に魔力を集めてハンマーを作ろうとした先輩の右腕と、こちらより一歩前に出ていた春夏秋冬さんの左脇腹が、ごっそりと消し飛んでいる。
続けて耳にしたのは、パキリと卵の亀裂の一部が割れて、剥がれ落ちる音で。
……見間違いでなければ、今の光は、卵の中から放たれていた。
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