「……この一週間で何があったんだ」
『忘れちゃった~』
「なんで人形になったんだ」
『わかんなーい』
「与一、こいつ使えないぞ」
『やーん』
額に青筋を浮かべて露骨にイラついている真冬の態度を見て、カラカラと笑いながらも人形──行方不明になって一週間が経過した例の人物・羽田結月は逃げるように飛んでいる。
結月はそのままベッドに腰かけているこちらの膝の上に着陸して、勉強机とセットの椅子に座っている真冬を見上げた。
「羽田結月は一週間前に失踪し、そして三日後……今から四日前に真冬の手の人形化が始まっていた。やっぱり偶然ではなかったんだな」
『お兄さんってさ~、もしかしなくても真冬が言ってた与一ってひとだよね?』
「……ん? ああ、そうだよ」
『へぇー、ふーん……』
ふよふよと飛び回り、まじまじと観察する結月は、今度は頭の上にうつ伏せでもたれ掛かると真冬の方を見ながら親指を立てて言った。
『優良物件!』
「うっせ」
「そりゃどうも。……さてと」
『お~?』
結月が落ちないようにしながら立ち上がり、懐の携帯で時間を見る。朝から女学園に向かい、昼に真冬を確保して羽田家に向かい……と行動していたが、気づけば時間も夕方。
夏ゆえに明るさはまだまだ真昼時のようではあるが、いつまでも行方不明者の家に不法侵入したままでいるわけにもいかなかった。
「今日はもう帰るぞ、話の続きは俺の探偵事務所で改めて、だな」
「……わかった」
『ね~ね~与一ぃ』
「どうした?」
『
「……は?」
続いて立ち上がった真冬がすっとんきょうな声で疑問符を浮かべる。
まったく同じ疑問が湧いて、二人──と一つで家を出ながら質問を投げ掛けた。
「結月は……物を食べられるのか?」
『そりゃ食べられるよ~、暑いしアイス食べたーいアイスアイスアイス~』
「あー、あたしもアイス食いてえ」
「……途中でコンビニ寄るか」
女学園の時と同じようにバイクに乗り込み、結月をショルダーバッグの中に押し込んで、鍵を挿してエンジンを始動させる。
帰ってから何をどこまで話すべきかを考えながら発進させ、バッグの中からの狭いだの暑いだのという抗議を無視しながら。
──すっかり外も暗くなり、探偵事務所の中は普段よりも賑やかだった。
「……与一がこういう事態に遭うのは、今回が初めてじゃなかったのか」
「そうなるな。高校の時に先輩とエンカウントして……鍛えられながら卒業して……事務所開いて……今日までで何回目だ?」
怪物に襲われたり、異空間に閉じ込められたり、先輩の問題に巻き込まれたり。そんな先輩に戦い方を仕込まれたり魔力の使い方を学んでいなければ、とっくの昔に死んでいたことだろう。
「まあ、今にして思えばいい想い出……ではないな。別に良くはない」
「聞いてるだけで気分悪くなるんだから当事者は堪ったもんじゃないだろうな」
『食後のアイスうま~い』
「…………」
「…………」
人の過去話を肴にして呑気に徳用アイスをスプーンでガスガスと削りながら食べ進めている今回の被害者A、羽田結月。彼女の証言は、まったくと言っていいほどに当てにならなかった。
まず大前提として、どうやら人形化にともない記憶があやふやになるようで、結月は『何時、何処で、誰に、何をされたのか』を覚えていない。しかし、結月の状態と真冬の状態に差があることで、一つの仮説が浮かび上がる。
「──距離だ」
「なに?」
「真冬と結月の人形化に差がある理由を考えていたが、おそらく術者との距離で変わるんだと思う。三日違いとはいえ、完全に人形化した結月に比べても、四日でまだ右腕が人形化しつつあるだけの真冬は明らかに進行が遅すぎる」
真冬の前腕から指先までの人形化と、既に完全な人形化を果たした結月には、日数だけが理由とは考えられないハッキリとした完成までの時間差がある。自覚してないだけで本人の魔力量の問題や無意識の抵抗などもあるだろうが。
「そうか、あたしと違って結月は家から通学してた。もし犯人との距離が進行悪化条件の一つなら、寮から直接学校に通学してるあたしよりも結月の人形化の方が早く終わるに決まってる」
「それと同時に、学校側に犯人がいない理由にもなったな。そもそも、術者があの敷地内に居たとしたら俺なら気づけるだろうし」
これでもし管理人なんかが犯人だったなら、大した演技力だと褒めてやりたいくらいだ。ともあれ明日は忙しくなるなと思っていると、大口を開けてアイスをかっ食らっていた結月が、何かに気づいたように声を投げ掛ける。
『ねえ与一ぃ、それだと寮から離れた真冬の人形化が明日からは一気に進行する事にならない? 犯人は近場に居るってことでしょ?』
「それは俺も考えてた。だから真冬、やっぱりお前には寮に戻ってもら──」
がたりと音を立てて、真冬は言葉を遮るように立ち上がると、そのまま寝室の方に歩く。
「寝る」
「…………わかったよ」
『えっなにが!?』
バタンと扉を閉めた真冬を見送ると、結月が空のアイス箱とスプーンを放って顔に張り付く勢いで飛んできた。ずっとバニラアイスを貪っていたからか、鼻に甘ったるい香りが漂ってくる。
『与一! いまのなに!?』
「真冬語では今のを【自分だけハブられるのは寂しいから一緒がいい】と訳すんだ」
『圧縮言語すぎない……?』
「あいつは過保護にされてるとわかると拗ねるタイプだからなぁ」
『あぁ……ちょっとわかる』
それから二人で中学時代の真冬の話をし、お返しとばかりに結月が女学園での真冬の話をする。だいたいが結月の方から突っかかって勝手に絡みに来ているエピソードなのだが、結月目線ではともかく真冬目線ではさぞや鬱陶しかったのだろうなということが、今までの通話で結月の話題を殆ど聞かないことからも伺えた。
けれどもまあ、飽きっぽい天才という敵を作りがちな性格の真冬が距離を取らない──取っても結月が詰めてくるから諦めたのかもしれない──わけだから、嫌いではないのだろう。
「……と、寝たのか」
ソファに仰向けに寝転がり、その腹の上でうつ伏せになっていた結月は、いつの間にかイビキを掻きながら鼻提灯を膨らませている。
人形なのに寝るんだな、とか、色々と聞きたいことがありながらも、遅れて湧いてきた眠気に従って電気を消してからまぶたを閉じた。
──翌日、わかったことが二つだけあった。
「結月……お前、近くで寝てると勝手に魔力を吸い取ることは事前に言え……」
『そんなのわかるわけないじゃあん!!』
夏の暑さが原因ではない、精神エネルギーを勝手に奪われたことによる気だるさに耐えつつ、三人で暗帝九女学園の周りで聞き込みをしてしばらく。無警戒に飛び回るせいで結月が子供や犬に追い回されたり、それをマジックだなんだと誤魔化したりと無駄な時間を過ごしもしたが、収穫もそれなりにある。
「ここ一週間前後で
「言うほど重要か?」
だらりと垂れ下がった左腕が力なく揺れる真冬は、片手で器用にキャップを開けてスポーツドリンクを呷りながらそう聞き返す。
「重要だぞ。なにせ、少なくとも俺は無意識に『可愛い女の子を狙うなら犯人は男に違いない』と思い込んでいたからな」
『あっ、確かに!』
「犯人は女の可能性もある。それも踏まえて行動範囲や居所を炙り出すわけだが──」
「そういえばさあ」
「ん?」
空になったペットボトルを自販機横のゴミ箱に投げる真冬が、スポンとホールインワンしたのを確認してから続けて口を開く。
「結月のその格好、なんなんだ?」
『なんなんだ? って?』
「そのゴスロリ服がお前の私服じゃないなら、人形にされたあとで犯人に着させられたってことだろ。制服は部屋に落ちてたんだから」
「つまり、結月はなんらかの理由で犯人の拠点……家か何処かに付いていったか、自宅の玄関先でいきなり人形にされたかってことだな」
『って言われてもなぁ、どこで誰に襲われたかなんて思い出せないよー』
「…………あ、そうだ」
その流れでひょいと結月を掴んだ真冬は結月を逆さまにすると、ゴスロリ服の中を覗き込む。
『やーん! えっち!』
「うるせーな我慢しろ」
「……先に言えって」
人形とはいえ中身は幼馴染の同級生の少女。咄嗟に顔を逸らしたが、しかし中身が女子高生とはいえ人形を相手にこの反応は正しいのか否かと一瞬頭が混乱した。
「──やっぱり、無いな」
「どうした」
「このゴスロリ服、あの、あれ……なんて言えばいいんだ? 洗濯するときの注意書きのマークがあるやつ…………タグ、でいいのか?」
「それが無いのか」
「ああ。商品なら人形の服でもそういうのはあるだろ。だからたぶん、これ手作りだ」
『んもう、真冬のスケベ』
じたばたと悶えて真冬の手から逃れる結月に盾にされながらも、手繰り寄せたヒントを確信に変えるべく、バッグから取り出した携帯でマップアプリを起動する。
「女学園と羽田家を中心に……これ……じゃないな、こっちか」
「何かわかったのか」
「怪しい男は見ていない、犯人は女かもしれない、人形の服は手作り……ここまでヒントが集まれば、嫌でも次の目的地は出てくるさ」
携帯の画面には、ここら一帯で唯一の手芸専門店の画像が表示されていた。
「この事件、今日中に解決するぞ」
「そうだな」
『がんばるぞ~』
──逆に言えば、今日が山場の可能性があるとも言うのだが。
なぜならもう既に真冬の人形化は、前腕までだったのがたった一日で左肩まで進行し、首や胸元を侵食せんと迫っているのだから。
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