「なるほどぉ、つまり私はこれまで何千回も海神様の封印のために海に駆り出されたあと死んでいると」
【そうなるな】
「やはり無茶ですよねぇ、確かに私の異能は【抑圧】ですし、その応用で封印することは可能でしょうけれども……力量と質量に差がありすぎます」
木箱を椅子代わりにして座る巫女──リコちゃんが、ウワバミの話にウンウンと頷く。
「それで、明日の午後に海神様を倒すとのことですが、具体的な作戦はあるんですかね?」
「え。えー、と。俺が真っ向からやる、終わり」
「……? ……?? …………!!??」
さ、三度見された……!?
「私が言うのもアレなんですけど正気ですか??」
「それについてはね、俺も思ってる。でもまあほら、その辺についてはまさに君も
「──まぁ〜そこを言われちゃうと困りますね。そりゃあそうかぁ、力と立場と責任があるのであれば、やるしかない。そういうことですね」
「そーいうことです」
リコちゃんはこちらの言葉に合点がいったのか、それから改めて口を開く。
「私の異能【抑圧】なら、海神様を抑え込めます……が、話に聞く限り毎回殺それているということは、今の私の力では抑え込めきれないわけです。──であれば話は簡単です、
「……削ればいい、ね。どのくらい?」
「そうですねぇ〜〜〜」
と言いながら、リコちゃんは洞窟内の一角に放置されていたツルハシの残骸で地面にガリガリと絵を描いていく。簡略化した大きな人間と小さな人間を描くと、彼女は大きい方の片腕をぐるりと円で囲った。
「こっちの小さい方を私と仮定したうえでの直感的な判断になりますが、おおよそ片腕1本。最低でもそれだけ削ってもらえれば、【抑圧】で海の底まで封印してさしあげますよ」
「そうか。……あれ、その【抑圧】ってさ、相手に近づかないと使えないよね?」
「そうですね?」
「……リコちゃん、どうやってクトゥルフと俺が戦ってる所に割り込むの??」
「え、あなたが私を背負って戦えばいいだけですよね? 頑張ってしがみつきますよ!」
「俺だけハンデ有り……ってコト!!??」
──翌日の昼。海神家の
「……クトゥルフとの戦闘になれば、村に
【あの男ほどの
「そうですね。時間は……あと1分ですか」
光冷はウワバミから聞いていた隔離空間内の時間経過を元にした携帯のタイマーを確認し、腰の鞘からすらりと刀を抜いて村のあちらこちらにあるマンホールに意識を向ける。
「海の生物が村に侵入するのであれば、侵入路は自然と限られますね」
【巫女が死ぬ辺りで時間が戻るから気にしたことは無かったが、仮にこれまでで戦闘になっていれば……もしかしたら、俺たちは洞窟内か村とを繋ぐ下水道で待ち構えることになっていたのかもしれんな】
そこまで聞いた光冷の耳に、アラームの音が響き、一拍遅れて、島の外側──海の方向から強烈な魔力と威圧感が放たれる。
「……!」
【始まったか】
遠くから響く戦闘音を聞いて、光冷たちは与一が戦闘を開始したことを察する。
遅れて島のあちこちからマンホールが勢いよく外れて地面に落下する金属音が無数に響き渡り、全員がそれぞれ別の方向に意識を向けた。
【こちらはこちらで敵を倒すぞ、生き残りたければ集中しろ】
「はいっ」
辺りを包む磯と魚の臭いが、おぞましい敵の接近を嫌でも理解させる。──果たして周囲のマンホールの中や路地の裏から現れたのは、人の姿をした魚の化け物の群れだった。
「おおぉおわぁあああ!!?」
「口閉じてなさい舌噛むから!」
接近のために出した小舟が眼下で殴り砕かれ、余波で発生した津波が背後で砂浜を呑み込んでいく。
海の中から現れ、目の前で二足で立ち、こちらを『敵』として認識しているタコの巨人──クトゥルフは、光の届かない海底のような薄暗い青緑の肌をしていて、その見た目だけで恐怖を煽る。
「私は何千回もこれに殺されていたんですね」
「覚えてないだけ有情だね。……加速するよ!」
「んぃいぃ!?」
空中に足1つ分の固定空間を作り、それを踏み台にして【韋駄天】を軌道。直線的だが超高速の加速により、ぶんと振られた腕の軌道から逸れる。
「さて、片腕1本分……ねぇ。頑張って何とかしてみますか──ねッ!!」
おんぶした時の姿勢のまま腕と背中、尻に回したベルトで固定したリコちゃんに気を遣いつつ、片手に【
──ブォンブォンブォオォオオオン!!! という轟音と共に、振り抜かれたそれが、すれ違いざまにクトゥルフの肩をえぐるように斬り裂いた。
「なんですかそれ!!?」
「大事な子の忘れ形見、かな」
大剣型の大型特注チェーンソーに斬り裂かれた肉片が海に落ちていき、なんとも言えない血液の色で海水の一部を染める。
それを見て二人で嫌そうな顔をしながらも、一撃でチェーンの刃の幾つかが毀れたチェーンソーを魔力に分解するように消して、腰に吊るしている柄のみの刀──九十九を握って魔力を込めていく。
「脱出後の戦闘も踏まえると、やるなら一撃で……か。リコちゃん、無茶を承知で聞くけど、【抑圧】で万全のクトゥルフを封じるのは無理でも動きを止める程度なら出来たりしない?」
「……で、き────ます。必要であれば、一度までなら、出来て10秒ほど」
「ごめん、機会を見計らって接近するから、合図したらやってほしい」
こちらがクトゥルフの拳を立体的に跳ねて避けながら問えば、リコちゃんは背中越しに苦笑した。
「誰かがやらないといけなくて、やれるだけの力があるんですよ。……やりましょう、与一さん。絶対に動きを止めてみせます」
「──頼りにしてるよ」
背中越しの決意、手元で煌めく白刃。その2つが、こちらの動きに更なるキレを与えていく。
あとはチャンスを確実にモノにするために、刃を薄く鋭く、伸ばし、尖らせ、適切な角度で斬り込む位置を探り当てるだけ。
そうしてクトゥルフの周囲に作る固定空間という足場で速度を上げながら、すれ違いざまに少しずつ切り傷を与えていく途中、相手の動きに焦りと怒りが混ざったような感情が見えてくる。
それこそ、人間で例えれば全身を蚊がチクチク刺してくるようなものだろう。……そりゃ苛つくよなぁ、と思いながらも、これまでで特に力強い大振りを見て────好機……!!
「リコちゃん!」
「──止まりな……さいッ!!」
素早く名前を呼べば、リコちゃんは片手をクトゥルフに翳して魔力を迸らせる。──瞬間、クトゥルフが不意にビタリと、不自然に動きを止めた。
「じゅ゛っ、う、秒ぅう!!」
一瞬だけ背後に視線を向けると、リコちゃんの額にビキビキと青筋が立ち、涙腺と鼻から血を垂らしていた。【抑圧】で封印できない五体満足の邪神の動きを止めることがどれだけの無茶かを察せさせる負荷を横目に、こちらも瞬間的に魔力を解放する。
「左腕ぇ……貰うぞッ!!」
海面スレスレの下から跳び上がりながらの、合計魔力出力1000%による掬い上げるような一閃。
完璧な角度と力加減、刃筋による一閃は、まるで良く研いだ包丁で野菜を切るかのようにするりと、クトゥルフの左腕を切り落としてみせた。
「──リコちゃん!!」
「げほっ────【抑圧】!!」
──動きの抑制をやめて、リコちゃんは即座に【抑圧】を起動。
その直後、クトゥルフの周囲に大量の帯が現れたかと思えば、それらがぐるぐると巻き付いて水底に引きずり込まんと力を加えていく。
「ごほっ、こほっ。……異能が入りました。これで海神様を、海の底に抑え込むことができます」
「無茶させてごめんよ、大丈夫か?」
「負荷で全身が痛いですが……生きているだけ儲けもんってやつですよ」
背負われたまま笑うリコちゃんと共に、空中の固定空間を足場に立つこちらもまた、海に沈んでいくクトゥルフを見下ろす。
左腕の無い、あちこちに傷の刻まれた体が沈み、その顔は忌々しげにこちらを見上げている。
──いつかはこの個体が再浮上することになるのだろうか、と。そう思案しながらも、その体が完全に沈んで行き、辺りの威圧感が消え去るのを確認してから、リコちゃんを連れて村に帰るのだった。
「……あっすいません、今になって吐きそうです」
「うおおおおお地面に着地するまで頑張って耐えてくれェ────ッ!!!」
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