「さぁて鬼が出るか蛇が出るか……まあ蛇が出てきたら困るんだけど。夜鬼や空鬼も困るか」
宣言通りの朝、村から離れた位置の山に繋がる道の途中。軽い柔軟を終わらせてからてっぺんを見上げる丞久は【
左目の虹彩に『?』と『!』を組み合わせて風車の羽根を作ったような模様が浮かび上がり、屈んだ丞久の体は縮めたバネを解放したかのように跳び跳ね近場の木の上に着地し更に跳ねた。
「【
ザザザザザッと木の葉を掻き分け、空気を裂いてパルクールめいた動きで山を回りながら上って行く丞久の口角は、愉快そうに歪んでいる。
「あ~~~テンション上がるなこれ。……いかんいかん秋山に『とうとう野生に戻ったか』とか言われても否定しきれなくなる────おっ?」
一度空中に飛び上がりつつ木々の隙間から地面を覗き込む丞久は、それからすぐ何かがチカッと反射するのを目視すると、その場に向かって真っ直ぐ飛び降りて行く。
ブーツの靴底でブレーキを掛けた丞久が上から見た物を探しに歩を進めて、それから巧妙に地面に埋められている何かを発見して引っ張り出すと、それは頑丈そうな一本のケーブルだった。
「……村の外灯、の奴じゃないな。なんだ、どこに繋がってる……?」
丞久の手で綱引きのようにピンッと引っ張られて地面から引きずり出されたケーブルが、土と落ち葉を巻き上げながら現れて山の奥へと向かって行く。──当たりか。と脳裏で独りごちる彼女はポケットに手を突っ込んで歩き出した。
「こんな状況じゃあなければ、観光するには良いところなんだろうけどなぁ」
風の神格の力が宿っているからか、こういった空気の澄んだ山道などには居心地の良さを覚えるらしく、丞久の態度が上機嫌になっている。
けれども、ふと立ち止まり、片手をポケットから出して足元の小石を拾って振り返った。
「──なあ、お前もそう思うだろ?」
そう言って、おもむろに小石を下手投げで虚空へと放る。そのまま地面に落ちるはずの小石は、しかし何故か何もない空中にコツンと当たって弾かれて、ワンテンポ遅れて落下した。
すると、バチバチと電気がスパークし、透明になっていた何かが姿を現す。
「お前が噂の山の獣か。獣っつーか、甲殻類っつーか……マジで何処にでも出てくるなぁ」
渦巻き状の頭、鉤爪、甲殻類のような体、ブウウンという音を奏でる羽。比喩でもなんでもなく、文字通りに飽きるほど見てきた知的生命体──ミ=ゴが、丞久の眼前に佇んでいた。
「……んん?」
またお前か、と言わんばかりに渋い顔をしていた丞久だったが、その視線はミ=ゴが背負っている銀の筒に注がれていた。それは丞久の見間違いでなければ、ミ=ゴの技術力の結晶の一つである脳缶──読んで字のごとく、摘出した脳を保管するための缶詰なのである。
つまり、このミ=ゴが、少なくとも一人殺している可能性が出てきたのだ。
「てめぇ、殺ったな……?」
即座に手刀を構えて腰を落とした丞久に対し、件のミ=ゴはどことなく慌てた様子で羽ばたいて彼女に向けて突撃してくる。
向こうから来るなら好都合と、カウンターを狙い集中するそんな丞久は────
【頼ム!! 殺サナイデクレェェェェ!!】
──眼前でスライディングするように滑りながら土下座へと移行するミ=ゴの、必死にも程がある凄まじい叫び声に、思考が硬直していた。
「…………は、はぁ……!?」
──丞久がミ=ゴと接触している頃、秋山は竹田を連れて村の駄菓子屋に訪れていた。
「今頃アイツも野生に戻ってるだろうな」
「当然のように人を野性動物扱いするのはどうかと思うけれどね」
「それは
ラムネを飲む竹田の指摘に、食べ終えたアイスの棒を齧りながら返す秋山。彼は出入口の横のベンチに腰掛けながら店内をちらりと覗き、アイスの入った冷凍庫を漁る子供たちを見る。
「あきやま~! アイス買ってー!」
「あきやまラムネのみたい」
「あぁ? あー、これで好きに買え」
店内の子供達のおねだりに、秋山は財布から取り出した500円硬貨を投げ渡して答える。
きゃーきゃーと騒ぐ声を尻目に小さく笑って、棒をゴミ箱に捨てながら言った。
「聞き込みの報酬にしちゃあ安上がりか」
「子供にも容赦なく遺体の事や不審者の話を聞くのは不味かったんじゃないのかい?」
「イス人には分からないかもしれないが、人間のガキってのは意外とグロいのは好物だぞ。でなきゃ国民的な漫画雑誌の中で人は死なねえ」
一度席を離れてラムネを買い、戻ってきて竹田と同じように中身を呷りながら続ける。
「……しかし、不審者──この村でこそこそ動いてる大人は
「村と山のそれぞれで行動してるんだってねぇ。うっかり見られているのは子供だからと油断してるのだとしても、片方をバックアップとして二ヶ所で儀式をしているのか、儀式には二ヶ所必要なのか。……それにしても、君は随分と子供の扱いが上手いようだね」
「まぁ、子供の相手はここ数年してるからな」
「?????」
そう言った秋山に、竹田は空になったラムネを捨てた動きのままピタリと止まる。
錆びた人形のような挙動で振り返った竹田が、信じられないものを見るような顔で言った。
「君みたいな人間でも結婚できるんだねぇ」
「は? ────いや違う違う違う、部下の話だ。ガキ……
「ああそういう」
「……つーか、こんな仕事してる男が恋人作るだの結婚するだのと出来るわけねえだろ」
合点のいったように頷く竹田に吐き捨てるように返す秋山は、不意に懐から聞こえてきた着信音に気づいて携帯を取り出す。
画面に表示された丞久の名前に、一瞬悩むそぶりを見せてから通話に出た。
「……もしもし、どうした学名ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ。緊急か?」
【まだその名前で私の番号登録してんのか】
「うん」
【うんじゃねえんだよボケ】
──いい加減変えろよ。というぼやきを聞き流しつつ、秋山は丞久の言葉を待つ。
【……例の山の獣と遭遇した。意思疎通は出来る、んだけど……なあ、あー】
「マジでどうした?」
【いや、あー、どう、言えばいいんだ。……とにかくコイツが、私以外の観光客二人も来ないと何やってるかとか話したくないらしくてな】
「……なるほど、今から来いと」
席を立ち、ラムネの残りを飲み干してゴミ箱に投げ入れると、秋山は竹田を手招きして通話を続けながら山の方へと歩みを進める。
【ああ。村から山に向かう途中で、左の方に十字の傷をつけた木が二つ並んでて、その間にある獣道の先に偽装した扉を隠してるらしいから、そこに入って真っ直ぐ歩けばいいとさ】
「ふうん。──山の獣は知的生命体の類いか、丞久が反応に困るってことは少なくとも人の形はしていないと見るべきだろうな。当たりだろ」
【────】
丞久からの反応は無いが、それこそが答えになっていると判断して、左手で携帯を掴む秋山は右手でホルスターに拳銃が納まっていることを改めて確認して短く締めた。
「そいつを逃がすなよ、
「……不穏な空気だねぇ」
「でもアイツが本気で対応に困ってるってことは相当な問題があるってことだからな……」
魔術師特有の飄々とした思考回路ながらも、大抵の事には動じずに流せる丞久ですら言い淀む『何か』を確かめに、秋山は竹田と共に山へと向かう。最悪の場合、『何か』を庇うかもしれない丞久と一戦交える可能性を考えながら。
──プツ、と通話が切れ、画面を消した携帯を懐に仕舞う丞久が、苦々しい表情のまま眼前で低空飛行しているミ=ゴに向けて口を開く。
「……詳細を省いて簡潔に言うと、今から私の仲間がお前を殺しに来る」
【……? 何故ダ?】
「お前が怪物だからじゃねえかなぁ」
【ツマリ、人種差別……ッテコト!?】
「鏡を見てから言ってくれ」
ミ=ゴが使っている部屋だからか椅子がない為に立ちっぱなしの丞久は、いつぞやの地下空間のような研究室の片隅に置かれたパソコンやモニター、ミ=ゴが背負っていた脳缶が設置された装置などを見回しながら呆れ気味に言う。
「先に聞いておくけど、お前は本当に殺しはやってないんだよな?」
【アア。神ニ誓ッテモ……イヤ、迂闊ナ発言ハ止メテオコウ】
「そういう配慮は出来るんだなぁ」
脳缶を設置した装置が部屋全体に繋がっているのか、ミ=ゴの思考を代弁する合成音声めいた声がサラウンドのように耳に響く。
【コノ脳ハ、以前山デ
「……何から摘出したって?」
【? ダカラ、突キ落トサレタ死体ダ】
「────。それは何時の話だ?」
【2週間前ダナ。出入口ガ偽装デキテルカ確認シヨウトシタラ目ノ前ニ落チテキテ驚イタゾ。コッソリアチコチニ仕掛ケテアル監視カメラニモ犯行ノ様子ハ映ッテイタガ、見テミルカ?】
あっけらかんとそう言ったミ=ゴを前に、丞久は頭痛を押さえるように額に手を当てた。
「……クソがよぉぉぉぉぉ」
【頭痛カ? スマナイガ人間用ノ薬ハ持ッテイナインダ、私用ノハ最悪死ヌカラ】
「うるせえちょっと黙れ」
【ハイ】
ギロリと睨まれ大人しくなるミ=ゴを横目に、丞久の思考が回転する。
「……例えば、魔術を覚えたてで不完全な精神干渉を使い、魔力を搾り取ってから自殺させる証拠隠滅を図ったが失敗、仕方なく突き落としたところで死体をミ=ゴに発見された。
脳を取り出した死体は村に運ばれ埋葬されて、その2週間後──昨日になってもう一度犯行を行った。……なぜ2週間も間を空けたんだ……?」
【独リ言ノ激シイ人間ダナ……】
「────。あっ」
ミ=ゴの言葉は無視しつつ、それからふと、丞久は何かに気づいたように続けた。
「違うな、今自分で答え言ってたわ。
【……要スルニ?】
「さっさと儀式を止めて、
──簡単な話だったな。と独りごちる丞久だったが、直後、すぐに扉の外からの足音に気づいてミ=ゴを庇うような立ち位置に収まる。
「……何やってんだかなぁ」
【話セバナントカ分カッテモラエナイカ】
「試していいけどお前の頭に穴空くだけだぞ」
この期に及んでどことなく呑気なミ=ゴに呆れる丞久は、続けてミ=ゴ用に作られているからか横にスライドするように出来ている扉が開かれる光景を目にする。
そして廊下の方から一人と1匹が居る室内に入ってきたのは、拳銃を構えたままの秋山と、カメラのような機械を首にぶら下げた竹田だった。
「よお、丞久……」
「まあ待て、落ち着け秋山」
「退かないと撃つ」
「だから待て────」
──そう警告した秋山は、1秒の間も置かずに拳銃の
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