丞久先輩の開いた【門】で向かった先──
「ちょうどこの島に居たときに、与一さんと例の通話をしていたんですよ」
「あ、そうだったんだ」
懐かしむような声色の光冷ちゃんは、それから歩きながら渋い顔を手で覆う。
「チーム分けに参加できなかった真殊が大人しくしてるといいんですけどね……」
「あ〜。大人しくしてると思う?」
「し、て……ぇ〜〜……ないでしょうね」
──信頼感、ナシ……!!
いや逆にあるのか。スンと真顔に戻った光冷ちゃんは、ため息混じりに言葉を続ける。
「まあ、私自身もこんな戦いに巻き込まれるなんて想定してませんでしたけど」
「うーん、それは……ごめんね」
「ああいや、与一さんが悪いわけじゃないですよ。確かに異能に目覚めたとか学校の地下に巨大蜘蛛が居たとか、別の街で魔術師同士の殺し合いに巻き込まれたとか、そういうので慣れてきたと思ったら今度は世界の危機に巻き込まれたのには驚いてますけど」
うーん、なんか……ごめんね……!!
もはや申し訳なさしか湧いてこないけど、うん、まあ……ね。今はそんなこと言ってる場合じゃないから……ね。それはともかく。
「ん〜〜、一応、既読はついてるな」
「? ……どうかしました?」
「いんやぁ、なんでもない」
大学には集まれなかったけど戦力になりうるメンバーに飛ばしたメッセージ。
それが読まれていることを確認して、巫女が居るという山頂付近に向かう。
「山を登るこのシチュエーション、世界の危機が迫ってさえいなければ楽しめるんだけどね」
「そうですね……」
「丞久先輩とかも誘っ──たら登山レースが始まるからダメだな」
「…………そうですね……」
我々が主導で行う登山レース、それはもはやただの行軍訓練なんだよ。
「ま、やるやらないは別として、その選択肢を相談できる未来のためにも今を頑張らないとね」
「はいっ」
気合いを入れ直した光冷ちゃんを連れて山を歩いていくと、やがて山頂付近にたどり着く。
そこには道中で聞いていた通りに舗装された道があり、最奥には屋敷が鎮座している。
「ここの巫女さん……海神リコさんは、なんというかこう、ちょっと変な人なので気をつけてください。悪人ではないんですけれども」
「俺たちの変人具合に勝てるかな?」
「自分で言うことではないかと……っ!!」
他人に言われるよりマシじゃない? と言いそうになる口を閉じて、光冷ちゃん共々敷地に足を運ぶ。屋敷に向かうべく、揃って足を一歩踏み出した──刹那。二人で踏みしめたのは、石畳ではなく
「ん?」
「えっ」
足の裏が踏みしめる、ぼふっという砂の感触。背後から聞こえる、ざばんという波を打つ音。
「…………。……!!!」
「よ、いち、さん……!?」
「なんだ、これは……!」
即座に背を合わせて周辺を警戒するが、特におかしい光景は無い。ここは……海神島の海岸だ。
「魔力を節約しながら……【部分顕現:ヨグ=ソトース】!」
「与一さん、どうですか」
「────。なるほど」
即座に一瞬だけの部分顕現により、時空間操作能力を発動。周辺一帯を調査して、把握する。
「……ここは海神島──
本来なら日本列島があるはずの方角を空間操作で探ったのに、何もない。この時点で、ここが普通の空間ではないことは想像に難くなかった。
「隔離空間!? あのタイミングで……ということは、例の鍵が何か悪さを……?」
「どうだろうね。どちらにせよ、調査をしないことには始まらないかな」
ひとまず人の居そうな所に向かうのがベターか、と考えつつ、すんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
「空気が古いな」
「古い、というと?」
「ここが閉鎖空間だからか、空間内の時間が外よりも
「な、る、ほど。イメージしやすいですね」
──すなわち、この空間内は外よりも過去の時間。我々二人は、過去の閉鎖空間内に引きずり込まれている可能性が非常に高い。
「と、したら、この空間内に人が居るとしても昔の人間かもしれないのか。話通じるかな」
「どうでしょうね……でも確かに、顔を合わせていきなり攻撃される可能性も────」
「光冷ちゃん?」
ふと、光冷ちゃんの視線が先に海岸沿いの奥──島の裏手に続く方向に動き、遅れて顔がそちらを向いた。【霊視】が先んじて何かを捉えたのか?
「光冷ちゃん、何が
「奇妙な反応が。人間とは違う、でも……人間のような……気がします」
「……そっちに行ってみようか。敵が居るとしたら向こうにも見られてるかもしれない」
「ですね」
左腰に吊るすように刀を【
海岸から人の居るであろう中央方面に向かうべきではあるけれども、【霊視】持ちが反応を示したのであれば、それは無視するべきではない。
「ん。……砂浜って走りづらいですね」
「そうだね。ちなみにこういうことを丞久先輩なんかの前で言うと『んじゃ足腰鍛えるのに使えるな、そのうち砂浜ランニング100キロやりに行くぞ!』って言われるから気をつけようね」
「ええ…………」
「俺はやらされたからね」
「おお…………」
──まあそれはともかく。砂浜を走って数分、島の裏手に回るように向かえば、そこの岩肌の一角に、中に入れそうな亀裂があった。
「妙な魔力の反応はこの中からです」
「うーん……ひとまず中を見てみようか」
「警戒心が無さすぎませんか……!?」
「警戒はしてるよ。俺たちには時間がないってだけ」
そう、この空間内における今の問題は、外の時間との差があるかどうかを判別する手段が無いということ。もし中と外の時間差が2倍とかだったら、もはやその時点でこちらが負けたことになる。
確認のしようがない以上、今できるのはなるべく迅速に事態を把握しここから脱出する方法を探ることだけなのだ。
「さあ行こう行こう。俺の反応速度と光冷ちゃんの【霊視】があったら死角はないよ」
「そりゃそうですけれども」
じゃっかん呆れている光冷ちゃんに背中を任せながら、こちらが先頭で亀裂の奥へと入る。
入ってすぐは人が二人横並びでなんとか並べるか、くらいの幅だったが、歩いていくうちに二車線くらいの幅へと広がっていく。
足元では足首辺りまで海水が浸り、歩くたびに水が跳ねる。砂浜とは違う意味で機動力が削がれるな。
──そしてこのバチャバチャという水音は、間違いなく、奥に居るであろう『なにか』に接近を知らせる警報になりうるわけだ。
「とりあえず互いの得物の範囲に入らないように距離を取りつつ、だな。俺が咄嗟の【禍理の手】で援護できる距離も保っててくれ」
「わかりました。……! 与一さん!」
薄暗い空間の中で、目に込められた魔力がぼんやりと光る光冷ちゃんの瞳が奥を見やる。
直後、一拍遅れて奥からザザザザザッと水を鋭く掻き分けるような音と共に、確かに感じる奇妙な気配の接近を察して片手に三節棍を【
「────。来る──」
思ったよりも少しばかり早い接敵。直前で2体居るとわかったうちの1体がカサカサと洞窟内の壁を這って迂回し、もう1体が手に持っているナニカを振るってくるのを見てから軌道に棍の先端を合わせる。
ガギィン! という甲高い金属音が奏でられ、散った火花が辺りを一瞬だけ照らす。三節棍の先端と打ち合ったのは、まるでサーフボードを縦に割いた片方をそのまま振り回しているかのような大鉈だった。
「……! 片刃の大鉈、長さ約2メートル!」
「はい!」
後ろに行かれたもう1体が、その手に持つ大鉈を光冷ちゃん目掛けてブンと振るう。
彼女もまた、慣れきったような動作ですらりと刀を抜いて──刀身で鉈の刃を逸らし、真横スレスレに叩きつけさせて隙を作らせる。
「与一さん、こいつらはいったい!?」
「わからーん……が、なんか変だな。敵意はあるが
フードで頭を、ローブで全身を隠すナニカ。けれども分かるのは、そこそこ背が高く力も強いということ。光冷ちゃんを連れてこいつらが来た方と立ち位置を入れ替える形で姿勢を直すと、その数秒後に、洞窟内にパッパッパッ! と裸電球の明かりが灯った。
「うおっ!?」
「っ、目が……」
薄暗い空間内が突如として電球の明るさで満たされ、強くない光量とはいえ目が眩む。
それから耳が2対の接近を捉え、こちらも逃げの一手を選び足に魔力を込めた。
「ちっ……一時離脱!!」
「つぁっ、ちょっ!?」
こちらも即座に光冷ちゃんを抱き上げ、【韋駄天】で加速して敢えて洞窟の奥へと駆けていく。
電球で作られたルート。
洞窟の最奥の空間は隙間から光が入り込み、電球要らずで明るく、あちこちに別の道に続く穴がある。こちらが光冷ちゃんを下ろすと、その無数にある穴の奥から、のそりのそりと先ほどの連中と同じ格好をした奴らが──7体現れた。
背後からも現れた2体の合計9体に意識を向けながら、こちらも自身の影からゆらりと【禍理の手】を展開して威嚇しつつ口を開く。
「さあ、てぇ。交渉は出来るか? 出来るのであれば武器を置いてお喋りしようか。それが嫌なら全員には動けなくなってもらうぞ」
9体それぞれに1本ずつ『手』を向けていつでも射出できるようにして、そこでようやく気づく。──雅灯さんの反応が無い。……ということは、ここはある種の精神世界ということだろう。
つまり我々二人は、いつぞやのドリームランドに意識が落ちたときと同じ状況ってことだな。
「……もしもーし。言葉わかる??」
【────。なるほど。お前たちは新顔だな】
「はいい??」
突然の発言。こちらの問いに返してきたというよりは、我々の存在が異質であることに驚いているようで、9体いるうちの喋った1体が周りの動きを手で制しながら前に出てくる。
【端的に聞こう。お前たちは……外の世界からここに迷い込んできたな】
「……この閉鎖空間に気づいたら入り込んでいた、って意味で言うなら確かに迷い込んだな」
【なるほど、なるほど。──この変化は攻めに転じる機会が来たと考えるべきか】
「……で、お前らはなんなんだ? その体格とさっきの奴らの動きと膂力からして人間じゃないのは……まあ分かりきってるんだけどさ」
こちらの問いに、顔を隠した何者かは、少し考えるそぶりを見せてから小さくため息をつく。
【お前たちが魔術に精通した存在で、話も通じるのであれば、俺たちのことも明かせるか。……言っておくが、攻撃してくるなよ。面倒くさいからな】
「あ゛〜〜〜、嫌な予感してきた」
「あの、与一さん、大丈夫なんですか?」
「わからん」
連中に向けていた『手』の数本を光冷ちゃんの盾として配置してから、こちらもリーダー格の相手に視線で正体を明かすように促す。
すると、相手は両手でフードを掴み、ばさりと後ろに下げて顔を出す。その顔は、つるりとした流線形。体には規則正しく並んだ鱗。細い瞳孔の瞳にまぶたのような膜があり、残り8体も一斉にフードを外し、同じ姿をこちらと光冷ちゃんに見せてきた。
【俺たちはいわゆるヘビ人間。気がつけばこの島に閉じ込められ、同じ時間を何千回と繰り返している】
「…………。なんて???」
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