「──う、ぉっ……!?」
「づぅ、マズっ……!」
先輩が頭上に掲げていた右腕と、春夏秋冬さんの左脇腹が、卵の一部が割れたその中から放たれた光に撃ち抜かれて消し飛んだ。
それが見えたのは、ひとえに、
先輩が卵を割ろうと武器を生成していたから。春夏秋冬さんがこちらより一歩前に居たから。
ただ、それだけ。それだけの偶然が、こちらと真冬を生き延びさせていた。
しかし偶然も幸運もここまで。卵の
「っ──【
「【
即座の判断で、春夏秋冬さんが氷の壁を作り、彼女の襟首を掴んで後ろに下がったこちらと入れ替わるように前に出た真冬が、【
──まず、氷壁のど真ん中がスプーンで豆腐を抉ったかのようにあっさりとくり抜かれ、次いで固定された空間に衝突し、ジジジジジジ……! と高速で削られていく。それを見て、真冬が叫んだ。
「超高密度の魔力が削ってくる……! 海水全部を圧縮したみてぇな質量してやがる……!!」
「真正面から受け止めないで、角度を変えて斜め上に逸らしなさい!」
春夏秋冬さんの咄嗟の指示に従った真冬が固定空間の角度を変えると、放たれた閃光──もはやレーザーと言っても過言ではない魔力の塊は上空へと逸らされていく。しかし、力の行使の際に前に伸ばしていた真冬の左前腕が余波で削り取られて後ろに転ぶ。
「っぐ、ぁっ……!」
「与一! そいつらこっから逃がせ!」
「言われ、なくてもぉ……ッ!」
右腕が無くなり重心が変わった体を支えるように地面に翼を突き立てて卵の背後に回り込んだ先輩が、左手だけでスレッジハンマーの柄の先端を握り、遠心力で勢いを稼いでヘッドを叩きつける。
ガゴォォォン!!! という、除夜の鐘を数十倍に酷くしたような鈍い打撃音を合図に、こちらも真冬と春夏秋冬さんの襟首を掴んで、マンションの屋上から外へと全力で投げ飛ばす。
「ちぃっ……ミリも動かねえ……!!」
「春夏秋冬さんと逃げろ! どこか、遠くに!」
「──っクソッ、【
空中で身を捩って右手で春夏秋冬さんの服を掴んだ真冬が、宙に開いた空間の穴へと消えるのを確認し、それから九十九をベルトのフックから外して限界まで魔力を注いで巨大な白刃を形成。
「やってくれたなクソ卵……!」
白刃を形成する魔力比率は、九十九の柄の1%に対して自身の魔力と、イデア+蛇神様の陽の魔力と、雅灯さん+ナイの陰魔力を333%ずつの合計1000%。
「与一!」
「問題ない、雅灯さんッ!」
【はいはぁい】
魔力過剰放出直前のギリギリまで絞り出し、高出力のガスバーナーのような勢いで魔力が迸る刀身を腰だめに水平に構え────それを遮るような閃光を、床から生えたように伸びる無数の【禍理の手】で防ぐ。
【魔力の塊には魔力の塊をぶつけて、質量に削られるまでの時間稼ぎが出来さえすればいい……と、あと3秒くらいで全部破られます!】
「3秒さえ、あれば──!」
下から生やす度に閃光と衝突して一瞬で削り取られていく『手』を盾にしたほんの数秒。
最後の『手』が破壊された──直後、こちらの振り抜いた白刃と閃光が衝突し、質量差でこちらが打ち勝ち、巨大斬撃が卵に直撃する。
「斬、り、裂っ……けぇえええッ!!」
こんな事態に、仲間を傷つけないといけない戦いに、大事な家族を傷つけた敵に、今まで抱いたこともない怒りが湧き立つのを感じる。
この感情に呼応するように、白刃が徐々に卵の表面を斬り裂いて行き、果たして普通の卵を割る時に手に持って角にぶつけた時のような亀裂が、振り抜いた白刃の軌道に沿って刻まれた。
「どう、だ……」
【……与一くん、何か、様子が】
傍らで姿を出して卵を確認する雅灯さんの横で、ふと先輩が重々しく口を開く。
「──与一、もう1発撃てるか」
「先輩?」
「私が言えた義理じゃねえけど……これ、たぶん、決定的な
漠然とした、けれども確信のある言葉。それが冗談の類いではないことを察してはいるが、同じ出力で2発目を撃てるかと言われると少し怪しい。
……が。
「やれと言われればやりますよ。俺の肉体が崩壊しようが、絶対に、2発目を撃ちます」
「そうか。────。やれ」
「はい」
躊躇いは、無い。
再度構え直し、九十九に魔力を流し込んで白刃を形成する。体の奥底にある、いわゆる魂のような何かに嫌な痛みが走る感覚を覚えるが、それを無視して魔力を更に放出していき、真っ直ぐ卵を見据える。
亀裂の入った卵。同じ場所にもう一度斬り込めば、真っ二つにしてやれるだろう。そう考えていると、ふと──パキリと音を立てて、その亀裂から破片がポロポロとこぼれ落ちていったかと思えば。
「──え」
【なっ……】
「与一、逃げ
刹那、卵の中から、宇宙色の光が迸った。
──卵の置かれた高速マンションから100メートル離れた位置にあるビルの屋上。
そこに【
「っ、はぁーっ、はぁ〜〜っ……!」
無くなった左腕から伝わる激痛が、真冬の意識を失わせない。しかし体からは力が抜け、屋上の床に座り込んで脂汗を垂らす。
「……さて、もう終わりね」
「……は、ァ? 何言って……」
「あの卵はね、拘束具なのよ。
「────。は??? なんて???」
禅問答めいた、理解を超えた支離滅裂な比喩表現を耳にして、真冬の頭上に疑問符が浮かぶ。
「あの脚だけの死体が十兵衛だったと仮定すると……私のかわりに取り込もうとして失敗したのかしら。あるいは破壊することでこの世界そのものをあらゆる世界線から切り離して消し去ろうとしたか」
「わかるように、言ってくんねぇかな……! つうかなんでさっきそれを言わなかった!?」
「私の悪い癖ね。一人で研究する時間の方が長かったから、聞かれない限り説明しないのよ」
「自覚的なだけタチが悪い……」
左脇腹にぽっかりと空いた穴から発せられる激痛自体は感じているのか、春夏秋冬は真冬のように嫌な汗を頬に垂らしながら言葉を続ける。
「私と十兵衛が喚び出した外宇宙の神の魔力は、ただそこにあるだけで周囲の何もかもを破壊しようとする。だから、卵の殻という拘束具で包んでセーフティを用意した。まあ、その拘束具が壊れた以上、もうどうにもならないのだけど」
「どうにも、ならない……!?」
「さっきまでは、なんとかして取り込み直せないか試そうとしたのよ。ただ、外側に居る私たちに反応してああやってがむしゃらに魔力を放出されたということは、完全に手遅れになった」
「──そうすると、どうなる」
「簡単に言えば、この世界が消えてなくなる」
「…………。あー、ああ、そう……」
あっけらかんと言う、春夏秋冬に、もはや真冬は怒る気力すら起こらない。
しかし、ついでとばかりに口にした次の言葉に、真冬の頭が真っ白になる。
「そういえばあの子、桐山与一と言ったかしら」
「……それが?」
「14年くらい前、
「────。お前いまなんつった?」
世間話でもするように、その話題を、当の本人が家族のように大事にしている人物に暴露することが何を意味するかも分かっていないかのように。
春夏秋冬は、淡々と、過去に犯した最低最悪の大罪を口から吐き出した。
「……じゃあ、なんだ。おい、お前、おい」
「なにかしら」
ゆらりと幽鬼のように体を揺らして立ち上がる真冬が、怒髪が天を衝くかのような威圧感を以て、右手で春夏秋冬の胸ぐらを掴む。
「与一が……両親を失ったのも……魔術師として戦わないといけなくなったのも……今こうして大変な目に遭ってるのも、全部……全部ッ!
「…………。別に戦わない選択をして戦場に立たないことも出来たと思うのだけど、まあ……客観的に考えれば、そうね。私たちの所為ってことになるわね」
少し考えるように視線を斜めに上げながら返した春夏秋冬は、頭上で迸る宇宙色の光を視界に収めながら、言い訳のように独りごちた。
「……
──青と紫と黒を混ぜたような、鮮やかな光が、広がって、周囲の全てが消し飛んだ。
マンションの屋上の柵も、階下に続く扉があった部分も、何もかもがごっそりと抉り取られたように消え去って、光を放った卵からは、次の閃光が放たれようとしてゆっくりとチャージが始まっている。
「ごほっ……く、っそ……」
「……与一〜、無事か〜?」
仰向けに倒れていた体の上で、先輩の声がする。この状況で人の体に跨って何をしているのかと、抗議でもしようと上体を起こして、気がつく。
──こちらの胴体に乗っかっていた先輩の、腰から下が無かった。
先輩と、あとは雅灯さんが【禍理の手】を大量に展開したからだろう。
咄嗟に白刃に溜めた魔力を炸裂させて威力を削いだのも功を奏したか、天文学的な奇跡としか言いようがないほどに、綺麗に五体が揃っていた。
「……あーあ、何もかもを間違えちまった。……思えば、さっさとお前にだけは連絡するべきだったんだろうな、それか、秋山にだけでも警告するべきだった。これまでが上手く行き過ぎた、確率の揺り戻しってやつかもしれねえな」
「先輩、何を言って」
「……それでも、この期に及んで、私はたった1つだけ間違ってない選択をしたんだぜ」
右腕も無い、下半身も無い、元の体積から半分以下になってしまった先輩が、それでも瞳に灯る炎だけは消さずにこちらを見上げて言う。
「ここまでお前が無事なのは、この土壇場をひっくり返せる力があるからだ」
「力……そんなもの、あるわけが──」
「あるんだ。……あるんだよ、与一。……頼む、間違えた私に代わって、なんとかしてくれ……せめて……一度でも、
それは、ある意味で、ここまでやったからにはあってほしいという願望に近い呪いの言葉。
その言葉を最後に動かなくなった先輩をどかして屋上の床に横たわらせ、立ち上がり、ヒビ割れた卵を前に思案する。『なんとかしてくれ』という大雑把なオーダー。けれども、そんな無茶ぶりに対応してこその弟子というものだろう。
「──これまでの全てが、この状況をひっくり返すための布石だと言うのなら……ある。必ずある。俺の中のどこかに、逆転の一手は必ずあるはずだ」
思い返せ。これまでで何を得てきた? 雅灯さんの力……イデアの魔力、蛇神様とナイの魔力? 違う、もっと最近の…………逆転、ひっくり返す……
そこまで考えて、無意識に、いつぞやの戦いの果てに、過去から未来に帰るためにと相手から刻まれた術式があった腰に手を添える。
どうして床に魔法陣を展開するなどで代用できたはずの術式を、人の体に刻み込んでいたのか。あの時の行動の理由を、今になって理解した。
「────。わざわざ、こうなったときの為に、
言葉に──否、意思に反応して、腰側面を起点に、時計の文字盤のような魔法陣が浮かび上がる。それから放たれた閃光を前に、口が自然と唱えていた。
「【
空間操作で行う自身の加速と空間内の時間の減速と、そこに時間操作による空間のみの減速と自身の加速が加わり、限界まで時間に差異が生まれ、結果として、自分以外の全てが停止する。
「ご、ぉあっ、ぶぇ」
そんな離れ業を行なったがゆえに、全てが止まった時間の中で自分だけが動ける矛盾が、凄まじい重圧となってのしかかる。
【──ふぅ〜ん。使ってしまったか、私の遺したバックアップを】
続けて耳に届く、覚えのある声。横に顔を向ければ、そこには、灰色の髪を揃えた少女が、雅灯さんがやるようにふよふよと浮いていた。
「お前……グレイ、なのか……?」
【そうとも。キミが殺したグレイ──が、死ぬ直前までの記憶、を引き継いだ単なる
──だが、まあ。
そう続けた灰色の少女──グレイは、たった今現状を把握したとばかりに頷いて、自信満々のニンマリとした笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。
【現状の把握は済んだ。さあ、やるぞ。最初で最後のやり直しを】
『続』
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