とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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最初で最後のやり直し 1/2

 ──外宇宙の神の魔力が漏れ出し、辺り一面の全てを消し飛ばさんとしていたその時、不意に思い出した術式を用いて時間を止めたのも束の間。

 

 短時間とはいえ作り出された安息の時間に、時間停止の負荷をも超える心の余裕が生まれる。

 

「で、まぁた俺の体に悪霊が住み着いてるわけか。もういいってそういうのは。その枠なら既に雅灯さんで埋まってるから」

【おおよそ殺した張本人の口から出ていいセリフではないなぁ。というか私は悪霊とかではなくて、キミの体に……魂に遺しておいた術式に残留した、魔力に染み込ませておいた記憶だよ】

「はあ…………」

 

 つまり地縛霊みたいなもんじゃないのそれ? ……と言ったら話が拗れるから黙っておく。

 

【つい先ほどまでは、術式が自動でキミの魔力を僅かずつ掠めて()()()()()()として扱えるように波長を調整していた。だから目が覚めたのも、溜めていた私の魔力でキミが【時流支配(クロノス)】を使ったついさっき。状況の把握は済んだとはいえ、考えることは多い】

「考えること、というと?」

【キミが何をしたくて、私に何が出来て、このあとどうするべきか、だ】

 

 そう言ったグレイは、リクライニングチェアに体を預けているような角度で、傍らにふよふよと浮かびながら、こちらを横目で一瞥する。

 

「俺がしたいこと、なんて……この現状の打破以外に今のところないんだけど」

【ふぅン。()()()()()?】

「…………。お前は、時間操作が出来るはずだ。なら、出来るんじゃないか? 俺の望む手段が」

【出来るねぇ。でも、前と今では状況が違う】

 

 口角を歪めて笑みを浮かべながら、グレイが視線だけじゃなく顔を向けて続けた。

 

【桐山与一には出来ない高度かつ精密な時間操作が、私には出来る。けれども問題もある。あの日死んでから今までキミから掠め取って変換して貯めている、()()()()()()()()()が足りていない】

「足りていないと、どうなる?」

【単純な話だ、そう何日も前に遡る事が出来ない。前回のように数十年前まで時間跳躍する〜……なんてのはまず不可能だと先に断言しておこう】

 

 そんな前提条件を提示して、グレイは言う。

 

【とても簡単に例えよう、私がキミの想定通りの時間操作を行うには『グレイの魔力』が『100』必要と仮定する。さっきまでのキミには『60』前後の魔力があり、先ほどの【時流支配(クロノス)】の発動で『20』減った】

「つまり今の俺の中にあるグレイの魔力は約『40』前後……ってことか」

【具体的な数値化を出来るわけではないから、大雑把な計算になるけれどね】

 

 そこまで言われて、問題を理解する。そう、どう足掻いても時間を遡るための魔力が足りていない。足りない『60』を、用意する方法が、無い。

 

【──いいや? あるとも】

 

 と、こちらの思考を読んだかのように、横からグレイの言葉が続いた。

 

()()()()()()なら、まだ魔力が残っている時間から()()()()()()()()

「それは…………。──!」

【気づいたかい? そう。()()()()()()()のキミは、まだ、私の魔力を使()()()()()()

「────。出来るのか?」

【出来るさ。あとは、キミが決断するだけだ】

 

 こちらの不安を塗り潰すような、力に絶対の自信のあるハッキリとした断言。

 

「それで、具体的な方法は?」

【数十年前に遡るのは無理だ、が。今より前のキミの体に宿る『グレイの魔力』との間に、時間的な概念への【穴】を空けて接続することは出来る。そして、過去のキミがまだ使っていない魔力との合計で『100』を達成すれば、その接続した時間(かこ)に遡れる】

 

 その解説を聞きつつ、こちらとしても遡る場所を決める必要が出てきたわけだが。

 

「と、なると。…………一番近い過去で、尚且つ、俺たちがこの件を解決するための最低限の余裕を確保でき、先輩と春夏秋冬さんを呼び出せて、秋山さんたちと戦わずに済むタイミングは────」

【可能な限り今と近い日時で、まだ仲間が死んでいない。そのタイミングが両方ともに存在している時間ならあるだろう? そう────】

 

 グレイと顔を見合わせて、結論を述べる。

 

【──24と数時間前】

「すなわち、昨日の朝だ」

 

 二日前が先輩のところに春夏秋冬さんが向かって二人で逃亡し始めた日、今日の朝が秋山さんが押さえられ白道さんたちを人質に取られた時間。ゆえに、戻るならその中間。つまりは昨日の朝。

 

 さらに言えば、それ以上前の時間に戻ろうとすれば、こちらの体から掠め取って変換していたらしいグレイの魔力が逆に減っていってしまうわけだ。

 

 今現在のグレイの魔力は約40前後。昨日までなら一度も使っていないからまだ60前後はある。しかしそれより更に前の時間ではまだ55や50しか貯まっていない可能性が高く、どちらにせよ何日も前には時間跳躍することは出来ないだろう。

 

「……過去に戻るのは俺だけか」

【そうだ。これは言ってしまえば、イス人の意識転送に近い。今目の前に居るキミの意識を過去のキミの意識に上書き保存するようなモノだからね】

「え、怖っ……」

【あくまで例えの一つだ。実際は自分の意識と自分の意識が混ざり合うわけだから、いきなり翌日何が起こるかを全て理解することになる。だからまあ……目が覚めた次の瞬間には脳と心臓に破裂しそうな負荷が掛かって飛び起きるんじゃないかな】

「ええ……」

 

 そんな……土壇場でやりたくなくなるようなこと言うのやめない……? 

 

「まあ、まぁ〜〜……仕方ない、そのくらいのリスクは負うしかない。グレイ、やってくれ」

【ま、頑張りたまえ。それと、昨日の朝に意識のみを時間跳躍させれば、魔力を消費されたことで昨日の私も事情を把握して協力してくれるはずだ】

「ああ。わかった」

 

 グレイがその流れで指をパチンと弾き、こちらの足元に時計盤のような魔法陣を展開する。

 おそらくこの一瞬で過去の時間との接続が完了したのだろう、残った魔力が活性化を始めたとき、ふとグレイは思い出したように声を上げた。

 

【あ】

「……なに?」

【……あー、いや、なんでもない。これの制御にミスったらキミの意識が時間と時間の狭間で永遠にさまようことになるなぁと言おうとしただけだ】

「土壇場でやりたくなくなるようなこと言うのやめてくれないかなぁ……!?」

【ハッハッハッハ、グッドトリップ】

「おま────」

 

 

 

 

 ──ブツン。

 

 と、ブレーカーが落ちたように、桐山与一の意識はブラックアウトする。中身(いしき)が過去に向かったことで、残った肉体は制御を失い顔から床に倒れ、当然ながら【時流支配(クロノス)】の制御も終わり、止まっていた時間が少しずつ流れを再開し始めた。

 

【たぶん本人的には、過去をやり直して未来(ここ)を救おうとしてるんだろうけど……別にこれって()()()()()じゃないんだよねぇ】

 

 改めて流れ始めた時間、卵から放出される膨大な魔力。()()()()()()()()()()ことを、グレイは、()()()与一に伝えなかったのだ。

 

【過去に戻って、こうならないように未来を変えたところで、それは過去から変化した未来へと分岐(えだわかれ)するというだけ。どちらにせよこの世界線は救われない──が、言わぬが花というやつだ。余計な話は余計な罪悪感を与えるだけだろう】

 

 グレイの淡々とした、それでいて諭すような言葉。──『この世界』はこれから終わる。それを止める手段は、もうどこにもない。

 

 特定の世界線における、一挙一動が周囲に影響させる、【特異点】。創作の世界などではいわゆる『主人公』と呼ばれる存在に該当する人物は二人、そのうちの一人である桐山与一の意識は過去へと飛び、もう一人である明暗丞久は死亡した。

 

【さてさて。何もかも一切合切の全てが塵芥一粒も残さず『無』に帰るというのは、いったいどんな感覚なのやら。楽しみだね】

 

 果たして、グレイが皮肉気味にそう呟くのを最後に、勝ちの目が何一つ残っていない世界は、卵から漏れ出た外宇宙の神の魔力に塗り潰されるようにして消えて、文字通りに──()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 ──目が覚める。

 

 見慣れた天井、見慣れた部屋。見慣れたベッドに寝ていて、聞き慣れたアラームが鳴る前に意識が覚醒し、そして──徐々に記憶が蘇る。

 

「────。……っ!! あ、がっ!!?」

 

 意識が混ざる。思い出す。未来の自分が失敗して抱いた、強烈な無力感や憤り、次こそは全員を助けたいという使命感。それはこれから味わう筈の感情であり、もう経験した感情でもある。

 

「これ、は……確かに……脳と心臓が、破裂しそうなくらいに、キツいな……っ!」

「……与一、どうかした?」

 

 と、そこに。ベッドから転げ落ちて心臓の──否、心に突き刺さる未来の自分が味わった痛みと苦しみに耐えている所に誰かが入ってくる。

 

「……ま゛、真冬か……」

「──っ、与一!?」

「大丈夫、大丈夫だ」

 

 こちらの状態を見てから、真冬は一拍置いて慌てて駆け寄ってくる。

 腕を支えられながらベッドに座り直すと、彼女は隣に座って心配そうに顔を覗いていた。

 

「それで何があったの」

「……いや、まあ〜〜、ね。ちょっと……変な夢見てびっくりしちゃって」

「…………。そういうのいいから」

「あっはい」

 

 露骨にイラッとしている顔をされる。

 

 ……とはいえ、いつものノリで会話をしたからか、胸の痛みと苦しみが落ち着いてきた。

 

「──簡単に言えば、今すぐ行動を起こさないと不味いことになるのが確定している」

「……頭打った?」

「打ってないよ。とにかく……外出する準備してくれ、このあと事務所に来る葉子さんとも外で合流しよう。ほら急いで」

「えっ、あ、ああ、うん」

 

 意識を切り替えて、真冬に行動を促すと、呆気にとられながらも言われた通りに準備をしに部屋を出ていく。それを見送りながら、こちらも枕元の携帯を手に取って──先輩に電話をかける。

 

「…………。警戒してるなこれ」

 

 何度かのくどいくらいのコール音を経て、ようやく電話の向こうから声が聞こえてきた。

 

【与一か。悪いが長話は出来ね「先輩、とても重要な話があります。太陽さんのところ──水角大学に向かうので、今すぐに先輩たちも合流してください」……私の状況が分かってて言ってんだよな?】

 

 先輩の声には僅かばかり覇気が無い。おそらく立場上は単なる探偵であるこちらを連盟組織に関わらせるべきではないと悩んでいたのだろう。しかし、今はそんなことで押し問答をしている暇が無い。

 

「先輩、普段はこっちの言う事を全然聞こうとしないんだから、今回のこの一回ぐらいは俺の指示に従ってもらいます。いいから来てください。()()()()()()()()()()は今日しかないんです」

【────】

「……先輩?」

【与一、お前、()()()()から戻ってきた?】

 

 ……この短い会話で答えに辿り着かれた。本当にこういう時だけ突然IQが3桁になるよなこの人。

 

【ああいや、答えなくていい。要するに、このままだと私らは負けるんだな。なら行動パターンを変える必要性はあるわけだ】

「最低限のメンバーも呼んで、大学を【人払い】して作戦会議をしましょう。何があったかは全員が集まってから話します」

【わかった、すぐに向かう】

「お願いします、ちゃんと二人で来てくださいよ。その人、円花さんより面倒臭いので」

【へっ、言われてんぞ】

【なにが……??】

 

 という半笑いの言葉と疑問の言葉が遠のいていき、通話が終わった携帯の画面を弄る。

 

「──さて、やるかぁ」

 

 

 

 

 ──今回こそは、間違えない。

 

 脳裏でそう決意するように独りごちてから、電話帳に登録してある別の番号を選ぶ。

 先輩の次に急いで行動してもらわないといけない男に、速やかに動いてもらうために。

 

「…………。急にすみません、今すぐに、逃亡を悟られないようにその場から離れて、水角大学に向かってください。出来ますか? ──()()()()




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